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奇縁、鋼の遭遇I


 風防越しの視界、正面から大樹が迫る。
 術法と機工。二つの技術の結晶である、 地を高速で疾駆する鋼鉄の巨体、戯馬《キャバリーホース》。 その操者席に収まっていた少女は、疲労、高揚、緊張、恐怖、 幾つもの色が混じり合った瞳で前方を凝視する。
 距離は間近だ。到達まで二秒と無い。この相対速度で大樹にぶち当たれば、いくら戯馬といえどタダでは済まない。
 内腿に力を入れて、擦る様にしてシート脇の並列スイッチを変更。両の足板が司る操作系を、三法則制御機構用に切り替える。
 速度は極力落とさないようにしなければならない。左一番スロットルを固定したまま、二番の上レバーに指を伸ばして排力の微調整をしつつ、右足に意識を集中する。回避の為にイメージした軌道は、まるで曲芸じみたもの。

 ──果たして、出来るだろうか?

「右前足、少し後ろに重心」

 一瞬の迷いを見越したように、背後から静かな声が届く。
 その言葉に背を押されて少女の身体が小さく揺れ、そして一拍の間。
 彼女は左側の足板を荒々しく蹴りつけると同時、右の足を踊るように動かした。

「────」

 操主が行った大胆かつ繊細な操作に対し、機体外側に取り付けられた術法印群は健気に応え、機体を支配する運動法則に干渉する。
 結果、彼女ともう一人を乗せた全長数メートルはある鋼の巨体が、まるで薄紙のような身軽さで側転した。
 横倒しとなった瞬間、計ったかのようなタイミングで大樹とすれ違った戯馬は、そのまま一回転して何事も無かったかのように着地。加速を再開する。

「っ、ふ、はぁ、っ」

 ──切り抜けた。

 詰めていた息を吐き出し、少女は荒く肩を上下させる。
 久方ぶりの安堵。長い金髪がぐっしょりと汗で湿っているのを感じた。
 そこへ、

「クロエ。10秒以内に進路を20度左へ。右へ避けると三手先で詰みだ」

「嘘!?」

 後部座席からの淡々とした指示にびくんと飛び上がった。

「さっき、右で大丈夫って──」

「それはさっきの話。短期地形図、一応そちらに適時転送してる筈だけど」

「ええーっ!」

 クロエと呼ばれた少女は、慌てて前方風防から視線を外し、主操舵柄の中央部を見る。

「って、うわ。確かに映ってるけ、ど」

 そこには機体に関するあらゆる情報を表示するための硝子板が設置されており、真中には荒い線で描かれた地形図が浮かび上がっていた。
 表示された地形図は範囲こそ狭いものの、戯馬の前進に合わせて逐次再描写が行われて、精度は粗いながらも最新の情報が提供されているようだ。

 が、

「でも、こんなの見てる暇無かったしっ! ちょっとセサル、聞いてるっ!?」

 発した言葉の勢いのまま、彼女は後部座席の同乗者に歯を剥く。
 跨る形状の操者席とは違い、後部席は拘束性の高い準固定式のシートだ。その座席を囲うように配置された三面硝子板の隙間から、黒髪眼鏡の青年の姿が僅かに見えた。じっと手元の操作盤で何かの作業を行っていたらしい彼は、名前を呼ばれて煩わしげに視線を上げ、

「後ろを向いてる暇も無いだろ。ほら、来るよ」

 冷静な指摘に我に返る。そうだ、後ろを向いている場合じゃない。
 クロエが慌てて前に向き直ると、もう次の障害物は目前にあった。

「ひーっ!?」

 悲鳴じみた声を上げながら、がんがんがん、と叩き込むようにギアレバーを切り替える。主動力炉である四基直列式術法結晶の転換比率が変更されるのを確認してから、更に自身の体重を使って主操舵柄を切る。
 機体の尻が流れ始める微細な動きを跨ったシートから感じ、すぐさま右足板を操作して法則制御。姿勢を強引に立て直せば、進行方向は僅かに左へ。風防の正面から右後方へと、接触するかしないか、ギリギリの隙間を残して樹木の影が流れていく。 どっと冷や汗が出る。何よりたまらないのは、こんな綱渡りをさっきからもうどれだけ続けているのか判らない事だ。

「もうやだー! 誰よこっち通ろうって言ったのー!」

「誰も言ってないよ」

 思わず出た愚痴に、背後から冷静な指摘が返ってくる。

「じゃあ何で私こんなとこ走ってんのーっ!?」

「君のせいだ、君の。トップがルート短縮のためにこの林に入ったらしいと伝えたら、僕が進行路計画を立てる前に無言で舵を切ったの君だろ」

「うっそだぁー!? セサル、あなた絶対嘘いってるー」

「まぁ、君が決断しなければ、僕が騙してこちらのルートに誘導したのは確かだけど。何せ、あのままでは勝てないからね。僕が君に頼まれたのは“勝つための手伝い”だから」

「……む、ぐ」

 それを言われると反論できない。






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