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刹那の記名


 箱舟の地下、“円環の広間”の一角。
 固く固く閉じられた大扉の前には、〇〇の他にツヴァイと“准将”、更にはエンダーとアリィが居た。

「……で。この奥に“ジルガ・ジルガ”の群書が仕舞ってある――って事でいいのかよ?」

「ああ。既に扉の鍵は外してある。中に入っても構わんがね」

 エンダーが分厚い扉を軽く足先で突きつつ訊くと、准将は口からもふもふと白い煙が吹き出しつつそう答えた。
 だが、

「駄目ですよ、准将。その前に、色々と説明しておく事がありますから」

「ん? ……む」


 ツヴァイの注意に、髭を上下させて准将は一歩引く。入れ替わりに黒のドレスが前に出て、〇〇とエンダー、アリィに、それぞれ剣状の厚紙を手渡した。

「まず、御預かりしていた“挿入栞”を御返しします」

 〇〇は己の手元に戻ってきた栞を矯めつ眇めつ眺めてみるが、これといって変化は無いように見えた。確か、これをツヴァイに預ける時、彼女は栞にあれこれと付加すると言っていたような覚えがあるのだが。
 そんな様子に、〇〇が感じている疑問を察したか。ツヴァイはにこにこと満面の笑顔で、

「〇〇さん。サニファのような象徴存在を顕現させる場合は、中の状態等も含めた形として現れますので話は別ですけれど、栞自体にあれこれと贅肉がつく訳ではありませんから。そんな新しい玩具を与えられたような小さな子のように一生懸命見たところで、何も違いは見つかりませんよ?」

 ……そんな態度だったのだろうか。

 地味に胸に刺さるツヴァイの発言に、思わず顔に手をやって気分を暗くする〇〇。
 そんな〇〇の様子を、至極嬉しそうに目が糸になるような笑顔で眺めてから、ツヴァイはこほんと咳払いを一つ。

「では、今回の記名の流れと、注意点について御話しておきます。今回、〇〇さん達に記名していただく“ジルガ・ジルガ”という群書です。“ジルガ・ジルガ”については以前にも簡単に御話ししましたが、覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「――『丁度良い機会ですから、エンダーさんやアリィさんにも“ジルガ・ジルガ”という群書について説明しておこうと思います。まず、“ジルガ・ジルガ”の』――」

「アリィ、止めろ止めろ。一言一句復唱しなくてもいいって!」

「? はい」

「……アリィさんって、もしかして今まで聞いた話を、全て完全な形で記憶されているのでしょうか……」

 だとすると、今後彼女の前では迂闊な発言をしないよう、気をつけなければ。
 アリィ以外の者達皆が、似たような事を考えたのか。一瞬、何ともいえない沈黙が場を支配する。
 だが、それも数秒だ。最初に我に返ったツヴァイが、場を仕切り直すように口を開く。


「え、ええと、話が折れちゃいましたけれど、アリィさんはともかく、他の方々が覚えていらっしゃるかどうか判らないので、要点だけを簡単に説明しておこうと思います」

 どうか、長話になりませんように。

「……本当に信用ありませんね、私」

「ふむ。ならば、代わりに私が“迷い人”殿に説明しても構わんか?」

「いえ、私がやります。やらせてくださいな。汚名は返上しなければなりません!」

 准将の笑みを含んだ申し出を、ツヴァイは断固とした声音で拒絶。

 ――そんなに気負うと、逆効果になりそうなのだが。

 不安げな〇〇達の視線を受けつつ、ツヴァイは小さな咳払いを一つ置いて話し始めた。

「取り敢えず、押さえておくべき事のみ御話しますが、“ジルガ・ジルガ”はかなり高いレベルで閉ざされている群書です。元々初期に構築された群書ですので、世界自体が他群書よりも熟成しているというのもありますが、それ以外にも何か別の要素が重なって、通常より高い階位で世界が閉じている。その影響の最たるものが」

 そこで言葉を切ると、ツヴァイは手袋に包まれた指を二本、ぴっと立ててみせる。

「箱舟との高水準同期安定期間――平たく言えば記名可能期間の短さと、群書世界から箱舟への帰還不可です」

 これは以前にもツヴァイから聞いた話。彼女の説明は、その復習に近い。
 〇〇は小さく頷く事で、話の続きを促す。

「この二つは、要するに箱舟側からの干渉障害による結果ですから、それに関わる栞の機能――例えばマイブック等も、“ジルガ・ジルガ”内の“迷い人”の方々は使用不可能の状態にあると思われます。

 彼女の言をそのまま信じるなら、つまり“ジルガ・ジルガ”とは、一度記名すれば二度と外に出る事が出来ない世界である、という事だ。
 だが当然、そんな世界に自分達を先遣として送るつもりならば、

「けれど、それについての対策ってのはある程度出来てるんだろ? その為に俺達の栞に細工してたんだろうし」

 エンダーの言葉に、ツヴァイは明確な頷きで返す。

「はい。今回の件に当たって、今の段階で私が講じることが出来る全てを、〇〇さん達の挿入栞に施しました。特に、群書世界から現世界側への概念再抽出――箱舟への帰還不可への対策は入念に行ったつもりです。栞の機能についても、“楔”を打ち込んである場所ならば普段通りに使える筈です」

 彼女の言葉を聞きながら、〇〇は手の中にある厚紙をくるりと回した。
 この中に、彼女の力の結晶が詰まっているというが、先程言われた通り、外見には全く変化が無い。

(……ふむ)

 ――思う。
 それは果たして、頼りにして良いものなのだろうか。

 もし、彼女が講じたという策が駄目だったなら、自分達は“ジルガ・ジルガ”という世界に完全に取り残される事になる。
 事前に話を聞いた限りでは、何やらあれこれ問題ありげな世界だ。そこから永久に戻る事が出来ないなど、笑えない結末だった。

「絶対に安全だ、などというつもりはありません。“ジルガ・ジルガ”の記名期間自体の短さとそのスパンの長さでは、事前に試すのも容易ではありませんから、私の施した付加式が正常に働かず、〇〇さん達が箱舟へと戻る事が出来ない。そうなる可能性も僅かも無いとは言えない。だから、それを理解した上で大丈夫だと。そう信じてもらうしかありません」

 〇〇の確認の言葉に、ツヴァイは下手に繕わず、静かにそう答える。
 それは、

「リスクを承知で。そういう事かよ?」

 エンダーは僅かに責める様な調子でそう言うが、黒ドレスの人形の表情は揺るがない。


「どのような事にも穴は生じますからね。私は神を気取るつもりはありませんし、絶対に安全だなどと言うつもりは毛頭ありません。……とはいえ、頼りにして頂いて構わないと考えるくらいの自負はあります。少なくとも、箱舟に戻るという事に関してだけ言えば、万に一つという程度にまで、失敗の確率は下がっていると思います」

 そんな彼女の発言の裏を返せば、箱舟への帰還について以外はあまり自信が無い、という事になるのだろうが、彼女も許された時間の中で出来うる限りの対策をしたのだ。ここに拘って突っ込んだところで、今更どうなる話でもない。〇〇は無言のまま、ツヴァイに話を続けるよう促す。

「取り敢えず、帰還については恐らく大丈夫な筈です。ですが、最初に御話したように、問題となる点はもう一つありまして。箱舟に戻る時ではなく、本に入る時の話なのですが……」

 そこでツヴァイは、どう説明すれば一番正確に伝わるだろうかと思案するように視線を泳がせ、数秒の間を置いた。

「……“ジルガ・ジルガ”程の閉じた群書に対して初記名を行う場合、正直申しまして“楔”を打ってある場所に挿入者を上手く誘導する自信がありません。記名可能期間中ならば記名自体はそれ程干渉障害も無く簡単に行えるのですが、何より記名可能時間自体が短いのが厄介でして。時間内に存在概念を群書世界上に展開させるのが精一杯で、他の付随情報を反映させる余裕が無いんです」

 情けない話ですけれどね、とツヴァイは自嘲の息を一つついてから言葉を続ける。

「恐らく顕現座標に大きなズレが生じるでしょうし、更に何らかの不具合が生じる可能性も高いです。だから、群書世界に記名した後は、まず何より一度箱舟に戻ってくる事を最優先にして動いてください。戻るには“楔”がある場所――兎に角、人里まで辿り着けばなんとかなる筈ですから」

「…………」

 何だか、問題が山積みというか、不慮の事態どんと来いというか。〇〇は渋面のまま沈黙する。
 正直な話、幾ら普段ツヴァイに世話になっているとはいえ、それほど詳しい事も聞かずにこの話を受けたのは失敗だっただろうかと、〇〇は真剣に思い始めていた。
 ふと横で見れば、エンダーが半眼に近い恨みがましい視線を向けてきているのが判る。

 彼からすれば、先輩であるこちらの選択に乗っかってみたら、何やら酷い話に巻き込まれたといったところなのだろうが、判断を丸投げするという選択肢を選んだのはエンダー自身なのだから、それによる結果はエンダーの責任で、いうなれば自業自得だ。文句を言われる筋合いなどありはしない。
 などと、〇〇とエンダーが無言のまま視線だけでやり合っている間に、ツヴァイは他に話すべき事は無いか思案するように暫く小さく首を傾げてから、うんと一つ頷いた。

「取り敢えずは、こんなところでしょうか――他に何か、御質問はありますか?」

「ん」

 と、ここで意外なところから小さく声が上がる。今まで殆ど口を開くことの無かった黒髪の娘、アリィの声だ。

「アリィさん? どうかされました」

「……己と〇〇は、共に行けぬと。そういう御話ではありませぬ、でしたでしょうか?」


 ぽつぽつと呟くような声でのアリィの指摘に、そういえば、と〇〇は小さく呟く。  以前、エンダー達と共に群書に入ろうとこの円環の広間を訪れた際に、何やら『お前さん達は相性が良すぎて、一緒に記名するのはマズイ』などと言われ、止められたのだ。

「それについては、私から話すかね」

 そう口を挟んだのは、今まで後ろに控えてぼふりを煙管を吹かしていた錫人形だ。

「“ジルガ・ジルガ”の記名可能時間は一度につき数秒程だが、その数秒が、何時間か周期で十回前後発生する。だから、まず先に〇〇を“ジルガ・ジルガ”へ挿入した後、存在概念の同期現象が起こらない程度に時間を遅らせてから、お前さん達の記名を行うという形を取る予定だ。具体的には、半日程ずらす事になるか。これくらい間を置けば、存在概念が親側に取り込まれる事は無いだろう」

 准将の説明に、んー? とエンダーが拍子外れの、何処か気が抜けたような声を漏らす。

「なーんだ、結局〇〇とは別行動かよ。群書での〇〇がどんなんか、ちょっと興味があったんだけど……ってーか、半日待機ってのも大概だなおい」

「その辺りは我慢していただくしかありませんね。エンダーさん達を先でも構わないのですけれど、まだお二人は群書の世界への記名に慣れてないでしょうし。でしたら経験のある〇〇さんがまず最初に、という形にするのが判断としては適切でしょうから。――と」

 そこまで話して、ツヴァイはふと眼前にある扉――いや、その先を見通すように、遠く視線を向けた。

「……そろそろ時間のようですね。話はこの辺りにして、記名準備に入るとしましょう。〇〇さん、付いてきてくださいな」

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