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氷の下の瞳



 〇〇は100zelを支払った!

     ***

 ベルケンダールの町で、馬車から降りる。
 と、どこかしら町中の空気がいつもと違うことに気が付いた。
 普段と比べ、出歩いている町民や旅人の姿が少ない。代わりに金属の全身鎧を身に着けた男達が、路地の方々に見受けられた。
 鎧の男達は見張りのようにじっと一箇所に立つ者もあれば、夜警のように迷いなく複雑な道を歩き続ける者もいる。中には馬にまたがっている者まで見受けられた。
 物珍しさから彼らの様子を観察していると、じろりとにらみつけられた。冒険者……ではなさそうだが、衛士達とも少し雰囲気が違う。
 道は馬車でも余裕を持って行き交うことができる程の広さがあるから、馬が居たからと言ってさして危険でもないが、こうあからさまに武装した者がうろうろしていると落ち着かない。
 なんだか剣呑な空気である。

「そいつぁ聖堂騎士ってやつさ」



 聞き覚えのある声に振り向くと、紫の装束に身を包んだ男――マノットが路地の壁に背中を預けてこちらを見ていた。
 〇〇と視線を交わすと、彼は「よう」と軽く片手を挙げて挨拶に代える。

「知ってるだろうが、ベルケンダールには大聖堂ってのがある。まあでかい教会だと思ってれば間違いはない。アーネム正教会の騎士修道省の中で一番偉そうにしてる集団が、そこで働く聖堂騎士ってわけだ」

 なるほど。で、その聖堂騎士とやらは町で一体何をしているのだろう。
 そこのところをマノットに訊いてみることにした。

「俺も噂で聞いただけで実際の現場は見てないんだが――。ルイーズの騎士修道院に続き、ボーレンスでも教会が襲撃されたそうな」

 ボーレンス――。

 その話を聞いた瞬間、〇〇はマルハレータと名乗った白い傘の淑女の姿を思い浮かべていた。
 根拠は無いに等しいが、なんとなく、それは彼女の仕業であるような気がしたのだ。

「ルイーズ、ボーレンスとくれば、次はベルケンダールだろう。誰だってそう思う。で、こうして大聖堂の騎士さんは町に出てきて、大仰な警戒が始まってるわけだな」

 マノットは鎧を着た騎士を見ながら、口元に皮肉めいた微笑を浮かべた。

「しかし、悲しいかな。この騎士達の中に、お前よりも強いやつは多分、一人も居ないだろう。ベルンの騎士の平和ボケは結構深刻だ。あるいは、お前が強すぎるというべきか?」

 それほどでもない。
 〇〇はそう答えようかと思ったが、逆におかしいような気がするのでやめておいた。

「ま、聖堂騎士と言うと偉そうな響きだが、実際はそんな程度。大したことはないんだよなぁ。ルイーズの騎士が簡単に全滅するようじゃ、こっちも望み薄だ。お前、ちょっと警備に協力してやったらどうだ?」

 言って、マノットは〇〇に笑いかける。その時、少し高い位置から澄んだ声が聞こえた。

「――随分な仰りようですね、マノット様」

 振り返ると、毛並みの良い白馬に乗った女性が、少し離れたところから〇〇とマノットを見据えていた。

     ***


「これは、シャルエーゼ様……。俺のような者の名前を、よくご存知で」

 言って、マノットは硬い笑みを浮かべた。彼の声には少なからず驚きの色があるようだった。

「貴方は一部で有名ですから」

 白馬の女性はたおやかに微笑みを返してから、〇〇の方に首を向ける。

「馬上から失礼いたします。私はシャルエーゼ・リュシー・エイゼレンクライス。彼の言う“大したことのない騎士団”の一端を担う者です」

 端然と馬に乗ったまま、シャルエーゼは小さく〇〇に会釈した。
 彼女は他の聖堂騎士達と同じ金属の鎧を身に着けていたが、その身にまとう雰囲気は、まるで違っていた。
 それは単に女性であるから、というだけの理由ではなく、もっと根本的な――例えば、住む世界が違う、といったレベルの差異を思わせた。
 ショートヘア風に見えたシャルエーゼの髪は、良く見ると長い金髪を両横から編み込み、それを後ろでくるりとねじって結い上げているのだと判る。
 一見何がどうなっているのか把握できない手の込んだ髪形で、もうその時点で高貴な気配が漂っていた。
 もし彼女の頭上に金の王冠が載っていたとしても、誰も疑問には感じなかっただろう。

「訂正させてもらいますよ……。大したことのある騎士様も、いらっしゃいました」

 マノットは降参の意を表すかのように、小さく両手を挙げた。それから〇〇に向けて言う。

「シャルエーゼ様は双架省で五大遺産の研究に携わりつつ、同時に聖堂騎士としても職務をこなすという、異例とも言える天才的なお方。才色兼備にして文武両道、しかも人望も厚い。……つまり、俺の女性版のような方だと言えば、判り易いだろう」

 最後の部分は絶対違うと思うが、シャルエーゼが事実有能であろうという点については、雰囲気からして確実だと思えた。
 シャルエーゼは困ったような顔をして、口元に微笑を浮かべる。

「それは、大げさというものです」

「少なくとも前半は事実でしょう。まあ、今ではしがない旅券売りとなった俺と比べるのは、流石に失礼でしたかね」

「いいえ。仕事に貴賎はございません。この世界には“卑しい職”があるのではなく、ただ“卑しい人”がいるだけです。マノット様は、そのような方では無いのでしょう?」

 シャルエーゼは透き通るような声でマノットに言って、小首を傾げた。

「ちょっと自信なくなってきましたよ」

 マノットは肩をすくめた。自信の有無以前に、そもそも偽の旅券を売るのは仕事とは呼べないはずである。

「私などのことより、こちらの方のことをお聞かせ下さい。騎士とは比較にならないというようなお話でしたが、そんなにお強いのですか?」

「ああ。〇〇さんは結構やり手ですよ。聖堂騎士として召し上げられてはいかがです?」

 マノットは冗談めかして言った。
「残念ですが、私の一存では決めかねます。……重ねて失礼かと存じますが、貴方はもしや“介入者”ではございませんか?」
 シャルエーゼは〇〇に問うた。

「どういう根拠で、そうなるんです?」

「マノット様は偽の旅券を売り歩いておられるとのこと。それは、介入者を個人的に探し出すための方便でしょう。“外”からの旅人は国籍を持てませんから、偽の旅券を求めるであろうことは、想像に難くありません」「密偵でも雇ってあるんですか? エイゼレンクライス家はこえーなー」

「そして、そのマノット様は、こちらの方にご執心されているご様子。全ては介入者の素顔を知りたかったがための行動だとすれば、得心が行きます。……私の推測は、間違っていますか?」

「考えすぎですよ。ほら、〇〇が置いてけぼりをくらってる」

 言われてシャルエーゼが〇〇を見る。
 〇〇としては、そもそも介入者とやらの定義が良く判らないから、何とも答えようが無いところである。

「一般人向けに解説しておくと、“介入者”ってのは要するに“外”からこの世界へ干渉しに来た奴のことだ。“略奪者”という意味をこめ、“ルーター”と呼ばれることもある」

(……そのものズバリじゃないか?)

 略奪者かどうかはともかく、外から来たという部分は否定しようもない。

「ちなみに“アウターズ”も広義のルーターには含まれるが、こちらはもっと超越的な存在だ。“外来生物”とも呼ばれる。勉強になったか?」

 マノットは軽く笑ってから、付け加える。

「まぁ、外から来た者がみな略奪者だというのは、いささか乱暴な定義ではあるねぇ」

「元均衡省の方のお言葉とは、とても思えません。介入者は、存在するだけでアーネムの天秤を傾ける――そのように、教会は捉えておりますから」

「まー、俺には合わなかったってことですよ」

「私も、介入者の存在自体が悪である、という考え方には懐疑的な立場です。職に貴賎が無いのと同様、生まれた世界によっても、やはり貴賎は決まらない。そうではありませんか?」

「ごもっとも。……なんだか、姫様と慕われるのも判る気がしますなぁ」

「姫様とはどなたのことです?」

「あら。お気付きでないフリを」

「それよりも介入者と言えば、聖賢省は件の襲撃者達もそうであると認定したようです。シスター・マリーの報告より、バルタザールという老紳士、ジュリエッタ、ジュリアンヌという双子の少女。ユベールという青年。更にヴァン・ユルバン神父の報告から、マルハレータという女性と、メルキオールという少年。今のところ、都合6人ですね」

「そっちも、本当に介入者なんですかねぇ」

「“敵”であると断ずるためには、そう決めた方が都合が良いのでしょう」

 言ってから、シャルエーゼは手綱を引いて馬を町の中心部の方へ向けた。

「私はもう行かなくてはなりません。〇〇様、もしも今回の防衛戦にご協力頂けるのであれば、大聖堂までお越し下さい」

「え? いやいや、騎士云々は冗談だったんですがね……。いきなりそんな、無理でしょう」

「もちろん、聖堂騎士の一員としてお迎えするのは、無理です」

 シャルエーゼは小さく笑った。

「ですが、私に可能な範囲で便宜を計らうように通達しておきましょう。今は騎士の体面など、気にしている時ではありませんから。――それでは、〇〇様。またお会い出来ることを」

 そして、シャルエーゼは白馬に揺られながら、優雅に去っていった。
 〇〇は、その背を見送りながら思った。
 同じベルンの貴族と言っても、天と地ほどの違いが存在するのだな、と。

   ***

 フレビス山脈、エメト山の頂上付近にある無人の氷原。
 吹きすさぶ白い雪煙の中で、バルタザールは宙に静止していた。
 彼の眼下には“永久氷壁”とも呼ばれる、分厚い氷の塊が四方にどこまでも広がっている。
 上から見たそれは壁というよりも、一つの広大な氷原と呼ぶのが相応しいほどだった。
 彼の着た黒い礼服には無数の雪が間断なくぶつかっていたが、その度に雪ひらは瞬時に溶け、服に染み込むのではなく蒸発して消えて行く。
 そして、それとほとんど同じことが、彼の眼下でも起こっていた。
 氷原の一部を大きく包む、不可視のドーム状構造体。
 肉眼では確認困難なその障壁の存在が、今は吹き付ける雪との相互作用により、間接的に見えていた。
 バルタザールは空に浮かんだまま、雪風の中に浮かび上がる静的空間の中心部を見下ろした。
 障壁は光や霊子線などの一部電磁波を除き、全ての干渉を断っている。そのため、中には雪のひとひらさえも積もってはいないが、“見る”ことに支障は無い。

「……さて」

 バルタザールは透明な氷に閉ざされた暗闇の奥深くを見通すように目を細める。
 そこにある氷は、外の白く濁ったそれとは少し様相が違い、表面が平らで透明度も高かった。だが、あまりにも分厚いために、底は暗闇へと沈んでいる。
 この結界が囲っているものは、その暗闇の先にあった。地上部分の障壁は、球を近似した巨大な多面体結界の一部が露出しているに過ぎない。

「“こちら側”は眠っているのですかな?」

 バルタザールは半ば戯れに、そこで眠っているはずの“彼”に話しかけた。 その声に応えるように、氷の奥底でふたつの黄色い光が、微かに浮かび上がった。
 上空から見れば、それはほんの小さな光点に過ぎない。だが距離を考慮すれば、実際に光っている物体は人間よりも大きいはずだ。
 氷の下から見返してくるその“瞳”を見て、バルタザールは満足そうに頷いた。

「結構。と言っても、私の声は結界内には届いていないはずですがね……。何かしらの手段で付近に干渉しているのですか?」

 氷の下で、黄色い瞳が瞬いたように見えた。

「……まあ良いでしょう。今しばらく、そこで夢見るままにお待ちなさい。約束通り、近いうちに解放は可能ですよ。食事については間もなく解決しますから、残る条件は……ふたつ、ですか」

 黄色い光がふっと消え、そのまま氷の下は元の暗闇へと戻る。
“彼”が再び眠りについたのを確認して、バルタザールは微笑んだ。

「貴方がこのまま大人しくしているとは思っていませんよ。……私もひとつ、保険を掛けておくべきですかね」

 誰にともなくつぶやいて、バルタザールの姿が消える。
 そして、永久氷壁の上には空虚な風の音だけが取り残された。

─End of Scene─







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