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境界を越えて


 暗闇が辺りを覆っていた。
 夜の闇とも違う、純然たる黒色。意識の目は開いているのに何も入ってこない、 自分自身の身体さえ感覚できない、そんな不安な闇。
 その彼方に、やがて小さな光が見えてくる。
 あたりを埋め尽くす圧倒的な暗黒に比すればあまりにも頼りない、たったひとつの炎。
 吹けば飛んでしまいそうなその灯火からは、しかし、確かに感じられた。 弱々しいながらも暖かな息吹、創り出された世界が懸命に続こうとする、ひたむきな生の脈動が。
 漫然と暗闇を漂いながら光を見つめている内、不意に意識が吸い寄せられるのを感じた。
 認識は急速に光の許へと近付き、世界の輪郭を瞬間的に、断続的に目に映し出す。
 雪の降る氷原。
 剣持つ人々。
 荘厳なる城。
 巨大な異形の生物。
 幾多の光景が凄まじい勢いで現れては背後に駆け抜け、流れ消えていく。
 降り注ぐ炎。
 逃げ惑う人々。
 町をさらう洪水。
 壊滅的な破壊。
 これは現実の光景なのか、それとも全て幻なのか。
 意識は更に加速し、溢れでる無数の幻影に包まれながら、堕ちていく。
 ほの暗い、世界の片隅へと。

     ***

「君が、今回の――だね」

 子供の声を聞いたような気がして、○○は目を開けた。
 視界に映るのは満天の星空。背中にあるのは乾いた土の感触。 どうやら自分は仰向けに倒れている、それだけ認識した。
 冷たい夜風が頬を撫ぜ、月明かりの中を薄い雲が美しくたなびいていく。 どこか遠くから聞こえる虫の声、風の音。
 それら全てが、外の世界と何ら変わらぬ代物だった。

「……あれ?」

 再び、先の幼い声がした。続いて、小さな足音がゆっくりと近付いてくる。
 ○○は身体を起こそうとして、それが上手くいかないことに気付いた。
 どこにも痛みは感じないが、身体が異様に重い。 起き上がるどころか、指先ひとつ動かすことさえ億劫に感じられた。 覚醒した意識に身体がついて来ない、寝不足の朝にも似た強い気だるさがある。

「なんか、思ってたのと違うのが出てきたなあ」

 声は左手の頭側から聞こえてくる。
 起き上がることを諦め、首だけを何とか動かして視線を薙ぐと、 不思議そうな顔で○○を見下ろす黒髪の少年の姿があった。

「人間ですよねー?」

 言って少年は傍に屈み込み、額にかかった長い髪を片手で軽く流す。
 上から覗き込む少年の、深い漆黒を湛えた瞳と目が合った。


覗き込む少年


「人間ですよ」と答えてやりたいところだったが、うまく声を出せそうにない。
 少年は何故か唇を尖らせ、不服そうな表情を浮かべている。

「うーん。どう見ても人違いだけど、一応試してみようかな」

 少年は恐る恐るといった様子で右手を伸ばし、○○の頭のあたりに手をかざしたまま目を閉じる。
 彼はそのまま暫くうんうんと唸っていたが、やがて「複雑すぎる」とこぼして立ち上がった。
 この子は一体なんなのだろう。言っていることも意味不明だし、何がやりたいのかも全くわからない。

「うーん。でもまあ、せっかくだから、ちょっとおまじないをしてみよう」

 少年が再び屈み込み、○○に右手を伸ばす。
 今度は夜気に冷えた彼の指先が、○○の額に触れた。  不快な感じはしない。むしろどこか心地よい、不思議な安堵感に身体が包まれた。 目蓋が酷く重くなり、抵抗することさえ考えられないまま、瞳を閉じる。
 眠りへと繋がる暗闇の中で、○○は最後に少年の言葉を聞いた。

「――またいつか、会えますように」

     ***

 気がつくと、○○は硬い寝台の上に寝かされていた。
 どうして自分はこう、目を覚ます度に見知らぬ場所にいるのだろうか、と嫌になる。
 掛けられていた白いシーツをめくり、身を起こした。身体の節々が痛い。 それもそのはずで、自分が今まで寝ていたのは寝台などではなく、木製の長椅子だった。
 右手側にあった背もたれに身を預け、脚を下ろして着席の姿勢をとる。 椅子の足元には武器も含めて、自分の荷物がまとめて置いてあった。
 何だか妙な少年に出会ったような記憶があるのだが、夢……だったのだろうか。 昨夜のことを思い出しながら、無意識に額に手を当てた。特に何か変化があるようには感じない。
 改めて周囲を見回した。
 殺風景な部屋は窮屈な程に狭かったが、天井だけは随分と高い。 長椅子の横、座っている自分から見て右手側には、木製の手すりがついた上り階段の側面が見えている。 階段は壁に突き当たったところでこちらに向かって直角に曲がり、長椅子の頭上を通って上へと続いていた。
 部屋にある扉は、見える範囲では片開きの木製のものが一つだけ。 二階の高さにあるステンドグラスからは陽の光が射し込み、薄暗い室内にぼやけた光の筋を幾本も落としていた。
 民家には見えないから、何かの施設の階段室といったところだろうか。
 昨日の事が夢でなかったとすれば、荒野で眠ったところを担ぎ込まれでもしたのかも知れない。 それで目覚めなかったとなると、自分は余程深く眠っていたらしい。
 長椅子に座ったままそんなことを考えていると、部屋の扉が音も無く開いた。

「失礼しまーす。あ、起きてますね」

 声と共に、白いベールを被った女性が扉の向こうから室内を覗きこむ。 彼女は再び部屋の外に顔を戻すと、誰かに声をかけた。

「神父様ー、生きてらしたみたいですよ」

 そう呼びかけてから、女性が少し脇に身を引いた。
 近付いてくる柔らかな足音。ややあって、白い祭服らしきものを着た男が部屋の前に立った。 男は○○を一瞥し、片手で丸眼鏡を押し上げる。

「やあ、お邪魔します。と言っても、実際にお邪魔をしているのは君の方だけど」

 言いながら、神父と呼ばれた男が部屋に入ってきた。 ベールの女性も後からそれに続き、○○に微笑みかけつつ神父の脇腹を肘で突いた。
 神父は見たところ三十代の後半あたり。 服装は立派だが、寝癖のついたぼさぼさ頭と所々に残った無精ひげで威厳は完全に相殺されている。
 女性の方は神父よりも一回りは年下のようだが、 若いかと問われると無条件に首を縦には振れない微妙な気配があった。 何らかの曲がり角に直面している繊細な年頃の可能性が高いため、 これについては深く追究しない方が良いだろう。

教会

 二人は並んで立ったまま、何かを切り出すタイミングを計っているように見えた。
 状況は依然として全く呑み込めないままだが、とりあえず○○は自分の名前を告げ、 礼だけは言っておくことにした。何に対する礼なのかは、実のところ自分でも良く判っていない。

「ご丁寧にどうも」

 神父がにこやかに頷いた。

「一応説明しておくと、ここはゼネラルロッツの町外れにある教会だよ。 君はすぐ外の荒野で何故か昏睡状態にあったのを発見され、 取りあえず運び込まれてきた、というわけ。ま、ともかく生きていて良かったよ」

「そうですね」

「埋葬するとなると、もの凄くお金と労力が掛かるからね」

「え!? いや、確かにそれは本当ですけど……」

 ベールの女性が神父とこちらを交互に見比べた。 それから改まったように一つ咳《せき》払いをし、座ったままの○○に目線を合わせて、 少しだけ前かがみになる。

「ええと、私はマリー。こちらの方はユルバンさんと言って、ちょっと頭がおかしいですけど、 本物の神父様なので心配いりませんよ」

 マリーは掌で自分を示し、次いで神父の方を示しながらそう言った。

「うん。それより彼女の機嫌を損ねないように気をつけた方が良い。見掛けによらず、凶暴だから」

「いえ、私はおしとやかなシスターですから、そんなことは」

 マリーが口許に手を添え、どこか芝居がかった仕草でしなを作ってみせた。 彼女の視線を受け止めた神父が、何故か沈黙する。

「それより、どうしてあんな所で倒れてらしたんでしょう?」

 答えにくい質問だった。 ひょっとすると、最初からこれが本題だったのか、 と○○は胸中でひとりごちる。
 確かに今の自分はちょっと不審に思われても仕方のない部分が多い。 と言うより、降って湧いてきた人間なのだからどうしたって不審にしかなりようがないのだが、 果たして本当の事を言って良いものだろうか?
 自分のような“迷い人”が特殊な存在だとすると、 長久の年月をここで暮らしてきた住民達は“外”の存在すら知らない可能性が高い。 余り変なことを口にして別の施設に連れて行かれては困る。
 ○○が答えあぐねていると、神父が助け舟を出してくれた。

「マリー君、そんなこと、別に詮索しなくても良いだろう」

「え、でも一応。なんか、微妙に怪しいですし」

「そう? あの辺りで行き倒れということは多分、レンツール共和国から来た旅人ってとこじゃないかな。 一応、山越えすれば入国できるからね。どう、僕のこの推理、あたってる?」

 神父が期待のこもった視線を送ってくる。さて、何と答えておくべきか。


ーEnd of Sceneー


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