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禁令、書のくびき



 ベルケンダールの町の中心部へと続く道を歩く者は、何度も急な曲がり角にぶつかることになる。
 道は整備が行き届いているし、道幅も狭くは無い。だが、両脇を高い建物に挟まれている上に曲がり角が多いため、圧迫感は免れない。
 平時ならまだ良いのだが、今は鎧を着た騎士が方々で目を光らせているため、あまり散歩して気分の良い場所だとは言えなかった。
 そんな道を、〇〇は黙々と進む。
 幾つめかの角を曲がったところでようやく視界が開け、大聖堂の前の広場が眼前に姿を現した。
 その光景を見た瞬間、〇〇は思わず感嘆の溜息を漏らしていた。
 大きな広場の中央部は、まるで巨大な絨毯を敷いたかのような鮮やかな模様に彩られていた。
 赤、黄、白を見事なバランスで組み上げた色模様は十三の円とそれを取り巻くつる草をモチーフとした複雑なデザインで、内側に九つもの噴水を取り込んでいる。
 しかもそこに描かれている模様が全て、百万株近い生きた花を精密に敷き詰めて造られているのだった。

(まさかここ、年中こんな状態じゃあるまいな……)

 もちろん、こんなものより単なる山林の方が、何倍も美しいと感じる向きもあるだろう。
 だが、人工的に計算され尽くしたこの広場の意匠にもまた、ある種の美が存在するのは確かだった。
 そしてそれはまさに、このベルケンダールの町に相応しい種類の美しさなのだ。
 〇〇は、花の絨毯の中に設えられた真っ直ぐな小道を歩いて行く。
 広場の四方は古風な装飾様式の高い建築物に囲まれており、まるで箱庭の中に立っているかのような感覚があった。
 普段は広場の外周付近には幾つもの露店が軒を連ねているというが、今はそれらの姿は見当たらない。
 向かう先には、見上げるほどに背の高い尖塔を持った、刺々しい装飾の荘厳な雰囲気の建物があった。
 それこそはこの広場の主役でもあり、ベルン公宮に次ぐベルケンダール第二の中心――ベルン大聖堂だった。

     ***


 大聖堂に入っていく○○の後姿を見て、マノットはやれやれ、と頬を掻いた。
 ――どー見ても、あいつは本物のお人好しだな。
 今まで観察はしていたが、そろそろ結論を出しても良い頃だ。
 ○○が介入者であることに間違いはないが、だからといって、悪人などでは全く無い。
 ただの旅人だ。それも、お人好しの。
 ――介入者は全て略奪者。問答無用で始末する。……やっぱり、おかしいのは均衡省の方みたいですよ。
 マノットは我知らず、哀しげな笑みを浮かべていた。



 自分が今まで始末してきた介入者達も、そうだったのだろうか?
 今となっては確かめようもないそんな疑問を澱のように胸に溜めながら、マノットはその場を後にした。

     ***

 目下警戒中のはずの大聖堂の中には、驚くほど簡単に入ることが出来た。
 というよりも、入口に誰も居なかったので黙って入ったというのが正確なところだ。
 こんな警備で大丈夫なのだろうか。
 ベルン大聖堂の中に足を踏み入れると、そこは“身廊”とも呼ばれる広くて長い通路だった。
 両脇には太い柱が立ち並び、その外側にある側廊とこの空間とを分けている。柱は上部でアーチ状になり、 見上げるだけで卒倒しそうな程に高い天井を支えていた。
 壁の上部には色とりどりのステンドグラスがずらりと並び、外光を幻想的な色に変えて取り入れていた。
 廊下の先には開け放たれた巨大な両開きの扉があり、その奥には主祭壇が見えている。
 人の姿は身廊にも、祭壇付近にも、一人もいない。騎士どころか、神父やシスターの類も見当たらなかった。

(……む)

 ふと、何かが聞こえたような気がして立ち止まる。
 何人かの声と、鎧を着た人間が動くような音。どちらも小さいが、確かに聞こえる。
 音の源は祭壇ではなく、もっと奥――側廊から更に奥へと続く回廊の先のように思えた。
 誰かが叫んだような気がする。その瞬間、〇〇は奥へ向かって駆け出していた。

     ***

 回廊の先から階段を下りる。
 美麗な装飾のあった地上区画と違い、地下へ向かう階段は壁面も含めて味気ない石造りになっていた。
 その先に見える広間も同様で、灯されている光も弱々しい。

「おやおや。新たにお客さんのようですな」

 〇〇が階段を下り切らない内に、しわがれた男の声がした。 広間の中心に立ってこちらを見ているのは、黒い礼服にシルクハットを被った老紳士――バルタザールだった。
 彼の周囲では、鎧を着た騎士達が円陣を組むようにして膝を折り、老紳士同様にこちらを向いていた。
 〇〇の理解では彼らは敵対関係にあるはずだが、奇妙なことに、騎士達に負傷した様子は全く見られない。

「皆さん、その方は味方です!」

 奥の方からシャルエーゼの声がした。

「気を付けて下さい、〇〇さん! この者は何か妙な術式を使います!」

「ええ。今、それをお見せしようと思っていたところですよ」

 バルタザールは笑って、朱色の瞳で真っ直ぐに〇〇を視た。

「――〇〇、足を禁ずる」

(え?)
 今しも階段を下り切ろうとしていた〇〇は、突如として両脚の感覚が消失するのを感じた。
 それは痺れるとか麻痺するとかいった生易しいものではなく、まるでそこに何も存在していないかのような、圧倒的な無感覚だった。
 身体のバランスが咄嗟に把握できなくなり、〇〇は脇の壁に手を当てる。そうして、実際にはまだ存在しているはずの己の足を見た。
 何も感じないだけでなく、全く動かせない。

 だが、次の瞬間――。

 ばちり、と眉間の辺りに小さな痛みが走った。まるで頭の中で火花が散ったように錯覚する。それと同時に、じわりと温かさがにじむようにして、両脚の感覚が戻ってきた。

(……なんだ、今のは?)

 良く解らないが、とにかく脚は大丈夫なようだった。少し痺れは残っているが、動かしてみると問題は無さそうに思える。

「おや?」

 バルタザールは不思議そうに言った。「妙ですね。貴方、なぜ私の“禁”が効かないのです? ……“仮記名”にしても、書のくびきはもう少し重いはずですがね」

 老紳士は、床に身を屈めている騎士達の間を悠然と歩き、〇〇の方へ近付いてくる。
 彼の振る舞いはごく自然で、少しの威嚇も感じられない。にも拘らず、〇〇は湧き上がる恐怖を抑えることが出来なかった。

 この老紳士は――どこか、おかしい。

「少し貴方に興味が出てきましたね。これならどうするのです?」

 バルタザールが指を鳴らすと、彼の足元から金色の炎が巻き起こった。暗かった室内が、地下にしては高い天井に至るまで、熱を持った光によって照らし出される。
 風もないのに炎は老紳士の身体の周りで伸縮し、渦を巻き、蛇のように彼の身を幾重にも取り巻いた。

「私に見せて下さい。貴方の正体を」

 老紳士が口元だけで微笑んだが、その眼は少しも笑ってなどいない。
 ――どうやら、戦うしかないようだ。

〜戦闘;朱い瞳の老紳士〜




     ***

「なるほど。ユベールが言うだけのことはあります。確かに貴方はお強い」

 老紳士は何でも無いように言った。
 今しがた戦ったばかりだというのに、彼には疲労の色などいささかも表れていない。

「……ですが、それだけでは理由になりませんな。もう少し、探らせてもらいましょうか」

 老紳士が〇〇の顔に、無造作に片手を伸ばす。
 反射的に〇〇は両手で己の顔をかばいつつ、後ろに飛び退る。同時に、彼の後方、地下広間の方から少年の声が上がった。



「バルタザールさん、こんなところで何をやっているんです?」

 ぴたり、と老紳士が動きを止め、声の方を振り返った。
 彼の視線の先に立っていたのは黒髪の少年――メルキオールだった。

「メルキオール。貴方にしてはお早いお目覚めですね」

 バルタザールは〇〇に伸ばしかけていた手を下ろし、少年の方に向き直った。

「バルタザールさんこそ、僕にも皆にも黙って一人で出掛けるなんて、珍しいですね」

「なに、大した用ではありません。一通り確認したら、すぐに戻りますよ」

 バルタザールは〇〇の方を振り返りもせず、そのままメルキオールと騎士達の方へと戻っていった。
 思わず、ほっと胸を撫で下ろしそうになる。

「それよりもメルキオール、ここは貴方には少々危険ですよ。ごらんなさい、彼らの禁も間もなく解ける」

 バルタザールは地下広間の床に散らばる聖堂騎士達を掌で示しながら言った。
 騎士の中の何名かは、恐る恐るといった様子で立ち上がり始めていた。

「わぁ、敵がいっぱいですね」

 メルキオールは彼らの存在に今気付いたかのように言った。
 騎士達の中には既に立ち上がり、剣を手にする者もいた。だが、誰も率先してバルタザールとメルキオールに戦いを挑もうとはしない。

「先にお帰りなさい。私もすぐに戻りますゆえ」

「はーい。では、ご無理はなさらずに」

 メルキオールはにっこり笑って、その姿を虚空の中に消した。
 バルタザールは再び彼を遠巻きにする騎士たちを見回して言う。

「さて。寝た子が起きてしまったので手早く済ませたいところですが……。誰か私の話を聞いてはもらえませんかね」

     ***

 騎士達の中から一歩前に出たのは、赤みがかった髪を短く刈りこんだ一人の男だった。

「メルキオールにバルタザール……。やはりお前が、マリー・ネックベットの報告にあった介入者、ということか」

 赤毛の騎士が老紳士を見て言う。

「聞いていた程の化け物ではなさそうだな」

(――え?)

 彼の言葉に、〇〇は思わず耳を疑った。この男は何を言っている? 彼には目の前の老紳士の異常性が感じ取れないのか?
 老紳士は赤毛の騎士を見て薄く微笑んだ。

「ご期待に沿えずに申し訳ない。もっとも、私は平和的な解決を望んでいるのですがね」

「先程見せてもらった足止めや炎の術式程度では、無理な相談だな」

 男が言って、〇〇は愕然とした。
 先程の戦いの中でこの老紳士がどれほど力を抑えていたのかも、彼には理解できなかったのか。

「勇ましいことですな。でも私はね……やろうと思えば、今この場にいる全員を殺すことも可能なのですよ」

「ほう。それならやってみたらどうだ」

「なかなか、面倒な方ですね」

 バルタザールは目を細めて彼を見る。騎士は剣を抜いた。

「もはや手の内は見えた。全員で掛かればワケは無い。今すぐこの男を――」

 言い終える前に、バルタザールが言葉を挟んでいた。

「モリス・コーニングス。息を禁ずる」

 途端に、赤毛の男――モリスの言葉が途切れた。
 モリスは最初、不思議そうな顔でぱくぱくと口を開けたり閉じたりを繰り返していたが、やがて慌てふためいて剣を取り落とし、両手を喉や胸に当てて苦しみ始めた。

「どうしたのです、モリス!」

 シャルエーゼが彼の許に駆け寄った。
 モリスは床に膝をつき、大きく口を開けたまま喉に手を当て、何とか息をしようとしているように見えた。

「まさか、呼吸まで……?」

 シャルエーゼが彼の隣に膝をついたまま、顔を上げて老紳士を見る。

「お察しの通り、私が彼の呼吸を禁じました。先程の私の言葉は、そのままの意味で受け取って頂ければ結構だったのです」

 バルタザールは何でも無いように言った。

「忠告しておきますと、私は“足”や“息”などには留まらず、“生きること”それ自体を禁ずることも可能です。それが何を意味するのか、もちろんお判りでしょうな?」

 老紳士はこつこつと靴音を響かせながら、倒れたモリスとシャルエーゼの前を歩いた。
 鎧の触れ合う金属音と共に周囲の騎士達が一斉に壁際に退き、輪が大きく広がった。
「加えて言うならば、“禁”など使わずとも、この場の全員を地殻ごと融解させるだけの熱量を生み出すことも、また可能です。ですが――そんなことに意味は無い。命はね、もっと有用に使うべきなのですよ」

 老紳士は歩きながら、ゆっくりと話し始めた。
 そうして老紳士が話す間も、モリスは激しい苦悶の表情を浮かべていた。だが、彼の口からはうめき声ひとつ漏れてはこない。
 モリスは半ば錯乱状態になりつつ、何かを訴えるように老紳士を見上げた。しかし、老紳士は既に彼を見てはいなかった。
「食物連鎖というものはご存知でしょう? どんな生物も、生き長らえるためには他の命を必要とします。上位の者が下位の者を取り込む。その上位の者もまた、更に上位の者によって大量に取り込まれる。連鎖のヒエラルキーをひとつ上るたび、凝縮される命の総量は飛躍的に増えるのです。毒も薬も、全ての濃度が飛躍的に上がってゆく。良きにつけ悪しきにつけ、命というものが行い続ける途方も無い規模の凝集――これを“生体濃縮”と呼びます」

 老紳士はモリスのことなど一瞥すらせず、ことさら時間をかけて話を続けた。

「人間は、連鎖のピラミッドのほぼ頂点付近に位置しています。その命の濃度たるや、貴方達の想像を遥かに絶するものですよ。貴方達は今までに摂った食事の回数など、もちろん覚えてはいないでしょう。ですが、たった一度の食事の中の、たった一切れの肉片でさえ、元をたどればとてつもない数の命の結晶なのです。そうして濃縮してきた命の総数がどれほどになるのか、考えただけでも恐ろしくなるではありませんか」

 モリスは恐ろしい形相で目を見開き、激しく全身を痙攣させていた。その唇は既に青紫に変色している。
 老紳士は更に続けた。

「そんな高濃度の命を何の意味もなく土に還すなど、とんでもない。もし貴方達が命を投げ出したいと考えているのなら、連鎖の一つ上の存在――すなわちアウターズにでもその身をくれてやれば良いでしょう。命の使い道としては、その方が幾分マシというものです。決して無為に捨てて良いものではない。そう――命はもっと、有用に使わねば」

 老紳士は立ち止まり、モリスを無視してシャルエーゼに微笑みかけた。彼女は老紳士を見上げて言った。

「……貴方の要求は、何なのです」

「お嬢さんは話の分かる方のようだ」

 バルタザールが満足そうに頷いた。

「私はね、ある霊子誘導器を扱える人間を捜しに、ここへ来たのです」

「霊子誘導器……ですか?」

 シャルエーゼはもの問いたげな表情を浮かべる。

「そう。現存する世界最大の霊子誘導器、それは“ラダナン・カダラン”と呼ばれています。丁度この町の真下にも、一部が通っているでしょう? 現在の管理体制がどうなっているのか興味はありませんが、私はそれの同調操作を行える者を探しています」

「それなら、私がそうです!」

 シャルエーゼは片手を胸に当てて己を示した。ほう、とバルタザールは感心したように言う。

「まだお若いのに、素晴らしいことです。貴女一人でも可能なのですか?」

 答えようとして、シャルエーゼは言葉を一旦飲み込んだ。そして、すぐに言い直す。

「――いいえ」

 彼女は既に動かなくなっているモリスを示した。

「モリスの助力が無ければ操作は不可能です。ですから、貴方は彼を助けなければなりません」

 バルタザールは破顔して頷いた。

「賢いお嬢さんですね。嘘はつき慣れていないご様子ですが、まあ良いでしょう」

 バルタザールは指を鳴らした。

「禁は解きました」

 シャルエーゼが仰向けになったモリスを見る。だが、既に意識を失っているモリスは、自発呼吸を起こすこともなかった。

 シャルエーゼはもどかしそうに自分の篭手を外し、ぐったりとしたモリスの重い体を抱えるようにして、彼の胸当てを外し始める。それを遠巻きに見守る騎士達を、彼女は涙ぐんだ目で振り返った。「何故、誰も手伝おうとしないのです!」

 だがその声の後でさえ、モリスの許に駆けつけたのは〇〇一人だった。

「誰しも、自分の命は惜しいものです。目の前に自分を殺せる者がいれば、二の足を踏むのが正常というものでしょう」

 シャルエーゼは老紳士を見上げ、唇を噛んだ。バルタザールは冷たい目で微笑を返す。

「さて、もはや私の用は済みました。後は貴女が私と共に来て頂ければ、それで終わりです」

「……私の前任者は、制御のミスから重大な事故を引き起こしたと聞いています。ラダナン・カダランは、危険です」

「例えば、一夜で村人全員が霊子のスープに変わってしまう――とか?」

「……お答えできません」

 シャルエーゼは目を逸らした。バルタザールは口元を緩める。

「ご心配なく。私はそのような用途に使いたいわけではありませんよ。複雑な霊子誘導も要求しません。近い将来、無人の荒野を一度だけ“観測”して頂ければ、それで結構です。それによる人的被害など、絶対にありえないことをお約束しましょう」

「……信じても、よろしいのですね」

「無論」

 その言葉を最後に、老紳士はシャルエーゼと共に姿を消した。
 ここに至ってようやく、騎士達はモリスを救うべく動きだす。それを責める者など、ここにはもう居るはずも無かった。

   ─End of Scene─






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