TOP[0]>攻略ルート選択 >リザルトTOP

刹那の記名[続き]


 その部屋は、“サヴァンの庭”や“ラストキャンパス”が収められていた場所とほぼ変わらない構造を持っていた。
 白壁に覆われた大きな部屋は半円のドーム状になっており、壁から中央の方へと、びっしりと本の詰まった棚が列となって無数に伸びている。

 まるで蜘蛛の巣の縦糸を思わせる本棚の中心――つまり部屋の真中には大樹の切り株に似た台座があり、そしてその上に巨大な本が一冊。他の群書のように宙に浮かぶわけでもなく、ぽつんと置かれていた。

「……まだ遠い、か。でも、徐々に近づきつつある。急がないと」

 ツヴァイは本の具合を確かめるように軽く撫でてから、後に続いて棚の合間を歩いてくる〇〇に振り返った。

「〇〇さん、まずこちらへ。後一分か、二分で最初の記名可能時間が来ます」

 想像していたより時間の余裕は無いようだ。〇〇は慌てて彼女の傍に駆け寄った。
 眼前には、半ば四角形に近い本が置かれている。それは時折淡い輝きを宿すが、長続きはせず直ぐに消え、明滅を繰り返している。
 〇〇の記憶にある群書とは、この淡い輝きを常に纏い、ふわふわと台座の上で浮かぶ姿だ。それと比べると、目の前にある本にはどうにも力が無い印象を受ける。

 ――この違いも、“ジルガ・ジルガ”が他の群書とは異なるいう事を示す一つなのだろうか?

 生まれた疑問を〇〇がそのまま口に出すと、隣に立つツヴァイが少し驚いたように目を瞬かせた。

「……そういえば、群書の部屋に置かれているこの本については、御話しましたっけ?」

 聞いた覚えは――無い。取り敢えず、この本に設けられている穴に栞を差し込めば良いという事だけは知っているが。
 前に似たような話の流れでからかわれた事を思い出し、〇〇は記憶を入念に掘り返して、確信を持ってそう返した。
 それを聞いて黒ドレスの娘はふんふんと二度程頷き、さてどう説明したものかと思案するように己の唇に軽く指を押し当てる。

「多少の形状は異なりますけれど、群書が収められた部屋にはこのような本が必ず一冊用意されています。それで、群書についての話を聞いてから、群書の収められた部屋に来られた方々は、大抵この本が群書なんだと勘違いされますけど……実はこれ、単なる象徴的なものと言いますか、記名関係の処理を簡単にする為に仮に設けられているもので、これ自体が群書という訳では無いんです」

「…………」

 むぐ、と言葉に詰まる。彼女が言った通りの勘違いをしていた。
 しかし、いつもならそんな態度の〇〇を楽しげにつついてくるツヴァイだが、彼女はそれよりも自分の発言に違和感を覚えたらしい。気難しげに眉を寄せて、小さく小首を傾げる。

「……いえ、これだと誤解が生まれますね。正確には、これも群書の一部です。この部屋にある本全てを一纏めにして群書と考えてもらえると。で、ええと、その件は直接関係なくて」

 ツヴァイは細くしなやかな指の先で、つつ、と台座に置かれた本の縁をなぞった。

「今言った通り、この本は記名関係処理の為に用意されたものです。だから、記名可能か不可能か。その辺りの状況もこの本の状態から判断できるようになっています。普段、〇〇さんが見ている状態が“箱舟に近い時”。逆に一切の輝きを失い、単なる本としてこの台座に収まっている状態が“箱舟から遠い時”と考えてください。そして――」

 眼前の台座に置かれている本は、明滅を繰り返しつつ、かたかたと己の身を震わせていた。
 この状態は、つまり。

「その中間。いえ、状態が移行している時が、これに当たります。明滅間隔が徐々に早くなっているでしょう? 間も無く、〇〇さんが良く知る、記名可能状態へと移行します」

 そこでツヴァイは本から視線を外して、隣に立つ〇〇を見た。

「〇〇さん。先程御話しました通り、記名可能状態が維持されるのは秒単位です。私が合図したら、すぐさま栞を本に差し込んでください。初回ですから、逃しても次はありますが、それまでには数時間掛かりますし、エンダーさん達が後に控えているというのもありますので、あまり余裕は――っ、ん」

 と、ツヴァイはそこで言葉を切る。同時に、〇〇の意識も彼女から外れた。
 理由は簡単。目の前の本が、淡い輝きを帯びたまま、ふわりと空中に浮かび上がったからだ。

「……来ました。後、丁度10秒程です。〇〇さん、栞を。急いでください」

 口早なツヴァイの指示に、〇〇は慌てて懐にしまっていた挿入栞を取り出した。

「7、6、5、4――」

 囁くような声音で呟かれる数字。
 栞を差し込むための穴に己の挿入栞を添えて、〇〇は大きく息を吸い、そして吐き出す。

「…………」

 じっとりと、掌が汗ばんでいる事を自覚した。

 ――緊張は、確かにある。
 しかし、臆することは無い。いや、臆したところで何も変わりはしない事を、〇〇は今までの経験から学んでいた。
 まずは、ツヴァイからの指示通り。
 記名し、そして箱舟に戻る事を最優先に動く……それだけだ。

「――3、2、1、」

 タイミングを合わせて、もう一度息を大きく吸って。

「今です」

 ――挿し込む。
 その瞬間、世界が一瞬にして塗り変わり、

「あ」

 頭上に覆う巨大なステンドグラスが、甲高い音と共に砕け散る。
 粉々に散ったそれは輝く硝子の雪となって、巨大な聖堂の中空に浮かぶ〇〇へと降り注いだ。

―End of Scene―








画像、データ等の著作権は、 Copyright(C)2008 SQUARE ENIX CO., LTD./(C)DeNA に帰属します。 当サイトにおける画像、データ、文章等の無断転載、および再利用は禁止です。