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蜘蛛の見た夢



夢織りの蜘蛛



戦闘省略

     ***

 決着はついた。
 醜い蜘蛛の脚を出したまま、少女が倒れる。



「ピーテル!」

 ハリエットが叫ぶ。同時に、丘の上で動く気配があった。

 白んできた空を背に、戦いの終わりを知ったピーテルが、 大樹の陰から顔を覗かせていた。


     ***

「めろん……ちゃん」

 ピーテルは丘の上の大樹の側に立ち、倒れた少女を見下ろしていた。
 少女は彼の姿に気付くと、自分を嘲笑うかのように顔を歪めた。

「畜生!」

 少女が吼えた。
 その背から生えた蜘蛛の脚は何本か途中で折れ、 裂け目からは黄色い体液がとめどもなく流れ出ていた。

「こんな姿を見せたかったわけじゃない!」

 少女が自分で自分の肩を抱いてうずくまる。
 半ば怪物と化した彼女の姿に気圧されて、 ピーテルは青ざめた顔でその場に座り込んだ。
 目の端でそれを捉え、少女は絶叫した。

「どうして、私はこうなんだ! どうして、私の身体は綺麗じゃないんだ!  ……誰か、私を受け入れてよ。誰か、私を抱いてよ!」

 少女が顔を伏せ、小さく肩を震わせる。長い黒髪に隠れ、 その表情は窺えなくなった。

「そんなの知ったことじゃない。ピーテルは返してもらうわ」

 ハリエットが冷淡に言い放ち、ピーテルの方へ歩き出した。
 だが、ピーテルは姉に向かって無言で手をかざし、首を振った。 その顔つきはもう、つい先刻までのぼんやりしたものでは無くなっていた。

 ピーテルは小さく震える少女の許へ歩み寄ると、片膝をついて、 彼女に優しく告げた。

「……大丈夫だよ」

 ピーテルが、蜘蛛の脚が生えた少女の背中に、おそるおそる手を乗せる。
 少女の小さな背が、ぴくりと震えた。

「僕、気付いてたんだ。……判ってた。めろんちゃんが、 あの時の蜘蛛だってこと」

「……う……そ」

 少女が顔を上げる。その頬には、涙の伝った跡があった。

「だから大丈夫。嫌いになんて、ならないよ」

 ピーテルの言葉を聞いて、少女の瞳は驚きに見開かれた。その目に、 見る見る涙が溜まっていく。

「それと、約束するよ。目が覚めても、めろんちゃんのこと忘れないって。 だから、泣かないで」

 少女が深く瞬きをする。涙が大きな粒となり、彼女の頬を伝い落ちた。



「あ……り……がとう……」

 少女は嗚咽《おえつ》を呑み込みながらやっとそれだけ言って、 またぽろぽろと涙をこぼした。

     ***

 少女がようやく泣き止んだ頃、ユルバン神父が提案した解決法は“交渉”だった。

 彼女がピーテルを解放し、今後人間には接触しないと誓うなら、命までは奪わない。
そういう取り決めだ。  少女はそれに従うことに決めたようだった。

「……では、皆そういうことで良いね?」

 神父が一同を見渡した。

「僕が良いって言うんだから、別に問題はないですよね」

 ピーテルは言って、少女の方を見た。彼女は既に蜘蛛の脚を仕舞いこみ、 再び普通の少女の姿に戻っていた。
 ピーテルは脚ぐらい別に良いと言ったのだが、 そこはどうしても譲れなかったようだ。

「ピーテル……ありがとう。さっき言ってくれたこと、嘘でも、嬉しかった」

 少女が寂しそうに微笑んだ。

「え? 嘘じゃないよ。僕、本当に気付いてたもの」

 ピーテルは、きょとんとして答える。少女は小さくかぶりを振った。

「ううん、良いの。夢の世界に囚われたままで、 人間が私の正体を見抜けるはずない」

 えっとね……と、ピーテルは照れくさそうに頬をかいた。

「めろんちゃん、最初に会った時にさ、蝶の色のことで少しもめたでしょ。 覚えてる?」

 うん、とめろんは頷いた。

「あの時めろんちゃんが言ってた色って、多分、その花の色じゃない?」

 ピーテルは丘の上に立つ大樹の足元を指した。そこに咲く名も知らぬ小さな花は、端から端まで何の模様もない、真っ白な花弁を持っていた。  めろんはそれを見て頷くと、不思議そうにピーテルを見上げた。 「うん。あの花びらの、内側の模様が同じ色だよね。……なんで“多分”なの?」

 彼女の答えに、ピーテルはにっこり微笑んだ。

「めろんちゃん、その色はね、人間には見えないんだよ」

「え……?」

「めろんちゃんには“紫外線”が見えてるんだ。だから、 人間には同じにしか見えない花や蝶が、色で区別できる。でも、 僕にその色を説明しようとしても言葉が見つからない。だって、 その色が見える人間は一人も居ないんだから、名前なんてあるはずないよ」

 めろんは、ぽかんと口を開けた。

「だからその時、気が付いた。蜘蛛なら紫外線が見えるし……他に、 紫外線の見えそうな知り合いが思い当たらなかったんだ。僕、友達少ないからね」

 言って、ピーテルはくすりと笑った。

「もう……失敗した」

 めろんは再び滲み出した涙を手でぬぐって、気恥ずかしそうに笑った。

「世界の色が違って見えてるなんて、考えもしなかった」

「信じてくれた? じゃ……ついでにさ、そろそろ僕を目覚めさせて。 みんな、心配してたみたいだし」

 少女は声を上げずに笑った。その目の端に、 ぬぐったばかりの涙がまた溢れていた。

「……捕らえた獲物をわざわざ逃がすなんて、蜘蛛の名折れだよ」

「薬の日はいつも一人で退屈だからさ、その時にまた捕まえに来てよ」

「……うん。解った」

 それは事前の取り決めと少し違う……が、あえて○○は余計な口を挟まなかった。
 少女とピーテルが向かい合って立つ。

「それじゃ、またね。めろんちゃん」

「うん。……ばいばい、ピーテル」

 少女は、最後にそっとピーテルに口付けしようとした。
 ――だが、それは叶わなかった。

     ***

 だん、と低く重い音が、夢の世界に響き渡る。
 はっとして、少女が空を見上げる。しかし、人間の眼では彼女が何を見ているのかは判らなかった。

「っ……!」

 黒髪の少女が声にならない声を上げる。彼女の姿はそのまま空気に溶けるようにして消えてしまった。

「……何? どういうこと?」


 ハリエットが辺りを見回した。
 ようやく明るくなったばかりの丘が、薄く白い霧に覆われていく。
 蜘蛛の織り上げた夢の世界は、大気の粒子一つに至るまで細かく振動を始めていた。


「彼女が呪詛を解除している……のかな」

 ユルバン神父は静かに揺れる大地の上でそう言って、どこか遠くを見ていた。

「ちょっと様子が変だけど、一つ確かなことはある。……彼女が創り出した夢の世界は、これで終わりだ」

 夢の世界を満たす白い霧が、急速にその濃度を増していった。景色が薄れ、地面も空も白一色の中に消えていく。

 全てを埋め尽くすその白い闇の中――○○が最後に見たのは、力を失い、ゆっくりと膝から崩れ落ちるピーテルの姿だった。

─See you Next phase─





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