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竜頭の樹上 固有秘蹟 |
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それは、単書由来の“迷い人”が、己の出自となる本との縁を人為的に遡る事で、
本での自分の役割に応じた力を呼び起こし発現させる、その人物固有の能力を指す言葉である。 本来、迷い人と化した存在は、外の世界でも己の存在が許容される程度に、その特徴が矯正される。 例えば、一睨みであらゆる生物を石にする眼を持つ者だとか、羽など無くとも自由自在に空中を飛び回れる能力を持つ者だとか。 そういったある意味反則的な力や、理屈の裏づけが全く無い、 もしくはあったとしてもその本が持つ世界観固有の理屈でしかない場合、 迷い人となった際に、その能力の大半はスポイルされてしまう。 何故なら、力を発現させるための“ルール”がその世界には存在しないからだ。 しかし、その法則を僅かにだが覆す方法がある。 それが、この固有秘蹟と呼ばれる力である。 己の出自となった本との縁を能動的に遡ることで己の栞にその“ルール”を一時的に書き写し、 切り捨てられた筈の力を別の世界でも顕現させる技。 勿論、完全に再現することは出来ず、あくまで仮初──不完全な形での顕現にはなるが、 それでも“迷い人”が別の世界を生きていく上で重要な力と成り得るのは確かなものだ。 この固有秘蹟によって導き出されるのは、主にその人物が物語の中で得ていた力か、 得ることとなる力の断片。若しくは、記された物語の中で割り振られた“役割”を象徴した力。 この三種の内の何れか。 「あと、あくまでこれは本との縁が切れておらず、更に単書出身の“迷い人” ──架空存在である者のみが得る事の出来る力です。 ○○さんは故郷となった本が判らない程に縁が切れておりますし、架空存在か、記名血統か。 それすらも不明ですので、あまり関係のない話ではありますが。 上の御嬢さんが○○さんに説明しなかったのも、恐らくはそれが理由でしょうな。 何せ、使えませんから」 長々とした説明を終えた老師が、腰を下ろしていた“堂”手前の階段から腰を上げる。 「さて、エンダーさん。具合の方はどうですかな」 話を向けた先。赤い衣に身を包んだ金髪の少年、エンダーは、己の右の手をじっと見つめて、 わきわきとその掌を動かしている。 丁度顔の高さにまで上げられたその手には淡く輝く影のようなものがまとわりついて、 一回り程大きくなっていた。 「具合の方は……まあ、なんか光ってるのが判るくらいで大したこたないけど、 さっき爺さんに頭を小突かれたときに、何かすげー厭なもんが見えた気がして、 気分の方は最悪だな」 「それは恐らく、貴方の栞に“ルール”を引き込むために新たな縁の道筋を引いた事で、 出自となる本の中において貴方がこの先辿る筈の未来が、 イメージとして逆流してきたのだと思いますが……」 「……それって、俺の未来がすげー厭なもんだって事?」 「さて。私は貴方の出自となった本を読んではいませんのではっきりとは答えられませんが、 そういったイメージが流れてきたという事は、少なくともそれに近い出来事が、 本内での貴方の前にやってくるのは確かだと思いますよ」 「マジ笑えないわそれ……。まあ、今の“迷い人”な俺には関係ないのかもしんないけどさ」 がっくりと肩を落とすエンダー。生気の無い目で、自分の右の手を見る。 「でもって、俺の固有なんたらってのが、この右手のこれ? 何だっけ、 “喜ばしき手”でいいの?」 「能力の名についてはお好きなように呼んでいただいても全く問題ありませんが、 遡った縁から伝わった“ルール”によると、貴方は物語の中でそう呼んでいたようですね。 効果の方は──」 「“俺の手には幸運の神様がついてる。だから、俺がこの手で触れた奴は、 絶対に生き残れる”、か。さっき爺さんに小突かれたときのイメージで、 この言葉だけは頭に残ってるんだけど……要するにそれって」 「その手で触れた方に幸運を授ける力、でしょうね」 「……なんだけど、どうも自分自身には使えないぽいんだよな。伝わってくる感覚で、 何となく判るんだけど」 他人相手にしか使えないんじゃ俺何も得しねーじゃんそれ、とエンダーはしゃがみ込み、 心底疲れの混じった溜息をついた。先程から溜息ばかりだな、 と○○は完全に他人事の視線でそんな感想を持つ。 老人はそんなエンダーの様子に小さく苦笑しつつ、視線を隣へと移す。 「それで、エンダーさんの方は良いとして、アリィさんの方はどうでしょう──」 老師の声がそこで僅かに詰まるのを、○○は聞き逃さなかった。 「何、ですか?」 話を向けられ、長髪の娘が面を上げた。老師は一度咳払いをして仕切りなおすと、 改めて話し出す。 「──全く問題がないようですね。むしろ、少し上手く行き過ぎていると言いますか。 エンダーさん、少し距離を置いたほうが良いかもしれません」 「あ? ……あー、そうだな。確かにちょっとな」 落ち込んでいたエンダーが老師の声に顔を上げ、そして隣を見て引きつった笑みを浮かべて、 数歩距離を取った。 「……??」 彼らの言葉と行動の意味が判らないのか、首を傾げるアリィ。 その仕草に併せて、長い蒼色の髪が、ばちばちと弾けるような音と共に広がり流れた。 ──そう、黒ではなく、蒼。 この単書へと入り、老師が“本との新たな縁を繋ぐための動作”として、 エンダーとアリィの頭を杖で小さく叩いた後。エンダーの右手が淡い輝きをまとったように、 アリィにも変化があった。 それが、今の蒼く輝く髪と、そしてその内側から発せられる圧倒的なまでの力の波動である。 細い身体の内から漏れ出す、視認すらできそうなほどに濃厚な力の発散。 それは実際に漏れているのか彼女の白いドレスの裾は先程から風も無いのに終始はためき、 髪に走る稲光は時折周囲の大気に向けて走り、 その度に近くにいる○○の肌にもびりりと痺れるような感触が僅かに伝わってきていた。 「俺とアリィの、お互いの本の中での格の違いを思い知らされるっつーか。 大体なんでこいつ、力が二つも繋がってんのよ。俺一つなんだろ?」 小規模の自然災害を任意に発生させる“神通”と、己の身体能力を大幅に高める“荒御霊”。 それが、アリィの固有秘蹟であるらしい。 「ええ。普通、固有秘蹟は一人一つがせいぜいなのですが……アリィさんの場合、 元となった物語の中で割り当てられていた力が大きすぎて、 一つの新しい縁で二つの力が顕現しているようですね」 「さすが神様、凡人端役の俺とは違うわ。俺のとか、戦いとかには全然向かなそうだし」 はー、とまた溜息をつくエンダー。 だが、どんなものかは脇に置くとしても特殊な力があるだけでも良い方だと、 自分からすれば思うのだが。 いい加減我慢できなくなってきた○○がそう言うと、む、とエンダーは言葉を詰まらせて、 そして自分の右手を見下ろす。 「ま、何も無い○○と比べりゃ、俺のこの手もマシかもな。……わりぃ、 なんか○○の事あんま考えてねー態度だったか」 謝られる程の事でもないのだが、ここは素直に受け取っておく事にしよう。 「さて」 老師はそう一言置いて、エンダーとアリィ。二人に順番に視線を送ってから、改めて言葉を続ける。 「取り敢えず、固有秘蹟の発動の方は上手く行ったようですし、 それでは次の段階へと移りましょうかね。エンダーさんとアリィさんのお二人には、 繋いだ力をある程度安定させるために、その力を振るう相手を用意しますので、 軽く試合ってみていただきたい」 相手。となると、あの老師付きの四匹の獣あたりだろうか。 ○○が少し離れた位置で話を聞きながら、そんな風に暢気に予想していたところで、 「いえ。丁度良いですし、同じ“迷い人”の……」 嫌な予感。露骨に顔が引きつった。 「○○さんにお相手していただくのが良いでしょう。縁の安定には同質の者、 “迷い人”を相手にするのが一番ですので」 “迷い人”同士で良いなら、エンダーとアリィがやり合えば良いと思います。 ○○が思った事を正直に言うと、エンダーが真顔で「いやいやいや」と掌を左右に振る。 「それはないわ。つか俺死ぬじゃんそれ」 「死にますか?」 「うん。死ぬ死ぬマジ死ぬ」 無表情の中に小さく不思議そうな気配を浮かべ、小首を傾げてみせるアリィ。それに対し、 エンダーはこくこくと神妙に頷いた。 「だってなんかお前さっきからビカビカ光ってて、どこをどう見てもヤバそうだし。 ……でもそんなお前の相手も○○なら多分余裕。なんせ先輩だし」 その後、いや、どうぞ。いやいや、どうぞどうぞ、 とアリィの相手を擦り付け合う○○とエンダーの応酬が暫く。 それを遮ったのは老師のこんな言葉だった。 「まだ縁が安定していない同士で、 というのは互いの固有秘蹟が干渉し合って変に作用する可能性もありますし、 少々宜しくないのですよ。ですからまず一度、 ○○さんとお二人のどちらかが軽く手合わせしていたたいて」 「待て。片方手合わせした後、残った一人はどうすんの」 「あまり○○さんの手を煩わせるのも悪いですから、 最初に戦った方と残った方がやり合うのが宜しいでしょうな。お二人で仲良くどうぞ」 「どっちにしろ死ぬの俺!?」 「死ぬますか。死ぬまする?」 等と漫才じみた会話を眺めつつ、老師の告げた言葉を簡単に頭の中でまとめてみる。 要するに、エンダーかアリィのどちらかと自分がまず戦う流れであるらしい。 「わざわざ手間を取らせるのですから、 せめてどちらにするかは○○さんに選んでいただきましょうか。 エンダーさんか、アリィさんか。貴方が相手をした方の縁が、 より安定しやすくなる筈ですが、さて」 どちらといわれたら、相手にするのが楽なのはどう考えても。 「こっち見んな」 なのだが……どうしようか? ─See you Next phase─ |
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