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星海からの鳥



 ルイーズ港に近付くと、問題の現場がどの辺りなのかは、 すぐに把握できた。
 明らかに野次馬と思しき人々が一方へと流れていくため、 全く迷う余地がない。

 〇〇は賑わいながら移動を続ける群衆に交じり、 港近くの砂浜に向かって歩いて行った。

     ***

「押さないで下さい。押さないで下さーい」

 問題の現場は、無数の見物客でごった返していた。
 どうやら一般人は現在砂浜に降りることを許可されていないようで、 集まった人々は皆、一段高くなった海岸沿いの道で押し合いへし合いを繰り広げている。
 なんとか前に出ようと人の隙間を縫って移動していくと、潮の匂いに混じって猛烈な腐臭が漂ってきた。
(これは酷い……)

 〇〇は反射的に手で鼻と口元を押さえた。
 そうでもしないと、食べた物を全てその辺に撒いてしまいそうな程だ。

 集まった見物客はひろゆうともの辿り着いた付近を境にして、 尚も前に出ようとする人々と、 腐臭に堪えかねて後ろに下がる人々に分かれているようだった。
 そうして生み出された人の循環の中で、〇〇は更に前へと踏み出した。

(……あれか!)

 人ごみの向こう、申し訳程度に張られたロープの更に奥に、 ついに砂浜が見えた。
 波打ち際には、一目でそれと判る巨大な死骸が打ち捨てられている。
 死骸の周りでは槍を持った数人の衛士がうろうろしながら、押さないで下さい、 砂浜に降りないで下さい、を連呼していた。

 その死骸は、かなりの大きさだった。
 馬に良く似た頭部だけを見ても、付近の衛士達よりずっと大きい。 その口は人間など一息に呑み込めそうだった。
 首は長く、胴体は象などと比較しても明らかに巨大で、 両脇には翼ともヒレともつかない肉の筋が備わっている。
 少し遠いので断言は出来ないが、見たところ体毛は無く、 胴体にはわずかに鱗の残骸のようなものが残っていた。

「えー、まもなく教会均衡省から専門の先生が検分にいらっしゃいます。道を空けて下さーい」

 衛士が人ごみを掻き分けながら、道を作るように指示を飛ばした。
 それは初め困難な仕事のように思えたが、少しすると意外にすんなり道が出来上がる。

 どうやら、大抵の人は死骸を一目見ただけで満足したか、 あるいは激しい腐臭に辟易して次々と退散を始めているようだった。
 つまり、今もまだ残っているのは、筋金入りの好事家だけだ。
 〇〇はそんな物好きの集団の中に、見知った人物の姿があることに気が付いた。

「あ! 〇〇さんも見にいらしてたんですね!」



 向こうもすぐに気付いたらしい。 話しかけてきたのはゼネラルロッツのシスター、マリーだった。

「謎の漂着物ってロマンですよね! クジラとか大王イカとかリュウグウノツカイとか、 オラクポダ・ホリビリスとか!」

 マリーは漂着物の魅力を力説した。
 最後の『オラクポダ・ホリビリス』とかいうのは聞き慣れない名前だが、 一体どんな生物なのだろう。
 もしや教会の専門家というのは、彼女のことではないだろうか ――と、そんな疑問が胸中をよぎる。

「心ときめきますよね!」

 マリーは胸の前で、ぐっと両手を拳にして見せた。

(――こりゃ違うな)

 どう見てもただの野次馬だった。
 きっとまた有給休暇を取って駆けつけたのだろう。間違いない。
 そんなやり取りをしている内、後方から声が上がった。

「博士が通られます、道を空けて下さーい」

     ***

 やがて、群集の空けた道を通って姿を現したのは、 博士と呼ばれる白衣の老人とその助手らしき若者だった。

「うわー、酷い臭いですね。鼻が曲がりそうだ」

 助手は道を歩きながら鼻と口を手で覆い、砂浜に飛び降りた。 博士も遅れてその後に続く。
 物好きな見物客達はひそひそ話のトーンを落とし、 二人の会話に聞き耳を立て始めた。
 博士は腐乱死体の前まで行くと、早速それを指差して、 子供のように顔を輝かせる。

「素晴らしい! 腐臭など気にしている場合ではないぞ。見たまえ!」

 助手は死骸のそばで前かがみになり、眉根を寄せた。

「確かに凄いですね、これ。何が凄いって、 頭がちゃんと残ってますもんね。 博士はこれと似た生物をご覧になったことが?」

「いや、ない。だが頭部はそうだな……馬に似ている。 しかし、そこを見たまえ! 首だ!」

 博士は鼻息も荒く、死骸の首筋を指し示した。
 見物客の視線もそこに集中する。 丸太のように太いその首は所々肉が腐り落ちており、 骨がむき出しになっていた。

「首がどうかしましたか」
「肉が腐っとるせいで骨が露出している。問題は骨の数だ!  明らかに多いぞ!」
「首が長いですからね」

 助手は当たり前のように言った。博士は目を丸くする。

「……君はそれでも学者の卵か? 哺乳類なら首の骨は7つだろうが。 長さは関係ない。クジラも人もキリンも同じだ」

「はぁ」

「頭と首は、生物の正体を推測する上でかなり重要な手掛かりとなる。 だがこいつはどうだ。頭部は馬そっくりなのに、 首の骨は優に15以上ある!」

「つまり、どういうことですか?」

「うむ……。まず言えるのは、これは馬ではないということだ」

 博士は言った。それは誰でも一目で判ることである。

「僕も最初からそう思ってました」

「そうか? では現時点での私の結論を言おう」

 博士はそこで一旦言葉を区切り、 見物客の方を向いて高らかに宣言した。

「こいつの正体は恐らく……“鳥類”だ!」

 集まった人々の間からどよめきが起こった。確かに、 これを見て鳥類だと思った人間は殆ど居なかっただろう。
 竜だと言われた方がまだ納得できるのだが――それとも、 ひょっとして竜は鳥類なのだろうか?

「馬の頭をした鳥ですか。でも海にいたんだから、 でっかいペンギンみたいなものですかね」

「あくまで可能性だ。本当に鳥だとすれば、 単に事故で海に墜落したのだろう。 羽毛が見当たらないのが気になるが……。食性はどうだろう。 口の中を覗いてみるか」

「口内粘膜も採取しておきますか」

「これは……ほうほう……なるほどそうか」

 博士はしばらく死骸の口の端をめくって何やら調べていたが、 やがて辛抱たまらなくなったのか、 助手に上あごを持ち上げさせると自分は口の中にまで上半身を突っ込んでいった。
 観客の間でくすくす笑い声が漏れ出した。

「食べられるなよー」

 誰かが言って、どっと笑いが起こった。
 だが、次の瞬間、異変は起こった。

「……むお?」

 巨大な屍が、わずかに振動したような気がした。
 笑い声が凍りついた。

 目の錯覚――ではない。今度は胴体がぐらりと大きく揺れる。
 半ば白濁した両眼が見開かれ、 首全体がゆらりと地面から持ち上がった。 博士を口にくわえたままで。

「うわああぁ!!」

 助手が砂浜に尻餅をつき、潮と砂にまみれて転がった。

「おおおお!! 素晴らしい! こいつはまだ生きているぞ!!」

 次第に高く上がっていく口の端から両脚だけを出して、 博士は狂喜した。
 動く屍はそのまま口先を天高く持ち上げると、 鳥類が魚を丸呑みする時のような所作で、博士を嚥下《えんげ》した。

 見物客の間から一斉に悲鳴が上がった。
 海岸に集っていた大勢の人々が、我先にと四方へと逃げ始める。 砂浜に居た衛士達は、既に全員槍を投げ捨てて逃げ出していた。 助手は情けない声を上げ、砂の上をこけつまろびつその後を追う。

 砂浜を中心として広がっていく人波の中で、 ひろゆうともは逆に巨鳥に向かって駆け出していた。

「これは……アウターズ!? まさか生きているなんて」




 シスター・マリーもやはり、ひろゆうともと同じく砂浜に降りて駆け出していた。
 馬の頭を持った鳥は、博士を飲み込んだ後はじっとして動かない。消化に入っているのだろうか?
 気の毒だが、あの博士はもはや助かるまい。唯一の救いは、彼にとってはこの末路が本望だったかも知れない、 ということだ。

 それより問題はルイーズだった。
 町はここから目と鼻の先だ。 もしこいつが市街地にまで繰り出すようなことがあれば、 とんでもない大災害になってしまう。 何としてもここで食い止める必要があった。
 覚悟を決めて走るひろゆうともの脇で、マリーが頼りない声を出した。

「困ったわ……。集束術式って得意じゃないのよね……」

     ***

 ユベールと二人の少女達は、 ジェルメーヌ海を見晴らす崖の上にたたずんでいた。

 ほぼ垂直に切り立った断崖の下には白い砂浜がゆるやかな弧を描いて前方に伸びており、その先に目を転じれば、海沿いの山肌に広がるルイーズの町並みが一望できた。
 左手には果てしなく広がったジェルメーヌ海が冷たい暗色に沈んでおり、静かな波音を繰り返し響かせている。
 三人の先頭に立った手品師風の青年――ユベールは、崖の縁まで歩み寄ると、片膝を付いて下の砂浜に視線を落とした。




「あれだな」

 眼下の砂浜では、豆粒大の人間達に囲まれて褐色の巨大生物が波打ち際に横たわっている。
 常人ならば身がすくむ程の高さだった。だが、今そこにいる三人は常人では無かった。
 ユベールは少女達を振り返る。

「ほら、見に来いよ。今回のやつはなかなか凄いぞ」
 言われて、二人の少女はとことことユベールの屈みこむ崖の方へ歩いて行った。
 その途端、強い潮風が崖下から上へ向かって吹き抜けた。少女達のスカートはぶわりと風をはらみ、下に重ねた白いパニエと共に大きくすそを舞い上がらせる。
 白服の少女は小さく悲鳴を上げ、髪とスカートを押さえつけて「もう!」と悪態をついた。

「……海に来るのに、そんなひらひらした服を着てくるからだ」

 ユベールは立ち上がり、肩をすくめて見せた。
 二人の少女はどちらも過剰なまでにレースで飾られた衣装を身に着けており、まるでアンティーク人形のようだった。
 戦闘に向かないのは勿論のこと、ピクニックにだって、こんな服を着て来る者は居ないだろう。

「ドロワーズだから平気だもーん。ほら」

 黒服の少女は笑って、両手で自分のスカートとパニエをたくし上げて見せた。
 ユベールは額に手を当て、身振りで頭痛を訴えた。

「見せるな。しまっとけ」
 きゃははは、と黒服の少女は甲高い声で笑って、八重歯を覗かせる。

「ユベールが照れてるぞー」

「ひらひらは良いんだが、かぼちゃはあんまり……。 いや、そんなことより、下だ」

 ユベールは親指で崖下を指し示す。
 どれどれ、と黒服の少女はユベールの隣に立って、下を見た。

「でかいっ!」

 黒服の少女が嬉しそうに言った。

「俺の担当じゃなくて良かった。こういう怪獣大決戦は、 お前らの方が得意だろ」

「怪獣大決戦って何ですの?」

 白服の少女が、小首を傾げて見せる。

「何となく言ってみただけだ。まあ見た感じ、 下は後で良さそうだな。とりあえず上を片付けよう」

 ユベールは断崖に背を向け、視線の先にある建物―― ルイーズ騎士修道院を顎で示した。
 複数の棟から成るその建物は内部に武器庫や訓練場までを備えており、教会というよりも兵士の詰め所に近い雰囲気を放っている。
 従事しているのも一般的な神父やシスターとは異なり、訓練を受けた騎士ばかりのはずだ。

「そこの騎士修道院は今日で閉鎖になる。それが済んだら、下だ」

「良いけどさー、下のあれってもう死んでるじゃん?  腐ってるじゃんかー」

 黒服の少女が崖下の死骸らしきものを指差し、口を尖らせた。

「いや……メルキオールが探知したってことは、生きてるんじゃないか?  お……、ほら見てみろ」

 ユベールが言うのとほぼ同時に、下の見物客の間から悲鳴が上がるの聞こえてきた。
 腐乱死体だと思われていた巨大生物が、まさに今動き出したところだった。

「おー!!」

 黒服の少女は歓喜の声を上げて、崖の端ギリギリにまで駆け寄り、 しゃがみ込んだ。

「“シャンタク鳥”と言うらしい。危ないから崖っぷちに無造作に近付くなよ。落ちるぞ」

「ぐちょぐちょなのに動いてるー! おもしろーい!」

「かっこいいですわ」

 二人の少女は四つん這いになり、身を乗り出して崖下の騒動を見守った。
 見物のために大勢集まっていた人間達は、シャンタク鳥が動き出すと同時に散り散りに逃げ始める。
 その様子は、ここから見るとまさしく蜘蛛の子を散らしたかのようだった。

「都合が良い。このまま出来るだけ人を食わせておこう」

「せーたいのーしゅくって奴だね!」

 黒服の少女――ジュリエッタが四つん這いのまま、首だけで振り返る。

「でも見て下さい。逃げずに戦うつもりの人がいますわ」

 白服の少女――ジュリアンヌが下を指差す。
 そこには確かに、逃げ惑う人々とは逆にシャンタク鳥へと向かっていく者達の姿があった。

「あはっ、ほんとだー。すっごーい」

「どっちが勝つか楽しみですわね」

「じゃ私、シャンタク鳥が良ーい」

「それなら私は人間の方を応援しますわ」

 少女達は肩を寄せ合って談笑し、観戦を決め込んだようだった。

「そんなの見てる暇ないぞ。ほっとけよ。……おや」
 ユベールはシャンタク鳥と対峙する者達の姿に目を留め、 小さく驚きの声を漏らした。

「奇遇だな。なんでこんなところに来てるんだろう」
「ユベールの知り合いなの?」
「ああ。えーと……ハギス牧場の管理人さんだよ。たしか」

「へー、そうなんだ」

「あの方達も適性があるということですか?」

「さあ? でも強いのは間違いないな」

「私達の仲間になる!?」

 ジュリエッタは期待の眼差しをユベールに向けた。

「どうかな……」

 ユベールは眼下のひろゆうともとマリーの姿を見据えて、目を細めた。

「……多分、どちらかというと敵になるだろう。そろそろ行くぞ」

 えー、と不満の声を上げつつ、しぶしぶ少女達はユベールに付き従った。

「ささっと皆殺しにして、下を応援しに行こうね!」

「いまいち気乗りしませんわね……」

 白服の少女は気だるそうに言った。

「実戦できるって喜んでただろ?」

 ユベールが不思議そうに聞き返す。

「それは問題ありませんわ。気乗りしないのは、下の鳥肉」

「ああ、それなら納得だ」
「今までで一番酷そうだよねー」

 黒服の少女は妹に笑いかけた。まったくですわ、 と白服の少女は崖下を振り返る。
 そして、遠くで暴れ出したシャンタク鳥をねめつけて、 吐き捨てるように彼女はつぶやいた。



「まずそう……」

     ***

鱗持つ巨鳥(とても強そう)が現れた!



─See you Next phase─





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