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それぞれの動静



 〇〇は100zelを支払った!
 〇〇は100zelを支払った!
 〇〇は100zelを支払った!
 〇〇は100zelを支払った!

     ***

 運賃を支払うと、〇〇を乗せた乗合馬車はルイーズへ向け、整備の行き届いた路上を駆け出した。
 路石の継ぎ目を車輪が通過するたび、軽い振動が座席に伝わってくる。 規則正しく繰り返されるそれが妙に心地よく、まるで揺りかごのように〇〇を眠りへと誘っていた。

 どうせ馬車が到着まではすることも無い。少しだけ、目を閉じてみるか……。

     ***



「……というわけで、楽園として創られたアガタ時代でさえ、人々の苦しみは尽きなかったのです。 だからね、どんなに世界が素晴らしくても、あるいは辛くても、大切なのは私達の心のあり方なんですよ」

 シスター・マリーは教本を置き、顔を上げた。見慣れたゼネラルロッツの教会の中、いつものように並んで座る子供達の姿があった。
 マリーは心の中で気合を入れ直す。ここからが本番だ。

「じゃあ、質問の時間にしましょう」

 いつものように、はいはーいと元気良く子供達が手を挙げた。

「それじゃ、ネイサン君」

「はい! 鏡に映った像は、なんで左右だけ反対になるの?」

「早速来たわね」

 マリーが不敵に笑った。

「答えは『私には判らない』よ!」

 子供達の間で、ええー、という大合唱が起こった。
 マリーは逆に胸を張った。

「参ったか。私にだって、判らないことぐらいあります!」

「マリー開き直ったー」

 ロッテの言葉に、子供達は明るく笑った。

「良いのよ。知らないこと自体はちっとも恥じゃないの。でも、考えることは出来るわ」

「神父様が好きそうな言葉ですね」

 前列の端に座っていたヤスミン少年が、鋭く指摘した。
 実際その言葉はユルバン神父の受け売りだったが、マリーはそんなことはおくびにも出さない。

「私だって好きな言葉です。皆もせっかくだから、一緒に考えてみましょう」

 マリーは人差し指を一本立てた。
 何を考えれば良いか判らない時は、とりあえず確実なことを列挙して、問題の在り処を探すこと。

「まず、鏡を見ても上下は反転してない。これは絶対ね」

「うん」

「上下が反転したらおかしいよー」

 ロッテが笑った。ヤスミン少年が言う。

「でも、寝転がって鏡を見た場合は、どういう解釈になりますか?」

「あれ? 寝転がってる時は……どう言えば良いのかしら。右を下にして寝転がってる場合、 鏡の中の私はこうだから……。でも天地は……」

「むむむ……」

 子供達と一緒に、マリーも考え込んでしまった。
 聖堂に悩ましげなうめき声が響く。

「先輩、ふぁいとーっ!」

 奥の扉が勢い良く開いて、シスター・コゼットが顔を覗かせた。
 彼女は近頃、質問の時間になると必ず応援に駆けつけてくれる。もちろん、混ぜ返して楽しんでいるだけだった。

「やってるね。今日のはマリーらしくて良いと思うよ」

 ユルバン神父もコゼットの後に続いて顔を見せた。こちらもコゼット同様、質問の時間には必ず出現するようになりつつあった。
 もう最初から全員で授業をすれば良いのではないかとマリーは思うのだが、 この二人は最後に美味しいところだけ持っていくのが常なのだ。

「ちなみにヒントを出すと、鏡が反転させるのは“左右”じゃない。もちろん“上下”でもない。では、正解は何でしょう」

「え? ええー!? ちょっと待って下さいよ。鏡がこうあるとするでしょ……。右手をこうすると鏡はこう……だから左右は……」

「ところで先輩、そんなことよりもビッグニュースがあるんです!」

 コゼットが嬉しそうに言った。この子の言う“ニュース”とは殆どの場合、怪奇事件のことである。

「ルイーズの町の蟹漁船が、とんでもないものを引っかけて帰港したそうです!」

「今それどころじゃないのよ」

 マリーは口元に手を当てて考え込んでいた。

「先輩そんなこと言ってて良いんですか? 世紀の大発見ですよ。 漁船が持って帰ったのは、なんと、未知の巨大生物の死骸でーす!」

 えっ、とマリーが顔を上げた。

「そっちも大変じゃない!」

「鏡の方は全然大変じゃないと思うよ。巨大生物の方は未知っていうのが本当なら、かなり大変だけど」

 でもそういうのは大抵クジラかサメの腐乱死体だから、期待は薄い――そんな話をユルバン神父は続けていたのだが、 マリーは既に聞いていなかった。

「私行きます! 有休取ります!」

 マリーは叫んで、壇上から降りた。

「えー。マリー、鏡はー?」

 走り去ろうとするマリーに、ネイサン少年が不満の眼差しを投げかける。
 マリーは振り返ると、子供達の方をびしっと指差し、答えた。

「鏡が反転させるのは、左右じゃなくて“前後だけ”です!」

 ユルバン神父が微笑んだ。

「正解」

     ***

「……はー」

 ハリエットは病室の窓からぼんやりと外を見て、今日何度目かの溜息を落とした。
 窓の外には背の高い白樺の林と、その中を横切る遊歩道が見えている。 時には散歩する人影が遠くに見えることもあったが、今は誰の姿も無い。
 見ていても退屈なだけの風景だった。

「溜息をつくと、幸せが逃げるって言うよ」

 ピーテルはベッドに腰掛けたまま、姉の背中に声を掛けた。

「うーん」

 ハリエットは上の空で答えて、振り返ることさえしない。ピーテルは言った。



「似合わないなあ、なに悩んでるのさ。いつものように……って、うわー!? なんだこれ!?」

「うーん?」

 ピーテルの絶叫を受けて、ハリエットはゆるゆると振り返った。

「これ、お姉ちゃんの仕業だろ! 僕のノート勝手に見るなって言ったのに!」

 ピーテルは紙製のノートを手にして頬を高潮させ、憤慨していた。

「はぁ? 見てないよそんなの。別に見たいとも思わないし」

「じゃこれは何なんだよ!」

 ピーテルがノートを開いて見せた。
 そのページには、歪んだ黒い線が何本も踊っていた。

「何って……え? 何?」

 ハリエットは突きつけられたノートをじっと見つめた。
 踊り狂う黒い線を眺めているうち、どうやらそれが文字であるらしいことに気が付いた。

「こ、これは……。ええと、凄く綺麗な文字……とは言えない感じ?」

『ミミズがのたくったような』という形容があるが、これがまさにそうだった。
 字が上手いとか下手とかいう以前に、単なる直線であるべき部分さえウネウネと歪んでおり、文字の大きさも全てバラバラだった。
 その歪んだ文字の群は、かろうじてこう読めた。

“わたしはめろんたん”

 ハリエットは目をしばたたいた。

「めろん……たん?」

 ピーテルはそんな姉の様子を見て、少し落ち着きを取り戻し、聞き返す。

「……本当にお姉ちゃんの仕業じゃないの?」

「違うってば。私の美しい文字とは似ても似つかないでしょ」

「本当かな……。本当に読んでないんだね? それじゃ、試すよ」

「試すって、何をどうやって?」

 ピーテルは、開いたノートを机の上に置いた。
 そして、ハリエットを真っ直ぐ見て、言った。

「“爆発した”?」

 ハリエットは泡を食った様子で、目をぱちくりさせた。

「……あんた、頭大丈夫? いきなり何言ってんの?」

 読んでないのか――と、ピーテルは何故かそれで納得した。ハリエットは深く追求しないことにした。

「まぁ納得してくれたんなら何でも良いけど。さっきの文章はどう見たって、その“めろんたん”さんが書いたんじゃないの?」

 ピーテルは「うーん」と唸って、開いたノートを見ながら腕組みをした。

「とりあえず……『めろんたんさん』ってのは多分、二重敬称になってるよ」

「つまり、めろんたん?」

「……おそらくは。だけど、本当にお姉ちゃんじゃないなら、こんなことを突然書く意味が、全く判らない」

「むしろ私が書いた方が意味不明でしょうが。けど、そのめろんたんが書いたんだとしたら、理由は簡単じゃない」

「ええ、どこが!?」

「え? なんで判らないの?」

 ハリエットは不思議そうに言った。ピーテルはノートを指差した。

「じゃあこれは何なのさ? 説明してよ」

「そりゃ、“交換日記”でしょ」

 ハリエットはさらりと言った。
 ピーテルは、ぽかんと口をあけた。

「……そういう考え方は無かった」

「まぁ、多分サナトリウムの女の子じゃないの? 知らないけど。良かったじゃない、 新しい友達が出来て。多分3歳ぐらいね、この文字は」

「なんか腑に落ちないな……。心当たりが全然ないんだけど」

「知らない内に惚れられるとは、色男は大変ですな」

 ハリエットは茶化して言った。

「だけど、どう考えても変だよ……。3歳の子が突然部屋に入ってきて、 ノートにこれを書いて去っていくかな? しかもいつ? 夜?」

「恥ずかしかったんでしょ。ま、そんなことよりちょっと聞いてよ」

 ハリエットは尚も悩む様子のピーテルを前に、少し改まった調子で話し出した。

「あのね……私、そろそろ村のこと調べまわすのは一旦やめようかな、と思う。どうかな」

「ええええっ!?」

 ピーテルは、ノートを見た時よりも激しく仰け反った。

「なんで驚くの」

「そりゃ驚くよ。正直、お姉ちゃんのことだから『今度はリーシェ様の猫を盗みに行くぞー!』とか言い出すんだと思ってた」

「あんた、私を何だと思ってるの? いくら私でも、そこまで無茶苦茶な発想は出てきません」

 言って、ハリエットは偉そうに胸を張った。

「大体さ、オサゲちゃんだかラッキョちゃんだかを盗んでも、言うこと聞いてくれないと思うんだよね。 ……それに冷静に考えると、そろそろあんたの入院費も必要だし。後先考えずに飛び回るのもおしまいにしようかなー、 とか思ったりして」

「……僕は夢を見ているんだろうか」

「でね、しばらく悩んでたんだけど、 私このサナトリウムで雇ってもらおうかな、 と思ってる。ピーテルはどう思う?」

 ハリエットは真剣な顔で言った。
 ピーテルは更に激しく仰け反った。

「えええ!? ま、まさかナース!? 白衣の天使!?  そんな馬鹿な!」

 ハリエットはじとーっとした目で弟を見守る。ピーテルはこほんと咳払いをして、真面目に先を続けた。

「……いや、良いとは思うよ。でも、 今すぐは厳しいんじゃないかな……。 ナースはかなり勉強しないと、難しいよ」

「まあね、ナースは無理でしょ。そうじゃなくてさ、 専門知識とか要らないような雑用係。 むしろそういう方が人手不足なんだって」

「にわかには信じられないけど、 お姉ちゃんがやってみたいって言うんなら……良いと思う。でも、結構大変な上に給料安いんじゃない? 大丈夫?」

 んー、とハリエットは再び唸った。

「なんかさ、こう……一攫千金とか一発逆転みたいなことばっかり狙ってると、それ相応の落とし穴が待ってるんだよね。最近気が付いた。やっぱ人生、地道が一番だわ」

 ハリエットは淡々と言って、自分の言葉にうんうんと頷いた。
 ピーテルは数秒間絶句して、まじまじと姉の顔を見た。

「……お、お前は誰だ!? お姉ちゃんじゃないな!  正体を現せ!」

「いや、どう見てもあんたのお姉さんだから。 あとここね、雑用でも白衣が着れるっぽい!  これが結構ポイント高い!」

「なんか似合わなそうな……。良いけどさ……。なんだろうなーこの不安感」

     ***

 受付へ続くサナトリウムの廊下を、ハリエットは少し晴れ晴れとした気分で歩いていた。
 ずっと前から考えてはいたことだったが、実際に口に出してピーテルに話すことで、決心が固まった。

 廊下で小さい子供とすれ違い、手を振って見せる。子供は手を振り返してから、笑って廊下を駆け出した。
 もしかすると、あれが“めろんたん”なのかも知れない。そう思うと知らず忍び笑いが漏れた。
 そしてふと、己の左手に着けたままの“ゼノンの腕”に目を留めた。

 リーシェの言葉を思い出す。

 ――人間を超越する程度には強くなるぞ。 魅力的な話だろ。

 ハリエットは軽く笑って、また歩き出した。
 その言葉を聞いた時には正直、 少しだけ魅力を感じていた。

 例えば、もしもまた、ルブターのような種類の人間に出会うことがあったとしたら?
 その想像は不快で、今でもまだ身がすくむほどの恐怖を伴っていた。時にはそんな夢を見て、 夜中に目を覚ますこともあった。
 もし人間を超越する程の力が本当にあれば、安心だ。
 またあんな目に遭ったとしても、自分独りで解決出来るだろう。あの時、ユベールがそうしたように。

 ハリエットは、歩きながら大きく息を吸った。

 でも、今はもう、そうは思わない。
 ピーテルと話をしているうち、ハリエットは自分の本当の心が判ったような気がしていた。
 ルブターの件から何かを学び、自分を変えるとすれば、それは戦いに強くなることではないはずだ。

 村のことやユベールのことはまだ気に掛かるが、今はもっと、目の前のことが大切だった。
 リーシェには手甲の外し方ぐらい教えてもらいたい気もするが、それ以上の用は、もう無い。
 ハリエットはこの考え方に満足感を覚えた。そう、リーシェの言うような種類の強さは、自分には必要ない。

 ――これから先、何があったとしても。


続く・・・


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