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幻、最後の拒絶 |
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「――ごめん、なさい」 砕けた硝子が粉雪となって降り注ぐ、巨大な聖堂の中。 最奥にある祭壇の手前、並べられた長椅子の狭間で、小さく小さく、今にも途切れそうな声で彼女は呟いた。 血だまりの中で仰向けに倒れ、謝罪の言葉を譫言の様に漏らす少女の腹は、半ばから裂かれていた。 それは十分死に至る傷、そして出血だった。常人ならば声を出すことなど到底不可能だろう。 「ごめんなさい。ごめんなさい」 それでも彼女は意識を繋ぎ、言葉を紡ぐ。 まるで懺悔するように。 ――きっと、寄り添っては駄目だったのだ。 どく、どく、と心臓の脈打ちに合わせて朱の色が広がっていく。 ひぅ、ひぅ、と声を生む度に擦れるような嫌な音が響き、血と交じり合った涙が彼女の頬を伝っていく。 ――手を伸ばしては駄目だったのだ。 彼女は微かに唇を震わせながら、混濁する意識、今と過去が溶け合う中で、思い出す。 遠く鏡を経て見た懐かしい姿。届けられた言葉。漸く会えた時、差し出された掌。 長い年月。幾多の壁を越えて、それでも差し伸べてくれた手。 それに、応えてはならなかったのだ。 「でも、そんなの」 無理だ。 拒むなんて、出来なかった。 払うなど、考えられなかった。 握る以外、考えられなかった。 だって。 「……わたし、わるいこと、なにも、してない」 なのに、今も繋いでいる掌からは、彼の温もりが微塵も感じられない。 当然だ。彼に残されたのは、こうして自分が握り締めている右の腕だけだから。 どうしようもなく、彼女は一人きりだった。 それが、この甘えに満ちた選択の結果。 愚かな自分が呼び込んだ、彼の結末だ。 「――ああ、あああぁああ――っ!!」 文字通り、血と共に吐き出された慟哭は、長く尾を引くように巨大な聖堂の中を木霊して、そして僅かな余韻だけを残し、誰にも届く事無く消えていく。 後に残ったのは、もう声を成す事も出来ない、死に体の小さな身体だけだ。 命が絶えていくのを感じる。 己が消えていくのを感じる。 抗いようの無い感覚に、彼女が身を委ねようとしたその時。 「――――」 黒く赤く、狭まっていく視線の先。 きらきらと光を反射し、輝く硝子雪の向こう側に人の影がかすめる。 血が失せ、焦点を失い、眩む視界。 その中心遠くで、誰かが、じっと自分を見下ろしているような気がした。 「……主よ」 少女は、今まで一度も感じた事も無かった“神”という存在の気配を、その影に見出した。 祈り、求め、祈り、求め。そうして生きてきた日々。更にはそれを見出さねばならぬ地位にあって、しかし終ぞ得られなかった“神”の気配を、今ここで彼女は漸く得た。 だから、 「主よ。主よ。どうか」 少女の命は疾うに尽きて、こうして在るのは最早残り火。意識など殆ど残っていない。 だというのに、いや、だからこそ。彼女は吐き出そうとする。 もう声として形にする力も無い。擦れた呼気、今にも止まりそうな心音。それらに己の想いを乗せて、遠く霞む影にぶつける。 後悔と、この結末に対する疑問。何故こんなことになったのか。 そして。 「……どうか、かなうなら」 少女は最後の力を振り絞って、左の手を煌く空に伸ばして願った。 ――私は、この結末を拒絶すると。 ―See you Next phase― |
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