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彼の希望、彼女の絶望 |
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リンコルンに辿り着く前に、町の方で何か異常な事態が起きていることが判った。 遠くから人の叫び声が聞こえる。何を言っているのかは聞き取れなかったが、どうもただならぬ気配だ。 嫌な予感が胸中をよぎる。〇〇は町に向かって走り出していた。 *** 商店や宿の並んだ大通りには、たくさんの人がいた。 彼らは皆一様に建物の戸口付近に集まり、通りの先の方を見つめて口々に何かを言っている。 『――ワンプが』 喧騒の中で、〇〇はその単語をはっきりと聞き取った。 記憶にある言葉だった。あれはそう……かつてレンツール側の国境検問所で、ハリエットと共に貴族の荷馬車を見ていた時のことだ。 積荷から出てきた九本足の奇怪な生物のことを、マノットはそう呼んでいた。 やがて、槍を手にした町の衛士が、遠くから叫びながら通りを走ってきた。 「現在町は大変危険な状態です! 建物の中に入って扉をしっかり閉めて下さい!」 その声が届くや、通りに出ていた人々は次々と家や店の中に駆け込んでいく。 衛士は尚も叫びながら、通りを進む。 「先程ベルエール通りにて、ワンプが目撃されました。大変危険です。安全のためしっかりと扉を閉め、決して外に出ないで下さい!」 ベルエール通り――その名前を頭に刻みつつ、〇〇は衛士の仕事を邪魔しないよう、脇の路地に後退した。 その途端、路地の奥から予想外の声が届く。 「うーむ。ウチの店がある通りですニャ」 突然の声に驚いて振り返ると、そこに立っていたのは一匹の猫妖精だった。 「お久しぶりですニャ〜。我輩ですニャ」 その黒猫は〇〇を見て、ほくほくと笑った。 お久しぶりと言われても顔が全く区別できないのだが、リンコルンにある黒猫商会の受付猫だろうか? 「いやですニャ〜。全然違いますニャ。“野良猫市場”の方ですニャ」 冗談きついですニャ〜、と猫妖精は〇〇の腕をぽんぽん叩いた。 (そう言えば、そんな店もあったかな……) 随分前に、ハリエットが指輪を探していた時に一度訪れたきりの店だった。 こちらからすると猫妖精の顔など全部同じにしか見えないのに、よく客の顔を覚えているものだ。 「今日はちょうど商品を仕入れに出ていたのですニャ。しかし、この分だと今は危険なのですかニャ〜」 猫妖精は布袋をひとつ取り出すと、ちゃりちゃりと振って見せた。 「まぁそれでも我輩、店が心配なのでこれから戻ろうと思いますニャ。……お客さんも、一緒に様子を見に行きますかニャ?」 相棒としては非常に頼りないが、ベルエール通りについては気になるところだ。 〇〇は猫妖精と共に、ワンプが出たという現場を訪れてみることにした。 *** ベルエール通りからは、人通りが絶えていた。 遠くから衛士の声が微かに響いてくる以外には、風の吹き抜ける音しかしない。 通りに面した商店は殆ど例外なく窓と扉を閉め切っており、まるで町自体が見捨てられたような不安な印象を受けた。 「何もいませんニャ〜」 後ろをついてくる猫妖精が言う。人がいないだけでなく、問題のワンプの姿もここまで見当たらなかった。 結局、〇〇達はそのまま何の苦もなく野良猫市場の店先に到着してしまった。 この猫とはここでお別れか。そう思った時、猫妖精は驚いたような表情で奇声を発した。 「ニャニャッ!」 猫妖精が勢いよくベルエール通りの先を指す。釣られて〇〇はそちらに目を転じた。 野良猫市場の隣には黒猫商会があり、その向こうは十字路になっている。更にそのずっと先には、町を守る衛士達の詰め所があった。 猫妖精はその詰め所の方を何度も手で示して、興奮した様子で声を上げた。 「いますニャ!! 本当に何かいましたニャ!」 詰め所の敷地のうち、通りに面した部分は広場になっており、丸太など訓練用の道具が据え付けられていた。 日中には打ち合いをする衛士の姿が見られることも多いが、今は広場に人の姿は無い。 その代わりに、緑色をした一匹の異形の生物が蠢《うごめ》いているのが見えた。 (……いた) 卵形の胴に九本の脚、蜘蛛に似た姿だが、首は長く、その頭はトカゲのよう。――ワンプだった。 ワンプはきょろきょろと周囲を見回すと、九本の脚を動かしながら、広場を建物の入口に向かってゆっくりと歩きだした。 詰め所の建物は扉が開け放たれているようだったが、角度的に中がどうなっているのかまでは見えない。 〇〇はワンプを刺激しないよう注意しながら、周囲にも気を配りつつ大通りを進んでいく。 ワンプはその間ものろのろと歩き続け、やがて建物の入口に半身を突っ込んで、それ以上進まなくなった。 (……なぜそこで止まる?) ワンプはその場でもぞもぞと身体を動かしているようだった。 〇〇の位置からはまだ、詰め所の中がどうなっているのかは見えない。ぴちゃり、と湿った音が聞こえたような気がした。 「……血の臭いが凄いですニャ」 突然、〇〇の後ろで猫妖精が言った。なぜこの猫はわざわざ一緒に来ているのか。 〇〇は猫妖精から視線を外し、大通りから更にワンプの方へと歩み寄った。 まだ充分に間合いは遠い。ワンプが頭を突っ込んでいる建物の中も、依然として死角になっていた。 更に一歩。 そこで、ワンプの動きがぴたりと止まった。 ワンプは下ろしていた首をゆっくりともたげ、こちらを振り返る。 その口の端からは、細く引き伸ばされたピンク色の何かが、何本も垂れ下がっていた。 (ああ――) そうか。食事中だったから。 ワンプは食事を邪魔されることを悟ったのか、機敏な動作で建物の前から広場へと跳ね出てくる。 「君! そこは危ない!」 突然の声と共に、大通りの方から衛士が槍を携えて駆けて来た。 危ないのはあんたの方だ。〇〇も武器を構え、ワンプに向かい立った。 ワンプは含み笑いに似た奇妙な音を口から漏らしながら、広場を走ってくる。 異形の生物――外なるもの。今ここで、始末するべきだろう。 町に降り立つモノ 〜戦闘〜 *** 「お見事ですニャ〜」 〇〇がワンプを片付けたと見るや、猫妖精は広場の隅からぽむぽむと拍手を送ってきた。 ふと、周囲が薄暗くなっていることに気付いて、〇〇は空を仰ぐ。 つい先程まで晴れていたはずの空は厚く重い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな気配を見せていた。 とりあえず、目の前のワンプは始末した。雨にならない内に猫妖精を送り届けて、今日のところは休むとするか――。 そう思って歩き出した〇〇の背に向けて、先程の衛士が息も絶え絶えになりつつ警告を発する。 「はぁ、はぁ……ええと、ここ、は……まだ、危険でして――きゅっ」 (きゅ?) 〇〇が振り返るより先に、がしゃんと金属質の音が広場に響いた。 仰向けに倒れた衛士の下から、血溜まりが広がっている。 その中で足を赤く染めていた一匹の生物が、〇〇を威嚇するように口を開き、針のような鋭い歯列を覗かせる。 ワンプ――それも、先程始末したものとは、明らかに別の個体だった。 (しまった……) 二匹目がいたのか。 〇〇は二匹目のワンプに向かってほとんど反射的に武器を構え、走り込んだ。 だが、ワンプはそれを見ると徘徊性の蜘蛛を思わせる俊敏さで小さく数度跳ね、そのまま大通りから脇の路地へと消えてしまう。 (なんて事だ……) 無残な姿に変わった衛士を前に、うちひしがれる思いで〇〇は立ち尽くした。 その背後で、今度はフギャッという猫の声がした。 (――な) 振り返ると、今度は猫妖精の頭にワンプが覆いかぶさっていた。 ワンプの足に血はついていない。つまり、あれは三体目だ。一体この町はどうなっている? パニック状態になった猫妖精は必死にワンプを引き剥がそうとして、尻餅をつく。 その弾みで、絡みついたワンプの脚が一瞬離れた。 「た、助け……てニャ!」 猫妖精は人間には真似できないような俊敏さで広場脇の階段を駆け上がり、詰め所の二階入口を目掛けて走る。 だがワンプは階段を一息に跳び越えると、次の瞬間には踊り場の上で再び猫妖精を組み伏せていた。 〇〇もすぐさま全力で階段に向かって走る。だが、僅かに遠い。 (……間に合わない!) ワンプが猫妖精の上で、大きく口を開く。 尚も暴れる獲物をただの食料へと変えるべく、異形の生物は猫妖精の喉笛に鋭い牙を突き立てた。 *** がちん、と音を立て、ワンプの鋭い牙が勢い良く宙を噛んだ。 (え?) 一瞬何が起こったのか理解できず、〇〇は階段を前にしてつんのめりそうになる。 組み伏せられて身動きできなかったはずの猫妖精は、ワンプだけを残し、影も形も残さず消えていた。 (……消えた?) 素早く左右に目を走らせる。だが、階段にも広場にも、猫妖精の姿は無い。 転落したわけでは無い。というより、もし猫妖精が逃げ出せたのなら、その動きに〇〇が気付いたはずだ。 ワンプも同様に、不可解な現象を前にしてゆるゆると周囲に首を巡らせていた。 その目が、いつの間にか階段の更に上にいた一匹の三毛猫を捉えて止まる。猫妖精ではなく、ただの動物の猫だった。 「――ありがと、ラッキョ。もう帰って良いよ」 〇〇の背後から、少女の落ち着いた声がした。 *** 三毛猫は、にゃーんとひとつ鳴くと、くるりと宙返りをして姿を消した。 振り返った〇〇が見たのは、地べたに座って放心する猫妖精と、一人の少女の姿だった。 少女は少し癖っ毛の金髪セミショートで、両手に特徴的な銀の手甲を着けている。もちろんハリエットだとすぐに判ったが――少しだけ、違っていた。 彼女は何かを言おうと口を開いたが、それよりも早く、ワンプが動いていた。 蜘蛛に似た異形の生物は階段の上で一度大きく身を屈め、バネ仕掛けのおもちゃのような勢いで高く跳躍する。 その軌道は〇〇を跳び越え、ハリエットと猫妖精の位置を狙っているようだった。 「消えろ」 ハリエットは暗い空を背にして落下してくるワンプを半眼で見上げ、腰の高さで左の掌を上に向けて構えた。 そのまま、手で空を引き裂こうとでもするかのように、上空のワンプに向かって左手を大きく振り抜く。 彼女の手の軌跡がほんの一瞬、赤い三日月となって薄く空間に描かれたかと思うと――。 次の瞬間、ぱん、という乾いた音と共にワンプの胴体は切り裂かれ、鈍色《にびいろ》の空に黒い血の花を咲かせていた。 「〇〇――」 ぱらぱらと降って来る体液の雨の下で、ハリエットは落下してきたワンプを、右手で掴み取った。 「……あいつらの仲間が、来るよ」 言って、彼女は尚も動こうとするワンプを一度掴み直し、その頭部を地面に叩き付けた。 何事も無かったかのように再び立ち上がったハリエットの眼を、〇〇は真っ直ぐに見返す。 以前と違うのは、雰囲気だけではない。 翡翠色だったはずの彼女の瞳は、鮮やかな朱色へと変わっていた。 *** 突然、薄暗い広場に少年の声が響いた。 「あらら、人がいますねー」 ハリエットが、誰も居ない広場の中心を見つめる。 声の主の姿は無い。だが、〇〇には判っていた。メルキオールの声だ。 「まあ大丈夫かなー。じゃ、グラールさん、あとはお願いします」 少年が言った。同時に、立ちくらみに似た感覚が〇〇の身体を駆け抜ける。 ぐにゃりと広場の中央付近がわずかに歪んだかと思うと、次の瞬間、そこには腕組みをした一人の男が立っていた。 浅黒い肌をしたその大男は鍛え抜かれた戦士を思わせる風貌で、殆ど人間離れしていると言って良いほどの精悍さを備えている。 少年の言った「グラール」とは、彼の名前だと考えて良いだろう。 「去れ」 グラールは〇〇達の姿を認めると、低い声で言った。 同時に、彼の頭上に五本の肉厚の剣が出現する。剣は刃を下にして勢い良く垂直に落下し、ざん、と小気味の良い音を立てて彼の周囲の地面に突き立った。 「お前達と直接争う理由は、俺には無い」 「……あんたが、あいつらの仲間だということは判ってる」 ハリエットが、剣に囲まれた男に向かって数歩あゆみ寄る。彼は腕組みをしたまま、淡々と言った。 「ワンプの出現を止めることは、俺には出来ない。死にたくなければ、町から離れることだ」 「そんなことはどうでも良い」 ハリエットが更に一歩を踏み出す。 「私を、マルハレータの許へ連れて行け!」 彼女は己の胸に手をあて、強くそう言った。グラールが僅かに片眉を上げる。 「断ると言ったら?」 「その時は、力ずくでも従ってもらう」 ハリエットは決意の篭った目で男を見据えた。グラールは静かな表情で、無言のままそれを見返す。 数秒が過ぎてから、彼は諭すように言った。 「……お前は、何を見ている?」 「何の話?」 「俺には、お前の眼の中に、絶望しか見えない」 言われて、ハリエットは数度瞬いた。 「……そうかも知れない」 「俺には、希望がある」 男は地に刺さっていた剣の一本を、片手で引き抜いた。 「我が娘エマを救うためならば――“聖筆”という希望を手にするためならば、俺はどんな大きな犠牲でも払うことが出来る。それが仮令《たとえ》この町の全ての者の命だろうと、お前のような者の命だろうと――俺自身の命だろうと、迷わず捧げることが出来る。いや、捧げずにはおれんのだ!」 「……そう」 ハリエットは男の強い視線から一度、目を逸らした。 「あんたの邪魔をするつもりはない。けど、マルハレータの居場所には案内してもらう」 「力ずくで、か。お前にそれが出来るのか?」 「今、見せる」 ハリエットが銀色の手甲を着けた左手を、己の目の前にかざした。 『――起きろ、ゼノン』 その言葉と同時に、ギン、と金属質の鋭い音が周囲に響き渡った。 ゼノンの腕を構成する銀の金属が、瞬間、赤黒い煌きを発する。流れ出た光がハリエットの全身を舐めるように広がり、その気配を明らかに異質な、名状し難い何かで塗り替えていく。 ――人間を超越する程度には強くなるぞ。 いつかの魔女の言葉が、〇〇の胸裏をかすめた。 そして、ハリエットは事実その言葉の通りになったのだということを、〇〇は理解した。 彼女は今や溢れ出る力を抑えようともせず、朱色に変わった瞳で目の前の屈強な男を射るように見ていた。 「霊子誘導器か。ならば条件は互角」 そう言ったグラールと〇〇達の間に割って入るように、詰め所の二階から更に新たなワンプが飛び降りてきた。 男は異形の生物を全く意に介すことなく、剣先をハリエットと〇〇に向ける。 「示せ。お前の絶望が、俺の希望を凌駕できるということを!」 *** ゆるぎなき剣が現れた! ─See you Next phase─ |
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