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屋上 |
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〜戦闘省略〜 *** 傷ついた朱鳥は、ふらつきながらも、まだ立っていた。立って、笑っていた。 「ムダだ……。時間切れだと言ったろう。僕を倒したところで、もう何も変わらない。 次元の境界が失われて、真の闇が降るのを、誰にもとめることはできない!」 彼は両手を大きく開いた。優雅に、はばたくように。 「聞け、闇を讃える歌を!」 おおーん……! おおーん、おーん、おー……! 地上のグールたちの叫びと地底からわきあがる響きとが、ひとつになって波のようにうねり、 世界をどよもす。 「見よ、女神の降臨を!」 さっと、地の一点を指差す朱鳥。 ひろい校庭の中心が、ゆっくり渦を巻いていた。動くはずのない大地が、ぐるぐるぐるぐる……と、 のたうちながら回っていた。 「あれは……!?」 「女神だ……、来るぞ」 ヘルマーチンの声の調子も、さすがに張り詰めていた。 渦巻きの中心部が、ぐーっと盛り上がり始めた。盛り上がりながら、 それは次第に巨大なひとつの貌になって行く。 いや、ひとつではない。阿修羅のように、三つの貌がひとつにつながっている。 闇の女神の三つの貌が、地の底からゆっくり浮上するように、 校庭いっぱいに浮かび上がろうとしていた。 世界をおおったどよめきが、狂ったようにその激しさを増した。 「お前たちには、何もできない。闇の女神をとめることは、誰にもできない」 かっと、女神が目を開いた。 「デッド・エンドだ、蒼」 「いいえ、それは違う」 と、背後から声がした。 「き、君は……!?」 図書室にいた少女が立っていた。 「お前たちが、この世界を好き勝手にうろつきまわっているのは許せない」 ぼっ! と、少女の目と口から、青白い光が噴き出した。 「きさま……!?」 と、朱鳥が叫びを上げる。 「ヘルマーチン、これは……?」 蒼が、呆然と少女を見つめたまま聞いた。 「まさか、地母神が降りているのか、地霊に!?」 少女から、ごっと風が吹き出し、光の柱が一気に天にのびる。 「闇に生まれし者ども、きさまたちは闇に返れ!」 激しい雷撃が何本も天を走り、地に突き立った。 どん!! 大地が揺れ、校舎が震えた。 世界を引き裂くような咆哮が衝撃波となってすべてに襲いかかる。 あなたたちは吹き飛ばされ、屋上を転がった。 地面をのたうたせながら、巨大な貌は地の底に吸い込まれるように沈んでゆく。 やがて、最後まで校舎の屋上を無念そうににらみつけていた大きな目も飲み込まれて……、 後には普段どおりの校庭が残された。 グールたちの鳴き声も地底からのどよめきも消えて、世界は不思議な静寂に包まれていた。 あなたが目を上げると、少女の姿はなかった。 倒れた朱鳥のかたわらに、蒼がひざをついた。 「朱鳥……」 ゆっくりとまぶたが開き、澄んだ瞳が彼女を見上げた。 「蒼……。どうやら、僕の負けのようだな。まさか、こんなカタチで終わりを迎えるなんて……」 そう言うと、朱鳥はゆっくりとまぶたを閉じた。 蒼は、じっと朱鳥の顔を見つめた。 やがて目を閉じたまま、ささやくような声で、朱鳥は聞いた。 「蒼、なぜだ……? どうして僕を裏切った? どうして、憎んだんだ?」 蒼は静かに首を振った。 「ううん、それは違う。あなたのことが好きだった……。今でも好きだから……、 だからあなただけは、せめてわたしの手で……」 それから、こっそりと秘密を打ち明けるかのように、こう聞いた。 「朱鳥、死ぬのは怖くないでしょう? 死ねない怖さにくらべたら……?」 目を閉じたままで、朱鳥はかすかに微笑んだ。 蒼も笑みを浮かべると、 「ねえ、おぼえてる、はじめて会った時のこと……?」 だが、朱鳥の答えはなかった。彼には、もう答えられなかった。永遠に。 「朱鳥……? 朱鳥……。どうして……」 蒼は目を閉じると、彼の体を今一度、そっと抱きしめた。 蒼の腕のなかで、朱鳥の体はもろく崩れはじめ、やがて風に流され散っていった。 蒼は、屋上の手すりにもたれて、眼下にひろがる街を眺めている。 静まりかえった、いつわりの夜の街。何が起こり、何が終わったかも知らずに。 夜明けは、まだ遠い。 ひんやりと霧が出てきた。 「蒼……」 と、その背に声をかけて、あなたは彼女の隣に立ち、同様に手すりにもたれて世界を眺めた。 屋上には、あなたと蒼のふたりだけだ。ヘルマーチンは先ほど、外の様子を見てくると言って、 階段を下りていった。 去り際に彼は言った。 「roseau、俺たちはトモキに、決着は自分自身の手で付けさせてやりたかったんだ……。それだけだ」 そうして、ヘルマーチンは行ってしまった。 そのまましばらくしてから、ぽつりと声がした。 「青い炎が……、ちっとも暖かくなんかない、冷たい青い火が、ちろちろ燃えているような感じなんだ……」 あなたは、蒼に目を向けた。 正面に顔を向けたままで、蒼は続けた。 「燃えているんだ、胸のずっと奥の方で……。その火の冷たさが指の先まで、 しんみり染み通って行くような……。この体になって以来、ずっとそう……。ずっと、そう……」 そう言って、言葉をなくしてしまったような蒼の横顔を、あなたはじっと見つめた。 「蒼…… 泣いてるの?」 蒼は、ゆっくりとあなたに顔を向けると、首を振った。 「わたしは泣かない……。泣けない……。血も涙も流れてないから。文字通りの意味で」 その言葉になんと答えていいのかわからずに、あなたはしばし無言で蒼と見つめ合った。 先にふっと視線を外して、蒼が正面に向き直った。 漆黒の髪、透けるように白くなめらかな肌、青い唇。 だがその肌の白さや唇の色は、けっして化粧のせいではない。 なかったことを、あらためてあなたは思い知る。 やがて蒼が、口を開く。 「今回の件は、すっかり忘れてしまえばいい。これまでどおりの普通の日々が、 もどってくる。それでいい。でも、わたしは戦うために生きている。いや、死んでいる、かな」 苦笑を浮かべてそう言うと、蒼は手すりから身を離した。 あなたは、なおも問いかけるように彼女を見やった。 なにか大切なこと……、なにか言わなくてはいけないことが……、 伝えなくてはならないことがあるのに、それがなんだかわからない。そんな、もどかしさを抱えて。 そして、もっともっと彼女の声を聞いていたいのにという、痛ましいまでの想いで一杯になりながら。 そうして、それ以上なんの言葉もなく、きびすを返すと、彼女は歩み去る。 その背で闇と霧が音もなく閉じて、彼女をおおい隠す。遠い、遠い彼方へと。 あなたから。 永遠に? 彼女は泣かない。泣けない。そう言った。 だが、その時あなたは聞く。 たしかに聞くのだ。 夜の底で、だれかが泣いている……… ─End of Scene─ |
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