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四者会談


「こんな所でしょうか」

 長々とした話を終えた彼女は、小さく息をつく。 そして直ぐ傍に置かれた陶器の杯を手に取ると、中の液体を口に含んだ。
 かちり、とソーサーと器が触れ合う僅かな音が、思いの外良く響く。

「──これで、現段階で必要だと思われる事柄は一通り御話ししたと思いますけれど。 何か、ご質問はありますでしょうか?」

 その問いに、他の面子はそれぞれ異なる反応を浮かべる。
 斜陽の光に満ち、柔らかな暖色に包まれた部屋の中は、小さな沈黙に包まれた。

     ***

“白と緑の城”の上層、“主の書室達”の更に上。城の最上階に近い一室。
“箱舟”エルアーク全体の管理を務める存在──つまり、ツヴァイが暮らしているのが、 ここである。 室内に溢れる物の数、という視点で見れば箱舟翼部にある“玩具箱” の方が勿論上であるが、あちらはただ雑多なだけで、言ってみれば物置のようなものだ。
 対し、この部屋からは暮らす者が必要としたもの、求めたものが置かれており、 その人物が染めた色というものが部屋の各所から透けて見えた。
 窓は上部、天井に近い位置に設けられており、 張られた硝子に細工でも施されているのか、 降り注ぐ陽光はまるで木漏れ日のような柔らかさを持っていた。
 そんな部屋の、中央に置かれた年代物の丸テーブル。○○達はそれを囲って、 お互い顔を突き合わせていた。
 部屋の隅には何匹かの木霊が、日光浴するかのように日向で眠っていたり、 なにやら巨大なぬいぐるみのようなものが鎮座していたりするが、 彼らは一先ず人数から除外するとして。
 今、この場に居るのは四人。
 まず、ツヴァイと○○。
 椅子に座るツヴァイが浮かべるいつもの笑顔には疲労の色が濃く、 傍には一冊の本が置かれている。
 因みにその右隣に座る自分の表情は、 全身に残る痛みで派手に引きつったままだろうと○○は冷静に推測。
 落下してきた本の強烈な一撃のお陰で未だはっきりしない意識を保つよう、 こんこんと己の側頭部を叩く。
 そして残る二人は。


4者会談


「で、それを信じろっての? 流石に冗談きつくねーか?」

 以前、○○がツヴァイから聞いたものと似たような説明を受けて、二人の内の片方、 明るい金髪の少年の方が、心底呆れたような声で言う。
 対し、もう一人。長い長い黒髪の、独特の雰囲気を持つ少女は、

「────」

 ただ無言で、何処を見ているのかも判らぬ瞳を茫洋と揺らすだけ。

「……全く、面倒な事になりましたわね」

 ○○と少年と少女。ツヴァイは三人の顔を順に見て、

「○○さんの件もまだ一段落していないのに、もう新しい“迷い人”のお客様だなんて」

 いつもの笑みに憂鬱《ゆううつ》げな気配を混ぜ、深々と嘆息した。

 つい先刻、○○の目の前で起きた“ちょっとした事件”。
 それをツヴァイはこう呼んだ。
“落丁”と。
 本来、落丁とは製本段階の手違いで、本の内容に欠損が出てしまった事を指す言葉だ。 しかし、箱舟に存在する特殊な本相手だと、少々意味合いが異なってくる。
 健全な状態で保管されていた筈の本に対し突如として発生するそれは、 僅かな前触れの後、本を構成する文字が抜け落ちる、頁が消失する。酷い場合は、 本自体が消滅する。ここで使われる落丁とは、そんな現象を指していた。

     ***

 ──時間は少し遡る。
 ○○が気を失っていたのはほんの数分程度だろうと、ツヴァイは言っていた。
 漸く書架の整理を終えた彼女が一息ついた瞬間、直ぐ近くで感じた落丁の気配。
 慌ててそこへと駆けつけてみれば、そこにあったのは派手に倒れた本棚の群れと、 床に散らばった“単書”の山。
 そして山に埋もれるようにして、○○と更に二人。 見知らぬ少年と少女が倒れていたのだと。

「……それで。一体何がどうなって、こんな惨状になっているのか。 それを御話ししていただけると幸いなのですけれど」

 やってきたツヴァイに揺り起こされた○○は、そのまま彼女に詰問されて、 ぼんやりした意識の中、訊かれるままに答えた。
 暇潰しに部屋を歩き回っていたら、何やら奇妙な気配を放つ本を見つけた事。
 まるで何かに引き寄せられるように、○○がその本に触れようとした瞬間、 黒い何かが噴き出して、本自体を完全に食ってしまった事。
 黒い何かは両隣に置かれていた本に触れて、次いで自分に触れて── そして音を出して破裂した事。
 その際に強烈な衝撃が来て、結果が今のこの部屋の惨状である事。

(……あれ?)

 話していて、首を傾げる。
 何かが足りない。
 今の話には重要な部品が一つ、すっぽりと抜けているような気がするのだが、 しかしそれが何なのか判らない。
 それを詳しく思い出そうとした所に、ツヴァイから今○○の目の前で起きた現象 ──落丁についての説明が入り、

(まぁ、いいか)

 新たな情報に押し流されるように○○はその違和感を忘れ、 伸ばされたツヴァイの手を借り立ち上がる。少しふらつくが、 普通に動く程度なら支障はないだろう。

「さて。ではいつもの様に事後処理と参りましょうか」

 ツヴァイはいつも以上の笑顔で室内をぐるりと見渡し、呟く。

「…………」

 その表情、言葉遣いとはまるで対極の吐き捨てるかのような口調が 、彼女の内心を如実に表していた。○○は触らぬ神に祟り無しとばかりに無言を通す。

「目下の問題はあちらのお二人と、後は近くにあった単書の被害状況、 といった所ですけれど」

 どうしたものかな、といった風に息をつくツヴァイの視線の先。 散らばった単書の上には、横たわる二つの人影がある。
 ツヴァイの隣へとやってきた○○は、ここで初めて、 その二人の姿をしっかりと観察する。
 一人は汚れた麻布の服を着込んだ、明るい金髪の少年だ。
 服の仕立ては悪く、しかもかなり着古しているらしい。 所々に補修の痕が見えるも気休め程度にしかなっておらず、 襤褸《ぼろ》と呼んでも差し支えない。肌も垢にくすんでおり、 裕福な暮らしを送っていない事が一目で判る風体である。
 しかし眠る表情に陰性の色や険は無く、 少年はどこか堂々とした雰囲気すら纏いながら、かーかーと寝息を立てている。 気絶しているというより、単に寝ているだけ、といった様子だ。
 対してもう一人は、奇矯な身なりをした長い長い黒髪の少女。
 顔は濃いヴェールのようなもので覆われて、 身には白を基調として黒と赤が所々に混じった複数の衣を重ね着。 そして何より特徴的なのが、両袖の部分が前でしっかりと一つに繋がっている点だ。 これでは両の手を満足に使う事は叶うまい。
 服の質自体は非常に良く、彼女の髪の異様なまでの艶やかさや、 覆いの隙間や首筋から覗く肌の美しさ、 袖先から伸びた細く柔らかな手指は目を引くもので、少年とは逆に、 下級の家柄の出では無い事が一見して知れた。 だが、一体何故こんな不自由な衣服を着ているのか理解に苦しむ。
 今は顔を覆うヴェールは半ば外れており、 その隙間からは両目を閉じた少女の顔が見える。
 硬くもなければ柔らかくも無い。 造り自体は完成されているもののそれ故に人間味の薄い、 何処か無機質な顔がそこにあった。

(にしても)

 観察を終えて、一拍。○○は顎に手をやり、僅かに眉を寄せる。
 この二人、一体何者なのだろうか。

「○○さん、それ、本気で言ってます?」

 何気なく口の中で転がした言葉が聞こえたらしい。 ツヴァイが笑顔で○○の方を振り返る。
 はて、おかしな事でも言っただろうかと、○○はきょとんと彼女を見返して、 自分を見るツヴァイの瞳の奥に、言い表し難い微妙な色が漂っている事に気づく。

「こういう場合、どういえば良いんでしょう。愚鈍な方、 という表現が適切なのでしょうか」

 愚鈍。

「詳しくいうと愚図で鈍間な亀? 勿論、主に頭の回転速度に対する感想ですが。 ○○さんってどうでも良い時は鋭いのに、 こういう場面では本当にお間抜けさんというか、頭が止まってる感じですわね」

 心底呆れた。そんな調子で罵《ののし》られ、 今の発言はそんなに拙かっただろうかと、思わず口元を押さえる○○。
 その仕草を見て、ツヴァイはふー、と細く溜息をついて、

「この人達は、貴方の“御同類”ですよ」

「────」

 自分の同類。
 つまり、元々本の中の世界に存在していた者が、何らかの要因によって、 その外となる箱舟上に抽出され、顕現化した存在。

(所謂、“迷い人”という奴か)

 驚きに眼を瞬かせた○○を見て、ご理解いただけて幸いです、 とツヴァイは少々引きつった顔を掌で解すように撫でながら、 視線を倒れる二人とその周りに転がる単書達に向けた。

「さて。ではまずは──」

 言葉と共に、ツヴァイの纏う気配の質が、僅かに変わる。
 じっと、何かを見通すように金髪の少女の視線が細くなり、 そして一瞬の後。緊張していた気配が弛緩する。
 彼女は一度小さく頷くと、

「うん。視たところ、この人達の“縁”はそれ程酷く切れていませんね。 ちゃんと、元居た本との繋がりが視えますし。勿論落丁の影響はあるようですけれど、 抽出情報、顕現情報──存在概念の方にも大きな歪みは無いみたい。○○さんの時とは大違い」

 一瞬、ツヴァイの瞳が揶揄《やゆ》するようにこちらを向くが、 そういわれても好きでこうなった訳ではない。○○が苦笑して肩を竦めると、 ツヴァイは喉元からこもる様な笑い声を出しながら、 床に散らばっていた無数の本の中から無造作に二冊の本を拾い上げる。

「繋がっている縁を視る限りでは、これのようですけれど」

 彼女の手の中にある二冊の本。その外見に○○は見覚えがあった。確か、 あの黒い何かが現れた本の両隣に置かれていた単書だ。
 ツヴァイは二冊の本に視線を落とすと、笑顔を僅かに曇らせる。

「……何だかヘンですね。出てきた人達より、こっちの方が問題かな」

 ツヴァイは両の手に本を一冊ずつ持ち、器用に二つの本を同時に開いて、ぱらぱらと中の頁を捲っていく。
 視線は高速で捲られていく本の中身に向けたまま、ツヴァイは○○の方へと声を寄越す。

「──○○さん。先刻、黒い何かが左右の本に触れて、次に自分の指に触れた瞬間破裂した、と仰っていましたっけ?」

 ○○の肯定の返事と同時。ぱたんと二冊の本が音を立てて閉じられた。
 ツヴァイは二冊を左手で抱え直すと、空いた手で口元を押さえ、考え込むように視線を僅かに彷徨《さまよ》わせる。


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