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少女、囚わる

サヴァンの庭 ボーレンス
災いの足音後
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「あ、こんにちは、○○○さん」



 病室を訪れると、ベッドに足を垂らして座っていたピーテルが顔を上げた。
 彼は脇の机に向かって何か書き物をしていたようだが、 決まり悪そうに笑って紙を仕舞いこんでしまった。
 病状など詳しい話は聞いていないが、見たところ調子は良さそうだ。

 室内に居たのは彼一人だけで、今日はハリエットもマノットも姿が見えない。
 ピーテルは○○○の背後の方をちらと見やると、小首を傾げて言った。

「姉は一緒じゃないんですか?」

 そうそう四六時中行動を共にしているわけではない。
 この前の一件以来、ハリエットには会っていないことを伝えておく。 ついでに、彼女の様子も見に来たのだと。

「そうでしたか。うーん、予想が外れたな」

 ピーテルが首をひねる。

「実は今日『ちょっとそこまで』って出て行ったから、 きっとまた○○○さんやマノットさんにご迷惑をおかけしているのでは、 と思ってたんですけど」

 照れるように笑いながらピーテルは言った。
 それは確かに、怪しい。

 ひょっとしてマノットと一緒に何か企んでいるのではないか、 と一瞬思ったが、すぐにその可能性は低そうだと考え直した。
 マノットはルーメンでちゃっかり金目のものを持ち出している。 今頃はそれを売りさばくために方々回っているところではないだろうか。
 どの程度の金になるのか、本当にルーメンの物だと証明できるのか、 そもそも売りさばくツテはあるのか、いろいろ疑問は尽きないが……。

 ともかく、そんなことにハリエットが協力する理由は思いつかない。
 マノットが関係ないとすると、行き先は――。

「せっかく来て頂いたんですが、そんなわけで僕も姉の居場所は全然知らないんです。 ……あ、そういえば」

 ピーテルがぽんと手をうつ。

「出かける前、姉はそこの窓のところで何か小物を見て思い悩んでる感じだったんですよね。僕が見てることに気づくと、ささっと隠してましたけど。何かヒントになるでしょうか」

(小物……指輪か?)

 ルーメンの村から帰ってきた時の、ハリエットの言葉を思い出す。 彼女は例の指輪を取り出して、こう言ったのだ。

『これ、返してくる』

 一人であの貴族の屋敷に再度赴いて、盗品を返す―― おそらく本気で言っているのだろうとは思っていたが、 とうとう実行に移してしまったのか?

「ま、何か企んでるのはいつものことなんですけど……」

 そう言ってピーテルは窓の外に視線をやった。
 つられて○○○も外を見やる。あの貴族の屋敷は、 ここから見るとどっちの方角だったろう。

 これは少し、気に掛かる……。

     ***

「えっと……泣かないで」

 うずくまるハリエットに向かって、その少年は恐る恐る声をかけた。

 ――泣いてない!

 ハリエットは座り込んだまま少年にパンチを繰り出そうとして、 自分が今よりもずっと幼くなっていることに気が付いた。

「わ、わかった。大丈夫、上に出れば街道をつたって村に戻れるから。多分」

 少年があわてて取り繕う。彼は今のピーテルと同じか、それよりも少し小さいくらい。

 そっか、夢だ、とハリエットは自覚した。
 自分は眠りが浅いのか、夢の中で夢だと気付くことが良くあった。
 もちろんこの少年のことは憶えている。懐かしい顔だった。 最後に会ったのはいつだったろう。
 実際には彼は私よりも年上だから、これは何年も前の光景でしかありえない。

「ほら、行こう」

 少年がハリエットの手を引いて立ち上がらせる。
 周囲は暗くてかび臭かった。ふと横を見ると、ドクロが浮き彫りになった石扉がある。
 見渡すと、他にも似たような扉が幾つか並んでいた。

 ――あ、ここか。

 ハリエットと少年が居るのは、先日久しぶりに訪れた納骨堂の中だった。
 ここには家の地下から秘密の抜け道が続いている。だが、 鍵になる指輪を持たずにこちら側に抜けてしまうと、石扉が閉まって戻れなくなるのだ。
 初めてこの抜け道を“探検”した日、 ハリエットと少年はまさにそうして帰り道を失ったのだった。

「あそこに階段がある。すぐに帰れるよ」

 少年が階段を指差すと、すたすたと歩き始めた。
 夢だから別に帰る必要もないのだが、一応ハリエットも彼の後を追いかける。

 ――こいつの顔も、久しぶりに見たなー。

 いつの間にか、自分の姿は今の年代のものに戻っていた。 我が夢ながらテキトーな設定だとハリエットは思う。
 ま、歩くのがちょっとは早くなるし、整合性よりも利便性を重視した方が得だよね、 と独りごちる。

「お。天窓だ。面に角度がついてるのは、外光を屈折させて広範囲を照らすためだな」

 少年が得意げに言って天井を指差した。
 明かり取りから落ちる光が、彼の銀色の髪に光の輪を落としていた。

 ――きれーな髪しちゃってまあ。

 ハリエットは彼の後を追いながら、既に夢から醒めつつあることを予感した。
 半覚醒状態の中で、ハリエットは銀髪の少年の背を見て思う。

 ――元気にしてるかな、こいつ。……してないか。そりゃそうだ。

 だって、私の村はもう――。

     ***

「お目覚めかな」

 年老いた男の声がした。

「ん……?」

 ハリエットは寝ぼけ眼で身体を起こそうとしたが、 その途端、両腕と肩に強い力が掛けられる。

「痛っ」

 腕を捻られ、髪を掴まれて上体を押さえ込まれた。硬い板の感触が、 頬に強く押し付けられる。
 何人かに取り囲まれている。それだけ理解した。

 冷静に……。状況を把握しよう。
 膝には冷たい感触があり、床についていることが判る。 低い机に突っ伏したような格好だ。
 足首には何か枷のようなものが付けられていて、動かせない。
 頭にはずきずきとした痛みがあった。

 ――ええと……。何だろ、これ。

「もっと良い固定方法を準備しておかねばならないな。 大の字に張り付けるのが理想だが、この机では小さすぎる」

 前に座った老人が机をこんこんと叩く。それから、ハリエットの背後に向けて言った。

「もう少し緩めてやりたまえ。そんなにしてはろくに会話もできまい」

 声を受けて、ハリエットの頭を掴んだ男の手が離れた。
 しかし相変わらず手と肩は押さえつけられており、すこぶる不自由だ。

 ハリエットは静かに首を上げ、左右に軽く目を走らせた。
 暗い、殺風景な部屋の中だ。壁も床も石作りで、なじみは全く無い。 だが、どこかで見たことがあるような気もする。

 向かいの椅子には、一人の老人が腰掛けていた。
 金の刺繍入りの、いかにも高そうな緑の服を着ている。たるんだ頬に、 灰色がかった白髪。齢七十は越えているだろう。
 全然知らない男だった。

「ええと……?」

「お初にお目にかかる。わしはルブター・デルシャール、ご存知だとは思うがね」

 老人は微笑んで何かを取り出し、ハリエットの目の前にそれを差し出した。
 指輪だった。
 以前ハリエットが盗み出し、それから返そうとしていた品物だ。

「あ……」

 思い出した。
 そういえば指輪を返しに行ったんだっけ。 それで……いきなり後ろから殴られた。
 そこまで記憶を繰ったところで、同時に気が付いた。 ここは、ルブターの屋敷の離れにあった地下室だ。
 番犬のミケランジェロは近くに居ないようだが、おそらく間違いないと思う。

「指輪だけで満足しておれば良かったものを、性懲りもなくまた来たのかね?  困った泥棒猫だ」

 ルブターが言った。

「あ、いやいや、私はそれを返そうと――」

 言い終わる前に、激しい衝撃がハリエットの顔を襲い、視界が弾けた。
 一瞬遅れて、自分が殴られたことを理解する。

「おお、手が痛い」

 ルブターは大げさに手を振り、息を吹きかけた。
 呆然とその様子を見るうちに、殴られた頬がじんじんと熱を帯びてくる。
 あまりに予想外のことだったので、痛みよりも驚きで思考が止まっていた。
 ルブターが指先でハリエットの顎を持ち上げ、目を細める。

「口の利き方に気をつけたまえ。どうも、予想以上に愚かな人間のようだ」

 ハリエットは反射的に抗議の声を上げそうになったが、 口が開けなかったために言葉は出なかった。

「なかなか良い度胸ですな。図太いと言いますか」

 背後から別の男がそう言った。
 ルブターはハリエットから手を放すと、再び椅子に深くかけ直す。

「こんな子供に度胸などないさ。単に知らぬだけだ」

「と言いますと?」

「許される行為と、そうでないものの区別がつかぬのだ。 いやそれ以前……“許されない”という概念そのものが欠落しておるのだな」

「なるほど」

「貴族のモノを盗み出すなどという幼い発想自体、 無知でなくてはできぬ。無知ゆえに厚かましく、 無知ゆえに軽挙妄動に出る」

 ――なんなの、これ。

 ルブター達の話を、ハリエットは現実感を欠いたまま聞き流していた。

 ――ひょっとして、まだ夢を見てるのかな?

 膝で感じる床の感触が、タイルのようにつるつるしている。
 やっぱりここはあの地下室だ、と思う。確かにあの部屋はそんな感じだった。
 壁際には側溝があったはず。水が流せるように、とマノットは言っていた。
 ……なんで、部屋の中で水?

「さぞ甘やかされてきたのだろうな。誰かが教育せねばならん。 ……ゆえに、わしが教えよう」

 半ば自失したハリエットの瞳を覗き込み、ルブターは嬉しそうに頬を緩ませた。

「勉強代は、お前の手と、足だ」

─End of Scene─





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