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言葉の勉強

 エルアークの地上部に聳《そび》える巨城、“白と緑の城”。
 その上層に位置する、単書を収めた書庫群“主の書室達”の更に上に、一つの部屋がある。
“箱舟”の管理者──正確にはこの船と城を作り出した人物──が、己の居室としたのがこの部屋で、 今はその管理者代行として、一人の少女がここで暮らしていた。

     ***

 ツヴァイの居室である、“主の書室達”最上階の一室へと訪れると、

「ん、先輩さんか。よっす」

 直ぐ脇から声。
 そちらを見れば、丁度部屋に入って傍の壁に寄りかかっていた、 赤い衣服に金髪の少年──○○と同じ“迷い人”であるエンダーが、ぴっと二本指を立てて見せる。

「姫様に用事? 今、ちょっと取り込み中だけど」

 何をしているのだろうと訊ねれば、エンダーは顎で部屋の中を示す。
 中央の丸テーブルを囲って置かれた四脚の椅子のうち、二脚の上には人の姿があった。
 一つは黒ドレスにくすんだ金髪を流した少女、“箱舟”の管理代行者ツヴァイ。その対面に座るのが、 白いドレスの上に長い長い黒髪を無造作に流した迷い人、アリィ。二人は向かい合って、 何か顔を突き合わせるようにしている。

 ……何あれ。

 半眼で再度エンダーを見ると、小さく肩を竦める仕草。

「そうは見えんかもしんねーけど、アリィの話し言葉を修正中なんだとさ。あいつ、なんつーかこう、 喋りに凄い癖があったろ? アレが姫様には気に入らないらしくて」

 また不毛な努力になりそうな事を。

「いや、そーでもないぜ? アリィの奴、拘るところには凄い頑固なんだけど、 それ以外の部分に関しちゃすげー柔軟っつーか、テキトーっつーか、そんな感じで。あと、これ」

 エンダーは自分の懐から、剣状の厚紙のようなものを指先に挟み、取り出してみせる。

「ええと、“挿入栞”だっけ? それの機能を併用してやってるってのがでかいとか言ってたな、姫様は」

 エンダーが栞を持っているという事は、どうやらツヴァイは彼ら用の挿入栞の作成を終えたらしい。

「まだこれの本当の使い方ってのを試してはないんだけどな──って、話し込んでる場合でもねーか。 おおい姫様、○○が来てるぞ!!」

「あら、はい。申し訳ありません。……あと、エンダーさん、姫様は止めて下さいって何度も言ってるでしょう?」


「いいじゃん姫様。○○も合ってると思わねー?」

 こっちに話を振らないで欲しい。
 無言を通す○○に、こちらを向いたツヴァイがにっこりと微笑み、それに釣られてかアリィも部屋の入り口を振り返る。

「いらっしゃいませ、○○さん。今日はどうされました?」

「いらっしゃいませ、○○。今日、どうされました」

「ああ、もう私の真似はせずとも結構ですよ」

「あい」

「あい、でなくて、はい、です」

「はい」

(…………)

 驚きで眼を瞬かせる。以前会った時よりも、反応が格段にしっかりとしている。
 思わず視線だけでエンダーに問うと、少年は苦笑気味に「だろ?」とだけ返す。

「この部分だけでも姫様の教育の価値はあったよなー」

「なんですの、その部分だけみたいな言い方は」

「俺からすると口調とかはどうでもいいし。アリィも内心そう思ってるだろ?」

「ん」

「ほれ」

 エンダーが軽く話を振っても、黒髪の少女は小さく頷いてくれる。これだけでも、 前に出会ったときの彼女とはかなりの違いがある。エンダーのにやにや笑いも、答えの内容より、 返答があったという事自体に満足している様子だった。
 しかし、ツヴァイの方はといえば少し困った顔。

「う、うーん。でもアリィさんの本はかなり辺境の、しかも古い物語だったから、 そのままだと色々と不便でしょうし。群書の中でもあの言葉遣いでは通じ難い可能性があるから、 矯正出来るならしておいた方が良いんですけど」

 そういうものなのだろうか。そういえば、ここに居る全員の間で、普通に言葉が通じている事も少し驚きだ。

「その辺りは『そういうものだ』と考えていただけると。書として構成される際に言語自体は統一されていますし、 “設定”で異言語を使うというものが無い限りは、皆使う言葉は共通なんです。正確には、共通化されます」

 ツヴァイの言い回しは、相変わらず判りづらい。神妙な顔の○○に気づいたか、ツヴァイは「ですから、 そういうものだと簡単に考えてもらえれば良いです」と笑顔で取り成す。

「それで、普通はそうなのですけれど、話の世界観によっては訛りが出たり、癖が酷かったり、 あと顕現時の具合が悪い場合は言葉自体が話せなかったり、理解できなかったりという事も起きます。 ○○さん、思い当たる事ありません?」

「…………」

 そんな事もあったかなと首を傾げると、ツヴァイはほら、と呟いて、

「最初に貴方がこの箱舟に現れた時とか。あの時は、多分私の言葉も通じていなかったのではないですか?」

 言われてみれば、ツヴァイに追いかけられていた時、 彼女が何事かを叫んでいた気がするが良く聞き取れなかった覚えがある。

「今は、概念的にも安定していますので大丈夫だと思いますけれど。 アリィさんの場合は所謂本の中での設定の影響ですわね。“迷い人”として本に挿入した場合、 どの本に入っても最初は住所不定無職──素性が不確かになりますので、 こういう怪しまれる要素はなるべく排除した方が良いんです」

「まぁ、そりゃそうだろうけど、でもこの姉ちゃんを目立たせなくしようってのはちと難しくねー?」

「そう言われるとそうなんですけれど、でも極力努力はすべきかと……」

「……? 判りませぬ」

 ツヴァイとエンダー、ついでに○○の視線を受けて、アリィは不思議そうに一言。異様に長い黒の髪と、 造りは非常に整っているが表情の無い顔、反応は良くなったもののやはりまだ違和感の残る態度等々、 人目を引く要素が目白押しだった。

「取り敢えず、その辺りの事はまた考えましょう。それで──○○さん、御用は?」

 促され、○○はむ、と言葉に詰まる。別段差し迫った用事があって来た訳ではなかった。

「でしたら、今日はエンダーさんとアリィさんの指導を優先したいので……申し訳ありませんけれど」

 こちらに構っている余裕は無い、という事か。

「はい。済みませんが」

 恐らくは自分も入ったあの薄い帳面、『ディーファの自由帳』で彼らに基本的な事を教えるつもりなのだろう。
 仕方ない。今日の所は出直すとしよう。言葉を濁すツヴァイに、○○は了解了解と手を振った。

「わりぃな、○○。俺達が姫様取っちまう形になっちまって」

 エンダーの言葉に、貸しは後で返してもらうと笑って、○○は部屋を辞する。

 一度城のエントランスまで戻るとしよう。

─End of Scene─

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