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黄昏の釣り師


 夏の終わり。夕暮れ間際。東京は今日も熱帯夜の予想だ。
 目の前にはレインボーブリッジと東京タワーが浮かび上がる。
 イルミネーションの灯りが、恋人たちを迎える湾岸ーーお台場。
 
「来た!?」

 僕が握りしめる釣り竿に、アタリだ。
 東京湾の緑の海水を挟んで、息詰まる相手との真剣勝負。

大物の予感。
 力ずくで引っ張る。すると突然、ふっと手応えが消えた。
 
 「あたたたた……」
 
 切れる釣り糸。ため息一つ。
 たぶん、きっと今のはゴミがかかったんだ。そうだ、そうにちがいない。
 
 そもそも、こんな緑色の海で、江戸前の魚が釣れるのか?
 ……答えは、きっとサカナ君なら知っている。

 いつだって、僕の人生はこんな感じだ。
 欲しい物は、あと一歩というところでで、手には入らない。
 これまで、僕が狙った獲物は、おもしろいように僕をすり抜けていった。 度重なること数十目にして、僕はある人生訓を編み出した。
 
 「何も欲しがらないのが一番いいーー」
 
 大学に入って初めての記念すべき夏休みだというのに、恋も、冒険も何もない。
 平和な日常がひたすらつづく、いつもどおりのロングバケーション。

 僕は再びウッドデッキに座り込み、ひとり、釣り糸をたらす。
 緑の海水にうかぶ釣り糸の横をクラゲが波に揺られて、ゆらゆら漂う。
 
 ふと思う。ああ、僕みたいだな、と。 何かが起きそうで、何も起きない、日常に流されるだけ。
 限りなく透明で、骨抜きでフニャフニャの存在。

 どこかのグループが持ち込んだFMラジオからは、最近話題のニュースが流れている。 この街から“人が消える”事件が立て続けに起こっているんだ。
 マスコミも、評論家も、消えた人は殺されたにちがいないって口をそろえる。 でも、僕の考えはちょっと違う。  
 消えた人たちは空を行く“箱船”に乗っている。
この街の退屈な日常を捨てて、今頃どこかできっと幸せに暮らしているんだ。
 一番大切な誰かと。
 
 なんて、こんなロマンティックなことを考えるのは、この曲のせいだろう。

 暗いニュースに続いて流れ始める、この夏のヒットチューン。
 
♪遠く離れていても、つながっているのかな?
 
 せつないメロディ。恋人どうしが出会えた奇跡を歌ったリリック。
 僕の世界にはおよそ起こりそうにない夢物語。 だけど、ハナウタなら、歌える。
 ラジオから流れるメロディに合わせて、こっそりと口ずさむ。
 
 携帯の受信音にもしているこの曲。
 まぁ、曲が聞けるのは、迷惑メールが届く時くらいだけど……。
 
 とにかく、これが僕の、ありふれた日常なんだ。

 正直に言おう。何も欲しがらないのが一番だなんて、やせがまんだ。
 でなきゃ、金髪にしたり、美容師や人気のブランドで2万もするTシャツなんて買わないって。 タイクツなリアルから抜け出したくて、いつだって僕は終わらない 祭を求めていた。
 ちょっと刺激的で、それでいてスイートな……。

 その先を妄想しようと、ウッドデッキに両腕両足を投げ出して、大の字になる。
 その時、地面すれすれの僕の視界に足が入り込む。
 ピカピカに磨き上げられた、白と黒のタッセルシューズ。
 うわっ、高そう……。てか、近っ!
 


 僕の頭のすぐ先に、奇妙な男が立っていた。しっかりとクリーニングされた黒いスラックスに、 品のよい分厚いコートを着込んでいる。
 どれもこれも、いちいちすごく高そうだ。
 って、おいおい、どうしちゃったんだよ、この人は。
 9月も終わりに近いけど、気温はまだまだ30度だぞ?

 思わず飛び起きて、男の顔を見上げた。
 男と目があった。
 
 その男は汗一つかかず、僕に向けて気持ちのよい笑顔を投げかけていた。
 仕事のできる営業マンっていうのは、こんな風にいついかなるときも、 笑顔を絶やさない人なのかもしれない。
 僕にはできそうにない芸当だ。
 
 「退屈な日常に飽き飽きしているようですね?」
 
 なぜわかる?できる営業マンは読心術も心得ているのか?
 
 「スリルをお求めなら、私の会社に来ませんか?」
   



ーSee you Next phaseー


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