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夢現、隠者の忘呪

円環の広間からジルガへ(初回)

 記名時独特の感覚が失せる。瞼の裏が赤く滲んでいる。目を開けば、そこに広がるのは黄昏が迫る海の縁だった。
 予感はあった。
“ジルガ・ジルガ”に記名すれば、またここに辿り着くのではないかという、漠然とした予感。
 しかし、実際にそうなってみると、戸惑いはやはりある。

 ○○は浅く息を吸い、己と己の周りにあるものを確かめる。
 ──幻でもない、夢でもない。
 そう思いかけ、しかし○○は拭いきれない違和感に首を僅かに振る。
 単なる夢幻だとは思えない。が、だからといって現実とも捉え難い。
 そんな独特の気配が、この世界と○○自身の感覚を支配していた。

 明晰夢。正確には違うが、それに近い感覚がある。
 どこかふわふわと、己が己でないような意識。周囲の光景に現実感が薄く、あるもの全てが立体感に乏しい平面のような印象。現実感に乏しく、しかし単に夢幻と結論付けてしまうのも憚られる、そんな中途半端な世界。
 それが、今目の前に広がる朱の海だった。

「驚いたな」

 声。聞き覚えはあった。
 あるがしかし、声を聞いて初めて思い出せるような、奇妙な感覚を伴う声。○○は濃い赤の海から目を離し、背後を振り向く。
 浅瀬の中に浮かぶ、酷く場違いな木製の机と椅子。その椅子に座る長衣姿の影が、手にした細い本から顔を上げてこちらを見ていた。
 深く被られたフードの奥は不思議と見通せない。角度を考えれば、例え人影が背に光源を持っていようとも、顔の輪郭程度は見通す事が出来る筈なのに。



「またこちらに迷い込んできたのか、お前。いや、今度は迷った訳ではない、のか」

 不自然に影が降りたフードから、新たな声が紡がれる。
 その声音はやはり前回と同様、男か女か、老人か子供か。 何者であるのかを悟らせない、奇妙な響き。

「全く、この前私が言った事が嘘になってしまったじゃないか。 どうしてくれる」

 影は不快そうに呟いて、意味の判らない事を言う。……嘘?

「嘘という程でもないか。私が名乗る必要も無く、 お前も名乗る必要がないという話だよ。 どうやらお前はここと無駄な関わりができてしまったようだからな。 この先何度も顔を合わせる事になるだろう。だからまぁ、 まず互いに名乗るくらいは必要か、とね」

 ぱたんと音を立てて本を閉じると、 影は一度フードをあらぬ方へと向けて思案らしき間を置き、 そして改めてこちらを見る。

「私は、そうだな──“隠居”とでも呼んでくれ。 それが一番近い立場だろうさ。お前は」

 声に促されるように、○○は己の名を呟く。
 対し、隠居と名乗った影はふむと小さくを置いて、

「○○、ね。それで、お前はアレか。上の──箱舟からの記名者だよな。 にしてはどうも奇妙な部分が見えるが、まぁいい。 今の私はあらゆる事象から“隠居”した身だ。 知るべき事も語るべき事もない」

 そして手にした本でひょいと海の一角を指し示した。

「さて。では改めて、お前が目指しているのはここではなくあちらだ。 さっさとこの場を通り過ぎるといい」

 素っ気無く告げる影。だが、○○にも聞きたいことはあった。 まずここが一体何なのか。お前は何者なのか。 ツヴァイもサニファも認識できないというその理由。

 しかし。

「いやまて、このままこうして行かせるのもまずいか」

 ○○が問いの声を発する前に、影は何やらぶつぶつ呟くと、 そうれと○○に向けて一度指を鳴らした。

「──ッ!?」

 瞬間、ぴりりとこめかみに走る小さな痛み。
 違和感に顔を歪める○○に、影はからりと笑ってみせ、

「悪いが、記憶を弄らせて貰う。どういう理由でかは判らないが、 お前はどうもまず“こちら側”へと道を引かれているらしい。 一度ならまだしも、二度三度となると、 あまり覚えていて良い事はないだろう。が、まぁ、 毎度毎度自己紹介もするのも馬鹿馬鹿しい。 ここでの記憶はここでのみ蘇る──そう細工はさせてもらったが」

 記憶を弄るという言葉に、○○は強い警戒感を抱いた。
 だが、不確かな意識と不確かな空気が、 その警戒感を薄れさせて曖昧なものにし、 先程抱いた疑問すらも薄く溶けていってしまう。
 こめかみに未だ残る違和感がそれを加速させているようにも思えたが、しかしもう思考する事も難しい。
 ○○は頭を押さえて数歩、無意識に後ろに下がる。直ぐ足元、海水を割るざぶりという音すら酷く遠く聞こえた。

「判らなくてもいい。なんせ、ここを出る頃には、 ここでこうして話していた事も覚えてないだろうから。 ほら、行った行った。お行きはあちら」

 影はそう気楽な調子で言って、ひらひらと手を泳がせる。
 その言葉と態度に反発を覚えるも、しかし気持ちはどこか上の空。浮ついた意識は己の心と身体をまとめることが出来ず、影の言葉をなぞる様に、○○は海の中、指し示された場所へと向けて歩いていく。

「ああ、そうそう。ついでに教えてやるが」

 背後からそう声を掛けられるも、振り返ろうという気も起きない。 ○○はざぶりざぶりと海を歩き続けた。
 その態度を気にした風も無く、後ろからの声は軽やかなまま届いてくる。

「荷物が少し増えているようだが、“試し”をやるのならあまり無理はしない事だ。アレは、不慣れな者が手に負えるものじゃない。凌ぐ事だけを考えるといい」

 海の底、足元の感覚が失せて、身体が一気に沈み込む。
 朱の色に染まる海に包まれ、慣れた感覚と共に白んでいく意識。

「もっとも、こんな事を言っても覚えてはいないだろうが」
 その言葉すらも、耳を掠めて儚く消えた。

─See you Next phase─







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