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最後の条件



ゆるぎなき剣



     ***

「いやー、お見事です」
 戦いが終わると同時に、のんきな調子の少年の声が聞こえてきた。



「グラールさんに勝てるなんて、皆さんもう人間の域を超えつつあるんじゃないでしょうか」

 今度の声は、前よりも発信源がはっきりと判った。
 広間の隅を見ると、やはりそこに、長い黒髪の少年が微笑んでいた。

「メルキオール」

 地に膝をついたまま、グラールがわずかに首を上げ、少年の名を呼んだ。

「……その娘を“ナイオン”に連れて行ってやれ」

「はい、喜んで」

 少年は微塵の葛藤も見せず、にこりと笑ってそう答えた。

 それからグラールの隣に歩み寄り、片手をハリエットに向けて差し伸べる。

「こちらへどうぞ、お姉さん。グラールさんも一度戻りますよね」

 〇〇が止める間もなく、ハリエットは迷わず少年の許へ行った。
 彼女がメルキオールの手を取る。そして、〇〇の目の前で、3人の姿は消えた。

     ***

 ハリエットの周囲を、暗闇が覆っていた。
 少年の姿も、グラールという男の姿も見えない。それどころか、自分の姿さえ見えなかった。
 何も見えない。
 だが、それは僅かな時間のことで、すぐに上方に光が見えていることに気付く。
 身体が知覚できないのに上方とは不思議だが、とにかくそう感じた。
 円形に開いた光が、恐ろしい速度で近付いてくる。
 一瞬の後、彼女の意識は、光の向こう側へと移動していた。


     ***

「はい。着きました」

 少年の声がして、がくん、と身体の重みが戻ってきたのを、ハリエットは感じた。
 強い目眩と、耳鳴りがする。リーシェの家に初めて行った時と同様の感覚だと、ハリエットは思った。
 しかし、今は少し慣れたのか、あの時ほど激しい違和感は無い。倒れるようなことはなく、充分に立っていられる。

「ここは?」

 言って、ハリエットは微かに鈍痛の残った眼で周囲を見回した。
 自分の声が小さく反響する。そこは、大広間とでも呼ぶべき場所だった。



「“擬似円環”と、呼ばれています」

 メルキオールの答えに、ハリエットは周囲を更に観察した。

 床には正方形の大きな石が無数に敷き詰められている。石のひとつひとつが両手を広げたよりも大きいから、広間はかなりの面積だ。

 調度品は無く、ただ何本もの石柱が並んでいる。天井も高い。優に通常の建物の四階分以上はあるだろう。変わっているのは、外壁が滑らかに湾曲して円筒形を形作っている点だ。
 薄暗く、寒く、寂しい場所だった。

「マルハレータさんや僕たちが集められた“船”の中ですよ。船の名前は“ナイオン”。教会風に言うと“聖賢の座”ですね」

 ――聖賢の座?
 それは、創世の賢者アーネムの住まう場所の名だった。

「あんた達は、世界の支配者でも気取っているの?」

「バルタザールさんはそんな所です。僕は違いますけど」

 メルキオールはにこにこして言った。

「……俺は少し休ませてもらう」

 グラールが言って、広間の外へ向かって歩き出す。

「お疲れ様でした、グラールさん。あ、バルタザールさんが見えましたよ」

 言って、少年が上を向く。見ると、音も無く、広間の空中に一人の老紳士が出現していた。
 彼は黒い礼服を身に纏い、広間の丁度中心あたりに浮かんで静止している。

「こちらの方は?」

 老紳士がハリエットを見下ろして言う。

「マルハレータさんを殺しに来たそうです」

 メルキオールが代わって答える。

 ははは、とバルタザールは笑い声を上げ、すっと床の上に降り立った。

「それは少し困りますねぇ」

「悪いのは僕じゃなくて、グラールさんですからね」

 メルキオールは悪びれた様子もなく、笑顔でそう言った。

「じゃ、僕はこれからワンプを拾ってきますので、こっちはバルタザールさんにお任せします。別に良いですよね?」

「無論です」

 老紳士が頷くと、メルキオールは微笑みひとつを残して、広間からその姿を消した。

     ***

 老紳士が、こつこつと靴音を響かせて広間の中を近付いてくる。
 ハリエットは彼を真っ直ぐに見つめて、言った。

「マルハレータの居場所を教えて。他の人に、用はない」

「さて、どうしたものでしょう」

 老紳士が歩を止めて、手であごひげを撫でる。間合いはまだ遠い。

「やはりお引取り願いましょうか。マルハレータを失うには、まだ少し早いのでね」

「だったら、押し通る」

 ハリエットが床を蹴り、老紳士目掛けて駆け出した。バルタザールは愉しむように言った。

「ハリエット・ディヴリー、脚を禁ずる」

 突如としてハリエットの両脚の感覚が消失し、走り出した勢いのまま、ハリエットはバランスを失った。


 ハリエットは思わず自分の足を見たが、消えたのは感覚だけで、身体は確かに存在している。
 ――それなら、充分。
 ハリエットは前のめりに転倒しながら、倒れた身体が地に着く寸前、左手で思い切り床を殴った。
 その反動だけで彼女は前転しながら高く跳躍し、空中で身体をひねって姿勢を整える。
 失われた両足の感覚を補うため、少しずつ身体能力の補正を変更し、強引にバランスを取る。

「どいて」

 ハリエットはそのまま、落下地点のバルタザールに向けて、空中から左の裏拳を叩き付けた。

「なんと器用な――手を禁ずる」

 今度は両腕の感覚が失われた。
 繰り出された拳はバルタザールの鼻先を掠め、空を切る。そうして慣性で動いている腕は、すでに自分のものであるとは思えなかった。
 バルタザールがハリエットに向かって左手を伸ばす。彼女は、その手に噛み付こうとした。

「獣ですか、貴女は」

 バルタザールは難なくそれを避け、落ちてきたハリエットの首筋を片手で掴んだ。
 喉がつぶれるほどの衝撃が首を襲ったはずだが、ハリエットはそれを無意識の内に霊子誘導で分散し、防御する。
 老紳士はハリエットを首吊りに等しい状態で持ち上げたまま、超然と微笑んだ。

「『サヴァンの庭』において“天秤”に抗うことなど、出来はしませんよ」

 ハリエットは声にならない声をもらし、老紳士を睨み返す。

 ――天秤?

 まさか、アーネムの天秤!? それは、どこにある?

「変わった霊子誘導器をお持ちのようだ」


 老紳士は空いたほうの手で、力無く垂れ下がったハリエットの左手を持ち上げて言った。

「ですが……それよりも貴女、さっきから霊子誘導をごく自然に行っていますね。補助的なレベルとはいえ、貴女のような人間が一朝一夕でそれを修得できるとは思えません」

 バルタザールがハリエットを掴んだ手をわずかに下ろし、彼女の眼を覗き込む。

「――その技術、“誰”にもらったのです?」

 ハリエットは声を上げることも出来ず、ただ老紳士を見返した。

「喋る必要はありませんよ。貴女はただ、思い出してくれれば良い」

 バルタザールが、ハリエットの首から手を離した。
 彼女の身体がすとんと床に落下し、直後にその両脚はぐにゃりと力なく膝を折る。
 前のめりに倒れそうになったハリエットの顔を覆うようにして、今度は老紳士の右手が彼女のこめかみを掴んだ。

 ハリエットはその手を跳ねのけようともがいたが、無意味だった。

「少し緊張しているようですね。畏れることはありません、視覚的な記憶は単純です。貴女の霊子状態など破壊せずとも、充分な精度で観測可能ですよ」

 老紳士は笑って言った。

 同時に、ハリエットは激しい吐き気と酩酊感に襲われた。ぐらりと目の前が回り、景色が暗転する。
 こみ上げる不快感の中を、強制的に過去の記憶が駆け巡るのを彼女は感じた。
 おお、とバルタザールが感嘆の声を上げた。

「これは、思わぬ拾いものだ」

 バルタザールはハリエットの顔から手を離し、声を上げて笑った。
 支えを失い、どさり、と彼女の身体は床に倒れる。

「どうやら全ての条件が整いそうです。貴方を“解放”できる日も近いですよ、メルキオール」

 ハリエットはぐったりと床にうつ伏せになりながら、傍らに立つ老紳士を片目で見上げた。
 バルタザールは彼女を見下ろし、柔らかく微笑んだ。

「前言は撤回しましょう。貴女はこの船の中で自由にすると良い。食事はユベールに言って皆と同じものを用意させましょう。空き部屋は幾らでもあります、好きに使って下さい」

 老紳士は背中を向けると、靴音を響かせながら去って行く。
 最後に、彼は床に転がるハリエットを一度だけ振り返った。

「ああ、その代わり、マルハレータを殺すなら明日以降にして下さい。……貴女に出来るなら、ですがね」

 それだけ言い残して、老紳士は円筒形の広間から消えた。
 ――ありがたい。
 冷たい床石の上に力なく横たわったまま、ハリエットは笑った。
 ――自由にさせてくれると言うなら、利用させてもらうだけだ。

     ***

 翌朝、〇〇は騒然となったリンコルンの町中に立っていた。
 ワンプのせいではない。住民達は新たな驚異を目の当たりにしたのだった。
 町から北東の方角に見えるフレビス山脈、その最高峰であるエメト山。
 雨上がりの澄んだ空気の中、白く雪化粧に包まれたその山の頂の近くに、今は異質な影が出現していた。
 それは、空に浮かんだ島だった。
 複数の島を繋ぎ合わせて作った“船”のようにも見える。だが、遠すぎて全体ははっきりしないし、スケール感も掴めない。
“聖賢の座”
 町人の間では、そんな言葉が囁かれた

     ***

(聖賢の座?)

 〇〇は耳をそばだてた。聞いた事の無い言葉だった。
 もう少し詳しい話を知りたくなって町人達の会話に聞き耳を立てていると、不意に特徴的な声がした。



「世界の終わりに出現するという、聖賢アーネムの座する場所ですニャ〜」

 見ると、野良猫市場の店主がこちらを向いて立っていた。――自信は無いが、多分、黒猫商会の方ではないと思う。

「ご存知かと思いますがニャ……。かつてこの世界には、3つの時代がありましたニャ。第一の時代、アガタ。第二の時代、ベルナデッタ。第三の時代、キュネブルガ」

 黒猫は短い指を折りながら、過去の時代に付けられた名を3つ挙げた。

「聖賢の座は、それら全ての時代が終わる時に現れたと言われますニャ。つまり、あれが本当にそうだとしたら……」

 そこで言いよどんで、黒猫はぴくぴくとヒゲを動かした。

「……これから起こるのは、“聖杯”による世界の浄化と、“聖筆”による世界の再生――つまり、新たなる時代の幕開けですニャ〜。みんな死んでしまいますニャ〜」

 おどろおどろしく言って、黒猫は両手で何だか良く判らないジェスチャーをした。

『キュネブルガ時代が終わった時、同時に聖杯は失われた』とは、マリーの話だったか。
 もしあれが聖賢の座で、これから世界が終わるのだとすれば、聖杯は失われてなどいなかった……ということなのだろうか?
 町民達も同様に、似たような話を口々に交している。
 中には聖堂騎士に連絡して調べてもらう――というような話も出ていたが、エメト山に登ったところで、あんな上空に浮かんだ島には突入できないだろう。
 悲壮と興奮のるつぼと化した町の通りで、〇〇はもう一度遠くに霞むエメト山を見上げた。
 複雑な気分だった。
 仮にこの世界が本当に終わりを迎えるとしても、自分が運命を共にすることはない。
 同時に、〇〇は気が付いた。
 自分がこの世界においてやや淡白な傾向があり、何事にもさほど執着を持たずに居られるのは、最終的に“その権利”を持っているせいだ。
 どんなに恐ろしい敵が現れようとも、どんなに破滅的な状況に陥ろうとも、自分には選ぶ余地がある。最後に“選択肢”を持っている。
 もし、その時が来たなら、願えば良いのだ。
 ――エルアークへ戻りたい、と。


─End of Scene─






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