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体育館



「撃て!」

 ヘルマーチンが促すが、あなたにはトリガーを引き絞ることができない。
 かっ! と、いきなり蒼の暗い眼が開き、自分に向けられた銃をがっしりとつかんだ。

「○○!」

 とトモキが叫ぶ。
 蒼が、鋭い牙をむき出しにして、上体を起こそうとし………
 パン!
 のけぞって、激しく身をよじり、もがき、あがく蒼。

「撃て、○○! まだだ!」

 ヘルマーチンが無慈悲に命ずる。
 銃口をなんとか蒼に向けると、両目を閉じて、 あなたは引き金を絞った。
 パン!
 ガアッ!!
 口を大きく開き、絶叫する蒼。

「まだだ。まだだ、○○。続けるんだ!」

 背後で、たまらずトモキがもどしている音が聞こえた。
 あなたは、目を閉じたまま、 聞こえてくる叫びも音も意識から遮断して、引き金を引き絞り続けた。

「……いい、もう、いいぞ、○○。もういい!」

 遠くから呼びかける声にはっとなると、カチ! カチ! と、 自分の右手は空になった銃の引き金を、 意味もなく引き絞り続けていた。

「大丈夫か、おい!?」

 心配そうに、トモキが覗き込んでくる。

「あ、ああ……」

 麻痺したように銃を握りしめた右手を、 そっと小さな手が包み込み、強張った指から銃を手放させた。
 ゆっくり眼を上げると、やつれた蒼の顔があった。

「もう大丈夫……。わたしは、帰ってきた。ありがとう、○○」

 その声を聞いて、あなたは意識を失った。

「う……」

 気がつくと、あなたは体育館の隅のほうに横たわっていた。

「目が覚めた?」

 横に、膝を抱えた蒼がいた。

「大丈夫?」

「あ、ああ……、なんともないよ。それより、君の方こそ?」

 体を起こし、蒼の隣にあぐらをかきながら、あなたは訊いた。

「わたしも平気。なんともない」

「でも……、オレは、君を撃った……」

「ううん、違う。あなたが撃ったのは、わたしのなかの怪物……。 あなたが撃たなければ、わたしはそいつにのみこまれ、 わたしじゃなくなっていた。だから、気にしないで。あなたは、 わたしを救ってくれた」




 蒼にそう言われても、 しかしあなたの眼には絶叫する蒼の姿が焼きつき、 耳にはその叫びが今もこだましていた。引き金を引き絞った感触が、 手に残っていた。
 天井から数多く吊り下げられたまゆをぼんやり見上げて、 あなたはつぶやいた。

「あの中の人たちは……?」

 蒼は、無言で首を横に振った。

「そうか……」

 まゆの中には、自分の友人や知っている顔もあるだろう。
 あなたはうつむいて、両手を握りしめた。オレは、 何をやっているんだ? もっと、どうにかできなかったのか?
 扉がそっと開けられ、ヘルマーチンとトモキが入ってきた。

「おう、○○、気がついたか。そら」

 と、トモキがアルミ製のボトルを差し出す。

「水だ。のど、渇いたろ?」

「ああ、ありがとう」

 あなたはボトルを受け取って、口をつけた。

 ごくごくと、のどを鳴らして水を飲むと、 すっと生き返るような心地がして、いかに自分が緊張して、 疲れているか思い知らされた。



「どうだった、ヘルマーチン?」

 と、蒼がたずねた。

「マズイな。異界との境界がどんどん薄くなっている。 ヘルメイツのリンクを絶たない限り、朱鳥の勝ちとなるだろう。 この世界は闇に沈む」

「ヘルメイツって、異界とこっちの世界をつないでるっていう?」

 うなずくと、蒼はすっと立ち上がって、あなたとトモキを見やった。

「○○たちは、ここに残って。ここから先は、 わたしとヘルマーチンのふたりで行く」

 あなたは、あわてて立ち上がって蒼に向き直った。

「いや、いっしょに行くよ。上では、朱鳥が待ち受けてるんだろう? ここで、さよならってのはないよ、蒼」

「でも……」

「ヤバイとなったら、そっこうで逃げ出す。 蒼たちの足手まといにはならない」

「それに、オレたちだけで、ここまでやって来たんだぜ? あんたのことだって、オレたちが助けたんだ。 そいつを忘れてもらっちゃ困るな」

 と、トモキがあなたの横に並ぶ。

「けど、この先は、どうなるか……」

「それでも、いいよ。先のことなんか、誰にもわからない」

 あなたは、そう言って蒼に微笑みかけた。
 トモキはヘルマーチンを見下ろして、

「ここまで来ちまった以上は、最後までつきあうさ。でなきゃ、 今回の話は決着をつけられない。だろ、ヘルマーチン?」

 ヘルマーチンは、いつもどおり無表情にトモキを見返した。

「そうだな……。決着のつけ時だろう、いい加減。 世界を終わらせるのか、そうでないのか」

 トモキは、ニヤリと笑みを返した。
 あなたは、蒼に向き直った。

「決まりだ。行こう、蒼」

「だけど……」

 と、それでもまだ躊躇する蒼に、ヘルマーチンが、

「行くぞ、蒼。もうあまり時間がない。闇の女神たちが来たら、 俺たちはアウトだ」

 しばしヘルマーチンと見つめ合ってから、 蒼はあなたとトモキに目をやり、うなずいた。

「わかった。行きましょう。朱鳥を見つけ出し、 彼が闇を呼ぶのをやめさせないと」

 ヘルマーチンと蒼は、きびすを返して扉に向かう。
 あなたは今一度天井から吊り下げられた、 いくつものまゆに目をやった。

「行こうぜ、○○」

「ああ」

 あなたたちは足早にヘルマーチンと蒼の後を追い、体育館を後にした。
 静まり返った廊下を進み、ホールに出る。
 立ち止まり、無言で視線を交わすと、階段をのぼりはじめた。

「それで、どこから探す?」

 と、トモキが声を殺してたずねた。

─End of Scene─


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