TOP[0]>攻略ルート選択 >リザルトTOP

交差する意志



 ハリエットは、柔らかなベッドの中で目を開けた。
 天井が妙に低い。最初に感じたのはそれだったが、次の瞬間には自分が二段ベッドの下段にいることに気が付いた。

 ――ピーテル。

 ハリエットは霞の掛かった意識でもう一度目を閉じ、何もかもが夢だったと判る瞬間を待った。
 だがそんな瞬間は来なかったし、あの日の出来事が夢ではなかったことを、彼女は既に良く知っている。
 仰向けのまま小さく息を吐いて、彼女は再び目を開けた。
 枕はふかふかと柔らかく、頭が深く沈み込んでいる。布団はすべすべした肌触りで、羽のように軽い。
 寝心地は申し分ないはずだが、身体のあちこちに鈍い痛みがあった。特に、手と足には嫌な痺れが残っている。
 顔を横に向けると、部屋の反対側には一人の少女の姿があった。
 ハリエットよりも幾分年下に見えるその少女は、シュミーズ姿で鏡台に座り、長い金髪を梳《す》いている。
「あら。お目覚めのようですわ」
 少女はふと髪を梳く手を止めると、こちらを向いて小悪魔的な微笑を浮かべた。
 ハリエットは誰何《すいか》の声を上げようとしたが、それより前に上から別の声がした。

「どれどれ!」

 声と共にベッドがギシ、と音を立て、勢いよく別の少女が上から逆さの顔だけを覗かせる。
 少女の長い金髪が、ふわりと床に向かって垂れた。

「おっはよー! よく寝た?」

 ハリエットは答える代わりにゆるゆると半身を起こし、逆さ吊りのままで白い歯をこぼす少女の顔を見た。

「……誰?」

「私、ジュリエッタ。あっちはジュリアンヌだよ」

 言って、ジュリエッタは勢いよく上に戻っていった。
 双子だろうか。二人の少女はとても良く似ていた。

「とうっ」

 掛け声と共に、二段ベッドが大きな軋みを上げた。
 ジュリエッタがベッドの上段から絨毯の上に着地を決め、ハリエットを振り返って八重歯を見せる。
 彼女はもう一人の少女の方へトコトコと歩み寄り、二人並んで鏡台に座った。
 少女達はそのまま、ハリエットのことなど忘れたかのように、お互い髪を梳き合ったり、ごてごてと過剰に装飾された服を着込んだりし始める。
 ――何なの、これ?
 ハリエットはベッドに腰掛けたまま、毒気を抜かれた頭でそれを眺めていた。

     ***

 ハリエットはベッドに腰掛けたまま、改めて室内を見回した。
 それなりに広い部屋だった。鏡台も二つあるし、どういうわけか二段ベッドまで二つある。
 窓の外には雪を被った鋭い山の姿が見えていたが、部屋から見える景色にしては妙に標高が高いように思えて、少し落ち着かない。
 室温はそれほど低くは無かった。
 だが、温もりの移った布団から出たせいか、あるいは外の雪景色を見たせいか。ハリエットは少し肌寒さを覚え、両手で軽く自分を抱いた。
 ゼノンの腕は着けたままだったが、今は呼吸や代謝、感覚までも共有しているため、違和感は無い。
 やがて黒と白の対照的な服を着終えた少女達を見て、ハリエットはどちらにともなく聞いた。

「……ここは、貴女達の部屋?」

「勿論、そうですわ」

 答えたのはジュリアンヌの方だった。




「でも、ベッドのことでしたら、気兼ねは必要ありませんわ。下の段は普段から余ってますの」

「そーそー。二人とも自分の二段ベッドがあるからね!」

「どちらが上の段を使うかで揉めなくて済むので、合理的な家具の配置ですわ」

 ジュリアンヌが微笑して言った。

 しかし、二人が別々のベッドを使うなら、二段である意味が無いのでは? ハリエットはそう思ったが、黙っていた。

「ちなみに、トイレは外に出てあっち。のど渇いたら下の倉庫に色々あるよ。自分の部屋が欲しかったら、そこらへんの“島”を勝手に占領しちゃえば良いから。うーんと、あとなんかある?」

 嬉しそうに説明するジュリエッタに、ハリエットは努めて無感動な調子で言った。

「私は、遊びに来たわけじゃない」

「知ってるよー。マルハレータを殺しに来たんでしょ?」

 けろりと笑って、ジュリエッタは目を輝かせた。

「ねね、なんで殺すの? もしかして、ふくしゅー?」

「それでしたら、私達の仲間ですわね」

 ジュリアンヌが微笑んで言って、ジュリエッタは嬉しそうにきゃはは、と笑った。
 ハリエットは答えなかったが、二人はそれ以上追及しようとはしなかった。

「さーて。今日は何かあるのかなー」

「とりあえず、こちらの方がお目覚めになったことを報告しないといけませんわ」

「そんなの要らないでしょー。朝なんだから、起きるのは当たり前じゃん」

「そうかしら?」

 ジュリアンヌは首を小さく傾けた。ジュリエッタは「そうそう」と適当に言って、部屋の戸口にすたすたと歩み寄り、ドアに手を掛けた。

「とゆーことで、“バウガウ”に餌やってこよーっと」

 ――ばうがう?

 何かを飼っているのだろうか?
 ジュリエッタが部屋の扉を引いた。すぐ外に、一人の少年が立っていた。


     ***

「うわっ!」

「おはようございます」

 仰け反ったジュリエッタに、部屋の外から黒髪の少年――メルキオールが会釈した。
 その姿を見た瞬間、ハリエットは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。

 ――あの女の居場所を訊かなくては。



「お姉さんの方も、おはようございます」

 少年がうやうやしく礼をする。ハリエットは無意識の内に立ち上がっていた。

「……マルハレータは、どこ」

「今は外出中みたいです。帰ってきたら、教えてあげますよ。あ、僕はメルキオールです。お姉さんのお名前は、なんですか?」

 少年と双子の少女達の視線が集中する。ジュリアンヌは何かを思いついたように言った。

「もしかして……貴女が“ハリエット”さんではないかしら?」

 自分の名を呼ばれ、ハリエットは意識せずして微かな反応を返してしまう。

「あー! 神父さんが言ってたやつか! ……ん?」

 ジュリエッタは言って、難しい顔で首を捻った。

「ハリエットって、ハリエット・ディヴリー?」

 今度こそ、ハリエットは驚いた。

「……なんで、そこまで」

「おー、やっぱりね!」

 得意げに言ったジュリエッタに、ジュリアンヌが尋ねる。

「お姉さま、ご存知でしたの?」

「むかーしディヴリー家の養女になった人でしょ。珍しい名前だったから覚えてた。まー、さっきまで忘れてたけど」

「ベルンなら“ハリエット”ではなくて“アリエッタ”が普通ですものね。実を言うと私も、神父様に伺った時から引っ掛かってましたわ」

 ハリエットは少し落ち着きを取り戻して、再びベッドに腰掛けた。

「……もしかして、貴女達もルーメンの人?」


「そーだよー。ユベールとか、マルハレータとかグラールもそう」

 ――ユベールもここに。

 やはり、という思いと、今となってはもう重要ではない、という思いが交錯した。

「村で……何があったか、知ってるの?」

 知らなーい、とジュリエッタは素っ気無く答えた。

「私達、気が付いたらこの“船”に居たのですわ」

「村の、他の人達は……?」

「メルキオールが知ってるかな? 他の人のこと」

 ジュリエッタがちらりとメルキオールの方を見る。

「はい。霊子の、霧になりました」

 メルキオールは何でもないように答えた。

「それってどんなの?」

 ジュリエッタに問われて、少年は「うーん」と唸って首をひねる。

「霊子は単体では安定しませんので、分解された後は何らかの形で原子や分子を作ろうとします。 ですから多分、消えた人達の大部分は周囲の空気と似た構成になって、今も漂ってるんじゃないでしょうか」

「こわーい!」

 嬉しそうに言ってから、ジュリエッタは何かを思いついたように付け加える。

「あ。それじゃーさ……もし今、ルーメンで戸締まりされてる家とかにお邪魔したら、どうなるの?」

 双子は顔を見合わせて、悪戯っぽく笑んだ。ジュリアンヌが続きを言う。

「……その家に住んでいた人を、吸ったり吐いたりすることになりますわね」


「きもちわるーい、きゃははははは!」

 双子が笑って、少年もまた、和やかに微笑んだ。

 ハリエットは強い嘔吐感がこみ上げるのを感じ、思わず両手を口に当てた。だが吐き出すものは無く、 口の中には酸の味だけが広がった。

     ***

「あれ……おねーさん、大丈夫?」

 心配そうに近寄ってきたジュリエッタに、ハリエットは俯いたまま、無言で頷いた。
 ところで――と、メルキオールは双子の少女を交互に見て、改まった調子で言った。

「お二人は、バルタザールさんの行動に疑念を持ってますよね。ユベールさんの入れ知恵かな」

 ぴくり、と二人が反応する。

「ななな、何言ってんの。私達、そんなのどーでもいーし!」

 ジュリエッタが慌てて言うと、メルキオールはくすくす笑った。

「大丈夫ですよー。ナイショにしておきますから」

 一旦言葉を切ってから、少年はふと真顔に戻る。




「それより、僕と取引しませんか」

    ***

 シャルエーゼは老紳士と淑女に連れられ、薄暗い地下通路を黙って歩いていた。
 通路はどこまでも真っ直ぐに伸びているように見える。だが注意して遠方に目をやると、 ほんの少しだけ左に湾曲していることが見て取れた。
 実際にはこれが円形の通路だということは判っていたが、その半径があまりに大きいため、 中に立つ人間には殆ど直線にしか見えない。
 これこそが五大遺産の中でも最大の構造物、“ラダナン・カダラン”の内部通路だった。

「用心のため、この辺りでもうひとつ隔壁を作っておきましょうか」

 老紳士が立ち止まり、後ろを振り返ってそう言った。

「念入りなことね」

 マルハレータは微笑んで後ろに一歩出ると、開いた傘をゆるやかに振った。
 その緩慢な動きとは裏腹に、後方の通路が一瞬にして白い氷に覆われる。床と壁、天井から同時に氷塊が発生し、 軋むような音を立てて成長を始める。
 程なくして、通路は白く濁った氷の壁で完全に閉ざされた。

「こんなもので良いかしら。それにしても、わたくしがここに来たのは、こんなことのためなの?」

 つまらなそうに言って、マルハレータが傘を畳む。

「まあ、ついでの意味もありますな。ナイオンには今、マルハレータに殺意を持った者が侵入していますのでね」

「あら怖い。どなたかしら? 全然、心当たりがないわ」

「理由など、私にも判りません。しかし今は困ります。貴女があの者を殺すのも、その逆も」

「逆ですって?」

 マルハレータはくすりと笑った。

「そんなこと、ありはしないわ」

「そう願いますがね。念のためですよ。……では、先へ進むとしましょうか」


     ***

 シャルエーゼは円形通路の外周沿いに作られた一室で予定の操作を終えると、後ろで待つバルタザールの方を振り返った。

「……これで、観測対象はエメト山の永久氷壁に固定されました」

「ご協力に感謝しますよ、お嬢さん」

 バルタザールが満足そうに頷いた。まだです、とシャルエーゼは答える。

「この施設は、ひとりの人間が運用するようには出来ておりません。観測実施のための操作を私が全て行うためには、 まだ多くの時間が掛かります」

「それについてはご心配なく。今は下準備だけで充分ですから」

 バルタザールは落ち着いた調子で微笑んだ。

 マルハレータは二人の話をつまらなそうに聞き流している。シャルエーゼは律儀に説明を続けた。
「時間さえあれば、観測は実行可能です。ですが、この距離では検出率がかなり低くなることが予想されます。 ラダナン・カダランの機能ならばもっと高度な霊子誘導操作も可能ですが――単なる観測で、よろしいのですね?」

「ええ。それで問題ありません」

 老紳士は軽く笑って頷いた。マルハレータが、さして興味も無さそうに口を挟む。

「そんな観測に、何の意味があるの?」

「寝た子を起こさないための、最後の保険――といったところですな。観測とは言っても、 実質的な目的は破壊と呼ぶべきでしょうか」

「破壊? 観測なのに、何か影響を与えるのかしら」

「“観測”とは、相互作用のことです。如何なる方法であろうと、対象には必ず影響を与えるものですよ」

「あら。わたくしは今、貴方を見ているわ、バルタザール。これも“観測”なのでしょう?」

 マルハレータは揶揄《やゆ》するように薄く笑う。

「わたくしは貴方を観測しているけれど、影響なんて何も与えてはいないわ」

 いいえ、とバルタザールは微かな笑みと共に答えた。

「影響は必ず存在します。そうですね……まず、貴女は私を見ていると言いましたが、 正確には貴女の瞳が捉えているのは“私”ではなく、“私に反射した電磁波”です。その証拠に、 電磁波――つまり光をなくせば、貴女は私が見えなくなるでしょう?」

 マルハレータは無言で肩をすくめて見せた。

「貴女が何かを“見る”ためには、まず電磁波による相互作用が必要です。影響は、その時点で既に与えているのですよ」

「そういうことなら、理解できるわ」

「更に精細な観測を行うためには、光よりも波長の短い、エネルギーの高い波が必要です。ラダナン・カダランは、 ほぼ光速にまで加速した荷電霊子線を用いてそれを行う。もちろん霊子自体を観測することは出来ませんし、 大きな物理的破壊を引き起こすこともありません。ただ――その相互作用により、観測対象の霊子状態は破壊される」

 バルタザールはぞっとするような微笑を口の端に浮かべた。

「それはすなわち、“心”を取り除く作用となる」

 黙って二人の話を聞いていたシャルエーゼが、静かに、しかしキッパリとした語勢で口を挟んだ。

「……人的被害は無いと、貴方はおっしゃったはずです」

「それも嘘ではありません。エメト山の上などに、人がいるはずがないでしょう?」

 そう言った老紳士の眼を、シャルエーゼは真意を測るかのようにじっと見返した。彼は笑って続ける。

「心配ありませんよ、シャルエーゼ。ただ、エメト山にいるのが何であるかを、貴女が知る必要はない」

「わたくしも知りたいわ。そこに何がいるのか、貴方が何を企んでいるのか」

 マルハレータの言葉に、おやおや、とバルタザールは笑った。

「私は当初の予定通り、“聖筆”と“聖杯”を揃えようとしているだけですよ。何かを企んでいるとすれば、 メルキオールの方ですな」

「あら。ぼうやが?」

 意外そうに言ったマルハレータに、バルタザールは鋭い目のまま、口元だけで笑みを浮かべる。

「あれは“ぼうや”などという可愛らしいものではありませんよ、マルハレータ。……良いでしょう。時間はありますから、 少しエメト山を見ていきますかね」


     ***

 〇〇は、ゼネラルロッツの外れにある教会を訪れた。
 ユルバン神父とシスター・マリーの従事するこの教会は、現在、改修工事に備えて閉館されている。
 扉が破壊されて吹きさらしになった玄関の前に立つと、中でマリーが掃き掃除をしているのが見えた。



「あら。〇〇さん」

 マリーがにこりと会釈した。

「せっかく来てもらったところアレですけど、今は閉館中なんですよ。ほら、これ危ないでしょう」

 彼女はほうきを片手に、扉の失われた玄関の上方を指差した。

 近くまで行って見上げると、建材の剥離に備えて張られた網の向こうに、ひびの入った壁面が見えていた。

「あ、子供達は近所の教会で預かってもらってますので、心配ありませんよ。でもここは当分の間――」

 マリーが言いかけた時だった。

「おーい!」

 聞き覚えのある少女の声が、外から聞こえてきた。
 振り返ると、ふりふりひらひらした服を着た二人の少女が歩いてくるのが見えた。
 その片方、黒服の少女は、手を振る代わりに巨大な斧をぶんぶん振っている。

「あ、貴女達……!」

 マリーが慌てて教会を飛び出し、ほうきを持ったまま両手を広げて少女達の前に立ちはだかった。

「これ以上教会を壊させはしないわ!」

「そんなの、どうでもいいですわ」

 白服の少女が眉根を寄せて答えた。

「私達が呼んでいたのは、こちらの方ですの」


 言って、ジュリアンヌは巨大な鉄槌で〇〇を指し示した。ぶん、とその風圧が顔に届き、〇〇は思わずたじろいだ。マリーは言う。

「〇〇さんのこと?」

「そーそー。なんか良くわかんないけど、連れて来て欲しいって言われたから。あ、 おば……おねーさんは呼んでないからね」

「もう一度言ってごらん?」

 マリーはにこやかに殺気を放った。

「おねーさん。おねーさん」

「何か雑音が混じっていた気がしたけど、気のせいだったみたいね。また躾が必要なのかと思ったわ」

 マリーはにこりとして頷いた。ジュリエッタは不満そうに頬を膨らませ、ぶん、と斧をマリーに向けた。 「一回勝ったぐらいで偉そーだなー。言っとくけど、二対一なら負けないかんね!」 「そんなの、全然自慢にならないわ」 「そっか」  ジュリエッタは斧を下ろした。ジュリアンヌが言う。 「そんなことより、今日は別に教会を壊しに来たのではありませんわ。てきぱき終わらせて帰りましょう」 「よし」

 二人は並んで、武器を持っていない方の手を上にかざした。ジュリアンヌは我が手を見上げて首を傾げる。

「……通行用だから、上じゃなくて横の方が便利ですわね」

「それもそーだね」

 二人はかざした手をすっと下ろし、今度は奥に向けて水平に伸ばした。

『我、今、甘露の門を開く!』

 声と同時に、双子の伸ばした手の先で景色がぐにゃりと歪んだ。
 屈折した風景が穴に吸い込まれる水のように渦を巻き、その中心にぽつりと暗い穴が開く。
 穴は瞬く間に二人を飲み込んで余りある直径にまで育ち、奥に無数の青白い雷光めいたものを走らせた。

「これは……!」

 目を見張ったマリーに、ジュリアンヌがにやりと笑んで答える。

「私達の船に繋がる門ですわ」

(……ああ)

 〇〇はこれと似たものを見たことを思い出した。

 あれは、ルイーズの砂浜でシャンタク鳥が見つかった時のことだ。あの時、崖の上には、奇妙な黒雲の渦が発生していた。
 目の前にある穴はあれよりも少し小規模に見えるが、おそらく性質は同じようなものだろう。

「あそこに浮いてるアレと繋いだんだよー。船の名前は、“聖賢の座ナイオン”ちゃん」

 ジュリエッタがフレビス山脈の方を指差した。エメト山の付近に浮かぶ複雑な形状の島が、ここからでもはっきりと見えた。
 ジュリエッタは自ら開けた“甘露の門”に片足を突っ込んでから〇〇を振り返る。

「じゃ、準備ができたら来てよねー。今回は小さめ深めで、全力で開けたから、しばらくは残ると思う」

「しばらくって、どのぐらいなの?」

 マリーの質問に、ジュリエッタは目をぱちくりさせた。

「わかんない。全力でやったの初めてだし」

「なんて無責任なの!」

「きゃははは。おばさんが怒ったー」

 ジュリエッタは笑って、穴の向こうに駆け込んだ。

「待ちなさい!」

 勢い込んだマリーの目の前で、ジュリエッタは笑い声だけを残して門の闇に呑まれ、姿を消した。

「あ、そうそう。言い忘れてましたけど、ハリエットさん、こちらに見えてますわ。神父さんによろしくお伝え下さい」

 言って、ジュリアンヌはスカートの両端を持って小さくお辞儀し、それから姉を追うようにして門の向こうへと消えて行った。

 後には〇〇とマリーと、黒く渦巻く“甘露の門”だけが、残された。



─End of Scene─






画像、データ等の著作権は、 Copyright(C)2008 SQUARE ENIX CO., LTD./(C)DeNA に帰属します。 当サイトにおける画像、データ、文章等の無断転載、および再利用は禁止です。