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邂逅、魔女リーシェ

続き

     ***

 ああ、とリーシェは憮然とした面持ちになって言った。



「それは、やめとけ」

「ナイスアイディアだ! ハリエット!」

 気乗りしないリーシェとは対照的に、 マノットが興奮した面持ちで身を乗り出してきた。

「でしょ!?」

「どうして今まで思いつかなかったんだ。 もしアーネムの聖筆を発見できれば、大変なことになるぞ!」

「フリッツ生み出し放題!」

「そういう次元じゃねーだろ! 首尾よく手に入ったら、 手始めにこの辺一帯の土を、ダイヤと金塊に変えてみるか!」

「ね! これよこれ、私が前に言ってた『凄い報酬』ってこれだよ、○○!」

 しかし、盛り上がっているのはハリエットとマノットだけだった。 リーシェは鼻白んだ様子で二人を見守っている。
 一方○○は、一人記憶を辿っていた。

(……聖筆って何だっけ?)

 聞いたことのある言葉ではあった。
 ゼネラルロッツの教会でマリーが子供達に聞かせていた話の中に、 ちらりと登場していたはずだ。

 確か、この世界には“天秤”“聖杯”そして“聖筆” の三至宝があり――。

 そこで記憶の糸は途切れていた。前後の文脈が思い出せない。
 もう少し真面目にあの授業を聞いておけば良かっただろうか。 “十字の刻印”に関しては覚えているのだが。

「あのね……お前ら、アーネムの聖筆がどういう性質を持っているか、 本当に理解しているのか?」

 リーシェは若干うんざりした顔でそう言った。

「アーネムの三至宝で一番人気のやつ」

 ハリエットが端的に答える。すかさずマノットが補足した。

「当然だな。三至宝からどれか選べと言われたら、 100人が100人とも聖筆を選ぶ。なにしろ聖筆は “世界を自由に書き換える”至宝だ」

「そうそう。ていうか他の2つが意味わからなすぎだよね」

「確かに。天秤なんか用途不明だし、 世界を滅ぼす聖杯とか何の役にも立たねーし」

「だよねー」

「その点、聖筆は文句の付け所が無い。 聖筆だけあれば、あれもこれも何だって実現可能じゃねーか!  やばい、やばすぎる」

「夢が広がる……」

 再び夢の世界に漕ぎ出した二人を前に、ふー、とリーシェは溜息を落とした。

「アーネムの聖筆は世界を改竄する。それは正しい。だが問題は、 それが世界の内側に存在している点だ。 一見不可能など無いように見えても、 聖筆自体が世界の理に縛られている」

 リーシェは淡々と説明を続けた。

「実際に人間が扱うことを考えた場合は、 更に幾つもの問題が浮かび上がることに気が付くはずだ」
 リーシェは言葉を切り、「これで判ったろう」 とでも言いたげな視線を二人に向けた。

「全く思い当たらないな」

「気付かない」

 マノットとハリエットは揃って首をひねる。

「おめでたい奴らだな。差し当たってお前達には、 人間関係の問題を提示しよう。仮にアーネムの聖筆の所在が判明したら、 まずはお前達の間で所有権を巡る争いが発生するぞ」

 言って、リーシェは面倒臭そうに頬杖をついた。

「そんなことないよねー! みんなで仲良く!」

 ハリエットは欲望に目をぎらつかせながら言った。

「一切問題ない。俺達は、固い絆と信頼によって結ばれている」

「全くそんな風には見えないが、もしそうなら尚更やめた方が良い。 世の中の“宝物”というやつは大体、固い絆と信頼を壊すのが得意なんだ」

「どうかな。実際に人間関係が壊れてから考えても遅くはないな」

「そうそう。大体、私がアイディアを出したんだから、 聖筆の所有権は私のもので決まりでしょうよ」

(……だんだん不安になってきた)

 間違いなく争いが起こるような予感がする。
 だが、マノットはそんな○○をよそに落ち着き払って言った。

「ふ……。何を言っているんだハリエット。閃いたぞ。俺達は、 そんな細かいことで争う必要など、全く無い」

「私のものだからでしょ」

「そうじゃない、よーく考えてみろ。 アーネムの聖筆は世界を自由に改竄できる究極の至宝だぞ。つまりこうだ」

 マノットは腕まくりしそうな勢いで宣言した。

「まずお前がアーネムの聖筆を使い、人数分、アーネムの聖筆を複製する!  そうすれば俺達が争う理由など、どこにも無い!」

「おおっ」

(なるほど……)

 思わず、はたと手を打った。確かにその方法なら、 所有権を巡る争いなど起こるはずもない。
 この短時間でそこまで考えが回るとは、 なかなか柔軟な発想力だと言えよう。
 もっとも、現時点では都合の良い胸算用に過ぎないが。

「お前ら、『1つだけ何でも願いを叶えてやろう』と言われたら 『願いを100個にしてくれ!』とか言い出すタイプだね」

 リーシェが楽しそうに笑った。

「でも、残念ながらそれは無理だよ。 この世界では如何なる物体だろうと、完全な複製を作ることは “原理的に”不可能だ。仮にアーネムの聖筆を使っても、それは変わらない」


「え、なんでですか?」

 ハリエットが目をぱちくりさせた。

「俺も納得できないな」

 マノットは腕組みをして言う。

「技術的に不可能という話なら解る。 だが、なんで“原理的に”不可能なんだ?  どう頑張っても無理ってこた無いだろう」

「本当に説明を聞く気があるのか? それを理解するためには、 下地となる知識が結構必要だぞ」

「かいつまんで頼む」

「簡単にお願いします」

「わかった。では」

 リーシェが立ち上がり、隣室の方に目を走らせる。
 と、その奥からきゃらきゃらという音が聞こえてきた。
 見ると、一匹の三毛猫が隣の部屋から小さな車輪つきの黒板を押してくるところだった。

 リーシェは黒板の前でチョークを手に取ると、一同を見渡し、言った。

「これより『リーシェの霊子論入門』の講義を始める」

    ***

 おー、とハリエットとマノットがわざとらしく拍手喝采した。
 リーシェは片手をかざしてそれを制する。

「講義の始まりに拍手する奴があるか。まず最初に、 基本的なところを確認しておこう」

 リーシェはかつかつと小気味良い音を立てて、 チョークで黒板に直方体の絵を描いた。
 ちゃんと遠近法を使って描かれている。

「アタシはあまり食べたことがないが、これはフリッツだと思え。 ハリエット、お前さっき聖筆でフリッツを作り出すとか言ってたな」

「言いました」

「では聞こう」

 リーシェが黒板の絵をコンコン叩いた。

「フリッツは何から出来ている?」

「はい! ジャガイモと油と塩です!」

 ハリエットは挙手して、自信満々で答えた。
 リーシェは声を出さずに笑った。

「確かにそうだ。しかしそれは調理レベルでの原料の話だな。 質問の表現を変えよう」
 リーシェはフリッツから矢印を引き、その先に小さな丸を幾つか描き足した。

「フリッツをどんどん細かく砕いていくと、最後には何になる?」

「え? えーっとそれは……」

 ハリエットが宙に目を泳がせる。
 少しして、彼女は再び意気揚々と挙手して言い切った。

「はい。おっしゃる意味が判りました! 全ての物質は、 分子から出来ている!」

 うーん、とリーシェは苦笑いを浮かべた。

「まぁ、講義の方向性はそういうことだ。でもその答えは、 10点満点なら2点ぐらいだな」

「間違ってました?」

「全くの間違いじゃあない。だが“全ての物質” が分子から成るわけじゃないぞ。例えばフリッツなら、塩が違う」

「えっ」

「塩は分子じゃない。イオン結晶だ」

「い、いおん……」

 その言葉の響きに、ハリエットは明らかに動揺していた。

「ひょっとして、砂糖もそれですか?」

「砂糖は分子だ。お前の言いそうなことに前もって答えてやると、 小麦粉や片栗粉も分子だ」

「砂糖は分子……」

 ハリエットは遠い目をして言った。
 彼女が授業から脱落する音が聞こえて来るかのようだった。

「ハリエットはこの水準か。○○、お前なら物質の構成単位は何だと答える?」

─See you Next phase─







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