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背中追う幼子

 揺らぎ。
 薄暗く閉じた細い通路、その奥に向けて目を凝らしていた赤い衣服の少年、 エンダー・エーベルは、道先を隠す闇の所々が波打つように歪んでいるのを見て、

(また、か)

 小さく舌打ちし、来た道を戻り始める。
 所々崩れて床に石材が散乱した通路を暫く歩いてから、途中崩れた壁から上方に伸びている、捻れ、入り組んだ穴へと身体を滑り込ませた。
 元々は石か土かを喰う怪物が気まぐれに掘った穴なのだろうが、これのお陰で、本来ならば直接繋がってないこちら側の通路に来ることが出来た。
 もっとも、その道の先には“揺らぎ”があった為、完全な無駄足となってしまったが、

「……まぁ、あっちに用があるって訳でもないから別にいいんだけどな」

 どうせ偵察だ。問題はない。
 身を屈ませた状態で穴を潜りつつ、エンダーは溜息交じりにそう独りごちる。

     ***

“竜の迷宮”と呼ばれるこの場所に挿入して、どれ程の時間が経過したのか。 長いようで短く、短いようで長い。もうそんな感覚しか残っていない。

 突如迷宮を襲った大震動と、続いて起きた案内役である黒星の消失。

 黒星が居なくなると同時に迷宮の震動は収まったが、 “挿入栞”を使っても箱舟の方と連絡は取れず。
最初は老師や鬼腕の所で受けた指導の延長かと楽観的に考えたものの、 震動が起きた時の黒星の慌て様と、彼が口早に話していた内容── 殆ど理解は出来なかったが──から想像するとその線は薄いように思え、直ぐに意識を切り替えた。
 黒星と離れ離れになってから暫くは、同じ場所で身動きを取らず、彼の合流を待った。

しかし黒星が訪れる気配は無く、替わりに、大震動が起きる前には出会う事の無かった奇妙な現象 ──“揺らぎ”が現れた。
“揺らぎ”とは、“それ”が現れる時、文字通り空間の一点が揺らぎ、 歪んで見えることから便宜上つけた名前だ。
 初めは目がおかしくなったのかと思ったが、その“揺らぎ”が不明確な形を取りながら、 痺れと、千切れるような痛みを伴う攻撃にも似た行動を取る事を身をもって体験したエンダー達は、 何とか“揺らぎ”を退けて、その場から慌てて逃げ出す事となった。
 最初は“竜の迷宮”に記名した際の始まりの場所、縦穴の方にまで戻るべきかと考えたが、 途中の大広間──蜘蛛の巣穴に、何故か一度退けた筈の“ 皇蜘蛛”が糸柱を伝って元気に移動しているのを確認し、あっさりそれを断念した。
 万全の態勢でならともかく、今の疲弊した自分とアリィだけであの蜘蛛を相手に出来る自信はなかった。 黒星が使った戦闘用の特殊な薬品が無ければ、皇蜘蛛の凄まじい突進を凌ぐ事は難しい。 アリィならば案外あれも正面から受け止めそうではあるが、こちらを狙われればひとたまりも無い。 戦闘は避けるべきだった。
 戻れず、しかし立ち止まれず。こうなると、後はもう進むしかない。
 エンダーとアリィは、前触れも無く現れる“揺らぎ”から逃げ回るように、迷宮内を奥へ奥へと、 宛も無く移動し続けていた。

 穴を潜り抜けて、元居た通路に戻る。一本道であるその道を暫く歩いていくと、 十字路の中央にぼんやりと立つ黒髪の人影が一つ。
 エンダーはその変わりない後ろ姿を確認して小さく安堵の吐息をつくと、 彼女の傍まで歩み寄って声を掛けた。

「アリィ」

「…………」

 しかし、名を呼んでも返事は無く、こちらへ振り向く気配も無い。
 エンダーは訝しげに片眉を顰《しか》めて、

「おい、聞こえてんのか? アリィ?」

 手を取り、軽く引いてみせると、

「……エンダー?」

 いつも以上に茫洋とした動きで彼女は振り返ると、 数秒視線を彷徨わせた後、漸くエンダーの顔に焦点を合わせてくる。
 そんな彼女の様子に、エンダーは呆れの表情を浮かべ、
「聞こえてるなら返事しろっての。ってか、用心してろっつったのに何ぼけーっとしてるんだよお前……。 幾らお前が滅茶苦茶強ぇからって、今が結構ヤバイ状況ってのは判ってんだろ。んな油断してていいのかよ」

「油断?」

 鸚鵡《おうむ》返しに首を小さく傾げるアリィに、エンダーは苛々と握り拳で己のこめかみを叩き、

「だからー、ぼーっとしてんなっつてんの。この迷宮に元から居る怪物ならいいけど、呆けてる時に “揺らぎ”に襲われたら、いくらお前でもやべぇだろ?」

 そう。“揺らぎ”による接触は、異様な程の“硬さ”を誇るアリィにすらも通用していた。
“揺らぎ”が放つ、正体が全く不明な無形の攻撃を受けた結果は、未だ彼女の手に残っている。 包んだ赤い布を解けば、その下からは割れた爪と、深くは無いが無数に切り裂かれた手肌が見える筈だ。
「ほら、ちゃんとしろって。 また怪我なんてしたくねーだろ?」
「……したくない、です、したいです」
「どっちだよ、つか、したいってどういう事!?」

 要領を得ない反応に、エンダーは額に手を当てて肩をがっくりと落とす。
 どうもアリィはこの“竜の迷宮”に入ってから、いや、正確には迷宮の震動が起きて “揺らぎ”が現れるようになってから、反応が鈍い。
 こちらを見ているようで見ていない、どこを見ているのか判らない。そんな印象が、 普段より強くなっていた。内か外かは判らないが、意識が何処か別の場所へと向けられている風に感じる。
 最初は“揺らぎ”の存在を正確に視ているのかと思ったが、 明らかに何の異変も無い場所をじっと見つめている事もあり、 エンダーは彼女の行動に何らかの意味を求めるのを早々に諦めた。
 エンダーにしてみれば、普通の怪物を相手にするのも一苦労だというのに、 “揺らぎ”はエンダーが扱える攻撃手段の殆どを無効化したのだ。
もし一人で出くわしたなら全力で逃げるしかないのだから、 警戒以外のことに意識を割くのは難しい。普段なら別だが、今はエンダー自身もあまり余裕が無いのだ。
「取り敢えず、あれだ。右手と左手の通路には“揺らぎ”は無かったけど、右手側にはでけーミミズが見えた。 正面の道は行き止まりで、他の通路に続く穴はあったけどその先には“揺らぎ”が居たから無しな。 行くとすりゃまず左、次で右かな」
 言ってもどうせまともな反応は期待出来ないだろうが、エンダーは調査の結果を言葉として話す。
 そうすることで、自分の中にある“情報”に形を持たせ、明確なものとしてまとめるという意味もあった。

「んじゃ行くぞ。──って、おい、アリィ!」
「…………」

 先に歩いて十数歩。振り返ると、アリィは一歩も動かずに後方に顔を向けて、 じっと何も無い一点を見つめていた。

「ったくあーもー!」

 何なんだもう、とエンダーは頭をがりがりと掻く。
 不満があるなら口でそう言え、何か気になる事があるなら口でそう言え、 と思うが、それを今の彼女に言った所で殆ど意味は無いだろう。
 いっそ放っていこうかとも考えたが、そんな事が出来るなら疾うの昔にそうしている。
「行くっつってんだろうが付いてこいよお前ー!!」
 エンダーはずかずかとアリィの傍まで戻ると、怪我をしていない方の手を取り、引っ張って歩き出す。
「……っ、ん、……?」
「後ろじゃなくて前見ろ前! 足元でもいいから」
 背後で蹴躓いている気配を感じて、エンダーは振り返らぬままそう告げて、更に歩く。 すると、最初は引っ張るようだった手の重みは、直ぐに無くなった。意識が後方から剥がれて、 歩く事に向いたのだろう。
 エンダーは掴んでいた手を離し、少し歩く速度を落として彼女の横に回ろうとして、
「あれ」
 後ろの気配も、同様に速度を落としたのを感じた。
 どうかしたのか、と歩きながら振り返ると、アリィのぼんやりとした視線がこちらにじっと注がれていた。
「どした」
 問えば、
「? 己は、付いていきまする」
「あー」
 そういや先刻言ったな、そんな事、とエンダーは小さく溢す。
 どうやら「付いてこい」という言葉に忠実に、自分の背後をとことこ引っ付いてくるつもりらしい。
 普段、こちらの言う事はロクに通じないのに、いざ通れば反応は素直で。
 まるで、図体だけでかい幼子を相手にしているみたいだった。

「……全く」

 呟いて、エンダーは何気なく己の掌を見る。先程握ったアリィの手の感触は、記憶とは全く異なるものだが。

(懐かしい、か)

“迷い人”になる前。あの襤褸《ぼろ》の平屋で、共に暮らしていた子供達を世話していた時。
 勝手に走り回る子や、隅で一人縮こまっている子の手を引いて歩いた思い出が、ふと蘇ったのだ。
 もっとも、彼らはアリィのような“大きな子供”では無かったが、
『ほら、アンタ達、喧嘩はその辺にしときなさいっ!』

(──いや、)

『あんまりしつこいと、今日のご飯は無しよ無し! ついでに、ディアナとかアンシーとかに、 アンタ達がどんなつまんないことで喧嘩してたかぜーんぶ話しちゃうからっ!!』
 そうだった。
 身体ばかり大きくて、しかし心はまだまだ子供。そんな輩を手なずけるのは自分ではなく “アリィ”の専売特許で、それを自分は彼女の隣で、呆れ半分、感心半分に眺めているのが常で。
「…………」
 そこまで思い出して、エンダーは無言で頭を振った。
 こんな非常時に思い出しても……いや、いつ思い出そうと同じ。何の意味も無い話だ。
 エンダーは慌てて記憶に蓋をして、しかしそれによって得た感情に、苦々しく舌打ちをする。
 ──どうやら。
 自分はまだ、“失われた過去”を引きずったままであるらしい。

〇は割頭の頂へ移動した。

     ***

 階段を上りきると、そこに広がっていたのは奥行きのある大部屋だった。 ここが“竜”の首の頂点、つまりは頭部分。方角は── 今まで上がってきた階段の捻れ具合を計算に入れると、恐らく北西に位置する筈だ。
 ぐるりと辺りを見回して、〇は一つの結論を得る。
 どうやら、ここが蜘蛛の寝床であるのは確からしい。
 部屋のあちこちに散乱している蜘蛛の卵や動物の死骸、そして人の遺物等が、それを表している。
 だが、肝心の皇蜘蛛の姿がここには無い。何処か、別の場所にいるのだろうか。
「…………」
 どうせなら、巣漁りでもしていくか。
 そう考え、大部屋を物色し始めた〇は、ふと、視界の端に奇妙な影が掠めたのを感じた。
 その影の正体を確かめるべく顔を上げた〇は── 恨めしい気配を背負い、こちらに手を伸ばしてくる幽鬼の姿を見た。

 戦闘に勝利した!

     ***

「こんなところ、か」
 〇は使えそうな品を一通り拾い上げると、小さく息をついた。
 もうここには用は無い。別の場所へと移動する事にしよう。

─See you Next phase─





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