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語る彼女の言葉

 取り敢えず、掻い摘んで説明を頼む。
 〇〇がそう呟くと、少女は笑みのまま小さく頷いた。

「判りました。では、歩きながら話しましょうか 。貴方の身体の慣らしも兼ねて」

 黒ドレスの少女は小机の上に置かれていた灯りを 手に取った。
 底の浅い小さな陶器の中には、赤く輝く炎が浮 かんでいる。よく見れば器には透明な液体が満 たされており、彼女が手に取る動きによって生ま れた波紋に合わせ、炎はちらちらと瞬く。
 炎は薄暗い部屋に赤い軌跡を描きつつ進んで、 部屋の扉の前で止まった。扉を開いた少女が振り 返り、視線が〇〇を促す。
 別段、否という理由も無い。〇〇は寝台から身 を起こすと、彼女に続いて部屋の外へと出た。

「……とはいえ、あまり短い話にはならないと思 いますけど。それと、あと一つ」

 彼女は下唇に添えるように一本、指を立ててみせて。

「私が言う事が──いえ、私の言う事も、真実 である。そう信じて聞いてくださいな。貴方が 持つ常識次第ですけど、その尺度によっては到 底信じられない事を、私は今から御話しします ので」


     ***

 遥か昔。世界に一つの滅びが訪れたのだという。
 この世界の人々の生活を維持していた“雫”と呼ばれ る力の枯渇。それに繋がって起きた全ての大陸の沈没。
“大崩壊”と呼ばれるその滅びから逃れる ために、当時の人々は様々な策を練った。 その中で、現存する数少ない一つが今〇〇 が居るこの場所、“箱舟”なのだと。

 箱舟は、大崩壊によって生きる場所を 失う人々のために、新たなる世界──特 殊な製法でもって創り出す“本”の内で 構築された無数の世界を提供した。当時 はまだ技術も甘く、一度その本の世界へ と飛び込めば二度とその外へ、つまり自 分達が暮らしていた世界へと戻れぬもの であったが、それでもと望む者に、箱舟 はその扉を開放した。
 その数は、千か、万か、億か。詳しい数は はっきりとは残っていない。
 しかし、何十、何百と年を重ねた今では 、始まりの人数など些細な話だ。人々の新 たなる地として編み上げられたその書は、 全く現実と等しい世界を内側に創り上げ、 その中で無数の人々を育てた。始まりの人 々は本の外の世界を覚えていても、彼らの 子供達にはその記憶など無い。彼らにとっ ては今居る世界が全てであり、その外など ありもしない。
 そうして時を経るごとに本の中に外の 世界を知る者は居なくなり、そして人々 の間でその記憶が途絶えたとき、本の世 界は真実、彼らにとっての唯一の、現実 の世界となった。

 しかし、そうして本の中で暮らす人々の 間から忘れ去られようとも。外の世界は、 確かに存在する。
 幾多の人々を包む世界の器たる書物。そ れを収める場所である箱舟と、そして見 守り、外的要因による劣化、不具合。そ れらから本を守る者。

「それが私です。主より、この“救いの 箱舟”エルアークの管理代行を任されし“人形 ”──名を、マウローゼ・ツヴァイと申します」

 黒いドレスを楚々と揺らして進む彼女に 従い、夜の廊下を歩く。壁に並ぶ小窓か らは星の光が幾筋も射して、廊下に立ち 込める闇を払っていた。窓の向こうに見 える夜の空は、遥か遠方が白く焼けて、 その色が朝の訪れが近いことを報せてく れる。

「この船の成り立ちについてはこんな 所でしょうか。……どうです? ご理解 いただけました?」

 俄かに信じ難いが、彼女は前置きと してこう言っていた。

『私の言う事も真実である。そう信 じて聞いてください』

 と。
 ならば、ここであれこれと言った所で仕方が無い。
 そう告げた〇〇に、黒衣の少女──ツヴァイは微 笑みの中、両眼を僅かに細めてみせる。

「いい御返事ですね。その柔軟性は悪くはあり ませんよ」

 ただ、信じる事は信じるが。
 距離にして一歩。僅かに先を行く少女の 背中を、〇〇は何気なく見る。
 綺麗に伸びた背筋と、静かな歩み。
 纏う黒のドレスは廊下を包む暗闇よりも濃く。
 歩く度に柔らかな長い髪が揺れて、その縁は 手にした灯りによって薄い赤色に焼けている。
 その姿はどう見ても人間にしか見えない。

 しかし、彼女は先程こう言った。自分は“人形”だと。

「あら、もう前言撤回ですの?」

 ぐ、と言葉に詰まった〇〇を、ツヴァイは何やら至極 満足そうな目つきで眺めて。
 そして小首を傾げ、何処か誘うような表情と共に、

「私、ちゃんと人形ですよ? 証拠、お見せしましょうか?」

 ぽん。
 と、気の抜けた音が響いて、彼女の身体から突然 もくもくとした煙が弾けた。
 その煙が晴れた後には、黒のドレスで身を彩った 身長数十センチ程の人形が一つ。
 人形は〇〇を見上げて、ちょこちょこと両手 を動かしスカートの裾を摘みあげると、優雅に一礼。

「この通り。“人”ではありませんので。判りや すく説明するなら……そうですね。“魔法のお人 形”とでも考えてもらえると近いですね」

「…………」

 人形の身体からまたぽんと気の抜けた音と共に煙が上がる。
 その奥から姿を現したのは、先程まで自分が向かい合 っていた美しい黒衣の少女。姿形を変えるのは自由自在 であるらしい。

 何ともいえない表情で見下ろす〇〇を、ツヴァイは にこにこと酷く嬉しそうな笑みで見返してから、ま た歩き出す。
 常に笑顔であるため判り辛いが──どうも彼女は 、こちらが困ったり、言い淀んだりする様をみると 特に笑顔が輝いているように見える。そういう嗜好 《しこう》の人物なのだろうか。
 〇〇は溜息と共に足を速めて先行く彼女の隣に 並ぶと、もう一つの疑問を口にした。

 ──今ここに居る自分は、つまり彼女の手 によって、本が創り出した世界から外へと引 っ張り出された。

「そうなりますね」

 なら、どうして二度も?
 そう問うた〇〇に、ツヴァイは、笑顔のまま 僅かに表情を曇らせるという器用な真似をしてみせる。

「いえ。先刻は私の干渉によるものですけれど 、最初の──あの“木霊の庭園”での件は、私 の手によるものではありません。貴方は、“迷 い人”なんです」

 本が構築する世界に人が入り込む際、“記 名”──より正確には“本記名”と呼ばれる 技術によって存在を書の中へと直接書き記す のだが、基本的に一度これを行うと、もう本 の外へと出る事は叶わない。
 だが、時折このルールを破って本の外側へ──
つまり、箱舟側に出てきてしまう人間が存在する。
 迷い人と、ツヴァイを含む箱舟の住人達が名づけ た存在は、こういう者達を指すらしい。

「あの時は、大変だったんですから。貴方がこ ちら側へ現れた気配を感じて“杜人”と一緒 に向かったんですけど、貴方はいきなり逃げ出 すし、こちらの言葉が認識できないくらい存在 が不安定になっていたし。覚えてます? 貴方 、身体まで崩れかけていたんですよ?」

 ツヴァイは何故か笑顔を浮かべながら疲れを感 じさせる吐息一つ。そしてつんつんと右の手を指差す。
 その仕草で思い出した。鋼の巨人に捕らえ られる自分と、解《ほど》けていく右の掌。 思わずぞっとし、今は何の異常も無い右手を撫でる。

「取り敢えず貴方を捕まえて、応急手当 だけして。けれど、それだけじゃ全然追 いつかないくらい貴方の存在は欠けてい たから、“挿入栞”を使った“仮記名” の機能を利用して、何とか補ったんです 。貴方に大した説明もせずに、書の中に 入ってもらったのも、これが理由」

 存在が欠けていたとか、仮記名だとか 。今ひとつ理解の出来ない言葉だが、取 り敢えず彼女があれこれ尽力して自分を 助けてくれた、という事だけは理解でき た。〇〇が神妙に礼を言うと、いえいえ これも役目ですので、とくすぐる様な笑 い声と共に返される。
 そうこうしている間に廊下は終わり、辿り 着いたのは建物の──恐らくは中心部辺りだ ろうか。吹き抜けの構造になっており、建物 自体が十数階規模であるため、広がる光景は 中々に圧巻だ。
 ツヴァイが向かう先にあったのは、階下へ 続く大きな回り階段。一階、二階、三階と 。回り階段を伝って下へと降りていく。
 何処か目的地があって歩いているのだろ うか。ふと疑問に思い訊ねてみると、数段 先を歩くツヴァイの髪が左右に揺れた。

「いえ、一応この建物、“白と緑の城”の エントランスに向かってはいますが、別にそこに 用がある訳では。貴方の顕現状態や存在概 念に何か問題が無いか、少し動いていただ いて確認しているだけですので。〇〇さん 、身体におかしい所、違和感を覚えるよう な所はないですか?」

 言われて、〇〇は身体を探ってみた。
 おかしな所は無い。と、そこで身体以外の 部分に思い至り、訊いてみる。
 自分に名以外の記憶が無いのも、そのせいなのかと。

「……正直、それも仕方が無いかと思いま す。それだけ、最初に見た貴方は不安定で ──そして、本との“縁”が全く見当たら なかったから」

 ツヴァイがうんうんと頷きながら言うに は、縁とは、その存在がどれだけ本と繋 がっているのかを示すものであるらしい。
 迷い人とは元居た本から弾かれた存在であ り、その縁とやらが薄いのが普通らしいのだ が、それでも全く縁が視えない存在というの は異常である、と。

「まだ、そう、名前が判っているという だけでもマシですわね。きっと、〇〇とい う名前……自身を形作る根源を失ってい なかったから、貴方はあれだけ不安定な 状態でも、自分を保ってられたのだと思 います」

 で、自分がその“迷い人”とやらなのは判ったが。

「はい」

 では、自分はこれから、どうすれば良いのだろう。

 一体、何をすればいいのだろうか──。


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