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開かずの部屋



「で、いったい何なんだ、その開かずの部室とかいう、 いかにもな名の部屋は?」

 廊下を進みながら、ヘルマーチンがたずねた。

「ああ、なんでもずっと昔、 なかで生徒が事故だか自殺だかで死んで、 それ以来おかしなことばかり起こるんで、 閉鎖されて使われなくなったらしい。手芸部だったとか、 天体部だったとか、いろんな説がある」



 と、トモキが答えた。

「ふん、どの学校にもひとつやふたつ、 ありそうな怪談の類か。連中が何かやるには、 おあつらえ向きの場所だな」

「かもしれない」

 そんな、ふたりのやり取りが途切れると、 あたりの静寂がよけいに意識された。
 あなたと蒼は、少し前からむっつりと押し黙ってしまっていた。
 沈黙に耐えかねたように、ふたたびトモキが口を開いた。

「ところで、そのヘルメイツってのは、 具体的にどういったもんなんだ。結局、 きちんとした話はまだ聞いてないよな」

「ふむ……。まず、 見えないアンカーのようなものを思い浮かべてみろ」

「アンカー? 船の、いかりのアンカーのことか?」

「そうだ。なんらかの異変により、 この世界と異界との次元の境界が揺らぎ、 薄れはじめると、その目に見えないアンカーが異界から、 そろそろと下ろされる。そいつは、 こっちの世界でとっかかりを見つけて、 二つの世界のつながりを安定させ、強める。 船のアンカーが、船を海底につなぎとめるようにな」

「異界と、世界をつなぐアンカーか……」

「こっちの世界にいながら、アンカーと接触し、 結果として異界とも繋がってしまったもの……、それがヘルメイツだ」

「なるほど……。ヘルメイツをどうにかして、 二つの世界のつながりを断ち切らなくちゃダメってことか」

「ああ。だが、ただヘルメイツを、 壊したり消したりすればいいってものでもない。 外れたアンカーは、すぐに別のヘルメイツを見つけ出す。 新しいヘルメイツを……。世界のつながりを絶つためには、 アンカーそのものを異界に送り返さなきゃならない」

「送り返すって……、どうやって?」

「異界に返すの……、ヘルメイツごと」

 と、まっすぐ前を見つめたまま、蒼が答えた。

「なんだって!?」

「ヘルメイツとなって異界と繋がってしまった以上、 どうしようもない。もともとアンカーは、 なにかしらいわくのある、 異界に近いタイプのものを選んでくっつく。 いったん魂深くまで食いつかれたら、 もうアンカーをひき離すことはできない」

「………」

 それ以降あなたたちはもう口をきかずに、 ただ目的の場所を目指した。

 廊下のつきあたりに、誰からも忘れられたように、 その扉はあった。
 なんのへんてつもない、ふるびた扉。

「ここがそうだ……、開かずの部室」

 トモキが、つぶやいた。

「行こう」

 そう言って、あなたは扉に手をかけた。
 何十年もの間ずっと開かれることのなかった扉が開き、 あなたたちを飲み込んだ。
 静かさと安らぎに満ちた、 青一色の世界がそこに広がっていた。海の底のような。

「これは……?」

 呆然として、あなたはあたりを見回す。

「どうして教室のなかに、こんな世界が……」

 ハッとなって振り返ると、 いま自分たちがくぐった入り口はそこになかった。

「バカな……!」

「だまされるな! こいつは幻だ。まやかしに過ぎない」



「そう、幻だ。だがそれを言うなら、そもそも現実とはなんだ?」

 と、どこからともなく声が降ってきた。

「朱鳥!」

「すべては脳が決める。目が見た、耳が聞いた、 肌が感じたと脳が判断したなら、それが現実だ。 実際に世界がどのようにあるかは問題じゃない。 脳がどう認識し、判断するかが問題なのさ。さあ、 それでは、これはどうかな?」

 青い世界が消えてゆくのとオーバーラップするように、 唇の部屋が出現した。
 あなたたちの周囲をびっしりと、 無数の唇がおおいつくしていた。唇の壁、唇の天井。


「うっ! な、なんだ、これは!?」

 あなたとトモキは思わずひるむ。
 そして、床の唇が、一斉に食べ始めた。あなたたちを。
 ぐっちゃ、ぐっちゃ、ぐっちゃ、ぐっちゃ、 ぐっちゃぐっちゃぐっ……!!

「わーッ!!」

 絶叫があがる。
 ぱき! ぱきぱき! と骨が噛み砕かれる音がした。
 あなたは狂ったように身をよじり、もがく。

「あわてないで! まやかしに過ぎない!」

「食ってる! こいつら、オレを食ってる!! イヤだ! イヤだ!! やめさせてくれ! 助けてくれ!! 食われるのはイヤだ!!」

 トモキが泣きながら、のたうちまわる。

「落ち着いて! ただそう感じてるだけ! 実際はなにも……!」

「オレを食うな!! 食うな!! ぎゃーッ!!」

「トモキ!?」

 ビシ!
 なにか、はじけるような音が響いた。

 ぴたり、と唇が動きをとめた。
 トモキの額が、たてに裂けていた。
 あなたは一瞬にして夢からさめたように、 愕然となってトモキを見つめた。
「トモキ?」

「オレを食わせないぞ。誰にも食わせたりしない。 食わせてたまるか!」

 べりべり!
 額の裂け目が一気に大きく全身にひろがって、 中から異形の者が姿を現した。



 あなたは自分の見ているものが信じられなくて、つぶやいた。

「トモキ……? こ、これも、幻なんだな……? 現実じゃないんだろ?」

 だが、蒼もヘルマーチンも答えようとはしない。

「蒼、ヘルマーチン……、どうして黙ってる? どうして答えない?」

 それでも、蒼は口を閉ざしたままだ。
 仕方なくヘルマーチンがあなたの問いに答えた。

「トモキが、ヘルメイツだ。残念だが、彼はもう異界にとらわれた」

「な、なんだって……?」

 異界のちからに侵されて変貌した生き物は、 振り向いてあなたを見つめた。

「オレは食われないぞ。オレは……、オレは……、食う側だ!」

 笑い声をあげながら、トモキだった生き物は襲い掛かってきた。

異界化トモキ(それなりに強そう)が現れた!



─See you Next phase─

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