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虚を掻く手[続き]


顔を上げたアリィは、椅子に腰を下ろしたツヴァイに短く問う。対し、ツヴァイは自身のカップを脇にずらしてその本を手に取り、

「はい。〇〇さん達が脱出した後、本の変質がある程度落ち着きましたので、黒星さんから借り受けました。正確には返却して頂いた、ですけれども」

「この前の奴、調べてたのか?」

 ――この前。

 エンダーのその言葉と、“竜の迷宮”という名で思い出されるのは、先日“黒星の玩具箱”で起きた、とある出来事。
 黒星の所持していた単書に異常現象が起き、エンダーとアリィが内部に取り残された、あの話だ。
 ツヴァイからの要請を受けてその単書の中へと赴いた〇〇は、紆余曲折の末エンダーとアリィを無事発見し、何とか彼等と共に本から脱出する事が出来た。

 だが、二人と合流したときに見た、奇妙な“揺らぎ”。
 そして、空間から染み出してくる、異様な“膿”が如き何か。

 本来“竜の迷宮”の中に存在しないらしいその二つと、そもそもエンダーとアリィが本から出る事が出来なくなったという異常現象の原因については、結局謎のままだった。

「てーか。あれって実はもともと本に書かれてた内容通りって訳でも、黒星やツヴァイが仕掛けた試練とか悪戯って訳でもねーんだよな?」

 楽しみにしていたという割に、くぴーと一気に茶を飲みながらエンダーがそう言うと、ツヴァイは少し眉を寄せ、睨む様に目を細めた。

「本の表記にはない出来事だったのは、前回の私や黒星さんの反応を思い出してもらえば理解して頂けると思いますが。悪戯は……流石にそこまで悪趣味だと思われてるのは心外という他無いのですけれど」

「わりぃ、口が過ぎたな」

 先程の“姫様”の時とは違い、エンダーはしつこく続ける事無く素直に謝罪する。彼のこういった場の空気を読む勘の良さは流石というべきだろうか。
 思いつつ、〇〇は今までの流れを辿って、

(……ふむ)

 内心の頷きと共に、一つの予想を口にする。

 ――つまり、最初にツヴァイが言っていた“御話しする事”とは、この“竜の迷宮”で起きた変事に関する話なのだろうか。

 対する答えは直ぐに来た。

「当たらずも遠からず。関わりはある、と言って良いでしょうね。……取り敢えず、先に用件だけ伝えてしまいましょうか」

 ツヴァイは姿勢を正すと、場にいる全員に平等に視線を向けて、告げた。

「――〇〇さん、エンダーさん、アリィさん。貴方達にこれから私が行う“落丁”の調査を手伝って頂きたいのです」


「より正しくは、“落丁”に限らず、単書や群書世界内で散発している、例外的現象についての情報収集をお願いしたい、といったところですが。――〇〇さん」

 ツヴァイの顔が〇〇へと向けられる。

「〇〇さん、今まで貴方が仮記名した群書世界で、そういった現象を見かけたことはありませんか」

(と、言われても……)

 彼女の言うそれが、一体どういったものなのかが判らない。〇〇としては、そう答える他無かった。

 異常を異常として認識するには、正常な状態、正しい世界のあり方をいうものを把握していなければならない。
 しかし自分は、その基準自体があやふやで。
 何が常識で、何が非常識なのか。
 それを見分けることが出来ないのだから、例外的な現象がどういったものかなど、判る筈もないのだ。

 しかし金髪の娘は、そんな〇〇の説明を最後まで聞いても、だけど、それでも、と言葉を続けた。

「そんな貴方でも、何か。感じる事が無かったでしょうか。近い感覚は、恐らく違和感である筈です。群書が構成する本来の世界観から、何処かズレている。何かが違う。僅かな異質、逸脱。そんな現象や――物、存在を感じること、ありませんでしたか?」

 どうだろうか、と〇〇は己の記憶を掘り返す。

「…………」

“サヴァンの庭”で。“ラストキャンパス”で。遭遇した、様々な事。
 最初のうちは判らなかったが、今そう言われて改めて考えてみると、その世界には少し場違いな、何処かしらズレているような。そんな出来事が、存在が、あったような気もする。
 けれども、やはり“それだ”と明確に言えるようなものでは無かったが。

「いえ、差異が感じられるような何かがあった、というだけでも十分です。何も知らない、フラットな〇〇さんの感性でも異質が感じられたというなら、そう悪くはないでしょう。むしろ、常識という知識に照らし合わせた判断よりも、そちらの方が信用が出来ます」

「ツヴァイにしつこく言われたから乗せられてるだけじゃね? 単なる気のせい、思い込みって事もありそーだけど」

 エンダーが混ぜっ返すように口を挟むが、言っている事は酷くもっともだ。
 ツヴァイもそれは自覚しているのか、こくりと頷き、

「確かにそうですね。だから、〇〇さん達には改めて、その辺りに気を払いつつ群書世界を旅して頂きたいと、これはそういう話です。私は、本の外側から得られる情報を。代わりに〇〇さん達は内側から情報を収集して欲しい。恐らくは、今御話ししたちょっとした“違い”が、“落丁”の手がかりとなる筈なんです」

 その言い方に、〇〇は少し首を捻る。
 確か、“落丁”についての詳細はツヴァイも殆ど掴めていないという話ではなかっただろうか。
 なのに、何故、こうも芯のある言動というか、確固たる何かがあるように。
 その疑問はエンダーにもあったのか、彼も暫し口元を押さえつつ何事かを考えて、言葉を選ぶように声を出す。

 「要するに、あれか。結局俺らが“竜の迷宮”で出くわしたのって……ええと、“落丁”だっけ。それだったって事か。で、後でその単書を色々調べてみた結果、ツヴァイの中である程度確信を持てるような何かが判った。そういう事?」

 「大筋はそうですね。正確には、確信とまではいかず予想程度。後は“落丁”そのものではなく、“落丁”が発生しかねない状況だった、ですが。実際に“落丁”が起きた訳ではありません。もし発生していた場合は、この“竜の迷宮”が、こうして無事な筈ありませんし」

 ツヴァイは手に持った単書の頁を一通り捲ってみせる。素人目故にははっきりとは判らないが、“落丁”による欠落のようなものは無いように見えた。
 身を乗り出してそれを眺めていたエンダーは、ふん、と小さく息を吐いて椅子に腰を下ろすと、

「まぁ、それは判ったけどさ……ああもう、前置きがなげーな。結局どういうことよ? “落丁”ってのが何なのか判明――じゃねぇや。どういう予想が立てられたんだ? 先刻の物言いからすっと、結構自信あるように見えるけど」

 がりがりと頭を掻きつつの彼の言葉に、ツヴァイは一拍の間を置いて、こう答えた。

「簡潔に言えば――“箱舟”から私達が行っている“記名”とは異なる手段で、群書や単書世界に対し、干渉を行っている存在が他にも居るのではないか、という話です」






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