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鳥姫の巣 歌子6戦目 打ちて滅ぼす力 |
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「〇〇、今日はがんばろう!!」 入りからこれか。 いつものホールの、大舞台の上。単書の中に入って早々、羽毛でもこもこした両手を胸の前でぎゅっと握り締めて、 勢い込んでこちらを見る歌子。そのテンションの高さに、〇〇は警戒心もあらわに数歩後ろへと下がる。 「〇〇? どうしたの?」 どうもこうも。というか、何でそんなに気合が入っている上に嬉しそうなのか。 〇〇が緊張を解かずに身構えたまま訊ねると、歌子はきょとんとした顔で目を瞬かせた。 「え? だ、だって、もう〇〇の声もしっかり出てきたから、今日は声の力をそのままぶつける歌について教えて ──そうしたらもうべんきょうは大体お終いだから、やっと一緒に力いっぱい歌い合えるなって。だから」 「…………」 険しい表情のまま反応しない〇〇に、歌子の表情は一転曇ってにわか雨一歩手前。声の調子も段々と沈んでいく。 「〇〇、うれしくない? いや?」 正直、これまでの歌合戦でのこちらに対する仕打ちと「やっと力いっぱい歌い合える」という二つから、 嬉しいという感情を生み出すのは、とてもとても無理があるのだが。 (……まぁ) 彼女に悪気が無いと言うのは判っているし、本当に嫌ならば、何度もここに足を運んだりしないのも確かだ。 今まであれこれと時間を割いて、自分に歌の“原理述”──奏法についてを教えてくれたのだから、 ここで否というのは少しばかり気が咎《とが》める。 「〇〇?」 普段の少し話を聞かない強引さが鳴りを潜め、こちらの反応を窺うように赤色の瞳が覗きこんでくる。 〇〇は小さく溜息をつく。嫌ではない。が、なら嬉しいかというとそれはまた話は別になってくるのだが、 ここで要らない事を言う必要はないだろう。 〇〇がただ否定の仕草だけで答えを返すと、歌子の顔に掛かっていた雲があっさりと消え去って、 「ほんと? 良かった、それじゃ、ささっと説明するから、早く一緒に歌お!」 ……やはりここで妥協したのは失敗だっただろうか。 一変する態度に〇〇が頭を抱える目の前で、歌子はすっと背筋を伸ばして声音を変え、いつもの先生モード。 「えーと、今日がさいご。歌の力による攻撃の話です。基本は“スラッシュフォルテシモ”。これ」 気が急いているのか少し早口で言い終えて、彼女は間髪入れずにすぅ、と胸を膨らませる。 そして一拍の間を置いて。 「ぼえー」 生み出されたのは、何ともいえない脱力感を伴う、気の抜けた声だった。 しかし、それと同時に、 「……ッ」 圧倒的な無形の力が彼女から放たれ、一直線に劇場の外まで駆け抜けていくのを〇〇は感じた。 肌と、そして耳が、彼女が放った力が震わせた大気の感触をしっかりと捉えていた。 ──もし、先程歌子から放たれた力の矛先に己の身体があったなら。 背筋が凍った。恐らく、軽傷では済まなかっただろう。 腹に溜め込んだ空気を声と共に吐き出し終えた歌子は、一度大きく深呼吸をしてから〇〇の方へと振り返る。 「こんな感じ。歌の力による攻撃って、あんまりスキルとしてまとめられてない。だから、 正統な奏法の流れの中だと、声が持つ力にある程度指向性をつけてそのままぶつける、 このスラッシュフォルテシモが一番根っこで、それでこれでおしまい」 「……は?」 一つだけ? 拍子抜けにも程がある。思わずぽかんと間抜けな面を晒してしまった〇〇に、歌子はこくんと頷いてみせた。 「うん。純粋な歌の力で攻撃するスキルはこれだけ。でも純粋じゃなくて、あともっとクセが強いスキルなら、 他にもある。例えば“ラストレクイエム”とか、“ヒートデスラプソディ”とか。 この辺りの曲はかなり上位だから覚えるのも大変だし、それにちゃんと効く相手じゃないとダメだけど」 効く、相手。 「そう。ラストレクイエムは、もう死んでるはずなのに死んでないもの達をちゃんと寝かせる葬送の歌。 ヒートデスラプソディは、カラクリを壊すための衝撃の歌。だから、ラストレクイエムはアンデッドにしか効かないし、 ヒートデスラプソディは機械とかにしか効かない。でも、その子達相手ならこの歌達のこうかは凄く強力だし、 それに集中して歌えばすごくいりょくがあがるの。えと、なんだっけ。 “しゅうそくじゅつしき”って言ってた。……ラストレクイエムは今歌ってもわかんないけど、ヒートデスラプソディなら」 歌子はとことことオルゴール達の傍に近づくと、少しの間目を閉じてから、 一小節。短いフレーズを口ずさむ。どうやらオルゴール達にヒートデスラプソディとやら聴かせて、 その効果を直に見せてくれるらしい。 「わー」 「やめてやめて」 「ないわーないわー」 無茶するなぁと引きつる〇〇の前で、オルゴール達がわたわたと慌てだす。 「ダメ?」 「「「だめ、だめ!」」」 「……そう」 残念そうにこちらへ戻ってくる歌子の後ろで、オルゴールから顔を出した人形達が、 揃って安堵の仕草を取るのが見えた。 (にしても……) 今の歌子の話を総合すると、どうやら歌で敵を直接的に攻撃するためのスキルは非常に数が少なく、 あっても使い勝手が良くないものが多いらしい。そういえば、楽器のスキルについての基本的な説明を受けたときにも、 そんな話があった気がする。奏法──楽器のスキルは、あくまで仲間の補助や敵の弱体が主な役割である、 という事なのだろう。 そこまで考えて、あれ、と〇〇は首を傾げた。 今まで歌子達とあれこれと歌い合いをしていた時に、彼女等は先程のスラッシュフォルテシモとは別の類の歌を操って、 こちらをびしばしと攻撃していた記憶があるのだが。 「わたしたちが使ってる“ソングオヴリバリィ”とか“パワーヴォイス”とかは、 普通にべんきょうするだけじゃ覚えられないくらいとくしゅな歌。 リバリィは凄くクセがあるから無理かもだけど、パワーヴォイスとかなら、〇〇でももしかしたら覚えられるかも?」 もしかしたら、と言われても、普通に奏法の習練を積んでいくだけでは覚えられないのなら、 一体どうすればいいのか。 〇〇の当然の疑問に、歌子は少し首を傾けて、考え込む仕草。 「ん、んんー。“栞”とスキルが上手く“関連付け”出来るようなじょうたいにするきっかけ……みたいなものがあって、 その時〇〇がそれなりに歌についてべんきょうができてたら、行けると思う。例えば教本とか、 そういうの。判る?」 何とも頼りない助言であるが、これ以上彼女におんぶ抱っこというのも情けない。〇〇が力強く頷いてみせると、 歌子もうんと大きく頷いて、そして両の腰に手を当て高らかにこう宣言した。 「よし、じゃあわたしからのおべんきょうは、今日のこれでおしまい。続いて早速、 さっきの話を踏まえつつ、いままでのそうまとめになる歌合戦をやろうと思います!」 ……本当にやるのか。 「もちろん! 〇〇が勝てたら──ううん、最後まで耐えられたら合格でいい。 わたしも今度は加減とかしないでとっておきの歌うから、〇〇も力いっぱい歌ってみて!!」 こちらが全力は良いとしても、そちらは出来れば手加減して欲しいのだが。 「ダメ。オルゴール達もずっと待ってたんだから。ね?」 「そうだそうだー」 「おゆうぎえんそうあきたー」 「でっだーらいぶでっだーらいぶー」 どうやら歌子だけでなく、オルゴール達もノリノリであるらしい。 (……これは) 果たして、生きてこの場を切り抜けられるのかどうか。 沸き立つオルゴール達と、「ルールールー、ルルー」等と弾んだ調子で声を整えている歌子の様子を見ていると、 無傷で生還という可能性は限りなく低い気がする。 そうこうしているうちに歌子の声が収まって、彼女は赤色の両眼で〇〇をじっと見つめ、そして。 「──はじめよ。わたしときみの二重奏」 その言葉を合図にして、真夜中のホールに歌の力が満ちていく。 *** 無人劇場の鳥姫が現れた! ─See you Next phase─ |
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