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魂の器



不公平な殺人者



      〜戦闘〜

     ***

「ああ……やっぱ、こうなると思ったよ」

 ユベールはそう言うと、立ったままで目を閉じた。

「ま……、仕方ない……な」

 ユベールがふらり、とバランスを崩す。彼はそのまま、通路の絨毯の上に膝から崩れ落ちた。

     ***

 静かになった聖堂の中に、ドアの開く音が響く。見ると、奥の部屋からユルバン神父とシスター・コゼットが顔を覗かせていた。

「……先輩、大丈夫ですか?」

 コゼットはドアの縁に手を掛けたまま、心配そうに言う。



「ええ……。勝てた……けど、どうしましょう。これ」

 マリーは倒れたユベールの側に立って、肩で息をする。どうやら青年は気を失っているようだった。
 神父とコゼットが聖堂に入ってきて、倒れたユベールを見下ろした。

「そうだね。とりあえず、そこの長椅子で寝ててもらえば?」

 神父が脇に並んでいる長椅子を示す。コゼットは頷いた。

「床に転がってたら、つまずいたりして危ないですもんね」

「そういう問題で良いのかしら。じゃあ、〇〇さん、すみませんがそっち側を持って頂けますか?」


     ***

 ユベールを長椅子に横たえて、マリーはここまでの経緯を神父達に説明した。
 と言っても、大した事情ではない。ただ彼が教会にやってきて、居合わせた〇〇とマリーが撃退しただけのことだ。

「……で、彼はこの教会の閉架に用があったみたいなんですが」

 マリーの説明に、閉架ねぇ、と神父は口元に手を当てる。

「確かにゼネラルロッツで閉架を備えた教会はここしかないけど……。何を探してるんだろう? そんなに良いモノは置いてないはずだけど」

「彼が起きたら聞いてみますか?」

「うん……。けど、あんまり素直に話してくれそうには見えないなぁ」

 神父は苦笑して、長椅子に横たわった青年を見る。その時だった。

「もどったぞー!」

 外から少女の声がして、同時に、ビシ、と乾いた音が聖堂に響いた。

「え?」

 マリーが言って、一同の目が玄関に集中する。
 次の瞬間、両開きの大きな扉が勢い良く“内側”に押し開かれた。
 木を裂く音と共に、分厚い木製の扉が蝶番《ちょうつがい》の辺りから砕け、木切れが跳ね散る。
 外れた扉はそのまま勢い良く床を打ち、コゼットの叫び声をかき消した。

 玄関口にはもうもうと埃が舞い上がり、その向こうに、外の明るい景色が四角く切り取られて見える。
 そこに立っていたのは、二人の少女だった。



「あははー。反対だった」

 外に立っていた黒服の少女があっけらかんと笑い、聖堂に入ってくる。

「どっちでも良いですわ。ユベール様はどちらかしら」

 続いて、白服の少女が教会に足を踏み入れた。

「あ、貴女達……なんてことを!」

 マリーが叫んだ。
 教会の玄関扉は、外に向かって開くように出来ている。彼女達は、それを内側に向かって押し開けたのだ。

「酷いなぁ。これじゃ、当分ここで授業はできないね」

 神父は玄関の惨状を見て苦笑した。
 あまりに勢い良く壊されたため、破損は扉本体のみに留まらず、ドア枠や入口上部のステンドグラスにまでひび割れを走らせていた。
 二人の少女はそんなことは全く意に介さず、床に転がる扉を踏んで乗り越え、聖堂内を見回した。

「……あら? ユベール様、お休みのようですわ」

 白服の少女、ジュリアンヌは長椅子に横たわるユベールを見つけて首を傾げた。

「あ。あの時の怪獣大決戦!」

 黒服の少女、ジュリエッタが〇〇を指差した。

「どういうことですの? ……まさか、貴方達がユベール様を」

 白服の少女の眼に敵意の光が宿るのを見て、マリーが身構えた。
 だが、神父はそんなマリーの肩にぽんと手を置くと、彼女を下がらせて自分が前に出た。

「うん。彼、ついさっき急に倒れちゃったんだよね。君達、彼の知り合いなんだろう? 何か持病や怪我があるんじゃないかと思うんだけど」

 神父は適当なことを言った。双子は顔を見合わせる。

「あったかな?」

「さあ? でも、そういうことなら治せば大丈夫だと思いますわ」

 少女達は長椅子で気を失っているユベールの側に並んで立つと、ぺたぺたと彼の身体を撫で回した。

「治った。かな?」

「やっぱり、いまいち調子悪いですわ」

 白服の少女は自分の手をにらみつけて、嘆息する。
 ユベールには既に目立った怪我は残っていなかったが、目覚めるには至らなかった。

「君達、治療ができるの? それはすごいね」

 神父は感心したように言った。ジュリエッタはそれを無視して、ジュリアンヌに訊いた。

「ユベールって、何しにここへ来たんだっけ。また皆殺し?」

「皆殺しなら『子供達をどこかに連れて行け』なんて、言わないはずですわ。だからきっと、あのアレ……ええと」

 白服の少女は口元に人差し指をあて、視線を上に向ける。神父は助け舟を出した。

「もしかして“閉架”のことかな?」

「あ、そう。それですわ」

 そう言ってから、ジュリアンヌはむっとした顔になる。

「……なんで、神父様が私達の会話に入ってくるんですの?」

「困った時はお互い様って言うだろう?」

 神父の言葉に、ジュリエッタは八重歯を見せて笑う。

「教会の人とは『お互い様』じゃないよー」

「何故、そう思うんだい?」

「だって私達、その閉架のモノを奪いに来たのですわ」

 白服の少女が嘲るような笑みを浮かべる。だが、神父は平然と答えた。

「へー、そうなんだ。よし、それじゃ僕が案内してあげよう」

「え?」

 ジュリエッタが、意表を突かれたような声を上げる。ジュリアンヌの方も同様だった。

「なんでそうなるんですの! 教会の方は、私達の行動に賛成できる立場ではありませんわ」

「まあねぇ。僕は君達の目的を知らないけど、多分、知ったところで賛成は出来ないと思うよ」

 神父の答えに、やっぱりね、という笑みを双子の少女は浮かべた。

「でも、協力するかどうかは、それとは別問題だ。立場が反対だからといって、絶対に相手の邪魔をしないといけない……ということはない。考え方の違う相手に協力したって、別に悪くは無いだろう?」

 神父がにこにこ顔で言って、少女達は戸惑った様子で互いの目を見た。

「……どゆこと?」

「わかりませんわ」

 ジュリアンヌは眉根を寄せる。ジュリエッタは神父の方に向き直って、単刀直入に尋ねた。

「神父さんってさー、私達の敵なんだよね?」

「それを決めるのは、君自身だよ」

 神父は和やかに笑った。

「出会う者すべてを敵にするのも、味方にするのも、君達自身の選択だ。……ただし、敵ばかり作るのは子供でも簡単にできるけど、その逆はとても難しい。なかなか上手くはいかないよね」

 むーん、とジュリエッタはうなった。

「と、いうことで……ここはお互い協力して、妥協点を見つけようじゃないか」

 神父が笑って提案する。双子は再び顔を見合わせて、ひそひそと話し始めた。

「……教会が協力的な時って、どうしろって言われてたっけ?」

「そんなの、聞いてませんわ。想定外ですもの」

「じゃ、私達の判断で良いのかな?」

「でも、なんだか騙されているような気がしますわ……」

 双子は尚も話しながら、ユベールの方をちらちらと見たりする。
 神父は彼女達の答えを待つことなく歩き出し、奥へと続く扉を開けた。

「ほら。閉架はこっちだよ、ついておいで」

 双子は黙って神父の方を見た。ユルバン神父は緩く笑う。

「そんなに深刻に考えなくても大丈夫じゃないかな? 悩むことがあったら、後で彼が起きた時に相談すれば良いだろう」

 言われて、ジュリエッタは長椅子のユベールの方を振り返った。彼が起きる様子は、まだない。

「それまで時間があるようだったら、お茶とお菓子ぐらいは用意するよ。まずは見るだけ見ておいたらどうだい?」

 双子の少女は無言で顔を見交わしたが、すぐに小さく頷きあうと、神父の待つ扉の方へトコトコ歩き出した。
 ユルバン神父は扉を大きく開き、微笑みを以て彼女達を迎える。
 まるで誘拐犯のようだ――と、〇〇は思った。

    ***

「はい。この奥が、ゼネラルロッツの閉架だよ」



 案内されたのは、地下のかび臭い部屋だった。
 先頭を歩くのはユルバン神父で、後に双子が続く。〇〇は更にその後ろから、マリーやコゼットと共に入室した。
 部屋はまるっきり倉庫といった雰囲気で、木製の簡素な棚が等間隔に並んでいる。中は思っていたよりも広く、〇〇達全員が入室しても尚、がらんとした空気が漂っていた。

「おー。ハイテクだー!」

 黒服の少女が天井を指差して喜んだ。そこには輝くガラス管が二本ずつ並び、室内を白く照らしていた。

「それは第三世代遺産だ。この部屋で一番価値があるのは、実は天井の照明かも知れない」

 ジュリエッタが背伸びしたり屈んだりしながら、あちこちの棚を覗く。
 やがて彼女は何だか良くわからない彫像を一つ手に取り、その表面を払ってけほけほと咳き込んだ。

「ほこりっぽーい」

 苦笑いして、彼女は得体の知れない彫像を棚に戻す。

「何しろあんまり使われないからね。せっかくの服が汚れてしまうだろう、僕が代わりに見てあげるよ」

 神父は双子の前に進み出て、笑いかけた。

「……で、君達は、何を探してるの?」

     ***

 だが、神父の質問に対する双子の答えは、はっきりしなかった。
 それは何かを隠そうとしているというより、単純によく知らないだけ、といった風に見えた。

「貴女達、自分が何を探しているのかも知らずに来たの?」

 呆れた様子のマリーに、白服の少女は少しむっとして答えた。



「……断っておきますけど、私達が格別馬鹿だ、ということではありませんわ」

「そーそー。だって私達、目的は皆バラバラだもんね」

 ジュリエッタは頭の後ろで両手を組んで笑う。

「へえ。『皆』ってのは、誰のこと? 君達以外にも大勢いるのかな」

「全部で7人だよー」

 ジュリエッタはあっさり答えた。

「私達とユベールでしょ、あとはバルタザール、メルキオール、マルハレータに、グラール。大体みんな聖筆が目的かな?」

「8人ですわ。エマさんがいらっしゃいますもの」

「あー、ごめんごめん、忘れてた」

 ジュリエッタが舌を見せた。

「でも、エマちゃんはずーっと寝てるから、例外だね」

「……それは病気か何かで? 大変だね」

「うん。お姫様みたいにずーっと眠ってる。適性が低すぎたのかな」


「グラールの目的は、聖筆を使ってその子を目覚めさせることですの。他の方々も、やっぱり目的は聖筆だと思いますわ」

「みんなお互いの目的はあんまり気にしてないよねー」

 ジュリエッタは軽い調子で言った。
 ふうん……と神父は腑に落ちない様子で頷いた。

「……最近、ハリエットという名前の、君達より少し年上の女の子に会わなかったかい?」

「知らなーい」

 ジュリエッタはそう答えたが、ジュリアンヌの方は無言で首を傾げて何かを考えている様子だった。

「そうか。もし、彼女に会うことがあったら、できるだけ早く教えてくれないかな。僕は大抵この教会にいる」

 何それー、とジュリエッタは笑う。

「……でも、貴女達」

 口を挟んだのはマリーだった。

「聖筆を探しているのなら、こんなところに来ても無駄よ」

「なんでだよー」

 ジュリエッタが口を尖らせる。

「田舎の閉架なんて、一時的な物置でしかないのよ。大体、もしここに聖筆なんてあるんだったら、私達もっと大金持ちになっています」

 あはは、とジュリエッタは笑った。

「それもそーだよねー」

「……確かにマリーの言う通り。教会の双架省が価値を認めた品物は、残らずベルケンダールに運ばれる。だからここにあるのは残り物ばかりだ」

 神父は言った。

「ちなみに、そうして各地の閉架から遺産を選定する双架省の偉い人を“秘蹟執行者”と呼ぶんだ。かっこいいだろう」

「かっちょいい!」

「凄く素敵なネーミングですわ」

 双子は目を輝かせた。神父は満足げに頷く。

「君達とは気が合いそうだ。で、その執行者が聖筆なんていう究極の宝物を見逃すはずはない。だから、もし教会が聖筆を所持しているとすれば、保管場所は大聖堂以外に有り得ないよ。少なくとも、うちみたいな田舎の教会には絶対無いね」

 なるほどなー、とジュリエッタは納得したようだった。ジュリアンヌは、少し不思議そうに首を傾げる。

「もっともなお話ですけど……バルタザールは、それをご存知なかったのかしら?」

     ***

 それからしばらく、双子は閉架の中をあれこれ物色していた。
 シスター・コゼットも実は閉架に入ったのは初めてらしく、途中から一緒になってあちこち見て回る。



「なんか一つぐらい良い物ないかなー?」

「これなんてどうです?」

 コゼットが隅の棚から、何かつるりとした箱を引っ張り出そうとして、両手をかけた。
 よいしょっ、とコゼットが声を上げる。しかし、箱はびくともしなかった。

「おもっ!!」

 きゃはは、とジュリエッタが笑って、コゼットに代わり軽々とその箱を引っ張り出す。
 彼女が両手で抱え上げたのは、自分の身体の半分ほどもある飾り気の無い立方体だった。

「何だろこれ?」

 装飾の無いその箱は金属とも陶器ともつかない物質で出来ており、蓋らしき部分以外には、切れ目も加工の跡も全く無い。

「良く持てるねえ。それ、液体が入ってるから腰を痛めないようにね」

 神父が言うと、ジュリエッタは箱を床に置き、厚めの蓋を外してジュリアンヌに手渡した。
 彼女は肉厚の箱の中から、ガラス状の物質で出来た一回り小さな箱を取り出す。その中は神父の言うとおり、茶色い液体で満たされていた。あまり透明度は高くない。

「……なにこれ? お茶?」

「その液体と鉛ガラスは多分、放射線を遮断するための物だ。内部の純粋霊子状態を保つためだろうね」

「へー。良く判んないけど」

 ジュリエッタがガラス箱を持ち上げて傾け、中身を観察する。それは外箱以上に装飾も切れ目も何もなく、開け方の見当さえ付かなかった。
 ただ、内部には数本の棒が中心に向かって伸びており、その先に両の掌に乗る程度の大きさの金属光沢を持った球体が固定されている。

「カプセルみたいなものが見えますわ」

「それは“リポジトリ”と呼ばれている。五大遺産では結構ありふれた出土品だね」

「ふーん。中には何が入ってるの?」

 ジュリエッタの質問に、神父は端的に答えた。

「――人間だよ」

「えっ」

 ジュリエッタはガラス箱を取り落としそうになり、あわてて持ち直す。

「正確には、人の霊子状態の一部を別の形に誘導したものだね。霊子状態は複製できないから、これはオリジナルだ」

「霊子状態?」

「うん。簡単に言うと、個人の本質が宿る何か……かな?」

「それって“魂”!?」

「ああ、その表現は近いと思う。まさに“魂の器”ってところだね」


「なんだか、気持ち悪いですわ……」

 ジュリアンヌは眉をしかめた。ジュリエッタはあっけらかんと訊く。

「どーやって人間に戻すの?」

「現代の霊子誘導技術では無理だよ。それに、本人の身体が無いと戻せないんじゃないかなぁ」

「他人の身体に上書きしちゃえば!?」

 ジュリエッタは嬉しそうに提案した。

「それはもっと無理だ。アガタ時代には、そういう荒業も可能だったかも知れないけどね」

 神父はどこか楽しそうに言った。こういう話が好きなのだろう。

「他人に上書きするということは、脳を取り替えるのに等しい行為だ。しかし、人間の末梢神経系は、個人ごとに違う。もしそんなことをしたら神経接合の不一致から、手も足も、目も耳も、全ての身体機能が異常をきたすだろう。それを解消するような処理は、あまりに“複雑すぎる”」

(……ん?)

 〇〇は、その言葉に何か引っ掛かるものを感じた。だが、それが何なのか思い出せなかった。

「へー。じゃ、これって結局、全然意味ないんだ」

 ジュリエッタは己の持ったリポジトリをしげしげと見つめた。

「残念ですわ。昔の人を復元して、お話ができたら楽しそうですのに」

「将来もっと霊子誘導技術が発達すれば、その中の人も、ヒトとしての姿を取り戻せるかも知れない。ちなみにそれは第三の時代、キュネブルガ末期のものだ。一番古いアガタ時代のリポジトリは、全部大聖堂にあるはずだよ」

 ふんふん、とジュリエッタは頷く。

 それから「じゃ、これは片付けるね」と言って、彼女は持っていたガラス箱を元の大きな箱にそっと納めた。
 ジュリアンヌが蓋を姉に渡そうとして、ふとその手を止める。

「あら……蓋の裏に、何か彫ってありますわ」

 ジュリアンヌが、蓋を裏返して見せる。そこにはこう刻まれていた。

“メルキオール”

 双子はきょとんとして、互いに視線を交わした。

「……別人だよね?」

「当然……ですわ」

 地下室に妙な沈黙が降りた。

 次の瞬間、突然、そこに居ないはずの者の声が朗らかに響いた。

「お邪魔しまーす」

 それは聞き覚えのある、少年の声だった。


      ***

「うわっ!」

 ジュリエッタが、びくりと飛び上がった。

 双子の目の前には、唐突に黒髪の少年が姿を現していた。メルキオール――と、ジュリアンヌがその名を呟く。

 少年は閉架の中をきょろきょろと見回して、神父やシスター達の姿に目を留めた。

「あれ? 教会の皆さんもお元気のようですね。神父さんも牧場のお姉さんも、お久しぶりです」

 そう言ってメルキオールは会釈した。

「……誰?」

 マリーは突然現れた少年を見て、眉を寄せる。彼女はメルキオールの声は聞いているはずだが、姿を直接目にしたことは無い。
 神父の方は一度ボーレンスで少年の姿を目にしている。しかし、こちらも間近で彼を見るのは初めてだろうか。
 そう思って〇〇が神父の方を振り返ると、彼はメルキオールを見つめて立ちすくんでいた。

「君は……。本当に、生き物なのか……?」

 神父は青ざめた顔で、恐らく無意識の内に、数歩下がっていた。その瞳には、恐怖の色すら浮かんでいた。



「あれ? 人間に見えませんか?」

 メルキオールは笑いながら首をひねった。

「変だなぁ。原子単位で一致してるはずなんですけど」

 言って、少年は不思議そうに自分の身体をあちこち眺めていた。

「まあいいや。ジュリエッタさん、ジュリアンヌさん、その箱を持って帰りましょう。それだけあれば今日は充分です」

「え? これ?」

「そうです。あ、ユベールさんはもう転送しておきましたので、ご心配なく。ワンプもそろそろ降って来ると思うんですけどねー」

「……ねえ。メルキオールの目的って、これだったの?」

 屈んで足元の箱に手を添えつつ、ジュリエッタはメルキオールを見上げた。

「え?」

 メルキオールは可笑しそうに笑った。

「やだなあ、違いますよー。僕はそんなの、どうでも良いですもん。それを探してたのは、バルタザールさんです。あ、余計なこと言っちゃったかな」

 えへへ、とメルキオールは頭をかいた。

「とりあえず帰りましょうか」

 神父は慌ててそれを制止した。

「待って欲しい。……条件を聞いてくれないか」

 えー、と嫌そうな声で少年は答える。

「どんな条件ですか?」

「その二人を自由にすること。君達が何を企んでいるのか知らないが、その子達が利用されるのを黙ってみているのは、忍びない」

「あら。私達、最初から自由ですわ」


 ジュリアンヌが笑う。神父は深刻な様子で首を振った。
「違う。君達は囚われているんだ。檻の役割をしているのは……多分、君達が見せられている、それぞれの希望だ」

「どっちみち無理です」

 メルキオールは屈託のない笑みを浮かべた。

「ジュリエッタさんとジュリアンヌさんが居なくなったら、バルタザールさんの計画には少し足りなくなってしまいます。僕は構いませんけど」

「……何が、足りないんだい?」

 少年は答えず、双子を振り返った。

「それに、お二人にはお二人の目的があるんです。この神父さんは違うんですよね?」

「全然違うよー。もっと冷酷な顔の男だった」

「一目見れば、それと判りますわ」

「……誰かを探してる?」

 神父の質問に、ジュリアンヌが毒のある微笑みを浮かべる。

「その通りですわ。私達は、かつてルーメンの村を訪れた一人の男を捜していますの。ですから、私達の目的は聖筆ではなくて――」

「ふっくしゅーだよ!」

 ジュリエッタは八重歯を見せて笑みを形作る。

 その言葉を最後に、双子の少女と黒髪の少年は閉架の中から消え失せた。“メルキオール”と刻まれた、奇妙な魂の器と共に。


─End of Scene─







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