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章間


“主の書室達”の最上にあるツヴァイの居室で、彼女の提案に是と答えてから、既に一週間。
 挿入栞を“ジルガ・ジルガ”への記名に備える為、更には“落丁”についての情報を集められるようにする為に改良を施させてもらう。そう告げた彼女に栞を没収されてしまった〇〇は、群書にも単書にも記名する事が出来ず、箱舟での逗留生活を余儀なくされていた。

「〇〇。ここに居たのかよ?」

“白と緑の城”の中層。屋外庭園の縁で茫としていた〇〇の背中に声が掛かる。
 振り向けば、赤い衣の少年――エンダーが、ひらひらと手を振りつつ近づいてくる。彼は屋外庭園に横たわる太さ数メートルはある幹を身軽に登り、その上に腰を下ろしていた〇〇の隣にやってくると、手に持っていたモノをひょいと〇〇に投げてきた。

「ほい、今日の配給」

 寄越されたのは得体の知れないペースト状のモノが入った小瓶。〇〇は受け止めたそれを軽く手の中で転がして、小さく溜息をついた。

 箱舟での生活で、一番の問題が“食事”である。

 基本、箱舟に備蓄されている食糧はこれしかない。後はツヴァイが時折出す茶や類する菓子くらいで、他に食べられるものといえば、以前に庭で取った珍妙な味の果物一種程度だ。
 箱舟上には動物の姿は殆ど無いが、植物はそれなりに生えている。それらを調理すれば取り敢えず腹の足しにはなりそうなのだが、その事を箱舟の主であるツヴァイに話すと、あまり摂取しない方が良いと釘を刺されてしまった。
 曰く、箱舟の植物を食しても、人の身体に良い影響を全く与えないのだとか。
 良い影響を与えない。つまり毒――というか、そうなると庭の果物にも毒が入っていたのか? と、話を聞いた時は戦慄した〇〇であったが、

「……ちょっと言い方を間違えました。何の影響も及ぼさない、と言った方が正しく伝わりますでしょうか?」

 との事。
 その後続いた判り難く長ったらしい彼女の説明を要約すると、箱舟の植物――正確にはこの世界の植物は、食べても何の栄養にもならない、身の糧になり得ないものであるのだという。
“大崩壊”以後、植物から所謂“精気”のようなものが抜け落ちてしまっている為、これだけを食べて腹を膨らませても身体の血肉にはならず、大量に摂取してしまうと逆に植物に蓄えられている虚の概念とやらの影響を受けて活力が失われてしまう。果実のような生命の根源を表す要素は多少の例外であるのだが、主要な栄養源とするにはやはり厳しく、箱舟で普通の人間が生きていくには今〇〇の手の中にあるコレが欠かせない、らしい。

「んじゃ、いただきますか」

 エンダーが瓶の蓋を開けるのに合わせて、〇〇も蓋を取る。軽く揺すると中の物体がどろりと蠢いて、あまり嗅いだ記憶の無い独特の匂いが鼻に絡んだ。
 眉を顰めて顔を上げると、似たような表情のエンダーと視線がぶつかる。お互い、目だけで会話をすると、タイミングを合わせて同時に瓶を呷った。
 口の中に粘り気のあるそれが流れ込み、喉を伝う。下手に途中で飲むのを止めると、残りを処分する気力を取り戻すのにかなりの時間が必要になるのは、過去の経験から既に判っている。〇〇は覚悟を決めると一気に全てを飲み干した。

「……しっかし、慣れねぇな、この味つーか食感」

「…………」

 隣から聞こえる溜息混じりの声に、〇〇は渋い顔のまま頷く。正直こんなもの飲みたくは無いのだが、これしか栄養源となるものが箱舟に存在しないのだから仕方ない。
 このペースト状の食べ物とも飲み物と表現できる物体は、この“箱舟”で生産備蓄されている携帯食糧のようなもの。自分達のような、書の世界に記名出来ない事情が生まれ、箱舟に長期滞在する事になった者にのみ提供される品で、ツヴァイが言うにはかなり貴重な物であるらしい。何でも、“大崩壊”以後の源となる力が失われたこの世界では、真っ当な“食糧”を生産するには凄まじい労力が掛かるのだとか。
 その話を聞いた時に、何時も彼女の部屋で出される御茶や、偶に出てくる御茶菓子はどういう位置づけなのかと尋ねてみたが、御茶は別として茶菓子の方は所謂“幻”のようなものなのだという回答を得た。つまり先刻の植物の件と似た話で、食べ物ではあるが糧にはならない、という事だ。


「はー。にしても俺達、いつまでここに居りゃいいのかね。〇〇、姫様からなんか話聞いてる?」

 口と喉に残る独特の匂いに意識が向かないよう、そんなどうでも良い事を思い返していた〇〇に、エンダーが空になった瓶を幹の上に置いてそう訊いてくる。

(――ええと)

 昨夜、彼女の居室の方へ様子を見に行ったら、今良い所なんですから邪魔しないでくださいっ! て、物凄い勢いで追い出された。
 という話を、一切の脚色無しで話すと、少年は「んあー」と呻く。

「判断しづれーなそれ。調子が良いから邪魔すんななのか、もう直ぐ出来上がるから邪魔すんななのか、それともジルガ何たらって群書に入れる時間までに間に合いそうにねーから邪魔すんななのか」

 どうだろうか。部屋の散らかり具合とツヴァイの鬼気迫る感から察するに、恐らくは三番目?

「……ホント大丈夫かね。こんだけ待たされて間に合わなかったじゃ俺ら馬鹿みたいなんだけど」

 全くだが、もう止めるから栞を返してくれと今更いうのも角が立つ。
 こうなると、自分達ではもうどうしようもない。ツヴァイ頑張ってなどと直接口にすると酷く嫌がられそうなので、心の中で応援する他無かった。


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