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鳥姫の巣

 箱舟右側部から伸びる三枚の翼。
 三つの小島のうち、一番前方に位置する島に、“硝子天蓋”と呼ばれる建物がある。
 元々は旧時代に存在した有名な大劇場で、 “箱舟”建造時にそれをそのまま島として浮かべたものであるらしいと ツヴァイは言っていた。
 古の時代には美しき姿を誇ったというその建物も今は老朽化が激しく、 箱舟の修繕機能という役目を持つ木霊達が頻繁に手を入れていても、 当時の姿を維持するのは難しいようだ。
 外装などは彼らの力で比較的元の形を保っているが、 内装等の補修は木霊達の力が及び辛いようで、硝子天蓋の中心、 名前の由来ともなった硝子の丸屋根の下に造られた半円状のホールは、 今は過去の面影も無い程に荒れ果てているという。  そしてそんな硝子天蓋に、箱舟の住人が一人住み着いているらしい。
 何故そんな荒れた場所に住んでいるのか。いや、それ以前に、“白と緑の城” という住処としては最適だろう建造物があるというのに、 どうしてこの船に住む者達は皆、こうも居場所がバラバラなのか。
 呆れ混じりの感想に、ツヴァイは苦笑いと共にこう答えていた。
 曰く、

『みんな、捻くれているんですよ。若しくは、群れるのが嫌いなのか』

 とか。
 どちらにせよ、困った連中である。

     ***

 木霊の案内の元、中央島とを繋ぐ空中水路を伝い、件の島へと渡る。
 硝子天蓋はこの島の地上部の殆どを埋めており、 島へ辿り着けば建物の入り口は直ぐ傍だ。
 ぴょこんぴょこんと跳ねていく木霊の後に続いて、 ○○は建物の中へと足を踏み入れて。

(……く、暗い)

 中に入った第一印象はこれだった。
 どうも外光を取り入れるための窓のようなものが、建物内に殆ど存在しないらしく、 中は至極暗い。
 暗闇の中、僅かに見える様子から想像するに、 ここは恐らくはエントランスホールなのだろうが、 他の場所へと続く通路口などがぼんやりと見えるくらいで、 内部の細かい部分がどうなっているのかさっぱり判らない。
 唯一はっきりと見えるのは、

「──?」

 入り口付近で足を止めた○○に気づいて前進を中止し、 「どうしたのかな?」といった風にこちらを振り返る木霊の、 あの目らしき縦線の輝きだけ。

 木霊の身体自体は殆ど闇に溶け込んでおり、 暗闇の中、並んだ縦線二つだけがくっきりと浮かび上がる様はかなり不気味だった。
 だが、逆に言えばこの視界不明瞭な中、 道案内役である木霊の姿だけはしっかりと確認できるのだから、 寧ろ僥倖《ぎょうこう》と言うべきか。
 ○○は足元に用心しつつ木霊の傍へと移動し、 なるべく自分から離れぬように案内してくれと木霊に頼む。
 すると、縦線の輝き二つがふよふよと縦に揺れて、そのまま三回前へと跳ねて停止。 くるりと振り返った木霊は、こちらの様子を伺うように目が左右に揺れる。
 どうやら、こちらの言葉はほぼ問題なく伝わっているらしい。この小さく不思議な、 生き物なのかも定かではない存在の賢さに感心しつつ、○○は彼の後に続いた。
 硝子天蓋の中に入って、さてどの程度の時間が経ったのか。
 恐らく半時間とは掛かっていまいが、 ○○の目が建物内を埋め尽くす暗闇に慣れてくる程度の時間は経過したようだ。
 ぽろぴんぽろぽんと奇妙な音を従えながら跳ね進む木霊の先導も、 既にこちらを気にするものではなく、いつものペースに戻っている。
 暗闇が漸く見通せるようになって、 昔は照明の役目を担っていたらしい出っ張りや器具の痕《あと》が、 壁や天井の至る所に存在している事に気づいた。
 どうもこの硝子天蓋という建物は、外からの光をなるべく取り込まず、 内部に設けられた照明でもって光を確保する構造になっていたようだ。
 恐らく何らかの意図があってそういう設計が成されていたのだろうが、 内部照明全てが沈黙してしまっているこの状況では枷《かせ》以外の何物でもなく、 全く面倒な構造にしてくれたものだという悪態しか出てこない。
 途中の部分が砕けた階段を何とか乗り越えて、 冷たく湿気た空気の漂う細い廊下を通り、 木霊が停止していた場所にあった大き目の扉に手を掛けた処で。

「──」

 何処からか、声が聞こえた。
 ○○は動きを止めて、耳を澄ます。

「────」

 確かに、聞こえる。
 細く、幾重もの障壁を通して、己の耳に届いたそれは、

「……歌?」

 届いてくる歌声は酷く微か。
 だが、その声が秘めている力のようなものだけは、 損なわれる事なく伝わってくる。
 声の在り処は、恐らくこの扉の向こう側だ。
 ○○は手に力を込めて、扉をゆっくりと押し開いた。

「──ッ」

 唐突な眩しさに、○○は思わず右腕で眼を蔽った。
 そこは朽ちかけた長椅子が半円状に並ぶ大きなホールだった。 天井は美しい硝子張りで、空から降り注ぐ陽光を受け止めて僅かに屈折させ、 独特の色合いをホール中に撒き散らしていた。
 今まで散々暗闇の中を移動して、突然光溢れる場所に出たせいで、 ○○の目は完全に眩んでしまった。
 こめかみに残る刺すような痛みを堪えている間、耳に届いていたのは先程の歌だ。
 先程よりも確かに近くなったが、それでもまだ音を遮るものを残したような響き。
 ○○はうっすらと目を開き、辺りを確認する。
 半ば醜く崩れ落ちた内壁。埃《ほこり》が山と積もった長椅子。 舞台は大穴が幾つも開き、既に“舞台”と名乗る事すらおこがましい様な惨状。 硝子の丸屋根を支える大柱も、一本は既に折れ、 更に一本は半ば辺りに補修されたような痕が残っており、 残る六本も怪しい気配をそこかしこから漂わせていた。
 そして、このホールの中に歌声の主の姿は無かった。

(……なら)

 何処だ? 届いてくる歌声の出所は、そう遠くではない筈だ。
 ここで無いなら、一体。 ○○は改めて左右を見回し、天井を見上げ、そして。

「居た」

 硝子の天蓋の向こう。丸屋根の天井に、白色の人影が一つ立っていた。
 その影は不思議な形をしていた。
 言うなれば人と鳥の境に在るような、そんなシルエット。
 ホールから天井の向こう側までそれなりの距離があるため詳しくは判らないが、 手と足の部分が明らかに鳥のそれで、他の部分は人。髪の長さと、垣間見える横顔、 そして耳に届く声の高さから恐らくは女性か。
 彼女はこちらに気づく様子も無く、ただ遠く空を見上げて、朗々と声を張る。
 耳に届く歌声は時には強く、時には弱く、時には厳しく、時には優しく。 歌詞が綴る情感に従い、まるで寄せては返す波のように留まる事無く変化した。
 歌自体はごく素朴な、懐かしき故郷を想う気持ちをただ謡っただけものだ。 だというのに、歌い手の技量次第でここまで心に訴えてくるモノになるとは。
 ○○は埃だらけの長椅子を軽く払い、 煙る視界に眉を寄せながらもそこに腰を下ろして、届く歌声に耳を傾けた。

     ***

 そのまま暫くの後。
 半人半鳥の歌い手は、この歌が好みなのか。○○がホールに入って、既に四周目。 同じ歌を飽きもせず歌い続けていた。
 手の中に木霊を収めて、ずっと歌を聴き続けていた○○も、 そろそろこの歌を覚えてきた。 年老いた男が、空の向こうにある故郷を想う。
 ──在りし日よ、父よ、母よ。星の彼方で。
 硝子を通して、ホールに響いてくる歌声。それに併せて、 ○○は天井をぼんやりと見上げながら、何気なく歌詞を口にした。

「────」

 その瞬間、ぴたりと歌が止まった。
 突然の事に目を白黒させた○○の視界の中。 遠く天蓋の向こうに見えていた半人半鳥の女の顔が、 いつの間にか自分に向けられている事に気づいた。
 彼我の距離は果たしてどの程か。少なくとも目と目が合っても、判る距離ではない。 なのに、○○ははっきりと、その半人半鳥の女と己の視線が交差した事を認識した。
 そして次の瞬間、天蓋上に居たその影は両の腕となる翼を大きく広げて、 丸屋根を滑り落ちるように飛び去っていってしまった。

「な、ん──」

 急展開に付いていけず、○○は呆然と、 その影が滑り消えていった屋根の端を見上げる。
 一体何故突然。切っ掛けとして考えられそうな事は一つしかないが、 自分がほんの少し、小声程度の大きさで口ずさんだとして、 それが天蓋の上にいた彼女に聞こえたとでも?

(……そんな馬鹿な)

 地上と、天井の向こう。距離としては少なく見積もっても十メートル以上はある。
 更にその間に存在するのは分厚い硝子の壁だ。 こちらの些細な呟き程度の声が聞こえる筈も無い。
 だが、とするといきなり彼女が歌を止め、 そして自分の方を振り向いた理由が判らない。

「う……ん」

 腕を組んで暫し唸るも、答えは出そうに無く。○○は溜息と共に首を振る。  恐らくは先程の彼女が、ツヴァイの言っていた硝子天蓋を塒《ねぐら》 とする箱舟の住人とやらだろう。
 一応、彼女に会うのがここに来た第一目的であった訳だが、 その相手はこちらと目が合うと同時に、何やら飛び去っていってしまった。
 理由はさっぱり判らないが、 逃げてしまった相手をわざわざ追い掛け回すというのも問題がある。 強いて彼女に用事がある訳でもなし、今回無理をしてもう一度会う必要も無いだろう。
 ○○はそう結論付けると、よし、と勢いをつけて立ち上がった。今日の所は切り上げて、 別の場所を廻ることにしよう。
 そして手の中でうつらうつらとしていた木霊に、 建物の外への道案内を頼もうとしたところで、
 ばーん。
 いきなりの音。何事、と音のした方へと顔を向ける○○。
 音の出所は、先程自分が潜ってきたホールの出入り口となる大扉。
 今は大きく開け放たれたそこには、先程飛び去っていった筈の半人半鳥の娘が、 両の翼を前に突き出した姿勢で固まっていた。

「じゃ、行くね? はい、『あー』」

「あー」

「違う。『あー』。ここはお腹で出しちゃ駄目」

「あー?」

「それも違う。もっとこう、胸の筋肉を使う感じ。あー、あー。こんな風」

「あ、あー?」

「……意識しすぎて、声が震えてしまってる。自然でなくても良いけれど、 声が勝手に揺れてしまうのは凄く駄目」

「アーッ!」

「叫んじゃ駄目だよ、もう。……真面目にやろうよ?」

 そんな凄く困った顔をして言われても、こっちの方が更に困る。
 彼女に負けず劣らずの困り顔を浮かべながら、 ○○は今自分が置かれている謎の状況を、客観的に把握しようと努める。
 まず、こうなるに至った経緯を確認するため、 ○○は少しばかり記憶の巻き戻しを試みた──。


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