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リーシェの霊子論 |
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続き *** ロウソクの灯りに照らされた部屋の中で、6つの人影が食卓を囲んでいた。 白いテーブルクロスが掛けられた長い机の上では、7つの銀皿が燭台の光を鈍く弾いていた。 それぞれの皿の脇にはナプキンとスプーン、そして暗色の液体が注がれた、脚の長いグラスが置かれている。 中央にはパンを盛った大皿があったが、まだ誰も手を付けてはいない。皆一様に押し黙り、目の前に配された空の銀皿を見つめていた。 「お待ちどおさま」 部屋の扉が開き、銀髪の青年――ユベールが姿を見せた。 彼はいつもの手品師姿の上にエプロンを掛け、 給仕皿を乗せた台車を押していた。 「おっそーい! 餓死するところだった!」 ひらひらした黒い服で着飾った少女が、 スプーンを掲げて机の下で脚をばたつかせた。 ユベールは少女の抗議を軽く受け流し、 上席から順にスープで皿を満たして回る。そのままテーブルを一巡すると、 自分も末席に腰掛けた。 「いつものことだが、味の保証はできない。 せめて誰かの口には合うことを祈ろう」 スープから立ち上る湯気と鼻腔をくすぐる香辛料の匂いが、 待たされた者達の胃袋を刺激した。 「おー良い匂いじゃん! いっただっきまーす!」 待ちかねたと言わんばかりに、黒服の少女が先陣を切ってスープを口にする。 「まずっ!!」 吐き出しそうな勢いで言って、黒服の少女は苦い顔をした。 「失礼ですわ、お姉さま。これでもスープ自体は改善されていますもの」 隣に座った白服の少女がナプキンの角で口元をぬぐい、 双子の姉をたしなめる。 「ただ、具材は控えめに言っても最低ですわ」 白服の少女は食卓に頬杖をつくと、 スプーンで皿の中身をぐるぐると掻き混ぜはじめた。 スープを見つめる少女の目は、虫を見る時のそれに変わっていた。 「肉が酷い。まるで歯ブラシを食べているようだ」 双子の向かいに座った浅黒い肌の大男が、そう言って眉をひそめた。 「そうかしら? 最初の頃に比べたら随分、ヒトの食べ物に近付いていてよ」 貴婦人然とした女性は艶然とグラスを傾けながら微笑み、 ユベールに哀れみの篭った視線を送る。 一同の反応に、上席の老紳士は苦笑した。 「これはまた、皆手厳しいですな」 「ええ、ええ、全て俺のせいですよ。 あんたら自分では何もしないくせに好き放題言ってくれますね」 ユベールが投げやりに言ってパンを千切る。 「あら、わたくしは“こんな物”でも問題なく頂けるわ。 でもおちびちゃん達には少し早かったかしら?」 「うっさいなー。メインディッシュまーだー?」 黒服の少女は両脚をじたばたさせ、スプーンで銀皿を打ち鳴らす。 皆慣れているようで、彼女のテーブルマナーについて特に注意しようとする者も居なかった。 「これがメインだ。文句はメルキオールに言ってくれ」 ユベールは答えて、黒髪の少年に目をやった。 少年はパンとスープに手を付けないまま、高い椅子からすとん、 と飛び降りた。 「メルキオール、また食べないの?」 黒服の少女に問われ、うーん、とメルキオールは首を傾げて少し考える。 だが、その視線はスープやパンではなく、食卓を囲んだ一同の顔色を探っていた。 明らかに食事には興味が無さそうだった。 「やっぱり僕はまだ良いです。それより、もう眠くなりました」 「またか」 ユベールが呆れて声を上げる。 「あんたいつ食べてんの? よく生きてられるよねー」 「それよりむしろ、よくもそんなに眠れるものだと感心いたしますわ」 部屋を出て行く少年を見送りながら、 双子が千切ったパンをスープに漬けて食べる。 メルキオールは特に気にした様子も無く、 すたすたと戸口まで歩いてから室内を振り返った。 「ではおやすみなさい。あ、そろそろ次が見つかりそうなんで、 準備はしておいて下さいね」 「やったー。次、私行くー!」 黒服の少女が嬉しそうに手を挙げた。隣の少女がそれに追従する。 「じゃあ、今度は私とお姉さまが向かうということでよろしいかしら?」 「問題は無いでしょう。場所次第では、 そろそろ聖筆捜索も同時に遂行できるかも知れませんな」 老紳士はそう言って静かに笑った。 「……その件だが、本当に大丈夫なんだろうな、バルタザール」 ユベールが老紳士に問い掛けた。 バルタザールと呼ばれた老紳士は不思議そうに答えた。 「大丈夫とは?」 「アーネムの聖筆を手に入れたとして、実際、俺達に扱えるのか? ちょっと考えただけでも色々問題がありそうだが……」 「私達はどっちでもいーい!」 パンを振りかざしながら、黒服の少女が言った。 「扱えなくては困る。娘を治せないのならば、 俺が協力する理由は何も無い」 大男もユベールに追随した。 一同の視線が老紳士に集まる。 「そういうことですか。案ずるには及びません。私としては、 明日の食事のメニューの方が余程心配なぐらいですよ」 老紳士は不敵に微笑んだ。 柔和に細められた眼の奥で、彼の朱色の瞳が針のように鋭い輝きを見せる。 「聖筆は扱えます。――私ならね」 ─End of Scene─ |
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