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眠りの森



 ピーテルの病室の前で、〇〇は呆然と立ち尽くしていた。

“面会謝絶”

 少年の病室には、そう書かれた札が掛かっていた。
 今まで元気そうな姿しか見ていないから、 殆ど意識することはなかったが…… 彼はそこまで深刻な病状にあったのだろうか?

 確かに以前、薬の日にはカーテンを閉め切るとかなんとか、 そんなことを聞いたような気はする。
 だが、それでも突然面会謝絶になるほど重篤な問題を抱えているようには見えなかった。

「〇〇――」

 廊下の先から声がした。顔をそちらに向けると、 ハリエットが白衣の看護師と並んで立っていた。

「原因不明なんだって……。どうしよう……」

 彼女は今にも泣き出しそうに見えた。 付き従った看護師が彼女に言う。

「間もなく専門の先生が来られますから、 もう大丈夫ですよ。……あ、ほら見えました」

 彼女は〇〇を挟んで廊下の反対側を指した。 釣られて〇〇も振り返る。

「こんにちは。……あれ?」

 医者には全く見えないその“専門の先生”は、 荷物を抱えたまま調子外れの声を上げた。
 看護師が彼とハリエットを相互に紹介する。

「こちらはヴァン・ユルバン神父です。神父様、 こちらは患者さんのお姉さんの、ハリエット・ディヴリーさん」

 神父は微笑みかけた。

「以前、ゼネラルロッツの教会で一度お会いしましたね。 それと、〇〇君もお久しぶり」

「はい。今日はどうか宜しくお願いします」

 そして、二人は“面会謝絶”の札が掛かった病室に向かう。
 ……流石に、これは〇〇には立ち入れないのではないだろうか。 案の定、看護師が〇〇に声を掛けてきた。

「あの、申し訳ありませんが、今日は親族の方以外は――」

「あ、いえ。同行してもらって構いませんよ」

 神父は軽い調子で言って、先を続ける。

「もちろん、ハリエットさんのご意向次第ですが。場合によっては、 ご協力をお願いすることになるかも知れませんし」

「え? ええ……神父様がそうおっしゃるなら」

     ***

 病室では、ピーテルが静かに眠っていた。
 こうして見ただけでは、 何ら大げさなことは起こっていないように思える。ハリエットは言った。

「もうずっと、一度も目を覚ましてないんです。 今のところ栄養補給はなんとかしてもらってますけど、 この状態が長く続くと危険だって先生は……」

「そうだろうね。一応、先に断っておくけど僕は医者じゃないよ。 ……だから呼ばれたんだけど」

 ユルバン神父は少年の目を調べるなどして、 一通りその状態を確認した。



「うん。残念ながら、これは医者の分野じゃないね」

「残念って……どういうことですか?」

 心配そうなハリエットに向き直って、ユルバン神父は言った。

「結論から言うと、ピーテル君の問題は“病気”じゃない」

 ハリエットの顔が明るくなった。
 だが、それは続くユルバン神父の台詞を聞くまでだった。 神父は言った。

「これは“呪詛”だ」

     ***

「呪詛……? どういうことですか?」

「戦闘技術として呪詛と呼ばれるものが使われることがあるのは、 君達も知っているかと思う。でも、これは少し性質が違うかな。 戦いに使われる呪詛は内面的な部分を極力排除し、 技術面を追及した結果生まれたもの。しかるにこちらは、 心の力で以て相手を制するという部分だけを追求した、 純然たる“呪い”だ」

 ユルバン神父は淡々と言った。

「要するに、ピーテル君は誰かに継続的な術式を掛けられている状態だ」

「誰かって誰!? どうすれば良いんですか!?」

「簡単には答えられないけど……この類の呪詛を解く方法は、 大別して3つある」

 ユルバン神父は順に方法を挙げていった。

「その1、術者を倒すか、本人の手で解いてもらう。 大抵は殺すことになるだろうけど、とにかく最も確実な方法だ」

 ハリエットは黙って聞いていた。ユルバン神父は続けた。

「その2、呪詛に掛かっている方を殺す。 術者にも同時にダメージを与えられるし確実だけど―― 言うまでもなく、今回の場合は使えない」

(そりゃそうだ)

 わざわざそこまで説明してもらわなくても良い。 〇〇は次を待った。

「その3、呪詛の正体を完全に見極め、 より強力な専門家が解呪を行う。これは条件が厳しい上、 根本的な解決にならない」

 聞くからに難しそうな話だった。
 しかも、解呪に成功したところで、 再び同じ呪いを掛けられたらどうするのだろうか。
 根本的に解決しないというのがそういう意味だとすれば、 実質“その1”の方法しか有り得ないように思える。

「まずは術者と術の正体を知ることが先決だね。 術の正体については、手掛かりが全くないわけでもない。 例えば、ピーテル君は今、夢を見ているね」

「そんなことが判るんですか?」

「これは別に医者なんかでなくても、 眼球運動を見れば簡単に判断できるよ」

 ユルバン神父は簡単な説明をしてくれた。 その程度の知識ならば〇〇にもあるので、すぐ納得する。

「もし彼がずっと夢を見続けているとすれば、それは異常事態だ。 呪詛の正体も限られてくる。……例えば、誰かの作り出した “夢の世界”に囚われている、とか」

(……なるほど)

「でも、術者の方は僕じゃ全く見当が付かないから、 そっちが問題だね。最近、 彼の周りで何か変わったことは無かったかな?」

「変わったことって……。ピーテルは殆どこの部屋から出ることも無いし……。出てもサナトリウムの建物の中だけです」

「一見関係が無さそうなことでも、 深いところで原因になっているかもしれないよ」

 神父の言葉に、ハリエットがはっと顔を上げる。

「あ……でも、これは本当に関係ないかも」

「僕は彼のことを全然知らないんだから、 情報は何でもあった方が良い」

「えっと、これなんですけど……」

 ハリエットが神父に手渡したのは、一冊の紙のノートだった。 彼女が開いて見せたページには、 奇妙に歪んだ不恰好な文字が並んでいる。
 神父は神妙な顔つきでそれを眺めた。

「……これは、正解かも知れないよ」

「何か判りますか?」

「いや……流石に、これだけの手掛かりから術者を追跡するのは、 僕では無理だ」

 ハリエットは肩を落とした。ユルバン神父は続ける。

「……僕の先生なら、 これでも何か手が打てるかも知れないんだけど、 あの人は協力なんてしてくれないだろうしな……」

 ユルバン神父は、珍しく眉間にしわを寄せた。

「第一、今どこに住んでいるのかも判らない。 それどころか、家が一定の場所にあるのかも不明だ……」

「誰ですか!? 私、その人を探しに行ってきます!」

「いや、期待させて済まない、そんな簡単な話じゃないんだ。 あの人は、ちょっとやそっとじゃ見つからない。まず、 何とかして連絡方法を考えないと」

「それでも、何もしないで居るよりは良いです!  お願いします、その人のことを教えて下さい!」

「……そうだね」

 ユルバン神父は頷いた。

「まず特徴だけど……」

 神父は腕組みをして宙をにらむと、 忌まわしいものでも思い出すように厳しい顔をした。

「先生の外見は“若い女性”だ。きっと今でもそうだろう。 でもその実年齢は……あ、いや推測による情報はやめておこう。 客観的な事実だけを並べていくと――」

 ユルバン神父はとうとうと“先生”の特徴を連ねていった。

「髪は、青みの掛かった色で、凄く長い。体型は、ぼんきゅっぼん。 思考回路は理系だけど、性格は邪悪そのもの。 悪魔的と言っても良い」

(なんかその人、最近見たような気がするな……)

 〇〇の思いをよそに、ユルバン神父は更に続けた。

「教えを請う者には、 気まぐれで比較的親身とも取れるような回答をすることがあるけれど、都合の悪いことには絶対答えない。人を人とも思わず、全ての男は自分の下僕ぐらいに考えている。むしろ全ての女もそうだと思っている」

 語るうち、ユルバン神父の顔は次第に青ざめてきた。
 だんだん特徴の列挙とは呼べない内容にまで踏み込んでいるような気がする。

「始末の悪いことに、人間とは思えない程に強い。 万が一彼女に逆おうものなら、 口に出すのも恐ろしい末路が待っている。猫が好きで、 色違いの猫を5匹か6匹飼っていた。僕が知ってる彼女の名前は――」

「リーシェ様ですね!! 行って来ます!」

 ハリエットはノートをつかんで、部屋を飛び出していた。 ユルバン神父は目を丸くした。

「え? 知ってるの?」

     ***

 強く照りつける日差しの中、 どこまでも連なって続く緑の丘陵地帯に、二つの人影があった。

 一人は、白いワンピースを着た長い黒髪の少女。
 もう一人は、それよりも少しだけ背の高い、 栗色の髪をした線の細い少年――ピーテルだった。

 二人は今、小さな湖のほとりを歩いている。
 気温は高くもなく低くもなく、 さらりとした風が時折吹き抜けるのが気持ち良かった。

「あ、ほら見て、あっちに花畑があるよ! 一緒に“ きゃっきゃうふふ”しに行こう!」

 少女は遠くの丘の下で咲き乱れる花畑を指差した。

「な、何なのそれ……。いたた、ちょっと待ってよ、めろんちゃん」

 少女が両手でピーテルの手を引っ張り、ついには走り始める。ピーテルは困惑しながら、 “めろん”と名乗ったその少女に付き従った。

 ――なんか変な夢だなぁ。

 彼女の名前は、 間違いなく自分のノートに残された文字列から来ている。 ピーテルはそれを認識していた。
 だが、姉は3歳ぐらいだと予想していたのに、 前を行く少女はどう見てもそれよりはずっと年上だ。
 ピーテルよりは少し下に見えるが、 どんなに間違っても3歳ということは有り得ない。

「ほらほら、早くー」

 めろんが手を離し、前を走り行く。
 夢だから、あまり細かい設定は関係ないのだろうか?  ピーテルは小走りに彼女を追いながら、 なんとなくそれを確かめてみることにした。

「あのさ、めろんちゃん。一応訊いてみるんだけど――」

 そう声を掛けた途端、 少女は噛み付きそうな勢いでピーテルの許にまで駆け寄ってきた。

「なになに!? なんでも訊いて!」

 ピーテルはその迫力に慌てて立ち止まり、たじろいだ。

「ぼ、僕のノートに、その……文章を書いていったのは、 めろんちゃんだったのかな……と思ってさ」

「はぁ!?」と少女は怒りの声をあげた。

「今頃何言ってるの!? あったりまえじゃない!」

「ご、ごめん。一応確認してみただけだよ。だって――」

 歳の割に、字があまりにも汚かったから――とは、 言えなかった。

「だって何? ちゃんと証拠を見せてあげようか、ほら」

 少女はその辺に落ちていた細い枝を拾い上げると、 土の露出した部分にしゃがみ込んで、それを下ろした。

「えっ、良いよ。そこまでしてくれなくても」

「――黙ってて。今集中してるんだから」

 ピーテルに見守られ、少女はぶるぶる震える指先で、 時間を掛けて慎重に大きな文字を書いていた。
 やがて、たった一つだけ文字を書き終えた少女は、 誇らしげに顔を上げた。

「ほら! 練習したのよ、これ」

 棒切れを放り投げ、彼女は自分の書いた文字を示す。
 その筆跡は見間違いようもなく、 彼のノートに記されていたのと同じものだった。

 ピーテルはこれが夢だということも忘れ、 凄まじい罪悪感に囚われた。
 もし、彼女がサナトリウムの子で、 病気で字が上手く書けなかったのだとしたら――。

「ごめん、めろんちゃん。そんなつもりじゃなかったんだ」

 ピーテルは心から謝った。少女はきょとんとして答えた。

「は? 何が?」

     ***

 やがて花畑に到着した少女は、 異常に嬉しそうにその中を駆け回っていた。

「あははは。……ほら、何やってんの? うふふふ、 とか言って追いかけて来てよ。そんで押し倒すのよ」

「えっ!?」

 めろんは再び笑いながら花畑をぐるぐる走り回り始めた。
 それから、いきなり足を止め、 近くの花に集まっていた蝶の群れを指差した。

「あ、見て見て、綺麗な蝶!」



「いっぱいいるね。モンシロチョウかな」

「ほらね、あの蝶も“きゃっきゃうふふ” って感じ出してるでしょ? 花畑ってのは、そういうものなのよ」

 少女は花の周りを飛び交う2匹の白い蝶を指差して言った。 ピーテルは答えた。

「同性の友達かも知れないじゃないか」

「どこ見てるの? 色が全然違うんだから、 オスとメスのカップルに決まってるでしょ」

「えっ?」

 ピーテルは驚いた。めろんは彼が驚いたことに驚いて 、二人は顔を見合わせた。

「どれとどれの色が違うの?」

「それとそれ。全然違うじゃない」

 めろんが指差したのは、両方とも真っ白な蝶だった。

「どっちも白だけど……。あ、 でも確かにこっちは模様がちょっとだけ薄い感じだね」

「何言ってるの?」

 めろんは少し怒ったように言った。
 ピーテルは慌てて、飛び回る蝶をもう一度じっと観察した。 だが、どんなに頑張ってにらみつけても、 2匹は同じ白色にしか見えなかった。

「これだよね? これとこっちで色が違うの? 紋じゃなくて?」

 ピーテルは首を傾げた。めろんも首を傾げた。

「ピーテルこそ何言ってるの? これが白だって言うの?」

 めろんは白い蝶の片方を指差した。 ピーテルは眉根を寄せて悩んだ。

「……じゃあ、何色なのさ?」


「え?」

 めろんは口元に指をあてて、どこか遠くを見て考え込んだ。

「それは……あ、あれ? 色の名前が判んない……。 何て言うのかな」

 めろんは言って、もどかしそうに唇を噛んで考え続けた。
 ピーテルはその横顔を、じっと見つめていた。


「な、なによその目は! ピーテルこそ本当に白に見えてるの?」

 問われたピーテルは、目の前の白い蝶を見ながら難しい顔をする。
 少しの間そのまま黙考してから、彼は口を開いた。

「……紫?」

「うーん?」

 めろんは首を傾げた。ピーテルは更に考え込む。

「あ、違う、逆か……難しいな。えっと、それじゃ緑とか?」

「んー……」

 めろんは少し悩んでいる様子だったが、やがて 「あ、それかも!」と嬉しそうに言って、 胸の前で両手を軽く叩いた。

「そう言えば、雰囲気がちょっと緑に似てる!  そっか、これって緑の一種なんだ」

 めろんは白い蝶を見て、うんうん、と何度も頷き、 それから満面の笑みでピーテルを振り返った。

「ね? やっぱり、白とは全然違うでしょ?」

 少女の問いに、ピーテルは小さく笑って頷いた。

「うん。……そうだね」

 やはり、この夢の設定は少し変わった趣向になっている。 そのことに、彼は気が付いた。

─End of Scene─





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