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宴の始まり |
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*** 「いったーい……」 黒服の少女は砂浜に尻餅をついて斧を手放し、 半泣きの表情を浮かべた。 「霊子誘導器を使っても簡単に負けるなんて……。悔しいですわ」 白服の少女はひざまずいたまま、唇をかみ締めた。 少し離れたところから、若い男の声がした。 「――勉強になったろ。ジュリエッタ、ジュリアンヌ」 「貴方は、あの時の!」 マリーは叫んだ。 いつかの手品師風の青年が、 街道側から砂浜を歩いて近付いて来ていた。 「その辺で許してやってくれよ。 あんた達は人殺しをやらない派なんだろ?」 青年は双子の側まで歩み寄ると、 少女たちの手を取って立たせてやった。 間違いない。彼は以前、 ゼネラルロッツのハギス牧場で出会った手品師だった。 「ユベール! 私まだやれるよ!」 「……私だって、すぐにでも戦えますわ」 双子は手品師に訴えかけた。だが青年は首を横に振る。 「駄目だ。それでなくても俺達は身体に負担を掛けている。 無理をすれば、どんな悪影響が出るか判らない」 「バルタザールは平気だとおっしゃってましたわ」 白服の少女が自信ありげに言った。 「……何?」 ユベールは眉をひそめた。 白服の少女が「ね?」と短く同意を求めると、 黒服の少女がそれに同じる。 「そーそー。私とジュリアンヌは特に高い適性があるから、 良く食べて良く戦うことだけ考えろ、って言ってたもん」 「約一年で筋肉細胞が全て入れ替わるそうですから、 そろそろですものね」 ねー、と双子は声を揃えて頷きあった。 ユベールは渋面のままそれを見つめていたが、 やがてこちらには聞き取りにくい小さな声で、 ぽつりと双子に告げた。 「……バルタザールを、あまり信用するな」 「えー。なんで?」 「メルキオールもだ。上手く言えないが、 あの二人はどこか……そう、“手品”を思わせる」 「あはは、なにそれー」 黒服の少女――ジュリエッタは笑った。だが、 ユベールはごく真面目な調子で続ける。 「何か妙なんだよな……。特にバルタザールは、 俺達が見たいと思っているものを見せることで、 別の何かを隠している。そんな印象がある」 「それってユベールがいつも手品でやってることじゃん」 「考えすぎですわ」 双子は再び顔を見合わせて、顔をほころばせた。 その時、どこからか新たな声が聞こえてきた。 「――皆お揃いのようですな。遅いので迎えに上がりましたよ」 *** 声が終わると同時に、す、と音も無く上空に人影が出現した。 黒い礼服に身を包んだその老紳士は浜に足を着くことなく、 身体ひとつほどの高さに浮かんで静止している。 「おっ、噂をすればバルタザール!」 黒服の少女が老紳士を見上げて言った。 「おやおや。私の噂話などしても、面白くはないでしょう」 バルタザールと呼ばれた老紳士は片手で白いあごひげを撫でると、 薄れつつある上空の暗雲を背に、柔らかく微笑んだ。 ユベールは〇〇の背後にある巨鳥の死骸を指差して、軽く笑った。 「あのシャンタク鳥を文句を言わずに食えるやつがいるかどうか、 賭けをしてたのさ」 「はは。それで私ですか。確かに私は、 好き嫌いはありませんからね。勿論、その鳥とて平気でしょうな」 「じゃ、賭けは私の勝ちだね!」 ジュリエッタは言って、片目でユベールに目配せをした。 ジュリアンヌもそれに合わせる。 「まだ判りませんわ。バルタザールが思わず吐き出すような、 物凄い料理に仕上がるのかも」 「ジュリアンヌの言う通りですな。早速、 帰って結果を確かめるとしましょう。時に、こちらの方々は?」 そこでようやく、 バルタザールは〇〇とマリーに気付いたかのように言った。 ユベールが答える。 「物好きな見物客だ。だが、 ジュリエッタとジュリアンヌはそいつらに負けたぞ」 「ほう」 老紳士は眼を細めて、マリーと〇〇を見下ろした。 「それは、お強い」 宙に浮いた老紳士は終始穏やかな表情で、 少しの威圧感も見せようとはしない。だが……。 (……こいつ、本当に人間か?) 〇〇はその視線から、 殺気とは異なる何かただならぬ気配を感じていた。 マリーが老紳士を見上げたまま、じり、と半歩後ずさる。 その額には、連戦による疲れとは違う、嫌な汗が浮かんでいた。 「貴方……“何”なの……?」 〇〇とマリーは共に、いつ攻撃を仕掛けられても対応できるよう、 精神を張り詰めた。 だが、老紳士はマリーの質問を無視し、 空中であっさりとこちらに背を向ける。 「さて。シャンタク鳥は私の方で回収しておきました。 これでもう、ここに用はありませんな」 (――何?) 〇〇がちらりと背後を確認すると、 倒れていたはずの巨鳥の死骸が、 いつの間にか忽然と消え失せていた。 何の気配も、何の動きも、そちらからは感じなかった。 「あれ。私の斧まで」 「私の方もですわ」 双子が辺りをきょろきょろ見回した。 彼女達が使っていた常識はずれな斧と槌も、 巨鳥と同様に消え失せていた。 「ついでですからな。……そうそう、それから、 先程メルキオールが起床しましたよ。どうやらもう1つ、 微弱な反応を見つけたようです」 「随分早いな。今までで最短記録じゃないか」 「弱すぎてまだ場所は特定できないそうですが、 次はマルハレータの担当ということに決まりました。 異存はありますかな?」 「妥当な順番だろうな。……言い忘れていたが、 そこの修道院は外れだったぞ。とんだ無駄骨だ」 ユベールは崖の上を親指で示して言った。 「おお、それは残念でしたな。まあ次があります。 皆さんは帰ってゆっくり休まれると良い。……私は一応、 もう一度修道院の方を確認してから戻りますゆえ」 「……必要なのか? 聖筆どころか、 まともに機能しそうな遺産は何も納められてなかったぞ。 がらくたばかりだ。霊子誘導器の一つも無い」 「ええ。もちろんユベールを信頼しないわけではありませんが ……念のためですよ」 老紳士は穏やかに言って、薄く笑った。 「ま、それなら俺達は先に戻ってごろごろしてるさ」 ユベールは特に疑念を表すことはせず、ごく自然に言った。 ジュリエッタとジュリアンヌも、表情の変化は見せない。 だが〇〇の位置からは、彼女達が老紳士の死角で、 ユベールの服の裾をぎゅっと掴んだのが見えた。 「皆、よき働きをしてくれたようです。では、 本日の我らの務めは、これまで」 老紳士が言った。 次の瞬間、そこに居た四人の姿は、全て消え失せた。 *** ピーテルは、夢を見ていた。 すぐに夢だと判ったのは、彼が病室のベッドではなく、 屋外にいたからだ。 彼は今、様々な色の花が咲き乱れる丘の上に立っていた。 ――ボーレンスにこんな場所があったかな? 見覚えのない場所の夢を見るのは、彼としてはかなり珍しい。 ピーテルは周囲を見回した。なだらかな丘が幾つも連なり、 どこまでも緑の野が続いている。 遠くには霧の掛かった森や湖も見えたが、 どちらを向いても人工物が全く見当たらない。 見上げると、 白い雲の切れ間から眩しい日差しが彼を照りつけていた。 ――あ!! ピーテルは反射的に腕で顔をかばった。 薬の日には、皮膚が普段よりも極端に光に弱くなる。 だから外出なんて、してはいけない。 厚いカーテンを二重に閉ざした病室で、独り暗闇に耐えて、 眠っていなくては。 ……だが、ここでは彼の皮膚が焼けるような痛みを感じることは、 無かった。 どうやら今は強い光を受けても何とも無いのだと彼は理解し、 安堵する。 「うふふ。どうしたの?」 突然、ピーテルの背後で鈴を振るような可愛らしい声がした。 振り返ると、丘の上に立つ大樹の下に、 いつの間にか一人の見知らぬ少女の姿があった。 屋外だというのに彼女は裸足でそこに立ち、 小首を傾げるようにしてピーテルを見つめていた。 ――誰だろう? 彼女はピーテルよりも幾分幼く見えたが、 それでも幼女と呼ぶには少し大人びている。 少女は両手を後ろで組むと、ピーテルを見つめて微笑んだ。 「退院おめでとう、ピーテル!」 涼やかな風が吹き抜けて、 彼女の頭上で大樹の梢が荘厳なざわめきの音を立てた。 少女の腰まで伸ばした黒髪と白いワンピースが柔らかくはためき、 木漏れ日の落とす斑の模様が、 彼女の白い肌の上で生き物のように蠢《うごめ》いて見えた。 ――夢だ。 ピーテルは再びそれを思った。 彼はもう一度空を見上げた。慣れない強い日差しに手をかざし、 眩しいその光に目を細める。 これが夢だということは確信できていた。だけど、 それでも良かった。 ピーテルは思った。 ――もう少しの間だけ、目が覚めないと良いのに。 *** 翌日、ピーテルの病室には“面会謝絶”の札が掛けられた。 ─End of Scene─ |
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