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教会の長い午後



 ユベールは、ゼネラルロッツの町外れに降り立った。
 地理的には町の東端付近、ここから先に広がるのは、森と荒野、それに遠くに霞むフレビス山脈のみだ。
 西に目を転じればゼネラルロッツの町並みがはっきりと見えてはいるが、行き交う人々の顔が見える程には近くない。
 周囲に民家の類は無い。唯一の例外は、目の前に建つ青い屋根の建物――教会だった。



「さて。やるか」

 指先でトランプを挟み、彼はこれから起こる戦いの予感に身を震わせた。
 敵がどんな人間であれ、生と死の境界を越える瞬間は常に美しい。彼はそう信じていた。
 ユベールは薄笑いを浮かべ、教会に向けて足を踏み出す。その瞬間、建物の脇に、人の動く気配があった。
 反射的にカードを投げようとして――ユベールはその手を止めた。

「……お兄さん、教会にご用ー?」

 教会の裏手から顔を覗かせていたのは、年端も行かない一人の少女だった。
 おそらく、教会で暮らす孤児の一人なのだろう。その身長は、せいぜいユベールの腰ほどしかないように見えた。

 ――これを殺せだと?

 ユベールはカードを構えたまま逡巡した。
 少女は屈託の無い笑みを浮かべて、ユベールに近づいてくる。

「私、ロッテって言うの。お兄さん、だーれ?」

 幼い声で言って、ロッテはユベールを見上げ、首を傾げた。
 ユベールはカードを持つ手を下ろし、少女の前に屈んで視線の高さを合わせた。

「……通りすがりの手品師、かな」

 ユベールの答えに、少女はぱっと顔を輝かせる。

「手品師さん!? すごい、手品やってみて!」

「ああ、いいよ」

 答えながらも、彼は呆れた。
 ――この教会では何を教えてるんだ? 不審者にノコノコ近付いてくるなよ。
 ユベールは続けて言った。

「……でもその前に、教会には、ロッテの友達もいるんじゃないか?」

 うん、と少女は勢い良く頷いた。それから、嬉しそうに指を折りつつ友達の名前を挙げていった。

「ネイサンとね、ヤスミンとね、ラースとね、あとね……」

「ああ、よし。それじゃロッテ、大人は放っておいて、その子達を全員呼んで来てくれないかな。そしたら、とっておきの手品を見せてやるよ。どうだ?」

「わかった!」

 ロッテは教会の裏手に走りこむ。
 ユベールは立ち上がり、それを見送ってから言った。

「……メルキオール。双子は今どうしてる?」

 周囲に少年の姿は無い。だが、その何も無い空間から返事があった。

「今日も戦闘不能だって聞いてるんで、多分『おなかいたい』のままだと思います」

「シャンタク鳥のせいか? 俺でさえ平気だったのに、あいつらにしちゃ珍しいな」

「お二人ともなんだか機嫌が悪い様子なので、詳細は聞いてません。確認してきます」

「あー……別に良い。とりあえず戦闘はいいから、二人が歩けそうだったら呼んできてくれ」

「はい、喜んで」

 メルキオールの気配が消えた。
 さっきの子供とそのお友達には、しばらく双子と一緒に町中を散歩してきてもらおう。ユベールはそう考えた。
 ジュリエッタとジュリアンヌに任せるのは少し不安だが、他の奴よりは信用できる。それに、戦闘不能とは言っていても、もしワンプに出くわせば、あいつらなら素手で倒せるはずだ。
 やがて、ロッテが友達を連れて近付いてくるのが、遠くからの声と気配で判った。双子の少女達はまだ姿を見せない。
 ――ま、ひとつぐらいは手品も見せてやるか。
 そうして、何を披露してやるかを思案し始めたユベールの脳裏に、ふと出発前に聞いたバルタザールの言葉が甦った。

『まずは教会で、一人でも多くの人間を殺して下さい』

 彼は思わず、声に出して笑いそうになった。それから、独り心の中で呟く。
 ――あんな子を殺せというのなら、指揮者は余程の無能だよ。そうだろ? バルタザール。

     ***

 〇〇は、ゼネラルロッツの教会の前に到着した。
 正面にある両開きの扉が、外に向かって開かれている。
 そこから中を覗くと、聖堂の祭壇へと真っ直ぐ続く道の真ん中に、一人の青年が背中を向けて立っていた。その奥で彼と向かい合って立っているのは、シスター・マリーだった。



「わお。こっちもお久しぶり」

 青年が首だけで振り返って言った。見間違いようもない、いつかの手品師。ユベールだった。

「そっちのシスターには今言ったところだが、悪いけど、ちょっと閉架を見せてもらうよ」

 ユベールは楽しそうに言って紙の箱を取り出し、封を破る。中から新品のカードの束が顔を覗かせた。

「ここでは駄目よ!」

 マリーは叫んだ。

 子供達は? 聖堂には居ない。でも、もしあの子達が巻き込まれたら、大変なことに――。
 彼女はそう考えて、〇〇の背後にある入口の向こうに目を走らせた。

「どうした? 何か探し物か?」

 ユベールは笑って、カードを宙に滑らせた。
 以前見た時と同じように、カードは一枚ずつ綺麗に整列して空中に固定されていく。

「〇〇さん、扉を閉めてください!」

 言われて、〇〇は急いでその通りにした。
 重量のある厚い木製の扉を引く。軋むような声を上げて扉はゆっくりと動き、重い音を立てて閉まった。
 少し遅れて取っ手の辺りからカチャリと高い音が響き、閉ざされた聖堂の内に残響音が木霊した。

「それで準備オッケーかい?」

 褐色の絨毯が敷かれた通路の上でマリーと〇〇に挟まれ、ユベールは笑って前後を交互に見る。

「……しかし、よりによってまたこの組み合わせとは、俺ってツイてないね」

 自嘲気味に言って、手品師はどこか嬉しそうにカードを構えた。

     ***

不公平な殺人者が現れた!



─See you Next phase─







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