TOP[0]>攻略ルート選択 >リザルトTOP

帰還、合間の空白[2]


 〇〇がそう言うと、ツヴァイは思案するように両目を閉じて、暫しの間。僅かに首を振る。

「幾つか仮説はありますけど、どれも御話しできる段階のものではありませんわね。それらと比べれば、まだサニファの解釈の方が納得できるくらいですから」

 要するに、異常であるのは判るがその理由まではまだ判らない──そういう事だろうか。
 と言いかけて、こちらを見るツヴァイの笑みに不機嫌の色が濃くなっている事に気づき、〇〇は口を噤む。これでは、彼女が無能だと責めているようなものだ。
 だが、その態度だけで〇〇がどういう発言をしようとし、そして飲み込んだのか察したのだろう。娘は笑みの表情のまま、じっとりとした視線で〇〇を暫く睨み──溜めた険の気を抜くように、深く息を吐く。

「……私自身、自分の劣等さに嫌気が差しているところです。今回の〇〇さんの話もそうですが、“落丁”に関しての事も、“ジルガ・ジルガ”に関しての事も。もう少し、己は優秀であると自惚れていたのですが。これでは箱舟の管理代行を任じてくださった主に申し訳が立ちません──って、あ」

 と、そこで余程ショックな事に思い至ったのか、ツヴァイの笑みがびしりと固まった。

「もしこの事で、ディーちゃんに幻滅されたらどうしよう……。『姉さんって、意外と能無しだったんですね』とか、『この程度の事を解決できないなんて、姉さんは欠陥品です』とか言われちゃったり? ……うわ、これ立ち直れない……っ」

 今まで見たことも無い程にツヴァイが狼狽していた。口元を派手に引きつらせた笑顔を浮かべて何事かを小声で呟きながら、がくがくと身体を震わせる。
 そんな彼女の姿を最初は物珍しく眺めていた〇〇だったが、段々哀れになってきた。
 これは励ましの言葉の一つでも掛けた方が良いだろうか、とそんな事を思った時。伏せ気味だったツヴァイの顔ががばっと跳ね上がった。
 驚いて仰け反る〇〇に対し、彼女はずずいと詰め寄ると、

「ですのでっ! 主はともかく、ディーちゃんが帰ってくる前には諸所丸々問題事を解決しておかなければならないんです! 〇〇さん、こうなったら貴方も全力で協力してくださいね! 拒否は許しませんからっ!!」

「…………」

 何が「ですので」なのかさっぱり不明だったが──取り敢えず、励ましは不要のようだった。

 長い螺旋階段を降り切って、〇〇とツヴァイは城のエントランスに辿り着いた。
 何気なく辺りを見回した〇〇は、視界の隅に“円環の広間”へと続く昇降台の姿を認め、その時、ふと疑問が湧く。

 ──もう、いつでも“ジルガ・ジルガ”に入る事が出来るようになったのだろうか。

「そうです、ね」

 〇〇の呟きに、ツヴァイは僅かに迷うように口を動かしてから、こくりと頷いた。

「前回の記名で、取り敢えず〇〇さんという異物を群書世界に紛れ込ませ、錯覚させる事には成功しましたから、これからの“ジルガ・ジルガ”への記名は“ラストキャンパス”や“サヴァンの庭”の時と同様、簡単に行えるようになった筈です。本を管理している准将の方で円滑に記名を行うための前準備が必要ですので、今すぐという訳には行きませんけれど、それが終わればいつでも記名できると思います」

 ただ。

「……少し、不安はあるのですよね。〇〇さんの場合、エンダーさん達と違って初記名時に不具合──顕現座標のズレや、欠損時間の発生等がありましたから」

 彼女の発言の後半部には聞き覚えがあった。
 確か、箱舟に戻る直前でのサニファとの会話だ。記名開始から群書世界顕現までの間に欠損時間が生じて云々。具体的な説明はツヴァイから聞けという風な事を言っていたが。

「簡単に言えば、記名処理を開始してから群書世界に完全に存在を確定させるまでに遅延が生じて、実時間と記名者の体感時間に差が出る事です。今回の件では大体10時間ほど遅延したようですね。だから、〇〇さんが“ジルガ・ジルガ”で活動を開始した時点で、既に箱舟上ではそれだけ時間が経過していた、という事になります」

 つまり、〇〇が林で目を覚ましてクロエ達と出会ってから約二時間後にエンダー達も記名を行い、そして彼らは〇〇と違って問題なく“楔”のある地点に顕現。そのまま箱舟に帰還したのだ。
 エンダー達の記名は問題なく、〇〇の記名は不具合。この差は──恐らく、順番に因るものだろう。〇〇の記名処理を行った際に得た情報を、次の記名処理に反映し、その精度を上げたのだ。

「記名自体は安定して出来るようになっている筈です。けれど、初回の記名時に発生した不具合が、二回目以降の記名に何らかの影響を及ぼす可能性も考えられなくはない。大丈夫だとは思いますが……一応、何か起きたときに慌てない程度の心構えはしておいてください」

 ふむ、と頷く〇〇。丁度そこで何気なく会話が途切れた。
 生まれた小さな沈黙の中、まだ他に聞いておくべき事はあっただろうかと〇〇は首を捻って──ああ、と別の話を思い出す。
 ツヴァイからお願いされていた“落丁”の調査について、だ。
 結局、具体的にはどう動けばいいのか。その話を一切していない。
 ツヴァイにその件について話を向けると、黒衣の少女は笑顔のまま顔を顰《しか》めて難しい表情を作る。器用なものだ。

「それについてなのですけれど、元々何か当てがあって、という話ではありませんから、方針を定めるのも難しいのですよね……」

 そういえば、以前にもツヴァイは言っていたか。
 今はまだ、情報収集の段階だ、と。

「ええ。ですから一先ず“落丁”云々という話は深く考えずに、“ジルガ・ジルガ”という群書世界についての見識を深めてみてください。その上で、何か違和感。そんなものを感じたなら、教えていただければ。一応、私の方からも〇〇さんの挿入栞に意識を割いて、時期を見て〇〇さんが得た情報を確認しておきますので。あと、サニファを顕現させる付加式も“ジルガ・ジルガ”に合わせた形で乗せたままにしておきます」

 〇〇は、む、と身構える。
 あの竜の着ぐるみは居ればそれなりに便利ではあるが、兎角煩いのだ。“ジルガ・ジルガ”に入る度に毎回出現されると、少しばかり困ってしまう。
 そんな〇〇の率直な発言を聞いて、ツヴァイは吹き出すように暫く笑い、

「〇〇さんが必要だと感じた時と、後は緊急時にのみ顕現するようにしておきますから、そう気にされなくても大丈夫です。後は……あ、そうでした」

 ぽん、と何かを思い出したように、ツヴァイは両の掌を合わせる。

「これはエンダーさん達には話して、まだ〇〇さんには話していませんでした。ええと、先刻お返しした栞に少し意識を向けていただけますか。所持品に関わる話なのですけど」

 言われて、〇〇は栞を取り出すと己の所有物に対して意識を向ける。

 書の世界でのみ形を成す幾多の物達。〇〇の財産といえるそれに、一つ、知らないものが混じっていた。
 それは蝋で綴じた筒状の紙。何故こんなものが、と〇〇は首を傾げ、そして答えを知っているのだろうツヴァイを見る。

「それは“ジルガ・ジルガ”に存在する“宿木《ヴィスクム》”と呼ばれる組織に加入するための紹介状です。今回は特別に、私の方でその品を〇〇さんの栞に“関連付け”させていただきました」

 ──宿、木?

 唐突に出てきた単語に、〇〇は首を捻った。
 対して、ツヴァイはどう説明したものかと僅かに口ごもり、

「私も詳しくは知りませんが、どうも“ジルガ・ジルガ”の……ええと、七王国と呼ばれる地域に於ける、冒険者ギルド……のような組織らしいです。“迷い人”はこの宿木に所属していれば、七王国内でかなり自由に動けるようになると聞きました」

 聞きました……って、一体誰から。

「──“ジルガ・ジルガ”が今のように閉じてしまう少し前に、そこで活動していた“迷い人”の方が、望んでもいないのにあれこれと御話をして下さった事がありまして。その紹介状も、その方が話ついでに残していった品を複写したものです。古い話でしたので、今となってはもうそんな組織は存在しないかと思っていましたが、昨日群書世界の情報を得た際にはどうやらまだ残っていたようでしたので、一応用意してみました」

 一体どれだけ昔の話なのか。
 その調子では、もし件の組織が存在していたとしても、紹介状とやらが役に立つのかどうか非常に怪しい。
 そんな〇〇の懸念を、ツヴァイは否定もせずに苦笑で頷く。

「……その辺りは保証できませんね。〇〇さんの仰る通り、紹介状も全く無駄になる可能性は高いです。けれど、無いよりはあった方が望みがあるという事で。その方の話を信じるなら、七王国内の街には“マイグラトリーレア”と呼ばれる宿木の施設が必ずあるそうですので、まずその施設を探してみてはどうでしょうか? まぁ、これも本当にあるのかは全く確証がないのですけど」

 そもそも、七王国という地域が何処に当たるかも判らないのだが。
 その疑問に対し、ツヴァイは埋もれた記憶を掘り起こすように、己の拳でこめかみをくりくりと弄って、

「確か……〇〇さんが箱舟に戻る時に立ち寄った街は、恐らくその地域に該当すると思います。あの“楔”は今話した方が良く使用されていたものですので。あと、エンダーさん達にもこの紹介状を渡してありますので、もし“ジルガ・ジルガ”内で偶然出会うことがあれば、一緒に探してみるのが良いと思います。“ジルガ・ジルガ”記名時の顕現座標は念のため固定化してありますから、彼らと出会う可能性も高いのではないかと」

 栞を懐に仕舞いながら、〇〇はふむと小さく一息。

 ──取り敢えず、今度“ジルガ・ジルガ”へ記名する事があれば、まずこの件を優先して動くとしよう。

─End of Scene─

------------
白と緑の城へ移動






画像、データ等の著作権は、 Copyright(C)2008 SQUARE ENIX CO., LTD./(C)DeNA に帰属します。 当サイトにおける画像、データ、文章等の無断転載、および再利用は禁止です。