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ピーテルの夢 |
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リーシェの家で猫を借りたハリエットと〇〇は、 取り急ぎサナトリウムへと戻ることにした。 だが、サナトリウムの玄関から入った途端、 受付の女性が慌てた様子でハリエットを呼び止める。 「あ、ハリエットさん!」 ん、と短く返事してハリエットは立ち止まった。 窓口の向こうで、白衣の女性が困ったような顔をする。 「駄目ですよ、動物の持ち込みは」 「あ。そっか」 言って、ハリエットは両手で抱えた黒猫の顔を見る。 猫は、にゃ、と短く鳴いた。 「えっと……よし、〇〇は先にピーテルの部屋に行ってて。 すぐ行くから」 それだけ告げると、 彼女は回れ右をしてサナトリウムの外に駆け出していった。 だが、もちろん外に猫を放置するつもりではないだろう。 とりあえず〇〇は、 言われたとおり先にピーテルの部屋へと向かっておくことにした。 *** ピーテルの病室に入ると、 ユルバン神父は部屋の隅で椅子に座って本を読んでいた。 ピーテルの方は変わらず眠り続けているようだ。 「どうだった?」 〇〇が部屋に入ると、彼は本を閉じて顔を上げた。 簡単にいきさつの説明を始めたところで、こんこん、 と窓を叩く音がした。 神父と〇〇が窓を見る。部屋の外ではハリエットが、 黒猫を肩に乗せて笑っていた。 *** 「何でそんなところに居るの?」 ユルバン神父が不思議そうに言って鍵を外し、窓を開ける。 どうも、と言ってからハリエットは両手で黒猫を持ち上げ、 窓枠の上に乗せてやった。 「あれ。どうしたんだい、その猫」 猫はひょいと部屋の床に音も無く降り立つと、 〇〇と神父を交互に見上げて小さく喉を鳴らした。 「本当は駄目なんだけど、緊急事態だもんね……よっと」 言って、 ハリエット本人も身軽に窓枠を乗り越えて部屋に侵入する。 「え? まさかとは思うけど、この猫って……」 ユルバン神父は足元に擦り寄ってきた黒猫を指差した。 ハリエットが答える。 「リーシェ様から借りてきました。名前はチビです」 「冗談だろう?」 神父は目をむいて言った。 「あの人が他人に猫を貸すなんて、聞いたこともないよ。 一体どんな罠が仕掛けられてるんだ……」 神父は黒猫の前にしゃがみ込んで、 まじまじと観察しながら言った。 「いや、ごく普通に貸して頂けましたけど……。 あ、そういえば、リーシェ様から神父様に伝言があったんでした」 「え? 僕に?」 神父が自分を指差した。 ハリエットは思い出すように首を小さく傾け、虚空を見た。 「ええと……『アタシの陰口を叩いた罪は重い。無間 《むげん》地獄に連れて行ってやるから楽しみにしてろ』 ――だったかな」 ユルバン神父は、がくんと顎を落とした。 *** 「……ということで、この子に霊子誘導? とかいうのをやってもらいます」 ハリエットは机の上に黒猫を乗せ、 リーシェに聞いた話をかいつまんで説明した。 「大体の理屈は僕にも判ったよ。しかし、 僕よりずっと高度な霊子誘導が猫に務まるとは、 複雑な気分だ」 ユルバン神父は机の上に顔を寄せ、 黒猫とにらめっこをしながら言った。 「……すごく基本的な質問なんですけど、そもそも “霊子誘導”って何なんでしょう?」 ハリエットの質問に、神父は猫から視線を外して答える。 「ああ、一般には馴染みの無い言葉だよね。 霊子ってのは何だか知ってるかい?」 「もちろん知ってます」 えへん、とハリエットは胸を張って答えた。 「霊子とは、原子よりもずっと小さい、 物質の最小構成単位です!」 へえ、とユルバン神父は感心したような声を上げる。 「良く知ってるね。流石、リーシェ様に会えるだけのことはある。 じゃあ、“霊子状態”は何だか解る?」 「霊子状態は複製できない!」 ハリエットは『それだけ覚えていれば充分だ』 とリーシェに言われた内容を、そのまま繰り返した。 神父はにこりと頷いた。 「その通り。普通、ある物体の“状態”と言えば、 常に一つだ。でも、霊子は違う。“霊子状態” とは一つの固有値ではなく、複数の状態の重ね合わせだ。 これは観測も複製もできない。 しようとしても破壊されてしまうから」 神父の説明にハリエットは言葉を失い、目をぱちくりさせた。 実は神父の言ったことは『リーシェの霊子論』でも説明されていたのだが、ハリエットも〇〇も半分朦朧《もうろう》とした意識の中で聞いていたため、全く覚えてはいなかった。マノットなどはあの時、完全に眠っていたはずだ。はっきり言って常人に理解しろと言うのは無理な内容である。 困惑するハリエットと獺祭を見て、ユルバン神父は軽く苦笑した。 「まあ、あまり深く考えなくても大丈夫。 アガタ時代の魔術師達も悩んだらしいよ。 彼らは霊子状態を表す方程式は発見したけど、 その意味を理解することが出来なかったんだ」 「計算が難しかったとか……?」 「いや、そうじゃない。式とその解は見つかっている。 でも、それが具体的に何を表しているのか、解釈が出来なかったんだね」 神父は言って、楽しそうな声で先を続けた。 「例えば霊子状態を扱う式には、虚数が絶対必要だ。 普通は虚数が出てきた場合、その部分は“測定不能”とか “非実在”として片付けられる。でも彼らが調べていたのは、 物質の構成単位なんだ。それなのに辿り着いた答えには虚数が必須だなんて、 ちょっと不思議だろう?」 「はぁ……」 とても嬉しそうに語る神父を前に、ハリエットは気抜けした声を出した。 神父は更に続ける。 「ある者は理論が不完全だと言った。ある者は、 世界は測定不能なエネルギーで満たされた海だと解釈した。 またある者は、虚数項は“世界の外側の実在”を意味していると言った。 そして、答えは誰にも解らなかった」 「完全に――意味不明になりました」 「まぁ普通そうだよね」 ユルバン神父は苦く笑って続けた。 「しかし、アガタ時代の魔術師達はそこで立ち止まらなかったんだ。彼らは本質的な理解を放棄し、数式を元に、実用面での応用を追及し始めた」 「謎解きは諦めて、割り切ったってことですね」 「そうだね。ちなみに、この頃に作られた実験施設は今でも残ってるよ。 五大遺産の“ラダナン・カダラン”と呼ばれる地下遺跡がそれだ」 「あ、それは知ってます。大きなドーナツみたいな形してるんですよね」 「そうそう。僕も実際に見たことは無いけど、 円の直径はベルン公国よりも大きいらしい。で、そういう巨大施設を総動員して色々研究した結果、彼らは霊子状態を破壊せずに、別の霊子状態へ誘導することに成功した。これが“霊子誘導”の技術の始まりだ」 「むむ……」 ハリエットは、解ってなさそうな声で唸った。例えばそうだね―― と神父は例を挙げる。 「相変わらず複製や観測は不可能だったけど、切り取って別の場所に貼り付けるようなことは可能になった。例えば、生物を生きたまま、離れた別の場所に転送する、とか」 (……ああ) そういえばリーシェに初めて会った時、彼女は倒れていたハリエットを、 瞬時に家の中に転送して見せた。あれも“霊子誘導”の一種、ということか。 「実際には言うほど簡単なことじゃないけど、 とにかくそれを起点として色々な技術が生まれたんだ。 人間の目には“奇跡”としか映らないような現象が、正しく物理的に引き起こせるようになった。こうして生み出された霊子スケールでの物性支配による擬似奇跡、それをまとめて“霊子誘導”と呼ぶ」 「……なんか、凄いんですね」 「うん。でも、自然界では意外と身近なところにも存在するみたいだよ。 例えば、植物の光合成は一種の霊子誘導だ。だから葉っぱの霊子状態が破壊されると、植物は光合成が出来なくなる」 ハリエットは、ほへー、とただ感嘆の息を漏らした。 「……とまあ、こんな感じで、霊子誘導については大体解ってもらえたかな?」 「はい。……神父様が、間違いなくリーシェ様の弟子だということが、 理解できました」 ハリエットが神妙な顔つきで言って、神父は困ったように笑った。 *** 「さて、色々言ってみたけど、 実は霊子誘導の技術の大半は既に失われてるんだよね。でも、 この猫は結構そのへんのことも出来ちゃうわけだ。 とにかく一回夢に入ってみよう。僕も後学のために一緒に行って良いかな?」 「解りました。というより、本当はもともと神父様のお仕事ですよね」 ハリエットが答えて、一同は霊子誘導のための準備を始めた。 ……と言っても、実際に術式を行うのは黒猫なので、 〇〇達人間は単に寝る場所を確保するだけである。 ベッドはピーテルのものしか無いため、めいめいが勝手に椅子を選んで座り、 夢に入ることになった。 幸いこの部屋にはふかふかした長椅子もあるので、 望むなら結構快適な状態で眠ることも出来そうだ。 「……ええと、とにかく、相手は人間じゃない。 アトラク=ナクアの亜種というのがどの程度のものなのか僕には判らないけど、 単独行動は拙いだろう。ちゃんと戦闘準備をしておいた方が良いよ」 「でも、行き先は夢の中ですよね? 意味あるのかな」 「単なる夢じゃないからね。“自分が何を持っていて、何が出来るか” という明確な情報が必要だと思う」 「それって、つまり普段どおりで良いってことですよね」 言いながら、ハリエットが部屋のカーテンを閉めた。 二重の厚いカーテンを全て閉めると殆ど何も見えなくなったため、 わざと薄明かりが漏れるよう、隙間を残しておく。 「そうだね。それじゃ寝よう。おやすみ」 神父は椅子に腰掛けたまま目を閉じた。 「なんか、気合入らないなぁ……」 ハリエットは長椅子の上で寝転がり、横を向いて膝を軽く曲げる。 そのまま睡眠体勢に入るかと思われたところで、 ふと向かいの椅子に座った〇〇と目が合った。 「これは落ち着かない……」 言って、ハリエットはこちらに背を向けるよう逆になった。 なんだか気まずいので、こちらもさっさと眠ることにしよう――。 *** ふと気が付くと、〇〇は夜の丘陵地帯に立っていた。 (……ここが、夢の中?) ハリエットとユルバン神父も、〇〇の近くで辺りを見回していた。 空は雲ひとつ無い星空で、明るい月が丸く光っている。 少し離れた丘の上には一本の大樹が葉を茂らせており、その下に、 二つの人影があった。 草の上に横臥して眠る少年と、その脇で膝を抱えて座る、白いワンピースの少女。 少女の方には見覚えが無かったが、少年の姿は見間違えようもなかった。 「ピーテル!」 〇〇の背後で、ハリエットが大声を上げた。少女がはっとして顔を上げる。 その瞬間、〇〇達の周囲で草原が消え失せた。 足元がただの暗闇に変わり、ぐにゃりと足が沈み込む。同時に、 少年と少女を乗せた夜の丘の風景が、急速に遠くへと逃げていく。 それと入れ替わるように、全く別の光景が次々と眼前に現れ、 半透明の幻影となって通り過ぎていった。 ピーテルの病室。 夜のサナトリウム。 どこかの家の中。 無人の村。 そして、教会の一室。 新しい景色が一つ現れるたびに夜の丘は大きく遠のき、やがて、 完全に見えなくなった。 後にはただ、闇だけが残された。 *** また気が付くと、〇〇は薄く霧の掛かった湖畔に立っていた。 今度は夜ではなかった。少し薄暗いが、日中、 それも朝に近い時間帯のように思える。 「……みんな、ちゃんと揃ってるようだね」 声のした方を見ると、ユルバン神父とハリエットの姿があった。 「さっきの、見たよね?」 神父の質問に、〇〇は頷いた。ハリエットも答える。 「ピーテルがいた……」 「うん。どうやら、彼の夢に入るのは成功したと考えて良さそうだね」 「さっきの女の子が、呪いを掛けた張本人? 蜘蛛じゃなかったのかな ……それとも、まさか、あの子が蜘蛛?」 「断定はできないけど、その可能性はあると思うよ。何しろこれ、夢だからね」 「でもなんか、全然夢とは思えない。凄く普通」 ハリエットは言って、自分の手足を見ながらそれを色々動かし、 身体感覚を確認していた。 確かに“夢の世界”と言われて想像するような、 もやもやした感覚は〇〇にも一切無かった。理屈として 「これは夢だ」と知っているだけで、それがなければ現実と何ら変わらないように思える。 「とりあえず、ここから何とかしてさっきの場所に向かわないとね」 「そう言われても、場所も時刻も全然違うし、周りは何も無いし、 どうすれば良いのか……」 ハリエットが途方に暮れた様子で言う。 湖畔の景色は特徴に乏しく、湖以外はどちらを向いても、 霧の掛かった草原が広がっているように見えた。 湖自体はさして大きくもないから、少し迂回すれば対岸方面にも進むことは可能だろう。 「まあ、適当に進んでみるしかないんじゃないかな。夢の中とはいえ、 何らかの法則性はあると思う」 言って、神父は辺りを見回した。 「差し当たって、こちらの方向を便宜上の“北”と決めておこう」 ユルバン神父が、湖畔の一方向を指差した。 それから、足元の地面に靴の先で“北”を示す矢印を大きく描いた。 「実際にこれが北かどうかはさておき、 何か指標がないと迷子になりやすいからね。こうしておけば、 戻ってきた時にも目印になるだろう」 「了解です。戦いの準備をしておいた方が良いのかな?」 「そうだね。あ、僕は足手まといになりそうだから、 手は出さずに後ろでこそこそしてるよ。まあ、霊子誘導を打ち切って現実に帰る時ぐらいは、お役に立てると思う。……それじゃ、行こうか」 *** ピーテルは、何かの気配を感じて大樹の下で目を覚ましていた。 ただし、夢の中で眠っていたのだから、目が覚めてもまだ夢の中だ。 「どうかしたの……?」 彼は草の上で半身を起こして眠い目を擦り、 傍らに立っていた少女を見上げた。 「誰か来た」 少女は厳しい目をして、どこか虚空を見ていた。 「誰……? どこに……?」 ピーテルはぼんやりした口調で言って、ゆるゆると辺りを見回した。 立ち上がろうと身体を動かした彼を、少女は両手でそっと押しとどめる。 「大丈夫、ピーテルは何も心配しなくて良いの。 ――あいつらはもう、ここまで辿り着けない」 少女はそのまま膝をつき、座ったままの彼を背後から軽く抱き止めた。 「ピーテルの心が、私を守ってくれるもの」 ─See you Next phase─ |
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