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猫魔術師を追いかけて

“血の雨”後、黒猫商会で伝言を見た後にサナトリウム選択

 すっかり顔なじみとなったサナトリウムへと赴き、 ピーテルの病室を訪ねてみることにした。

     ***

「あれ、○○だ」

 部屋の扉を開けると、ハリエットがフォークでリンゴを口に運ぶところだった。

「こんにちは」



 机を挟んでハリエットの対面に座ったピーテルが、リンゴを剥く手を止めて会釈した。

 普通は皮を剥く人と食べる人が逆ではないかと思うのだが、 この姉弟の場合はこれが自然なようだ。

「あ、良かったらこれ、どうぞ」

 ピーテルがお皿に載ったリンゴを差し出した。

「あんたが気を遣う必要ないって。こういう場合、 お見舞いに来た人の方が何か置いていくもんでしょ。フルーツのカゴとかさ」

 ハリエットが皿を奪い、フォークで新たなリンゴを突き刺した。
 確かに何か持って来てあげれば良かったような気もする。

「そもそも僕のお見舞いじゃないんだよ。 そんなことされたら却って恐縮しちゃうよ」

 ピーテルは姉から皿を奪い返すと、○○を見上げて言う。

「姉に御用なのだとは思いますが、 ここに来て頂けるのは僕としても嬉しいです」

 出来た弟だ。やはりお土産を持って来てあげるべきだったかも知れない。

「ま、それはそうと……」

 しゃく、とリンゴを齧り、ハリエットは思い悩むように少し間を置いた。
 そのままリンゴを嚥下してから、バツが悪そうにぽつりと言う。

「……この前は、ありがとう」

 それは多分、先日のデルシャール邸における一件に関してのことだろう。

 と言っても、○○はそれほど大したことをした訳ではない。
 デルシャール邸の離れの地下室でぐったりしていたハリエットを見つけて、 騒ぎになる前に連れ出しただけだ。
 そこで何があったのか大まかな話は後で聞き出せたものの、 地下室を血の海にした張本人が誰なのかについて、 ハリエットは言葉を濁していた。

 現場にはその日の内に町の衛士達が大挙して押し寄せたらしい。 だが、犯人が見つかったとか、あるいは探しているとか、 そういった話は聞こえてこない。

 事件がどういう扱いになったのかは不明のまま、 後日ルブター・デルシャールの“病死”だけが公表された。
 ピーテルは何か言いたげな視線を姉に向けていたが、 結局何も言わなかった。
 何はともあれ、流石の彼女も少しは懲りただろう。 当分は面倒事に首を突っ込むこともないのではないか。
 そう思った時だった。

「ところで、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……」

 遠慮がちにハリエットがそう言った。

     ***

「その前に一応確認。マノットがどこに居るかなんて知らないよね?」

 ハリエットが訊いた。勿論、○○が知るはずもない。

「だよね。一応黒猫商会を使って呼びかけてはいるんだけど、 今のところ連絡なし」

(まぁ、そんなもんだろう)

 マノットからすれば、ルーメンに行った事で当初の目的は達成されたはずだ。
 わざわざハリエットの呼び出しに応じる程の義理は無い。

「今度は何を企んでるのさ」

 ピーテルはますます目に角をたてて姉を見据えつつ、 自分で剥いたリンゴを口にした。
 ハリエットはそんな弟を完全に無視して○○に話しかける。

「前にマノットが言ってたの覚えてる?  ある人に頼んで私達の居場所を探った、って」

 ルーメンの村に行く前のことだっただろうか。
 確かに彼はそんなことを言っていた。 その人物の名前も聞いたはずだ。 五大遺産の中にも同じ名前がついていて――。

「リーシェ、って言ってたよね? 実は私、その人に会おうと思ってる」

(……は?)

「で……今回は無理にとは言わないけど、 ○○に探すのを手伝ってもらえないかな、 とか思ったりして……。本当はマノットに紹介してもらうつもりだったんだけど、 なんかもう望みなさそうだし。ちなみに、報酬は何もなし」

(何もなしか!)

 駄目かな、とハリエットはやや遠慮がちに訊いてきた。 率直に言うと、報われない話である。
 そもそもマノットを見つけることさえ出来ない者が、 会った事も無いリーシェという人物を見つけ出せるものだろうか?
 ○○はその旨をハリエットに伝えた。

「うん。私もそう思ってたんだけどね。なんと、 ピーテルがそのリーシェさんの居場所を知ってた」

 ハリエットがピーテルを見やる。

「そういうことだったのか……」

 少年は半ば呆れたように言って、先を続けた。

「言っとくけどそれ、保証はできないからね。 名前が同じだけで、同一人物だとは限らないし。 そもそも情報って言ってもアレだからね」

「当たってみる価値はあると思う。だって超怪しいんだよ。 “猫の森に棲む魔女リーシェ”だって。もの凄くそれっぽいと思わない?」

 確かに、もの凄くそれっぽい。しかし、 どこからそんな情報を手に入れることが出来たのだろう?
 ○○の疑問に答えてくれたのはピーテルだった。

「ここのロビーに置いてある本の中に、そういう話があるんです。 でも子供向けだし……もっとはっきり言うと、絵本です」

 なるほど。それは、最高の情報源だとは言い難い。

「絶対怪しいと思うんだよね。ちなみに“猫の森”ってのは、 ベルケンダールの近くにあるナンタラカンタラって森のこと」

「モーレンボールの森だよ」

 ピーテルが補足する。
「それそれ。あの森に魔女って、いかにもな感じがするし」

「魔女魔女って言ってるけど、本当は“猫魔術師”なんだって」

「それ、何?」

「猫で魔術を使うんだよ」

「見たこと無い」

「僕も無いけど。ベルナデッタ時代に生み出された魔術なんだって。 もし本当に使えるんなら凄いよね」

「ふーん。まあとにかく、私はその猫魔術師を探して森に行こうと思う。 ……そんな訳で、もし気が向いたら現地まで来てほしい!」

 ハリエットが両手を合わせてお願いのポーズを取った。

「……とは言っても、報酬が無いんだよね。流石の私も無理強いは ……ああっ!?」

 突然ハリエットが大声を上げた。

「今凄いこと思いついた! 報酬あるかも! 上手く行けば、 ○○にもお土産あげられるよ! とんでもなく凄いモノ!」

 ハリエットは興奮を隠し切れない面持ちで声を弾ませた。

「……これは上手く行かないな、間違いない」

 ピーテルがさばさばと言う。

「期待しない方が良いですよ。既にお気付きかも知れませんが、 姉は頭がお花畑なので」

「げしっ」

 ハリエットが口で擬音を出しつつ、ピーテルを殴る真似をする。
 ピーテルは「ぐわー」と悲鳴をあげると、 自らベッドまで吹っ飛んでシーツに倒れこんだ。

「どーこがお花畑なのよ! 今ほんとに超凄いこと考えたんだからね!」

「そんないい加減な話で手伝ってもらえるわけないだろ! ばーかばーか!」

「馬鹿って言った奴が馬鹿なんですー。私じゃありませーん」

 そして、いつもの殴り合いが始まった。
 相変わらず仲が良いようだ。

 それにしてもハリエットは何故急に、 その猫魔術師とやらを探す気になったのだろう?
 ケンカが一段落したところで尋ねてみると、 彼女は少し迷ったように「うん……」と前置きしてから話し出した。

「ちょっと、ある人の居場所を探してもらいたくて」

 力なく笑ってから、付け加える。

「人を探すために別の人を探すってのも変な話だけど……。 でもあいつ、普通に探しても見つからないような気がしてさ」

     ***

 結局、ハリエットはそれからすぐに荷造りを始め、 ○○を残したままサナトリウムを発ってしまった。
 もしマノットが現れたら走って猫の森まで来るよう、ピーテルに伝言を託して。



「気が早い人だなぁ。お客様を残して去っていくところが流石というか……。 どうか気分を悪くなさらないで下さい」

 まあ、ハリエットに関しては毎度のことである。
 既に慣れていると言っても過言ではない。
「でも、正直言って少し安心しました。今度は悪巧みじゃなさそうだから」

 確かに、その点では今回の話は安心できる。
 ピーテルは詳細を知らないはずだが、 デルシャール邸の一件でハリエットも少しは懲りているに違いない。

「恥を晒すようですけど、僕、以前から気付いてたんです。 姉がしょっちゅう、泥棒の真似事みたいなことをしてるって」

(……大正解)

「でも、それについて僕は姉を問い詰めたことも無いし、 やめろと言った事も一度だってありません」

 少し思いつめた様子で、ピーテルは視線を逸らす。

「……僕にはまだ、そんな資格は無いから」

 呟くように言った少年の横顔に、陸蒼は初めて彼の苦悩の色を感じ取る。
 だが、ぱっとこちらに向き直った時、ピーテルはもう普段の明るい笑顔に戻っていた。

「あ、変なこと話しちゃいましたね。それより、 ○○さんにお渡しするものがあるんです。えーと、 確かここに……あった」

 ピーテルはベッド脇に置かれた木製の収納家具から、 金色に輝く一枚のカードを取り出した。
 旅券よりも一回り小さく、薄い。 表面には馬車のシルエットが浮き彫りになっていた。

「ベルン公国には各町を結ぶ乗合馬車があるんですけど、 それに乗る時に必要なカードです。一般には売られていないので、 それなりには貴重品だと思います。運賃は100zelほど掛かりますけど……」

 少年がカードの裏面を見せる。そこには小さく署名が入っていた。
 几帳面な文字で“ピーテル・アロン・ディヴリー”と書いてあるのが見える。

「ちょっと名前が入ってますが、そこまで照合されることはまず無いので、 見逃してください」

 ピーテルは決まり悪そうに笑う。
 それからふと真顔に戻って、ピーテルは姿勢を正した。

「僕からの依頼です。今回は、これで姉を助けてやって下さい」

 ピーテルがカードを差し出し、頭を下げる。
 予想外の申し出に、○○は一瞬あっけに取られた。

(……まったく、仕方のない姉弟だな)

 ○○はカードを受け取り、依頼を請け負うことをピーテルに伝えた。
 感謝の意を述べる少年の前で、 ○○は彼が支払った精一杯の報酬を光にかざして見る。
 悪くない見返りだった。でも、 ピーテルはもっと値打ちのあるものを持っている――彼の心の中に、だが。

 ハリエットは気付いているのだろうか。
 どんな報酬よりもずっと得難いものを、 自分が手に入れているということに。


─End of Scene─







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