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地図から消えた村

【備考】
"街道にて、その後"終了後
ゼネラルロッツ→リンコルン→黒猫商会






「でしょでしょ? あははは」

 ハリエットが乾いた笑いを上げた。
 店主も合わせて笑い声を上げてから、ぴたりと真顔に戻って声を低くする。

「……その昔ベルン公国では、盗人を捕らえた際に両手を斧で切り落としたと言いますニャ」

「そ、そうなんだ。怖いねー!」

「怖いですニャ〜。もちろん我々はそんな野蛮なことはしませんニャ。でも、 ひょっとするとこの世のどこかには、そういう専門の猫さんも居るかも知れませんニャ〜」

「わかったわかった! もういいから! それよりさっきの話、これぐらいで勘弁してよねー」

 ハリエットは先ほどよりやや大きめの布袋を取り出すと、 中から幾つかの装飾品を見繕ってカウンターに乗せた。
 黒猫は出された品物から髪飾りを手に取ると、ルーペを取り出して様々な角度から検分を始める。

「むーん……ちょっと思い出してきましたニャ。あのお客さんは、 この辺の人では無さそうでしたニャ〜」

 黒猫は品物を光に透かしたり、匂いを嗅いだり噛み付いたりしながら話をする。
 ハリエットはカウンターに頬杖をついてそれを眺めつつ、質問を続けた。

「てことは、やっぱりベルンの貴族とか?」

「多分それですニャ。といっても、実際に店に来たのは本人じゃなくて従者さんっぽかったですニャ〜。 自家用荷馬車でおつかいの旅ですニャ」

「あ! もしかして家紋とか見たの?」

「入口からちらっと見えただけですからニャー。蛇のような草のような、 ニョロニョロがぐるぐるした系統の家紋だったと思いますニャ」

 言って黒猫はハリエットから預かった金品を仕舞いこみ、良い取引でしたニャー、 と満足げな笑みを浮かべてハリエットに向き直った。

「……ちょっと、まさか情報そんだけじゃないでしょうね!」

 ハリエットが身を乗り出した。

「ニョロニョロがぐるぐるしてる家紋がどんだけあると思ってんの!?」

 黒猫は横を向き、迷うように小さな唸りを上げる。

「まだ何かあるんでしょ? あるのね? もったいぶらずに言ってみ! ほれほれ!」

 ハリエットは尚も迷う黒猫の小さな肩をつかむと、前後に激しく揺さぶり始めた。

「おおおお客さん、これじゃ余計に言いにくいですニャ。放して放して」

 ひとしきり揺さぶってからハリエットが手を放すと、店主はふうふうと息を整えた。
 ややあって、ぽつりと洩らすように言う。

「……変な匂いがしたんですニャ」

「匂いってどんな?」

「うーん……人間の嗅覚はニブ過ぎるからニャ〜。ヒトの言語には該当する表現がありませんニャ」

「そこをなんとか!」

 ハリエットが期待のこもった目で手を合わせる。
 黒猫はふーと息を吐くと、遠い目をして言った。

「――死の臭い、かニャ」

「……なにそれ。詩的なこと言うじゃん。あ! 実は、殺人犯だったとか?」
「それならそれと判りますニャ。もっと違う何か―― とにかく普通じゃないモノを馬車に積んでいるはずですニャ。我輩から言えるのはそれだけですニャ」

 変な匂いの荷物ねえ、とハリエットは少し考えるような仕草を見せる。

「尚、この情報から変なトラブルになっても、当店は一切関知いたしませんニャ」

「それは良いけどさ……せめてもうちょっと詳しく家紋が判れば、 ベルンで聞けば特定できると思うんだけどなぁ。匂いとか言われても、 馬車自体が臭いから絶対わかんないし」

「買い物旅行が続いているなら、まだ町内にいるかも知れませんニャ〜。 捜査の基本は足と言いますニャ」

「聞き込みしろっての? 通りすがりの馬車の家紋とか細かく覚えてる人間がどこの世界にいんのよ」

「まぁ最悪の場合、国境検問所で張り込んでいればその内通りますニャ」

「あ、それって結構良いんじゃない?」

 ハリエットが、ぽんと手を合わせた。

「ベルンから来た馬車なら絶対検問所通るし、もう通過してるならそこで話が聞けそう。 あったま良いじゃん!」

「照れますニャ。ところで……その篭手は譲ってもらえないんですかニャ?  ちょっと見せてもらえれば、割と良い値段がつけられそうなんですがニャ〜」

「あーと、これは色々あってダメ! また何か良いもの盗れたら売りに来るからさ!」

 ハリエットはそれだけ言うと、勢い良く店を飛び出して行った。
 店の外で一度だけ振り返り、大きく掌を振って見せる。

「じゃ、まったねー!」

     ***

「ふ〜、全く困った娘さんですニャ」

 ハリエットが去った後、店主は彼女から受け取った品物に値札をつけながらそう言った。

「活発なのは良いですがニャ……。まだ、怖いものを知らな過ぎますニャ」

 店主がひとつ溜息を落として、〇〇に向き直る。

「それにしても、なんでそこまであの指輪に固執するのかが、良くわからないですニャ〜。 ルーメンの村の品だから、蒐集家が喜ぶのはわかるんですがニャ」

 ……そう言えば、先ほどもそんなことを話していたようだが、 その『ルーメン』というのはどこの村なのだろう?
 少なくとも、ゼネラルロッツやリンコルンの周辺にそのような村があるとは聞いたことがない。

「ご存知ないですかニャ? ルーメンというのはベルケンダールの南東に位置する小さな村でしたがニャ……。 ある時、一夜にして村人全員が死亡した! ……と、言う話なのですニャ〜!」

 店主は大げさに抑揚をつけた声でおどろおどろしい様子を演出した。
 先刻の斧で両手を落とす話といい、この猫はどうも『ちょっと怖い話』の類が好きと見える。

「原因は疫病とも巨大生物の襲来とも言われていますが、真相は藪の中ですニャ〜。 村は地図の上から抹消され、そこに至る道は今でもアーネム騎士団によって封鎖されていますニャ」

(ふうん……)

 地図から消えた村――か。
 そのフレーズには確かに、ある種の人を惹きつける魅力のようなものがあった。

「そんなわけで今は一般人がルーメンに立ち入ることはできませんニャ。 それでも大きな声では言えないルートからルーメンの品物が流れてくることがありましてニャ〜。 あの娘さんが欲しがっていた指輪もその一つですニャ」

(消えた村から持ち出された品……か)

 そうした品物を蒐集して喜ぶ人種がいるのは、まあ理解できなくもない。 どうせ暇と金を持て余したような連中だろう。
 だが店主が言うように、ハリエットがそれを欲しがるというのは、 何か少し違っているような気がした。

「あの娘さんは多分、指輪を買った貴族を見つけたらそこから盗むつもりですニャ。 ……もっとも、それでどんな目に遭おうと我輩の知ったこっちゃないですがニャ〜」

 それで、村と指輪に関する話は終わった。
 〇〇は少しの間店内の品を見て回ったが、結局、 先の旅券以外で取り立てて興味を惹くものは見当たらなかった。
 〇〇は店主に軽く会釈をし、野良猫市場を後にするべく踵を返す。と、

「あー、……ちょっとこれをあの娘さんに渡してくれませんかニャ」

 何も買わずに立ち去ろうとした〇〇を、思い出したように店主が呼び止めた。
 ことん、と机の上に置かれたのは、ハリエットが情報料として支払ったのとは別の、小さな布袋だった。

 渡せと言われたところで、別に彼女とは知り合いでも何でも無いのだが…… 無下に断るのも気が引けたので、一応預かっておくことにする。

「それは“お釣り”ですニャ。髪飾りが思ったより良い品物だったのでニャ」

 〇〇が受け取った布袋を荷に詰め込むと、黒猫は目を細め、ひげをぴくぴくと動かした。
 それがどういう感情の表れなのかは、良く判らない。
 ともかく、この“お釣り”は今度彼女に出会った時にでも渡してやれば良いだろう。

─End of Scene─



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