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単書と群書




<続き


     ***

 そこまで話を聞いて、○○は渋い顔で口を挟んだ。
 確かツヴァイが使用した指導用の本、“ディーファの自由帳”は、 単書と言っていた気がする。

 だが、今聞いた限りでは、その単書に入るという行為は、 酷く危険なものであるように思えるのだけれど。

「ええ。危険ですわね」

 あっさり頷くツヴァイに、○○は表情を険しくする。それは聞き逃せる話ではない。
 が、気色ばみかけた○○を制するように、ツヴァイは浮かべた微笑を濃くする。

「もっともそれは、“挿入栞”を使わなければ、の話ですけれどね。 前に言いませんでしたっけ。挿入栞は、『己』の標《しるべ》になるものだと」

 つまり、どういう事だろうか。
 きょとんと眼を瞬かせると、自分を見るツヴァイの瞳が酷く愉快げな色に染まる。

「既に本の中に入った○○さんならご存知でしょうけれど、 栞を使って単書へ存在を挿入する場合、わざわざ物語の登場人物── 架空存在との意識同調などせずとも、 自分という存在をそのまま世界に表現する事が可能です。それに、 もし架空存在と同調する形の挿入法でも、栞が存在の混濁から挿入者を守ってくれます。 要するに、栞さえ使えば安全、という訳です」

 だから、安心してくださいね、とにこにこと告げてくる。
 彼女の笑顔から伝わってくる機嫌の良さは、自分の素直すぎるリアクションによるものか。 人が悪いと○○は口の中でもごもごと呟いて顔を逸らし、あれ、と首を傾げる。
 そんなものがあったのなら、 単書への長時間進入で自己の消滅など起きる筈もないだろうし、 大崩壊とやらの“逃げ場” として単書を使用することも全く問題はなかったのではないか。

 その意見を聞いて、ツヴァイは「そうですね」とあっさり頷き、

「ですが、挿入栞は当時──大崩壊時には存在していません。栞は大崩壊の後、 私の主が気まぐれに作ったものなのですけれど、 栞の構造を完成させるだけでも数十年は掛かったと仰っていましたし。 あの時は時間もなかったそうで、主は別の方法で無理矢理何とかしたそうです」

 本の中に世界を生み出すには、その世界の基盤となる要素、 言ってみれば世界観が必要である。それを作るには、本の中に物語が必要だ。 登場人物、物の語り手、描かれる情景。それらを元に、一つの閉じた世界を作る。 それが単書の世界である。
 だが、本に確固たる物語が存在した場合、その完成された世界に含まれない存在、 物語の外にある要素が中に入る際に拒絶反応が発生する。 それを誤魔化して中へと進入するためには、登場人物との存在同期が必要であった。

しかし先刻の話の通り、これでは長期── もしくは永久に本の中で生きる事など叶わない。
 必要だったのは、世界を生み出すに足る土壌を持ちながら、 それに完全には縛られない世界。 外からの異物である記名者が違和感無く受け入れられる柔軟性を持つ、 そんな真っ白な場所。

「それらを両立するものとして、私の主が造り上げたのが、 “群書”ですわ。では、説明を続けましょうか」

 書に綴る事で生み出された架空世界への逃亡劇。
 当時、無数の賢者が思いつき、そして不可能だと断じたそれを実現したのが、 その世界の人々が基盤としていた“雫”の力を用いぬ、 異質な魔術を嗜《たしな》む痩躯《そうく》の男だ。
 文字を刻み、力を生む。その手法を極めた彼が、 幾人かの協力者と共に単書の理論を更に推し進め、 大崩壊を前に滅亡の危機にあった人々の救いとして生み出したそれが、 “群書”であった。
 群書とは、近しい世界観を持つ単書の小世界を基礎に、 それらの要素を融合させる事によって一つの大世界── 原型となった無数の小世界同士をそれぞれ干渉させ、侵食させ合う事で、 原型の“本”が持つ要素に縛られない、物語に縛られない、 ある意味完全な架空世界の構築を目指したものである。
 単書と異なり、現実の世界の己をその世界の中で完全に再現できる代わりに、 完全にその世界の一部となるため存在の抽出が不可能── つまり一度記名すると二度と現実世界へ戻れなくなるというデメリットが存在したが、 当時は戻るべき現実世界が崩壊の真っ只中だ。 そんな事に構っていられる場合でもなかった。
 世界が破滅に向かう中、 彼らはその夢物語にも等しい世界を持つ書物群をどうにかこうにか造り上げ、 人々をその世界の中へと救い上げた。それが記名した世界、 “サヴァンの庭”であり、“ラストキャンパス”であった。

 しかし、複数の物語、似てはいるが正しくは異なる世界観を、 まだ完成しきっていない技術でもって無理矢理混ぜ合わせた結果。 生み出された世界達は大なり小なり“歪み”のようなものを内包しており……。

     ***

「と、こんなところですね。大体はご理解いただけました?」
 いや待て、そこで終わりか。何やら物凄く不安を煽《あお》る終わり方なのだが。
 思わず突っ込みかけて、いやこれは誘いか、と○○は口を噤《つぐ》む。 気にはなるが、ツヴァイの思い通りの反応をするのも癪だ。

 対し、ツヴァイは笑顔のまま小さく舌打ちするという外見に似合わぬ仕草。

「流石に簡単には引っかからなくなってきましたわね。ちょっと残念」

 勘弁して欲しい。○○は小さく溜息をつく。
 それ以前に、話の先が気に掛かるのも確かだし、 こちらから説明を頼んだ分際でこんな事を言っていいのか判らないが── ここの片付けとやらはどうなったのだろうか。  ○○がそう言うと、先刻からのんびり本の上に座りっぱなしなツヴァイは、 掌で口元を上品に覆い、くすくすと。

「どうもなにも。だってこれ、貴方に御話をする事を口実にした休憩でしたから」

「…………」

 左様ですか。

「──とはいえ、何だかあれこれと話してたら面倒になっちゃいましたね」

 そんな事でいいのかと思わず突っ込むが、いいんですよどうせ誰も見てないし、 とツヴァイはスカートを軽く払って立ち上がると、そのまま歩き出す。

「取り敢えず、私の部屋に行きましょうか。少しゆっくり、 御茶でもいただきましょう?」


ーEnd of Sceneー


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