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奇縁、鋼の遭遇III[正ルート1]





「──ん。〇〇様、空白エリアから出たッス! ここから暫くは、またルートのサポート可能ッスよ!」

 〇〇が指示した道を進み、暫く。〇〇の肩上に留まっていたサニファが、そう騒ぎながらもこもこした手で耳を触れる。こそばゆい。

(取り敢えずは……)

 先刻選んだ道は間違いではなかったようだ。正解かどうかまでは判らないが、少なくとも、間違いではなかった。

 〇〇は安堵の吐息をつきながら、サニファの言葉を意訳してセサル達に伝える。青年は軽く頷き、

「判った。クロエ、速度を戻してくれ」

「了解。ちょっと揺れるから、気をつけてね」

 答えるクロエの言葉後半は、隣にいる〇〇に向けられたものだ。
 〇〇は頷いて、揺れに備えるべく少し身体を屈ませて、姿勢を安定させる。

「あと、〇〇。この場所から九時方向へ抜けるのは問題ないか?」

 そんなセサルの問いに〇〇がサニファを見ると、竜の着ぐるみは両のこめかみをぐりぐりと手でこねながら暫く黙り、

「ん、ええと……大丈夫ッスね。ただ、そっちに進むと後々山側の方に迂回しないとダメになるんで、合わさって傘みたいになってる二本樹が見えたら、北東──この向きだと、三時ッスかね。そちらへ方向転換するようにって」

 サニファの指示を中継している間に、軽く震動。風防ごしに見える景色が速度を増していく。
 話によると、まだ道中は半ばにも達していないらしい。そして、その合間にはサニファの言う“空白エリア”、つまり彼女が地形情報を保有していない地域がまだ何箇所かあるという。
 出来れば、この先何事も無く進んで欲しい。
 前方を見据えながらそう願う〇〇であったが。

 ──こういう願いは、大抵の場合叶えられないものである。

「ん。何か……」

 突然、〇〇の肩上に座っていた竜の着ぐるみが、頭を押さえて何事かを呟く。
 どうしたのかと〇〇が顔を寄せると、サニファは今ひとつ自信の無い表情で、

「進行方向に……動物の群れ、だと思うんスけど、そんな気配が幾つかあって」

 動物の群れ程度なら、別段気にする必要はないのではないか。何せこちらは、巨大な鋼の塊に乗っている身だ。少々の動物程度ならびくともしない筈だ。

「そうなんッスけど、ていうか、こんなでっかいのの気配を感じたら大抵の獣は逃げ出すと思うんスけど、どうもその群れ、こちらに向かってきているような……。〇〇様、ちょっとセサル様達に伝えてもらえないッスか?」

 引っかかるのか、サニファはそんな事を言ってくる。
 とはいえ、今の〇〇の立場は“この辺りの地理に明るい道案内”である。視界の外にいる動物達の様子など、一体どう話せばいいのだろう。
 などと〇〇が迷っている内に、戯馬が持つ周辺感知機能がその群れの様子を捉えたのか。後部座席のセサルが硝子板から顔を上げる。

「クロエ、前方に動生物多数確認。大きく分けて四集団で、結構広がってる」

「生き物? まさか、“禁種”? 中位種以上の群れとかじゃないよね?」

「いや、大きさもそれほどじゃないし、強度の陰性因子を確認できない。“忌種”だな」

「なーんだ」

 セサルがそう言った途端、クロエの身体から緊張の気配が霧散した。

「なら、正面から突っ込んで蹴散らす? この子なら、忌種の大きさ次第でラム無しでも行けると思うけど」

「待て待て、何で君はそうやんちゃなんだよ」

「何よっ。セサル、まさか忌種程度を避けろっての? それこそ時間の──」

「次、右手側に坂が見える筈だ。そちらを伝って上へ登れ。先が崖になってるから、それで群れ一つを飛び越える。これで一戦は飛ばせる。地形図送るよ」

 クロエは操縦を続けながら、自分の座席に取り付けられた硝子板の像に視線を落とし、むむむと眉を寄せる。〇〇も覗き込んでみたが、表示された文字や記号に独特の表現が多く、更には引かれた線も意味を読み取り辛いものだらけで、今ひとつ内容が掴めない。

「右ーっ? ……んー、でもこれ、着地で奥の集団に引っかかんない?」

「直進したら二連戦だ。なら、一戦で済むこちらのルートの方が良いだろう。跳躍時の機体制御と、メインラムの準備はこちらでやっておく。──そろそろ右」

 セサルの声に合わせて、クロエが身を乗り出すようにして体重を掛けて、握り締めた横棒をシートごと右へと傾ける。その動きに合わせて機体も傾き、視界が左に流れていく。

「思いっきり跳んでいいよね、これ」

「構わない。踏み切り点まで障害物も殆ど無い、主動力70%分そちらに回すから、好きに使え」

 同時に、どん、と機体が前へと弾けた。
 〇〇はその衝撃によろけかけて、慌てて近くの手頃な突起に掴まり、体勢を立て直す。

「……うわ。速いッスね」

 肩上からの少し驚きの混じったサニファの声に、〇〇は無言で頷く。
 前方の風防から見える景色は、今までとは比べ物にならない程の速度で流れていた。馬の駈足どころの話ではない。機体後部から独特の高音を発しながら、襲歩の二倍はあろうかという速さで地を走り、傾斜を駆け上がっていく。

 そして、瞬く間にやってくる地面の終端。
 巨大な鋼は勢いのまま空に飛び出し、長く長く滞空した後、その高さと速度からは考えられない程の柔らかな着地を見せた。

「接地確認。主三法則制御機構、過負荷の為一時的に凍結。──で、予定通りに群れの中、か」

 風防の向こうには、突然空から降ってきた巨大な物体に対しても恐れを見せる事なく、取り囲み、歯を剥く獣達の姿があった。
 その姿形は、〇〇の知識にある動物に似通ってはいるが、その大きさと、そして何処か狂気すら感じさせる凶暴な気配は、今まで見たことも無いものだ。もし、一人であの群れに囲まれていたなら、どれ程の恐怖を感じるだろうか。
 だが、今自分は戯馬の中にいる。この場は、鋼の巨体に全てを任せてしまえばいいのだ。

「戯馬戦闘状態に移行完了。操縦権、メインラム所有権戻す。外法制の上側は僕が防御用に使うから、その関係の所有権はこちらが貰うよ」

「了解……よし、反応来た。──それじゃ、行きますっ!!」

     ***

忌なる者達が現れた!



─See you Next phase─






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