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リーシェの霊子論

シナリオ:サヴァンの庭
「霊子論なんだから霊子だろ」を選択した時のリザルト




 志貴は「霊子論なんだから霊子だろ」と答えることにした。
「鋭い、その通りだ」
 リーシェは笑った。
「もし本当に霊子の概念を理解しているなら、 もはや説明は不要だ。が、今はハリエットのために回り道をしよう。 ――話を続けるぞ」
     ***
 やがて講義が佳境に入った頃、リーシェ以外の全員が半分意識を失っていた。
 黒板にはフリッツが次々と微細な粒子へ分解されていく様が、矢印を交えて描かれていた。
 フリッツから原子、原子から電子と原子核、原子核から何とかいう粒子、そこから更に12種類の微細な粒子。
 最後にその12種類が、実は全て“霊子”という粒子から成る……そんな話だった、ような気がする。
 そこまではまだ志貴にもついて行けた。だが、その先が常人の理解を超えた世界だった。

「……ゆえに、霊子を観測することは、 霊子状態を破壊することと同義になる。これが観測問題だ」

 リーシェは淀みなく説明を続けていた。

「も、もう駄目です……」

 そう言ったハリエットは、まるで口から魂が抜けているかのようだった。
 マノットは腕組みをしたまま壁に寄りかかり、 うつらうつらと船を漕いでいた。

「こら。寝るな」

 リーシェが無造作にチョークを投げつける。
 次の瞬間、乾いた破裂音と共に、室内を衝撃波が駆け抜けた。

「うおっ! 何だ!?」

 マノットが跳ね起きて周囲を見回す。 そして、背後の壁面に目を留めて硬直した。
 壁石からは薄く煙が立ち上っていた。その表面には、 摩擦熱による黒い線状の焦げ目が生じている。

 先程の破裂音は、チョークが壁石に激突して蒸発した時のものに違いなかった。

「当たらなくて良かったな。次もそうだと良いが」

 リーシェは抑揚の無い声で言って、新しいチョークを手に取った。

「とは言え、駆け足の説明ではこの辺が限界か。 どうせもう聞いてないだろうし、後はトドメを刺して終わりにしよう」

 リーシェは黒板に向かい、説明を交えながら数式を書いていった。

「霊子の波動性から、位置の不確かさをΔx、速度の不確かさをΔpとすると、こうだ」

 リーシェが何らかの式を解いていく。最後に現れたのは、シンプルな不等式だった。
 そこに書かれた記号類は全部読めた。読めただけだった。

「ここでΔxを0に近付けると、Δpは無限大に発散してしまう。 逆も同じ。ゆえに、観測以前の問題として、 霊子は確定的な位置と速度を同時には持ち得ない」

 リーシェはチョークを置き、ぱんぱんと両手を払ってこちらに向き直る。

「これが霊子の不確定性――すなわち、完全な複製が不可能であることの、 原理的な理由だ」

 ハリエットが倒れた。
 ○○はすんでのところで踏み止まった。
 マノットは死んだような目をして、呟くように言った。

「数式を1つ挙げるたび、聞き手の数は半分になる。……マノット・ランブレーの定理」

     ***

「だから言ったじゃないか。本当に聞く気があるのかって」

 リーシェは黒板を隣室に片付けると、手を洗って戻ってきたようだった。
 椅子に腰掛け、残っていたクッキーを手に取る。

「まぁ、講義の話はもう忘れて良いよ。覚えておくなら “霊子状態は複製できない”――これだけで充分だ」

「正直そのぐらいしか覚えてません……。でも私考えたんだけど、 霊子状態って本当にそんなに重要なのかな?」

「それは俺も思った」

 マノットが同意する。ハリエットは更に続けた。

「霊子って、原子よりもずっと小さい世界の話ですよね。 そんなの少々違ってても、何も変わらないんじゃないかな、 と思うんですけど……」

 釈然としない様子のハリエットに、リーシェはあっさり頷いて見せた。

「うん。確かにフリッツぐらいなら、原子単位で充分過ぎるぐらいだね」

「やっぱり!」

「全ての霊子状態が破壊されたフリッツなんて何か気持ち悪い、 という程度だ。でも、アーネムの聖筆まで行くと流石に問題がある」

「完全に駄目なんですか?」

「微妙なバランスで成立している物は、霊子状態の破壊が致命的になる。 代表的なところでは“生物”全般がそうだ。例えば、人間」

「――え?」

「人間は、原子単位で複製しても、上手く動かない」

 リーシェは淡々と言って、紅茶を口にした。
 その言葉の意味するところを想像し、一瞬、 ○○は背筋が寒くなるのを感じた。

「精巧な肉人形になるか、人とは思えない忌まわしい精神が宿るかだ。 つまり言い換えると、人間の本質は複製不可能な霊子状態の中にある」

「なんかちょっと怖い話に……」

「怖くないよ。むしろ喜んで良い。お前達は皆、唯一無二の存在だ。 何人たりとも複製は作れない。仮令《たとえ》アーネムの聖筆を使っても、ね」

 リーシェはにっこり笑った。

「だからこそ、価値がある」

     ***

「さて、霊子論はもう良いだろう。他に何か訊きたいことある?」

「ええと……。無いことも無いですけど、 もう講義を受けるのは自信無いです」

 おずおずと手を挙げたハリエットを見て、リーシェは笑った。

「わかった、講義は当分無しにしよう」

 ハリエットはほっとした様子でしゃべり出した。

「じゃあ、質問です。複製はあきらめて、 こっそり私一人で聖筆を手に入れるのはどうでしょう」

「ああ、その方が賢いな。わざわざマノットに教えることはない」

 リーシェは片頬で笑った。
 そりゃないぜ、とマノットはふてくされる。

「だが、その場合でも問題点は山積みだ。聞く気があるか?」

「もの凄く簡単にお願いします」

「霊子のことは面倒だから一旦忘れて、 原子レベルで無から何かを作ることを考えよう。フリッツで良いかな」

「良いです」

「最大の問題はエネルギー保存則だ。しかし、 これはまたお前が沈没しそうなので無かったことにしよう」

「そうしてもらえると有難いです」

「他のあらゆる問題をクリアして、 お前は今からアーネムの聖筆でフリッツを原子単位で構成する。 具体的にどうする?」

「え? それは……」

 ハリエットは口元に手を当ててしばらく考えてから、 自信無さそうに口を開いた。

「必要な原子を調べて、1個ずつ並べていく……?」

「……お前、根気あるね。でもその作業に何億年も費やすより、 畑を耕して芋から育てた方が早いぞ」

「そんな気がしてきました」

「これも聖筆にまつわる大きな問題点の1つ、 扱う人間の能力的限界だ。世界の持つ情報量に対して、 人間の処理能力は絶望的に低い」

「……いや、ちょっと待ってくれ。何か騙されてるような気がするぞ」

 黙って聞いていたマノットが横槍を入れてきた。

「なんだマノット。言いたいことがあるなら言ってみろ」

「流石にそこまでの作業は要求されないんじゃないか?  常識的に考えて有り得ないだろ」

「何故そんなことが言える?」

「いや何故って、そんなんじゃ、幾らなんでも使いようが無い。 『あれが欲しい!』と言ったら即現物。こうでないと困る」

「それはお前の勝手な都合であって、必然ではない。 仮に聖筆がその要件を満たすとしても、それはそれで新たな問題が生じるぞ」

「どういうことだ?」

「『あれが欲しい』で通じるということは、 取りも直さず聖筆自体が知性を持つということだ。 便利なようだが、これは却って邪魔になる」

「ああ……。確かに鬱陶しそうだな」

「融通を利かせられる程の知性は危険でさえある。 そんなものは望まれていないんだよ」

 リーシェはつまらなそうに言った。
 だが、ハリエットは逆に目を輝かせた。

「えー!? なんでなんで? 知性を持った道具って、むしろ素敵じゃん!」

 それが予想外の反応だったらしく、リーシェは束の間、 きょとんとした表情を見せた。

「……あのね、道具ってのは、黙って働くから誰でも便利に扱えるんだ。 知性を持った道具なんて、実際にあったら面倒でかなわんぞ」

「そんなことないですよ! 知性があった方が絶対楽しいと思う!  多少不便でも全然気にならない!」

「なるほどね」

 リーシェは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「良く言えば能天気、悪く言えば考え無しだな、お前は」

「それって良く言ったことになってます?」

「気にするな。そんなことより聖筆に知性があったら、 お前のアホみたいな願い事なんて無視されるに決まってるだろう」

「えー……」

 ハリエットが肩を落とした。

「いずれにせよ、人間が聖筆を都合良く使いこなすことは不可能だ。 夢見るのは勝手だが、アタシは協力しないぞ」

 その後も○○達はしばらくそうした話を続けていたのだが、 やがてマノットは用があるとかで先に帰宅してしまった。
 もしや彼は住み込みの使用人なのではないかと思っていたが、 どうも違ったようだ。

「あの、そろそろ人探しの方をお願いできますか」

 ハリエットが話を切り出した。

「ああ、そうだったね」

「幾らぐらい必要でしょう?」

「そうだな」

 リーシェは少し考えてから、やおらハリエットに指を突きつけて、言った。

「お前が、アタシの奴隷になること」

「……へ?」

 ハリエットはきょとんとしてリーシェの指先を見た。
 それから、自分で自分を指差し、問い返す。

「奴隷? ですか?」

「そう。それが条件だ」

 ハリエットはリーシェの言葉の真意を掴みかねた様子で、首を傾げた。

「あの……。自慢じゃないですが、私は掃除洗濯炊事、どれも苦手です」

「うん。別に問題ないよ」

「実は、力仕事も苦手です」

「問題ないね」

「えっと……。こう見えても私、女の子です」

 リーシェは吹き出した。
 ひとしきり可笑しがった後、彼女は指先をハリエットの唇にそっとあてがった。
 そのまま、ゆっくりと指の腹で唇を横になぞっていく。

「別に、問題ないよ」

 リーシェは艶やかな微笑を浮かべて言った。
 ハリエットは傍目にも判るほど動揺し、一歩後ずさった。

「や、やめときます」

「あらら……」

 そそくさと帰り支度を始めたハリエットを見て、リーシェが残念そうに言う。
 それからハリエットの手元に視線を留めて、思い出したように付け加えた。

「そうだ。それじゃあね、人探しに加えて“ゼノンの腕” の使い方も教えてあげようか」

「ぜのん?」

「お前が着けてるその手甲だよ。使い方知らないんだろ」

「あ、これですか?」

 ハリエットが己の両手を見る。

「それだ。……おや?」

 言ってからふとリーシェは神妙な顔になり、 ハリエットが着けた“ゼノンの腕”に手を添えた。
 手甲の間近にまで顔を寄せ、少しの間それを睨み付ける。

「……左手は生きてるけど、右手は死んでるね」

「ど、どういうことですか」

「ここから先は、有料だ」

 リーシェは手を離し、にんまり笑った。

「アタシの下で使い方を学べば、人間を超越する程度には強くなるぞ。 魅力的な話だろ」

「え……。いや、今の所そこまで強くなる必要は……。 あの、ごちそうさまでした!」

 ハリエットはまごつきながら答え、逃げるように戸口に向かった。
 ○○もその後を追うことにする。

 リーシェは悪戯っぽく笑って、二人の背に声を掛けた。

「ま、気が変わったらいつでもおいで。きっと楽しいよ」







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