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木霊の庭園

“救いの箱舟”エルアークは、前と後部に一つずつ、左右翼部に三つずつ、 そして中央の大島の九つの島で構成されている。 だが、箱舟に課せられた使命をこなす為に必要なものは全て中央島に集められており、 他の小島は中央島の付属物であると言っても過言ではない。
 中央島を囲うように浮かぶ小島群が、 重力圏を発生させる機構等を地下部分に設置しただけの、 言ってみれば単なる浮かぶ島でしかないのに対し、 中央島は基盤部分からして文字通りの船である。 つまり、中央島は正確には島ではない。
 箱舟がエルアークという名を持つのも、 この中央島の根として利用された大船の名がエルアークであった事に由来する。
 とはいえ、エルアークが船という面影を残すのはせいぜい中央島の下部のみで、 上部、特に甲板部は他島と然程変わりは無い。
 広がった土の上には幾多の草花が咲いて、自然の色濃い庭を作り出し、 更には古城じみた大型建築物すらある。
 話によれば、この箱舟を生み出した者が“大崩壊”以前居城としていた建物を、 周辺の土地ごと丸ごと切り出してエルアークの甲板上に移植したのだという。
 呆れるしかない話であるが、本によって綴られる世界と、 その中へと存在を挿し入れるという仕組み。 あんな無茶苦茶なモノを作り上げてしまう存在だ。 この程度は至極容易い事なのだろう。

     ***

 ○○は手の中に木霊を置いたまま、城の外へと出る。
 開け放たれたままの大門を越えて、多少の雑草が残る淡色の石畳を数十歩も進めば、 目的地である“木霊の庭園”に到着だ。 案内役の木霊には申し訳ないが、この距離では迷いようも無い。
 ツヴァイによると、木霊の庭園とは“白と緑の城”外の中央島地上部全てを指すらしい。 庭園という大層な名がついてるものの、 実質は単なる空いた土地といっても良いもので、ぐるりと辺りを見回すと、 纏まり無く並んだ木や、 花壇なのか自然に咲いたものなのかいまいち判断できない花の群れ、 澄んではいるものの単なる土地の凹みに出来た大きな水溜りにしか見えない 池等が広がる。
 聞いた限りでは木霊達──今、 自分の手の中にいる生物なのか何なのかも定かではない物体がここを住処としており、 彼らが自分達の感性に従って体裁を整えているらしい。 だが、こうしてみた限りでは、 自然の成り行きに任せて放置された場所にしか見えない。
(それも当然か)

 と、○○は独りごちる。
 中央島──エルアークの大きさはかなりのものだ。 この船に木霊達がどれ程居るかは知らないが、その地上部全てを、 今手元に収まっている小さな黒玉が管理しきれる訳が無い。 ツヴァイは彼らが庭を整えていると言っていたが、 恐らくそれは何かの比喩《ひゆ》表現か、彼らに気を使った上での発言なのだろう。

「……さて」

 こうして城の外へと出てみたものの、 目の前に広がるのは単なる緑の多い空き地程度のもの。 そしてここに暮らすという木霊は、案内役として既に自分の手の中に居る。 となると、もうここには大した用は無いのではなかろうか。
 取り敢えず他の場所に向かうか、 と手元のもこもこした物体を撫でながら踵を返そうとしたところで。
 ぴろぽろぽろり。
 何やら妙な音がした。
 妙ではあるが、聞き覚えはある。しかもつい最近。 ○○は反射的に自分の手元に視線を落とす。

「?」

 縦線の目をこちらに向けて見返してくる木霊は、 手の中で微動だにしていない。あれ?
 と○○は首を傾げる。先程の音は、 木霊が動く際に鳴る不思議な音だと思ったのだが。
 ぽろぽろりろりろん。
 そこに、更なる音。 今度は何処から音が聞こえたのか判った。 ○○は顔を上げてそちらを見て、

「…………」

 絶句した。
 音の出所は直ぐ傍、90度ほど捻じ曲がった大樹の陰だ。 薄暗い闇の中。円らな縦線という、何処か矛盾した印象を与えるものが、 そこに無数に輝き、うぞうぞと蠢いていた。
 思わず、ひー、と素直な悲鳴が出た。これは気持ち悪い。
 そして仰け反る○○の手の中から、木霊がぽろりと地面へと落下。 木霊は暗がりの方へと身体を向けると、 ぴろぽろぴろぽろとその場で二度跳ねてみせた。
 すると、 木陰の奥からぽろぴんぱろぽんと異質な音を発しながらこちらへ転がり出てきたのは、 恐ろしい数の木霊の群れだ。
 十や二十といった数では済まない黒のもこもこが、 それぞれあの珍妙な音を発しながら地面を跳ね回り、○○と、 案内役だった木霊の周りを取り囲む。

(うわ)

 これは怖い。そして煩い。周りを囲んだ木霊達は、 皆○○の方を見ながらぴょんぴょんと跳ね回る。 玉の中心部に走った縦線の形や、その仕草から何となく嬉しそう、 若しくは歓迎してくれているみたいな気配は漂ってくるのだが、その数と、 跳ねる度に鳴る音のせいでもう何が何やら判らない。
 珍奇な音の洪水に飲まれながら、 どうしたものかと途方に暮れかけた○○であったが、

「──!!」

 ぴょこん、と。  ○○の案内役を務めていた木霊が、むー、と身体のもこもこを逆立てながら、 言葉にならぬ声を上げた。
 その仕草と、きんと耳に響くような独特の音。それを合図にして、 回りを囲んで好き勝手に跳ね回っていた木霊達の動きが収まる。 それを見て、案内役の木霊は満足そうに小さく跳ねて、そしてこちらを振り返る。
 どうやら自分が困っていたのを察して、他の木霊達を諫めてくれたらしい。
 ○○は「どうよ」とばかりに見上げてくるその木霊を拾い上げると、 礼とばかりに軽く撫でてやる。
 木霊の眼と思しき部分が縦から横線になって、もこもこと身体を左右に揺する仕草は、 撫でられて喜んでいるのだと受け取って良いだろう。

(……で)

 どうしよう。一段落着いて、○○は辺りを見回す。
 凄まじい数の木霊達が、 何かを期待するような気配を発しながらじっとこちらを見ていた。 跳ね回ったりはしなくなったお陰で、ぴろぽろという異音は無くなったのだが。

「あー」

 何か言わないといけない。しかし、言うべき事が思いつかない。
 思わず意味の無い声を漏らした○○に反応し、 木霊達が同期したように身体をもこもこと左右に揺らす。 その態度から、どうやら自分が何かを求められているらしいのは判るのだが、 一体何をという部分が判らないからどうしようもない。
 せめて、彼らが言葉を話してくれれば解決するのだが、 案内役の木霊や、今目の前で見上げてくる木霊達の態度から察するに、 どうも○○の言葉は木霊達に通じてはいるものの、 彼ら自身は言葉を話す事ができないようだ。
 となると、取り敢えずは思いつくまま、自分が一方的に話すしかないだろうか。
 彼らのリアクション自体は結構判り易い。 その反応を見ながらあれこれと会話内容を切り替えていくとしよう。 そんな事を考えながら、○○はまず自己紹介──と考えて、 自分の事など○○という名しか覚えていない事を思い出して思わず頭を抱える。
 ぴろぽろぽろぽろ。
 と、その時周りを取り囲む木霊が動き回る音。何事と○○が顔を上げると、 ぐるりと○○を囲んでいた木霊達が、何やら不可思議な列を作って並んでいた。
 彼らの突然の行動、その意味が判らず、○○は首を捻って暫しの間。

「……ああ」

 思わず声が出た。
 彼らを上から見下ろして判った。木霊達は自分の身体を並べて、 文字を作っていたのだ。声は出せずとも、こちらの言葉が理解できているのなら、 成程、こういう手もあるのかと、○○は素直に感心する。
 因みに、彼らが形作った言葉はこうだった。

『クヨクヨスンナヨ! オレタチニハナシテミナ!』

 ──あれ、意外に漢らしい。

     ***

 それから少しばかり木霊達と意思疎通をした後、○○は庭園を後にした。
 こちらが何かを問うた後、 ぴこぽんぺろぽんと懸命に位置変換して言葉を作る彼らは愛らしく、 ずっと見ていたい気分になった。
 が、偶に木霊同士で衝突して目がバツ字になったりと、 どうも彼等にとって“言葉を作る”という作業は結構大変なものであるらしいのと、 彼らの言葉の最後が常に『!』で終わるため、 その文字を受け持っていた木霊達が段々退屈そうにし始めていたのに気づいて、 適当な所で切り上げたのだ。
 何処か機嫌の良さそうな案内役の木霊と共に○○は城まで戻り、 さて次は何処へ行こうかと思案する。


ーEnd of Sceneー


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