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天秤、聖杯、そして聖筆

続き
「十字のこくいん!」

 ネイサン少年は何故か感動したようだった。

「何故それで効果が出るのかをネイサンに説明するのはとても難しいけど、簡単に言うと軽い痛みでかゆみを上書きしているような感じかな? 神経の伝達特性を利用した手品のようなもので、“いたいのいたいの飛んでいけ”なんかも同じ原理だね」

「ええっ!? “いたいのいたいの飛んでいけ” って意味があるんですか?」

「もちろんさ。今まで何だと思っていたの?」

 神父は驚いた様子でマリーを見た。

「マリーは勉強不足だなー」

 ヤスミンが言って、子供達の間で笑い声が起こった。

「くっ……」

 マリーが再びわなわなと震えた。


     ***

 それからも様々なジャンルにわたる無関係な質問が飛び交い、 子供達が帰ったころにはマリーはぐったりとうなだれていた。

「私、こういうの苦手かもしれません……」

 マリーは堂内の長椅子に座ると、○○○の目も気にせず、 ぐでん、と脱力して机に突っ伏した。

「いやー、そんなことないと思うよ」




 マリーの対面に立った神父が言う。
 だが、彼女のぐったり具合は回復しなかった。

「神父様がね……授業をね…… やった方が良いんと思うんですよね……」

 マリーは突っ伏したまま、机の上を指先でこねくりまわす。

「それは無い。むしろ僕は、 この教会で授業をするならマリーが最適だと思ってる。 子供達にとっても、マリー自身にとってもね」

 神父はにこにこしながらも真面目な調子で続ける。

「先生ってのは別に万能超人じゃなくて良いんだよ。 むしろ授業で成長するのは教師の方だ。 レンツールの格言にもあるだろう。“学びたければ、 教わるより教えろ”」

「へぇ……」

 マリーが感心したように顔を上げた。

「そんなことわざ、初めて聞きました」

「僕が今考えた格言だからね」

「やっぱそうですか……」

 再び脱力するマリー。そこで、奥の扉が再び開かれた。

「先輩、今度こそお疲れさまでーす。お紅茶入りましたー」

 カップを乗せたお盆を両手にして現れたのは、 先ほども顔を見せたシスター・コゼットだった。
 ベールは外しており、三つ編みにした明るい茶色の髪を背中で揺らしている。

「そちらの方にもおまけしておきます!」

 彼女は運んできたカップを、○○○を含む全員の前に配した。
 なぜ自分の分まで用意されるのか理解できないが、 せっかくなので○○○もご相伴させてもらうことにする。

「先輩、またつぶれアンパンになってますね」

 コゼットはマリーの隣に着席すると、 机にうつ伏せている先輩シスターの顔を覗き込んだ。

「コゼットはああいうの結構得意なのよね……うらやましいわ。 ねたましいわ」

「やー、そんなことないですよー。私はテキトーに答えちゃいますし。 それより聞いて下さい、今日はすごい依頼が舞い込んで来たんですよ! 先輩の好きそうなタイプの怪事件です!」

「え、ほんとに?」

 マリーががばっと上体を起こした。

「な、なんと! 郊外にあるハギス牧場のハギスが、 夜な夜な一匹ずつ増えている!? とのことです!」

 コゼットが嬉しそうに宣言する。
 マリーの瞳に、ぱっと輝きが戻った。

「な……なにそれー! 凄いじゃない!?」

「へー」

 ユルバン神父は適当な相槌を打って、カップに口をつけた。
 マリーは興奮に軽く震えながら言う。

「これは、きっと大事件になるわ。未知の恐怖…… 恐ろしい異変の予兆に違いないわ」

「ですよねー!? 私もそう思いました」

 コゼットが同意する。本当にそうだろうか。

「増えてるんなら、別に放っておけば良いんじゃないの?」

 ユルバン神父はやる気なさそうに紅茶を一口すすり、先を続けた。

「一日一匹なら誤差みたいなもんだろう。 倍々に増えていくなら世界の危機だけど」

「良くないですよ! 不気味じゃないですか!」

 マリーが勢い良く立ち上がる。

「私、行きます! ハギス牧場を調べます! 有休取ります!」

 胸の前で握りこぶしを作り、マリーは高らかに決意を表明した。
 シスターのような職業にも有給休暇なるものが存在するとは知らなかった。

「ほら、私の言ったとおり! じゃ、先輩が調査に出てる間は、 私が代わりに授業やっときますね」

「まあ、経費なんて出ないから、引き受けるならそれしかないね。 とはいえマリーだけじゃ色々心配だなぁ……。 誰か手伝ってくれる人はいないかなぁ……」

 わざとらしくそんなことを言いながら、 ユルバン神父はちらちらと○○○の方に視線を送る。

「それでしたら、そちらの方に頼んでみれば良いんじゃないですか? ええと――お名前は」

 シスター・コゼットがにこやかに○○○に話を振ってきた。
 成り行きに任せてお茶のカップを手にしていた○○○としては、 無下に断りづらいところだ。
 手伝うかどうかはともかく、名前ぐらいは―― と口を開きかけたが、その必要も無かった。
 ○○○のことを憶えていた神父が、コゼットにその名を告げる。

「○○○さん、ここで居合わせたのも何かの縁です!  先輩と一緒にこの町の平和を守って下さい!」

 カップを置いた○○○の手を取り、シスター・コゼットが期待の篭った大きな瞳を向けてくる。
 牧場のハギスが一匹増えたぐらいで大げさなことである。

「私一人でも平気ですってば。でも、 もし手伝って下さるのでしたら、現地で落ち合いましょう。 場所は……町の南西よね?」

 マリーがコゼットに確認する。

「そうそう、そこのハギス牧場ですよー。 他になーんにも無いところだから、行けばすぐに判ると思います。 じゃ、頑張って下さいね!」

「まぁ、大した事件じゃないと思うけど、一応祈っておくよ。 えーと、君達にサヴァンの導きがあらんことを」

 ユルバン神父はいまひとつ気合の入らない祈りを捧げると、 「あ、そうだ」と思い出したように続ける。

「もし牧場の張り込みで蚊に刺されたりしたら、 是非“十字の刻印”を試してみてね」

─End of Scene─




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