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黒星の玩具箱


 箱舟中央島の左側に浮かぶ三つの小島。その内の前翼に相当する島に、 “玩具箱”と呼ばれる建物がある。
 そこに、箱舟で暮らす住人の一人がいるらしい。
 取り敢えず、その人物に会いに行ってみる事にした○○が、 道案内役である木霊にその事を伝えると。
 ぴぽろんぽろぴん。
 木霊がそんな音を発しながら、 ぴょこんぴょこんと手の中で二度ほど跳ねて地面へ着地。 そのまま鞠のように床を弾んで、城の出口へと移動していく。 どうやら先導してくれるらしい。
 ジグザグに先を行く木霊を追って外へ。 木霊達が暮らす庭園を横目に、左舷へと向かう。島の端へと歩いていくと、 今までは殆ど吹いていなかった風が段々と強さを増してくる。 それに、気温も少しばかり下がってきているような気がする。 ○○は己の腕を擦りながら、先を行く木霊を追った。
 中央島の淵へと辿り着くと、遠く向こうには小島が三つ見えた。 小島といっても中央島と比べてという話で、島としての規模はなかなかのものだ。
 中央島と、周囲に浮かぶ小島。それらを繋いでいるのは、 一抱えもあろうかという太い鉄を鎖のようにねじり合わせた綱と、空中水路だ。
 空中水路は、幅数十メートルはあろうかという大橋だ。その橋を渡るのは人ではなく、 清涼な水の流れである。覗き込んでみるとその深さも結構なもので、 恐らく足は届くまい。
 と、足元に居た木霊がぴょんぴょんと跳ねて、橋の隅へと進んでいく。 最後に大きく跳ねて飛び乗ったのは、水を湛えた大橋の欄干。橋の規模が規模だけに、 欄干部も中々の幅を持っており、少なく見積もっても四から五メートルはあった。 木霊はその上をぴんぽろぴんぽろと暫く転がって、そして○○の方へと振り返る。

(ついてこい、という事か……)

 仕方がない。○○は木霊の後を追い、恐る恐る欄干へと登る。足元の感触は硬質で、 少しばかりつるつるとしていた。はっきりとした材質は判らないが、 思いついた中では大理石が最も近いか。気をつけていないと、 足を踏み外してそのまま──という事も在り得る。用心して進むべきだろう。
 ──と、数歩踏み出して気づいた。橋の上に上がると同時。風が途端に収まり、 若干下がっていた気温も元に戻っていた。まるで箱舟の中心部にいるようだ。
 原理は判らないが、風が収まってくれたのは有り難い。足元の滑り具合が少々怖いが、 これならばそう気を張る必要もあるまい。
 ○○は先を行く木霊の姿を追って、欄干をゆっくりと歩き出した。
 エルアーク左側面から伸びた空中水路の先。箱舟の左前翼を形成する小さな島に、 塔のような形状の建物が一つ。
 ○○は軋む扉を開き、中を覗き込む。区切りの少ない構造らしく、中は広い。 窓は壁の上部に並んだ小さなものだけで、 そこから射し込む細い光は室内に立ち込める闇を完全に払えてはいない。
 細い白と大半の黒。その斑の中に見えるのは、積み上げられた様々な品の山脈。 山の構成物には統一性が無く、鉄の塊、細木の細工、高価そうな装飾品もあれば、 薄汚れた衣服の群れもあり。それらが無秩序に重なって、無数の山を作り出していた。

「……これは」

 この中から人一人を探すのはかなり酷ではなかろうか。 ○○は取り敢えず声を張って中へと呼びかけてみるが、 やはり反応のようなものはない。
 半ば迷宮探索へと挑む気分で、内部へと一歩踏み出そうとした○○の足元。 ぽろぽんぴろぺん、と小さな影、木霊が前へ。黒丸い物体は素敵な音を従えて、 建物内に立ち込める黒色を物ともせずに奥へと進んでいく。
 このままでは見失ってしまう。○○は闇に半ば紛れかけた木霊を慌てて追いかけた。

「おんや。木霊でやんすか。一人でどうしたんす?」

 そんな声が聞こえたのは、木霊を遂に見失い、 更に今居る場所が建物のどの辺りかも判らなくなって途方に暮れかけた瞬間だった。
 慌ててそちらへ駆け寄ると、積み上げられたガラクタの山の一つに腰掛けて、 木霊を肩に乗せたずんぐりとした人影があった。

「──ん? ああ、なるほど。客を連れてきたんすか。そういや、 上の娘さんがそんな事言ってたっすね」

 肩の上で跳ねる木霊にその影は頷き、こちらに振り返る。 丁度窓から射す光が当たる位置。振り向いた顔に、○○は眼を丸くする。


黒星の玩具箱


 その人物は、正確には人ではなかった。その姿形に、 己が知る中で最も近い言葉を当てはめるとすると──多分、鼠か。
 彼はのそのそと山から降りてくると、唖然《あぜん》 とする○○の方へと歩いてくる。
 近くで見ると判るが……その人物はどう見ても鼠だった。より詳しく言えば、 直立し、衣服を纏った等身大の鼠。
 円らな瞳が○○を捉え、そしてぺこんと一礼。

「一応、初めましてになるんすかね。自分は“黒星”。この玩具箱と、 ここに置かれた品物の管理、研究。あと、無機物の“関連付け” に関係する仕事を任されてるっす」

 以後お見知りおきを。そういって、再度ぺこんと頭を下げる鼠。その仕草に、 彼の肩に止まっていた木霊が下へと転落する。
 正直どう反応して良いのか迷い──あれ?
 と○○は首を傾げる。
 彼の声とその姿、少し前に見た事があるような、聞いた事があるような。
 そんな○○の訝しげな呟きに、黒星はああと頷く。

「その辺が、一応ってつけた理由なんす。実はもう“栞” 経由で御話ししたことがあったかもしれんので、念のためって事で。 実はこっちからだと、相手が誰なのか詳しく判ってないんすよね、あれ。 だからまぁ、初めましてなのは変わんないすかね」

 曰《いわ》く、それが関連付けという仕事らしい。
 黒星はこの玩具箱にある品を、特殊な触媒を利用して各々の “迷い人”達の栞に縁として繋ぐ。繋がれた品は箱舟上での存在を失う代わりに、 その迷い人の所有物として、群書世界上で実体化させる事が可能なのだという。
 そういえば栞に意識を集中させたときに、 今の説明にあったような幻像が頭の中に浮かんだような気もする。 あれが、そうなのだろうか。

「恐らくはそうでやんすね。群書の世界で生きていくのに、 あれこれと役に立つ品を揃えてるつもりっすから、ご入用があればいつでもどうぞ。 ……といっても、モノをあんたさんと関連付けるには相当数の“触媒”が必要でやんすし、 頼まれた品は栞の機能を利用したもんっすから、箱舟側から付箋を打ち込んである場所 ──街とか、そういった場所でないと品の展開が出来ないんで注意して欲しいんす」

 理屈は今ひとつ理解できないが……要するに栞を介した店、 のようなものを開いている、と?

「店……とはちょっと違うんすけど、まぁ似たようなものかもしれないっすね。 関連付けする品が持つ力や特性に因って、必要な触媒の数が違ってきますんで、 その辺りも丁度値段の違いみたいな感じになっちゃってますし」

 ふむ、と○○は頷いて、しかしまた首を捻る。
 つまり、 黒星はこの玩具箱にしまわれた品々を自分のような迷い人に提供するような仕事を している。だが、その品を受け取るには、彼の言う所の触媒とやらが必要である。 ここまでは間違ってないだろうか。

「そうでやんす」

 なら、その触媒とやらは何処で手に入れれば良いのだろうか?  それが判らなければ如何ともし難い。
 だが、当然とも言える○○の問いに、鼠人はあっさりとこう応えた。

「知らないっす」

 ……はぁ?

「いや、ホント知らないんすよ。あんたさんみたいな迷い人の方達が、 どっかから手に入れてきてくれるんすけど、 本人達に何処で手に入れたのか聞いても良く判らないみたいなリアクションで。 あんたさん、知らないっすか? ていうか、触媒持ってないすか?  “金貨”って名前なんすけど」

 どう、だっただろうか。
 少なくとも、本の世界を旅している間にそれを手に入れた記憶はないのだが。

「皆そう言うんすよねー。でも何故か持ってたりして不思議なんすけど、 まぁ、何処かで手に入れたなら、栞を使ってこっちに接触して欲しいっす。 望みの品を関連付けさせてもらうっすよ。……と言っても、 触媒の数によっては無理っすけど。あと、 暇ならここにしまわれている物の整理と実験に付き合ってくれると嬉しいっすね。 迷い人、貴重なんすよ」

 この玩具箱の整理。○○は無言で辺りを見渡す。
 混沌。
 その一言に尽きる建物内の様相を確認してから、○○は視線を前へ。 何処か期待している風な鼠人に向かって、短く告げた。
 ──嫌です。

     ***

 玩具箱を後にして、○○は小さく息をつく。これで、 ツヴァイから聞いていた場所は一通り回っただろうか。
 色々と歩き回ったお陰で、箱舟の構造はある程度掴んだ。 これで木霊の案内が無くても簡単に道に迷う事は無いだろう。
 足元から自分を見上げてくる木霊に今まで付き合ってくれた礼を告げると、 何だか怖いくらいの勢いで丸々とした身体が上下。 取り敢えず嬉しいのは伝わってくるが、 ぴこぽこぴこぽこと未知の音が間無く続いてちょっと退く。
 案内役の務めを終えた木霊が去っていくのを見届けてから、一息。
 さて、これからどうするかと考えながら、○○は中央島目指して歩き出した。



ーEnd of Sceneー


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