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美味しく御茶を


「よいしょ、と」

 部屋の隅にででんと置かれた、釣鐘状の巨大な物体。 子供の背丈を軽く上回る程の大きさを持つそれの、 中ごろ辺りに取り付けられている取っ手を、ツヴァイは力を入れて下へと引いた。
 すると、その直ぐ下に突き出ていた短めの蛇口からどぽどぽと熱湯が吐き出され、 白い陶器のポットの中へと吸い込まれていく。 頃合を見て、ツヴァイが取っ手を上へと戻すと湯の流れは直ぐに停止。 ツヴァイは湯の注がれたポットに直ぐ蓋をすると、○○の座るテーブルへと戻ってくる。

「○○さん?」

 名を呼ばれて、○○はじっと見つめていたものから視線を外して、 こちらを訝しげに見るツヴァイに振り向く。
 ツヴァイは一度首を傾げて、そして○○が向けていた視線の先へと目を向ける。 そして手にしていたポットをテーブルに置きながら、ふむと一息。

「あれが、どうかしました?」

 ツヴァイの視線の先には、先程ツヴァイがポットにお湯を入れた、巨大な釣鐘状の物体。

(どうか、というか……)

 ○○の常識からすると、あんな形の金属製の物体から、 どぼどぼと沸騰した水が出てくる事が不思議で仕方ないのだが。 傍に火があるわけでもなく、あの物体自体が熱を持っている風でもなく。 何より、あの金属の塊には中へ水を入れるための、 いわば注ぎ口のような所がないのだ。
 一体、どうやって中に水を貯めているのか。
 そして、その水をどう沸かしているのか。
 この部屋に何度か来た時の経験から、 あの中に貯められた水が常に沸騰しているのだけは判るのだが。
 ○○の疑問に、ツヴァイは取り出した茶葉をスプーンで掬いながら、 少し思案する顔で虚空を見て、

「ええと……魔法?」

 身も蓋も無い返しだった。

「でも、多分この表現が一番近いかなと思います。 この中で特別に調整した水を自動合成して、それを中に刻んだ“象形” の力で沸点維持させてるだけですから。あんまり、 こういう形をしてる意味とかは無いですね。単に、これを作った私の主の趣味です。 私個人としては、あまりこの無骨な見た目は好きじゃないんですけど」

 意味は良く判らないが……自動合成とか、象形とか。その辺りがつまり、魔法と。
「ですね。普通に水を熱でもって温めて沸騰させたものを貯め込むとか、 そういう類の品ではないと理解していただければ。 あんまり詳しい仕組みとか説明しても、○○さんに理解できるとは思えませんし」

 ツヴァイはにやにやとそう言うが、 実際詳しく説明されても途中でこちらが付いていけなくなるのは確実だ ○○は肩を竦めるだけで受け流した。
 その間に、ツヴァイはポットの中へとぽいぽい茶葉を放り込む。 雑な目分量に見えて、実はしっかりと量を測って入れているのは既に○○も知っていた。 もうもうと上がる湯気は、 未だポットの中の湯が全く温度を下げていない事を教えてくれる。 ちなみにこのポットも実は特別製なんだとか。
 にしても……。

「今度は何です?」

 ツヴァイの仕草を見ていて、ふと思った疑問。
 今ツヴァイが片付けている、茶葉。 これは一体何処から持ち出してきたものなのだろうか。
 この箱舟で栽培している?
 それとも、“大崩壊”とやら以前に箱舟に積み込んだそれを今も使っている?
 まさか、本の中から茶葉を箱舟側へと持ち出してきているとか?
 ○○が思いついたことを適当に並べていくと、ツヴァイはポットの蓋に手を置いて、 指で何かを掻き回すように動かしながら、

「んー、正解は主に二番ですね」

(……二番?)

 それはつまり、凄まじく古い茶葉を使っている、と?

「正解ですけれど、間違いでもありますわね。さて、どういう事か判ります?」

 ……判る訳が無い。どうせ、こちらの理屈が通じない突飛な話なのだろうし。
 ○○がげんなりと降参の仕草と共に言えば、 ツヴァイは「思考停止は良い傾向ではありませんよ」 と笑顔のまま少し膨れてみせるという器用な真似。
 彼女からすると、恐らく自分があれこれと迷ったり 、間違った答えを言うのを期待していたのだろうが、 毎度毎度彼女に付き合っていてはこちらが堪らない。
 ○○がさっさと答えをどうぞと促すと、ツヴァイは小さく溜息をついて、

「要するに、時間停止、停滞、遅延。そういった類の術式下に置いて、 大量に茶葉を保存してある、という事です。ちなみに、 こうして保存してあるものは箱舟内では茶葉だけですね」

 詳細は判らないながらも、 言葉の響きからはどういった事をして保存してあるのかは何となく察せられたが…… 何でまた、茶葉だけを。

「……私の主が『御茶さえあれば生きていける』という方でして。 元々“大崩壊”前にこの城に大量に溜め込んであったものに加えて、 それ以後も主が何処かへ行く度に大量に持ち帰ってきて──」

 馬鹿馬鹿しい事にいらない労力使ってるなぁ、と呆れると、 ツヴァイは全くですといった風に吐息をつく。

「でも、その趣味のお陰で、 私たちもこうして多分美味しい御茶をいただけるのですから、 今だけは感謝すべきかもしれませんね。……よし、そろそろ良いかな」

 ポットから薄めの色の茶が陶器の杯に注がれて、 部屋の中に爽やかな香りが広がった。

「では、いただくとしましょうか」


ーEnd of Sceneー


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