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貴族の蒐集品



 屋敷正面を避けるように複数の庭を駆け抜け、 一旦大きく左手に回りこむ。
 流石にここで使用人などに見つかっては面倒だ。

「よし、行くよ!」

 屋敷の裏手にあたる場所から、 今度は一気に離れを目指して丘を登る。
 大きな音を立てないよう、忍び足を意識して、かつ急ぐ。
 幸いにして突然窓から目撃されるようなこともなく、 首尾よくマイケル達は離れの裏までたどり着くことが出来た。
 離れは煉瓦造りの2階建てで、 見たところ窓に明かりなどは灯っていない。

「さて……これが離れの裏口なわけですが」

 ハリエットが声を落として言う。
 彼女の指差した先には毒々しい赤色の扉があった。




「なんで離れの裏口の戸が赤いんだよ。すげー怖いんだが」

 ひそひそ声でマノットが怖がった。

「知らんがな。そういうデザインなんでしょ……」

 赤い扉に耳を当て、ハリエットが中の様子を窺った。

「よし、人の気配はなし。そーっと突撃!」

 ハリエットが裏口の赤い戸に手をかけ、はっと顔を上げた。

「どうした?」

 マノットが怪訝そうに言う。

「鍵が掛かってる!」

「そりゃそうだろ」

「なーんて、冗談よ。普通に開いてました」

 かちゃり、と小さな音を立て、扉が僅かに開かれた。

「なんで開いてんだよ! そっちの方がおかしいだろ!」

「田舎の家なんてこんなもんよ。むしろ事前調査の時も開いてたし。 逆に怖くて入らなかったけどさ…… 今日はお守りのエビフライあるから大丈夫!  んじゃ今度こそ行くぞ!」

     ***

 赤く塗られた裏口から中に入ると、 離れの1階は無闇に広いホールになっていた。

「趣味の部屋って言ってたけど、 確かにそんな感じかな。生活感ないよね」

 大人が走り回れるほど広いホールには一般的な家具は皆無で、 ただ点々と配置された美術品のオブジェが不気味な陰影を見せていた。
 1階部分に他の部屋は存在していないらしく、裏口と玄関以外に扉はない。
 ホールの中央には2階へ続く大きな階段があり、裏口の傍には地下へと続く階段があった。

「居ないじゃないかミケランジェロ。……地下があるな」

「ちょっと怖いけど一応下を見てみよう」

 ハリエットが率先して石造りの階段を下りて行く。
 下までたどり着く前に外光は殆ど届かなくなり、 奥は完全な闇となった。

「真っ暗だ」

「ほい」

 ハリエットがランタンを取り出し、 ぼんやりとした光で下から皆の顔が照らされた。
 光量は充分とは言えない。 良く見るとランタンには火が灯っているのではなく、 ガラスケースに夜灯草を適当に突っ込んだだけの簡易品のようだ。
 それでもあると無いのとでは大違いで、 とりあえず先へ進むだけなら充分そうだ。
 やがて辿りついた地下室の様子が、 ハリエットの動かす乏しい光で照らし出される。

「上よりはだいぶ狭いね」

「えらくさっぱりした部屋だな……」

 こちらの室内にも、家具はやはり殆ど無かった。
 壁には斧や鎖や、用途の良くわからない器具が掛けられている。

「ここは趣味の部屋じゃなくて悪趣味の部屋ですなー」

 金属製の妙な器具を照らしながら、ハリエットが言った。
 足元を見ると床はタイルのようにつるつるした石で、 端の方には何故か側溝があった。

「なんで溝あるの?」

「……床を水で流せるように、かな」

「ミケランジェロ君のシャワーに使うとか? とりあえずここは外れっぽいね」

「となると2階だな。おい、そろそろエビフライ用意しとけよ。ほんとに意味あるのか知らんが」

     ***

 1階へ戻った一行は、あらためて2階へと続く階段を上り始めた。

「あ。いるぞ……!」

 先頭を進むマノットが踊り場で立ち止まった。
 自然と皆、息を潜めてその場で身構える形になる。
 たたっ、たたっ、たたっ、と何かの足音が2階に響く。 次の瞬間、階段の上にそいつが姿を現した。

「こっ、これが!」

 マノットが仰け反った。

「これか!? これがミケランジェロなのか?」

 マノットの“ミケランジェロ”という言葉に反応したのか、 その黄色い生物はしっぽを激しく振りながら「ばう」とも「がう」ともつかない吠え声を上げた。

「これ以外ないでしょ! って言うか、犬!? じゃなくない!?」

 ハリエットが戸惑いの声を上げる。
 ハァハァと荒い息をするその生物は確かに、 大まかな特徴を捉えると犬のような姿をしていた。

 四つ足で歩いているし、尖った耳とふさふさした尻尾も、 犬や猫のそれである。
 だがその体躯は牛と見紛うほどに大きく、しかも妙に丸々としていた。
 毒々しい黄色の体毛も、哺乳類というよりは鳥か何かを連想させる。
 耳まで裂けた巨大な口からは綺麗に並んだ鋭い牙がぞろりと覗き、隙間からは間違いなく強酸性であろう濁ったよだれが垂れていた。
 そして何より、その生物の頭部には眼球らしきものがどこにも見当たらなかった。

「犬じゃねえ! 似てるけど絶対違うだろ!」

 マノットがわなないた。

「どう見てもミケランジェロって顔じゃねえ……。つーか目がねぇ!  お前が言ってた“エビフライに目が無い”ってまさか洒落だったのか!」

「んなわけあるか! 今初めて知ったわ! 何なのよこの生物は」

「なんで俺に訊くんだよ!」

「あんた国境の時は『ふっ……ワンプか……』 とか言ってカッコつけてたじゃん! こいつは何なのよ!」

「こんなん知らんわ! とにかくあれだ、エビフライいっとこう」

「そうそれよ。とにかくエビフライで懐柔よ!」

 ハリエットがマイケルを振り返る。
 マイケルは頷き、ありったけのエビフライを投げつける。
 と、大方の予想通り、ミケランジェロが大喜びで飛び掛ってくる!


番犬らしきもの(微妙に強そう)




Lv28←エビフライ二本所持時
ミケランジェロ [前衛]
HP:1800/2800

 ぎゃん、と痛々しい悲鳴を上げ、ミケランジェロは階段を転がり落ちていった。
 鞠のように1階まで転落したミケランジェロはすぐさま跳ね起き、そのまま走って裏口から外へと逃げていった。
 扉が施錠されていなかったのは、ひょっとしてこのためだったのかも知れない。

「結構元気みたいね。よし、この隙に目的を……」

「まだ他にもいるんじゃねーだろうなー。さっさと上を調べようぜ」

 マノットが階段を上りだす。

「うん。とりあえず手近な部屋から順番に突撃しよ!」

     ***

「ほう……」

 2階で今度こそ本当の“趣味の部屋”に辿りついたマイケル達は、 各々勝手に室内のものを物色していた。
 マノットは本棚から取り出した大判の本を何冊も取り出してはめくり、 感嘆の声を漏らしている。

「何見てんの?」

「うおっ」

 ハリエットが横からひょっこりとマノットの持つ本を覗き込んだ。
 その顔が、何かじとーっとした表情に変わる。

「なにこれ」

 ハリエットは本を持ち上げるようにして題名を確認する。

「『メイド服大全(ベルンメイド協会公認)』……でこっちは 『メイド服と両手剣』『好色ザクソニアンメイド』……はぁ」

「はぁとはなんだ」

「いや別に。ひょっとしてここ、 あんたの家なんじゃないかと思い始めたところ」

 室内には本棚以外にも様々な収納棚が壁一面に並んでいた。
 部屋の中央には重厚な木製デスクが鎮座しており、 それらのコレクションを一望できるようになっている。

「おい見ろよこれ。“青のネクタル”だぞ! 本物か?」

 マノットが今度は別の棚からラベルの貼られたガラス瓶を取り出していた。
 中には何かの液体が蓄えられているが、 ビンの色が濃すぎてそれが名前の通り青いのかどうかは判然としない。

「何だっけそれ。お酒? 高いの?」

「高いなんてもんじゃない。売買したら即逮捕だ」

「あーなんか昔そんなのあったね」

「精神を著しく高揚させるだけでなく、 身体能力までも大きく高めるってな。 全身複雑骨折の患者も裸足で駆け出すという話だったが、 常用した者が情緒不安定を通り越して正気を失ったとかで、 晴れてご禁制の品になった」

「ここも悪趣味の部屋でした。……あ、これ旅券じゃん。ほら」

 ハリエットが机の引き出しから無記名の旅券を取り出して見せた。

「ああ、そういやマイケルは旅券目当てだったっけ?」

 言いながら、マノットはまた別の棚を物色し始めていた。

「思えば長い道のりになりました――あ!」

 ハリエットは旅券をマイケルに手渡そうとして、唐突に大声を上げた。

「それだ!」

「ん?」

 指差されてマノットが振り返る。彼の人差し指と親指の間には、 小さな指輪が挟まれていた。

「貸して!」

 返事を待たず、ハリエットは机を飛び越えるようにしてマノットに近づき、 指輪を彼の手からもぎ取った。

 旅券を受け取ろうと手を出したマイケルは、 そのまま置いてけぼりになった形だ。

「間違いなし!」

興奮した面持ちでハリエットは指輪を眺めて言った。

「びっくりしたな。そんなに凄い代物なのか?  俺の鑑識眼によると、そこまで高価な代物じゃなさそうだが……」

 指輪を奪われたマノットは半ば呆然として言った。
 そういえば彼は、ハリエットが指輪を追いかけていたことをまだ知らないのだった。
 今ひとつ事情の呑み込めない様子のマノットに、マイケルはリンコルンの野良猫市場で聞いた話をかいつまんで説明してやる。
 ――ハリエットが前からその指輪を探していたこと。
 ――そしてその指輪は“地図から消えた村”ルーメンゆかりの品であるらしいこと。

「あぁ、なるほど。ルーメンから持ち出された品物か」

 マノットがようやく得心したといった顔になる。

「それならまあ判らんでもない。 好事家にはそこそこ高く売れるからなぁ」

「売らないっちゅーの!」

「ん? そうなのか? じゃあ何だ。 実はものすごい魔術的価値が秘められているとか」

「若干あってるような、全然違ってるような」

「はっきりしねーなぁ。でも見てそれと判るってことは、 もちろんお前は価値を知ってて探してたわけだ」

 うん、とハリエットは頷いて顔を輝かせる。

「だってこれ、うちの指輪だし」

    ***

 一瞬の空白があった。

「ほう。おまえんちの指輪か。……ん?」

(……ん?)

「ええと、もう一回訊いて良いか? 何が何だって?」

 だからぁ、とハリエットはめんどくさそうに説明を繰り返す。

「この指輪は、うちの家に代々伝わるものです」

 その場に沈黙が下りた。

「……ちょっと待てよ。ルーメンの品なんだよな?  ってことは、指輪の持ち主はルーメンに住んでたんだよな?」

「うん」

「家紋が入ってるよな? つまり総合するとその指輪は、 ルーメンにいた貴族のものなんだよな?」

「うん。だからそれが、うちの家」

「お……お前……」

 マノットがハリエットを指差し、口をぱくぱくさせる。

「ルーメンの村の、生き残り……?」

 ハリエットが何かを答えようとした瞬間、 外から馬のいななきが聞こえてきた。
 弾かれたようにマノットとハリエットが一斉に音の方を向く。
 続いて、遠くから怒声と共にばたばたという複数の足音が響いてきた。

「あ。時間切れの予感っ!」


 ハリエットが急いで指輪と旅券をまとめて荷物に仕舞いこむ。

「凄い勢いでこっちに来てるな。完璧にバレてるぞ。 ミケランジェロの仕業か?」

「こりゃ、窓から逃げるしかないね。 このぐらいの高さなら大丈夫でしょ」

 言いながら、既にハリエットは窓を押し開けて窓枠に足を掛けていた。
 いつの間にか外は夕暮れになっており、 庭園の彼方に森の影が黒々と続いているのが目に入る。

「ちょっと待て、まだ訊きたいことが」

「話は後でね! 無事に逃げられたらまたどっかで会おう!」

 それだけ言って、ハリエットは窓の向こうにあっさり飛び降りた。

「どっかかよ!」

 マノットがそれに続く。
 二人ともなかなかの身のこなし、と感心している場合ではない。
 マイケルも窓枠から身を乗り出し、そして一瞬躊躇する。
 結構高い。1階部分の天井が普通より高いせいだ。しかし、迷っている暇は無い。
 覚悟を決めて宙に身を投げる。
 だん、と重い衝撃が足から頭の先まで突き抜けた。
 痺れるような痛みが走ったが、草地の土はやわらかく、骨を痛めるほどではない。
 顔を上げると、先に飛び降りた二人は既に丘の下にまで逃げていた。

 その姿は色濃くなりつつある夕闇に紛れつつあり、 あの調子ならおそらく無事に逃げおおせるだろうと思える。
 マイケルもその後を追って駆け出した。
 ――そして、走りながら重大なことに気がついた。
 さっき上で見つけた旅券は、まだハリエットが持ったままになっている……。

─End of Scene─

サヴァンの庭の進捗度
少女の企み→貴族の蒐集品 に変わる




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