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単書と群書


 城の上層に並ぶ、巨大な本棚を幾つも備えた部屋の集団。
“主の書室達”と呼ばれるそこが、“箱舟”の管理人であるツヴァイが暮らしている場所だ。
 彼女の部屋を目指して城の折り階段を何度も上り、幾つかの通路を通って更に上り。 そろそろ到着かといったところで。

ツヴァイ

「あら、○○さん?」

 と。無数の部屋を繋ぐ廊下で、 丁度胸に本を抱えて部屋の一つから出てきたツヴァイと鉢合わせた。
 その向こう側には書庫の一室があり、その中は本が乱雑に散らかり、 なかなか凄惨な状況だ。幾つかの本の山は、部屋の外、 今ツヴァイが立っている廊下の傍にもはみ出ていて、小さな山脈を形成している。
 ○○が一体何をしていたのかと訊ねれば、ツヴァイは少し困ったように視線を彷徨 《さまよ》わせて、

「いや、その、実は」

 何でも、少し調べ物をしようと書庫をひっくり返したは良いものの、 目的の本を見つける為にかなり派手に散らかしてしまったらしい。

「それで、今から整理を始めようかと思っていたのですけれど──○○さん、 こちらにいらっしゃったという事は、何か私に御用でも?」

 そう明確な用事があった訳でもない。○○は素直に首を左右に振り、 ついでにと本の整理を手伝おうかとも申し出るが。

「こういうのは自分でやらないと余計面倒な事になりそうですし。 それに、ここにある本は全て“単書”ですから」


 との、素気無い返事。
 本人が拒むのなら仕方ないかと○○は素直に退いて──そういえば、 と○○は今まで意識的に聞き逃していた事をここで訊いてみる事にする。
 彼女や准将が時折使う二つの言葉。
 群書と単書。
 その意味についてだ。
 ツヴァイは小さく首を傾げて、あれ? と眼を瞬かせた。

「そういえば、説明していませんでしたっけ。……ごめんなさい、 色々他にも話す事があって、忘れていたみたい」

 では、少し詳しく御話ししましょうか。
 彼女はそう前置きして、視線を暫し泳がせてから、 床に積み上げられていた古びた本の上、埃《ほこり》を軽く払ってからスカートを巻いて、 ちょこんと座り込む。

(また長い話になりそうな……)

 そんな気配に、○○は密かにげんなりと顔を歪ませた。

 彼女等のいう“本”には、二つの分類があるのだという。
 一つが“単書”。
 もう一つが“群書”。
 まず単書について。
 外観は単なる本だが、中に書かれているのは純粋な文字ではなく、 そのまま読んでも内容を正確には汲み取る事はできない。
 一つの文字が小さな無数の文字で構築されており、 その無数の文字自体が更に小されており、 その無数の文字自体が更に小さい無数の文字で構築されていて、際限が無い。
 頁という限られた枠の中でどれ程情報を記す事ができるか。 それを突き詰めた結果がこれだ。
 単書の中では基本的に一つの大きな出来事、物語が綴られており、 本の中でそれを基にした閉じた世界を構築する。
 構築された世界には、専用に編み上げられた特殊な術を使う事によって、 外部の者、つまり読み手が、その中へと進入する──“記名”する事が可能であった。
 これが単書であり、箱舟で言われる“本”というものの基本形となる。
 この単書のシステムは“大崩壊”以前から存在したものであり、当時は単書の中に入る場合、 本に登場する人物と一時的に己の存在をシンクロさせて、 その登場人物の視点でもって描かれた物語を体感する、 所謂“娯楽”の一種として使用されていた。
 物を綴り、世界を構築する手法は確立されていたものの、 その中に入る記名技術は未完成で、単書世界に既に存在する者に寄り添う形でなければ、 記名が不可能だったのだ。

 だが、長時間単書に潜り込み、他の人物の視点を共有していると、 己を己と位置づける要素、言ってみれば個性のようなものが失われていき、 最終的には物語の登場人物に完全に溶け込んで、自我消失。 そのまま個としても消失してしまい、本の外に出ることも出来ず、 さりとて本の中に存在しているとも言えない、行方不明にも等しい状態に陥ってしまう。 そんなリスクが存在した。
 当時はこの単書の魅力に取り付かれ、長時間記名を続けた挙句、 存在の消滅によって死亡するという事件が多発し、 世界を統べていた四権からの規制を受ける程。言ってみれば“禁忌の業” に近い扱いを受けていたらしい。
 つまり、大崩壊によって世界を失う人々の救いには、 到底成り得ない代物であった。


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