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主の居室

 それにしても。

 ○○は淹《い》れてもらった飲み物を軽く口に含みつつ、 何気なく辺りを見回して、少し眉根を寄せる。
 部屋の隅々には本だの何だのが積み上げられて、 戸棚に置かれた食器類等も質は良さそうながらも案外と雑に置かれている。 いつも御茶を入れるために使っている、 不思議な光沢を放つ金属製の釣鐘のような形の物体が、 周囲の景観などを全く意識していない風にどどんと配置されていて、 この部屋の混沌とした雰囲気を助長させていた。

「どうしました? あれ、御茶の味おかしいです?」

 慌てて自分のカップを手に取るツヴァイに、○○はいやいやと首を振った。
 御茶がどうこうという事ではなく、この部屋について、ふと思ったのだ。

 今○○とツヴァイが居るのは、大きく取られた正方形の大部屋、 その下部に分けている四つの小部屋の中で、 唯一の吹き抜けとなっている場所。 傍にはこの大部屋と外の廊下を繋ぐ扉があり、 言ってみればこの大部屋のエントランスに当たる小部屋となっている。
 役割としては玄関、 応接間といった扱いが割り振られるのが妥当な位置なのだが── どうもツヴァイは、この場所を単なる己の居間、 普段の居場所として利用している節があった。

 要するに、あまり他人の眼を意識せずに、 自分の必要なものをあれこれ取り揃えてある部屋だな、と。
「それはそうですわ。だって私、 実際にここを居間として使ってますから。 ほら、○○さんが来るときも、大抵はここに居るでしょう? 第一、 客間等を用意する必要のある場所でもありませんしね、この船は」

 言われてみれば、それもそうか。
 ここにやってくる者など、箱舟の住人達か、自分のような“迷い人”だけ。 ならば取り繕った客間など必要ないのだろう。

 しかし、そうなるとこの小部屋に隣接する形で配置された他の小部屋や、 その奥にあるであろうもう一部屋。更に、 その三つの小部屋の天井部を床として存在する、 中二階の部屋は一体何に使っているのだろう、という疑問が湧く。 単なる空き部屋か、物置にでも使っているのだろうか。

 ○○は今座っている場所から上の階へと視線を移す。 そこには結構様々なものが置かれ、 それなりの生活空間が構築されているようには見えるが。

「ああ、上の階は私の主が普段使っていた場所ですね。 今はいらっしゃらないので、全く使っていませんけれど。 掃除するときや、必要な物を探すときに立ち入るくらいですね。 私がここを自分の居間同然に使っているのも、 主の呼び出しに直ぐ答えられるように、というのが始まりでしたから」

 ──私の主。

 時折、彼女と話していると聞く言葉だが、 そういえばその主殿について詳しく話を聞いたことが無い。
 一体どんな人物なのだろうか。今までの話の流れからすると、 彼女の主が、恐らくはこの箱舟の正式な管理者、という事なのだろうが、 今は居ないとも言っていた。

(居ない、か)

 それが単に何処かへ──例えば本の中へ──出かけている、 という意味なのか。それとも今はもうこの世には居ない、 という意味なのか。
 元が“人形”であるというツヴァイ。その主ということは、 つまり彼女の創造主なのだろう。もし亡くなっているという事ならば、 あまり深く訊き出すのも悪いだろうか。
 そう迷う○○だったが、

「わざわざ気を遣っていただいてありがとうございます。けれども、 大丈夫ですよ。私の主は生半可な事で死ぬような方ではありませんから」

 見透かされたか。ばつが悪そうに頬を掻く○○を、 ツヴァイはくすくすと楽しそうに笑う。
 しかし、人形である彼女にそう言われるなど、 一体どんな人物か。○○が苦笑すると、

「この箱舟、エルアークを造り上げた魔術師。それが私の主です」

「…………」

 その答えに、○○は「ん?」と眉を大きく寄せた。
 確か、“大崩壊”とやらが起きたのが、何年前だと言っていただろうか?
 少なくとも、数年数十年という話ではなかったように思う。
 それだけの時を経て、今も生きている──それは果たして、人間なのだろうか。

「どうでしょう? 元々この世界の方ではありませんし、 見た目はともかく、中身は人と呼んでいいのかどうか微妙ですね。 象形一つで海を割るとか簡単にやっちゃいますし、 外見は何百年経ってもさっぱり変わりませんし。 会えばどんな方かは直ぐ判るんですけれど……今は、私の妹── ディーちゃんと一緒に、別の他概念世界へ旅行中なんですよね」

 取り敢えず化け物なのは判ったが……他概念、何?

「他概念世界。まぁ、この辺りの事は話すと長くなっちゃいますから、 軽く流してくださいまし。取り敢えず、私の主は今も元気に生きていて、 だけどここには居ない。そう理解していただければ。それで、 主の居ない間、箱舟の管理代行を任されたのが、 主の助手を務めていたこの私、という訳です」

 そういって話を締め括ると、 湯気の少なくなった御茶を口元へと持っていく。
 ○○は今ツヴァイが話してくれた事を吟味するように、 顎に手をやって軽く一息。

(……ん?)

 と、そこでふと思い出す。
 上階についての話は終わったが、 この部屋から繋がっている二つの小部屋についての話がまだだった。
 恐らく、単なる物置代わりとして使っているとかだろうが、 多少は気になる。○○はツヴァイに訊ねつつ伏せていた顔を上げて── ぴたりと固まった。

 テーブルの対面には、何故かにっこりと、完璧な笑顔を浮かべたツヴァイ。
 そして笑顔の向こう側から有無を言わせぬ気配を強烈に漂わせながら、 彼女は一言。

「──秘密です」

「…………」

 そう言われると、何だか凄く気になるのだが。

 しかし、笑顔のまま全力で威圧してくるツヴァイの態度から鑑みるに、 ここは下手に踏み込まない方が良いだろう。
 ○○は思わず視線を逸らして、誤魔化すように御茶に口を付けた。



ーEnd of Sceneー


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