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彼女の本性



 ハリエットは半ば駆け抜けるようにして敵を倒すと、 そのまま森の奥を目指して走り出した。
 〇〇も彼女の後を追い、猫の森を一気に通り抜ける。

 目指すは森の最深部、魔女リーシェの住む家だ。

     ***



「……で、なんでアタシが手を貸さなきゃいけないわけ?」

 リーシェは椅子に座って丸テーブルに頬杖をついたまま、 面倒臭そうにそう言った。
 彼女はここまで、唐突に訪れたハリエットと〇〇の話を黙って聞いてくれていた。……が、あまり乗り気ではなさそうだ。

「神父がいるなら、そいつの仕事だろ。アタシ全然関係ないし、その神父にやらせろよ」

 リーシェは「さっさと帰れ」とでも言いたげに空いたほうの手をひらひらさせる。
 ハリエットはノートを手にしたまま、尚も食い下がった。

「えっと、だからその神父様が、教えて下さったんです。リーシェ様なら何か手を打てるかも、って」

「……ん? アタシには神父の知り合いなんか居ないぞ?」

 リーシェは怪訝そうな顔をした。

「ユルバン神父です。お知り合い……じゃないんですか?」

 ハリエットが確認を取る。あーあー、と得心した様子で、リーシェはぽんと手を叩いた。

「ヴァン・ユルバンね。あのはなたれ小僧、今は神父になったんだな。ちなみに、アタシのことはなんて言ってた?」

 ハリエットは少し考えてから答えた。

「ええと……確か『邪悪そのもので、悪魔的で、始末が悪くて、口に出すのも恐ろしい』とかなんとか」

 ほう、とリーシェが凶悪な笑みを浮かべる。

「……良く教えてくれた。それは興味深い話だな」

 〇〇はハリエットの説明に若干言葉が足りない部分があるように感じていたが、大意としては正しい気もするので、黙っていることにした。

「それで、本当にこれだけの手掛かりから、例えば術者を探すようなことが可能なんでしょうか? もし必要なら……今度は、 奴隷になっても良いです」

 ややためらいながらも、ハリエットは真摯な目でリーシェを見る。リーシェは意地悪く微笑んだ。

「簡単に言うじゃないか。でも甘く考えるなよ。奴隷ってのは何でも言うことを聞くもんだ。もしアタシが『 全裸で逆立ちしてベルケンダールまで買い出しに行け』って言ったら、お前はその通り実行するんだぞ。出来るんだろうな?」

「それは……」

 ハリエットが返答に窮する。

「覚悟不足のようだな」

 リーシェは軽く笑った。

「……でもま、今回は別料金にしよう。奴隷の方は、人探しとゼノンの腕の使い方っていう約束だからね」

「別料金って、どのぐらいですか?」

「そうだな。今から言うからメモでも取っとけ。まずは“原始プリン”を1ダースほど持って来い。あ、一般には“なめらかプリン”って名前だったかな?」

「え?」

(めんどくさそうな予感がする……!)

 更に要求を考えている様子のリーシェを見て、〇〇は戦慄した。リーシェはにやにや笑って先を続けた。

「それと“ショゴス丼”に“キャベツのミルフィーユ”。ついでに“仔牛のスキャロッピーニ”も食べたいな。あとはね……」

 リーシェは楽しそうに指を折りながら料理名を次々に挙げていった。
 ハリエットは険のある眼差しでリーシェをにらみ付けていたが、やがて堪えられなくなって口を開き、机を叩いた。

「いい加減にして下さい! ……そんな、下らないこと」

 室内に沈黙が降りた。
 リーシェはふと表情から薄笑いを消すと、朱色の瞳でハリエットを真っ直ぐに見返して静かに言った。

「――殺されたいのか?」

 リーシェの眼の奥で、黒い瞳孔が針の先ほどにまで収縮する。
 これ以上無いほどの明確な殺意と、突き刺すような視線に射すくめられ、ハリエットが息を呑んだ。
 だが、彼女は微かに震えながらも、ついに目を逸らそうとはしなかった。

 数秒の沈黙を置いて、リーシェはころりと微笑んだ。

「……冗談だよ。意外と真面目なところもあるね」

 その一言で、張り詰めた空気が急激に弛緩したようだった。
 ハリエットは息をすることを今思い出したかのように、肩を小さく上下させて浅い呼吸を繰り返す。
 リーシェは座ったまま、彼女に手を差し伸べた。

「良いよ。見てやるから、それを貸せ」

 ハリエットは問題のページを開いてノートを手渡した。

「さっきの料理は……、後で、持ってきます」

「いや。料理はもう良い」

 リーシェは机の上にノートを置いて、つまらなそうにそれを見ながら答えた。

「え?」

「さっきのにらめっこで、今回の料金に替えてやる。良心的だろ? 足りない分は、お前が奴隷になった後の支払いでツケとくからな」

 リーシェは机の上に片手で頬杖をつくと、開かれたノートのページにもう片方の手で触れて、何事か考え出した。

「……何か、判りそうですか?」

「アタシはサイコメトラーじゃないんだから、あんまり期待するなよ」

 彼女はノートに手を置いたまましばらく沈黙していたが、やがて「ふーん」と言って手を離し、固唾を呑んで見守るハリエットに顔を向けた。

「ま、それでも少しは判った」

 リーシェはノートの奇妙な文字を指差して、きっぱり言った。

「この文字を書いたのは人間じゃない。――蜘蛛だ」

     ***

 思いがけない回答に、〇〇とハリエットは耳を疑った。ハリエットが聞き返す。




「蜘蛛って……、あの八本脚の蜘蛛が字を書いたってことですか?」

「そういうことになるな。ただし、これは恐らくアウターズの一種だ。“アトラク=ナクア”の変異種か交雑種、といったところかな」

(……アウターズ)

 その言葉は聞いたことがある。〇〇は思い出した。
 そう、確か、砂浜でシャンタク鳥を見た時にマリーが言っていたはずだ。『まさか、アウターズ』――と。
 リーシェは続けた。

「だが、この文面を見ても判る通り、幼い。未熟というより、幼稚と呼んだ方が良いレベルだ。 通常のアトラク=ナクアは人間並みの大きさだが、こいつはまだ成長途中か、あるいは正常に発育できないような個体だろう。 今なら人間でも簡単に勝てる」

「リーシェ様なら、居場所を見つけることが可能ですか?」

「慌てるな。文字を書いたのは蜘蛛だが、それが術者だとは言ってない。この蜘蛛は呪いとは全く無関係で、 たまたま通りすがりに手紙を残していっただけである可能性も、ほんの僅かにある」

「無いと思います」

「そうか。まぁどっちにしろ、オサゲちゃんの探知能力は視覚情報に基づいているから、 見た目が判らないものを探し当てるのは難しい。直接この蜘蛛を探すのは諦めろ」

「そ、それじゃ……」

「だから慌てるなよ」

 言って、リーシェは笑った。

「蜘蛛なんか探さなくても、呪いを解くだけならまだ方法はあるよ。お前の弟は――ええと、名前はなんだ?」

「ピーテルです」

「ピーテルは今、現在進行形で絶賛呪われ中なんだろ? なら、それを利用して逆にこちらから相手に干渉することも可能だ」

「干渉……ですか?」

「今回の場合なら、お前らがピーテルの夢の中に入って行って、その蜘蛛だか何だかを見つけて殴り殺せば良い。 それで呪いは解ける。夢の世界に閉じ込めようなんて考える奴は、大抵、何らかの形で自分も夢の中に登場しているものだ」

「わ、解りました。でも、そんな簡単に夢の中に入れません……」

 ハリエットは申し訳無さそうに言った。

(そりゃそうだ)

 リーシェなら可能なのかも知れないが、一般の人間はおいそれと夢の中には入れない。

「……リーシェ様が、サナトリウムまで来て頂けますか?」

 ハリエットが遠慮がちに訊いたが、リーシェはそっけなく断る。

「やだよ。アタシが外を出歩くと、面倒なことになるからな」

「え? そうなんですか? ……人気者だから?」

 不思議そうに言ったハリエットに、リーシェは笑って見せた。

「そんなところだ。代わりにアタシの猫を貸してやるから、後は自力でなんとかしろ」

 言って、リーシェは帽子に乗せていた黒猫を机の上に降ろした。
 にゃ、と黒猫は短く鳴いてハリエットに歩み寄り、彼女を見上げた。

「その子の名前はチビだ。夢に干渉する程度の“霊子誘導”なら、その子ひとりで充分だよ」

「れ、霊子誘導……?」

「そういえばこの前の霊子論では説明してなかったな。まあ急ぐんだろうから、また今度暇な時にでも教えてやるよ」

 黒猫はハリエットの腕を伝って身体を登り、その肩の上に納まった。
 ハリエットは片手を添えて黒猫の身体を支える。黒猫はそれを嫌がるように、前足で彼女の手を何度か叩いていた。今一つすわりが悪い感じだ。

「お前らは難しいことは考えず、単にその子を連れて弟の側で眠るだけで良い。眠れないなら目を閉じてリラックスしとけ」

「それだけで良いんですか?」

 ハリエットは手甲を外した右手で、肩口の猫とパンチの応酬を繰り広げながら言った。

「それだけで良い。準備が出来たらチビが全員に対して同時に霊子誘導を行い、 夢の世界に介入する。だが気を付けろ。“夢の世界”と言うと気楽に思えるが、 霊子誘導で同調している場合は現実にも強く影響を及ぼす。もし夢の中で死んだら、 現実でも死ぬかも知れん」

「肝に銘じておきます。……色々ありがとうございました、リーシェ様」

「ピーテルが起きたら教えてやれ。お前が助かったのはアタシのお蔭だから、死ぬほど感謝するようにってな」

「伝えます」

 ハリエットは小さく笑った。

「ついでにヴァンの青二才にも伝えておけ。アタシの陰口を叩いた罪は重い――無間《むげん》 地獄に連れて行ってやるから楽しみにしてろ、とな」

 言って凄まじく邪悪な微笑を浮かべたリーシェに、ハリエットは歯切れ良く答えた。

「はい、リーシェ様!」

     ***

「あれ……。あいつら、これを忘れて帰ってるじゃないか」

 ハリエットと〇〇が慌ただしく去った後で、リーシェは机の上を見て独りごちた。
 そこには、ハリエットが持ってきたノートがそのまま残されていた。

 どれどれ、とリーシェは椅子に深く座り直し、ピーテルの記したノートのページを、ぱらぱらとめくって確認する。
 彼女はにんまりと笑って、そのままノートを頭から読み始めた。

「アタシは他人の日記でも、遠慮なく読んじゃうよぉ」

 楽しそうに言ったリーシェに、彼女の傍らで白猫がにゃーんと返事をした。

     ***

 リーシェがピーテルの日記を読み始めてから少し経ったところで、ノックの音が響いた。

「ちぇ……。気付いたか」

 リーシェが戸口に向かう。だが、姿を見せたのはノートを回収しに来たハリエットではなく、マノットだった。




「なんだマノットか。帰れ」

 リーシェは即座に彼に背を向けると、再び机に戻ってノートを読み始めた。出鼻をくじかれて、マノットは閉口した。

「そんな言い方ないでしょう先生」

「アタシは今読書中なんだ。あ、でも見せろって言っても見せないぞ?」

 リーシェは椅子に座ったまま、両腕でノートを抱いて笑った。

「いや、別にいいですけどね……均衡省で情報もらったんで、一応報告しようかと」

「そうか。じゃ、さっさと言え。あと、お前の“ですます調”は気色悪いから、普段のようにざっくばらんに話せ」

 リーシェは言って、再びノートを読み始めた。

「報告とか考えてると、時々勝手にこういう喋り方になるんですよ。それでですね、ルイーズの騎士修道院付近で、 極めて軽微な“落丁”が発生したそうです」

「あそう。まあ微細な穴なら良くあることだな」

「変わってるのが、外からじゃなくて、中から誰かが自力で穴を開けたらしいってとこですかね」

「それはちょっと面白い。器用な奴がいるんだな」

「でも随分浅かったみたいで、周辺への影響は皆無だとか。まあ修道院の騎士は殆ど殺されてるし、 生き残ってた奴も記憶障害を患ってて何がなんやら判らないみたいですが」

「それで? お前がその穴を開けた奴を探して殺しに行くわけだ」

「まさか」

 マノットは歪んだ笑みを浮かべた。

「俺ぁとっくに均衡省は辞めてるんですよ。今や出世の見込みは一切なし。単なる暇人です」

「そーだっけ。まあお前には殺し屋とか似合わないもんな。弱いし」


 リーシェはどうでも良さそうに言って、またページをめくる。マノットは自嘲気味に言った。

「その通りですよ。――もっと早くに気付くべきだった」

 彼はそのまま自分の手を見て溜息を落とし、しばらく沈黙した。

「なんだ。元気ないなマノット」

 ぱたん、とノートを閉じて、リーシェは上目遣いにマノットを見上げる。

「今日はアタシに甘えに来たのか? 挟んであげよっか」

 言って、リーシェは自分の胸に両手を添え、悪戯っぽく笑った。
 マノットはそっぽを向いたまま口を開く。

「……大切なのは命ではなく、この世界そのものだ」

 ぽつりとこぼしてから、彼はリーシェを見た。

「創世の賢者アーネムはそう言ったとされている。……だが、その言葉は本当に正しいんだろうか?」

 マノットが言って、はぁ、と今度はリーシェが溜息をついた。

「もっと身の丈にあったことで悩めよアホめ。誰もお前に世界の命運なんか託さないから安心しろ。一切心配しなくて良いぞ」

「程度は違っても、結局同じだと思うんですよ。例えば、誰か一人の命と引き換えに、世界の均衡が少しでも保たれるなら ――世界を選ぶしか無いんだろうか」

 生真面目な顔で言うマノットに、リーシェは軽く笑う。

「お前に可能な範囲で、楽しいと思える方を選べ。世界がどうなるかなんて、考えるだけ無駄だ。なるようにしかならん」

 マノットはひとつ頷いたが、尚も納得はしていない様子だった。リーシェは呆れて続けた。

「あのな、そもそも現実はもっと条件が複雑なもんだ。解が2つしか無いなんて、 そんな方程式みたいな状況は特異な閉鎖環境でしか起こり得ないよ。例えば大海原の船の中とかさ」

「もし、そんな状況があったとしたら、先生はどうします?」

「アタシ?」

「船を救うためなら、一人の命ぐらいは仕方ないと、先生は割り切れますか?」

 彼女なら一人どころか、百人でも千人でも、それ以上でも平気で命を切り捨てると即答するに違いない。マノットはそう思っていた。

「非現実的な質問だが、あえて答えてやる」

 リーシェは机に肘をつき、組んだ両手の指に顎《あご》を軽く乗せてマノットを見た。

「アタシなら、どっちも救えるような別解を作り出す。……アタシはね、お前が考えているより欲張りなんだ」

 答えて、彼女はやんわりと笑った。

     ***

 ピーテルは緩やかな丘の斜面に腰を下ろすと、走って乱れた息を整えながら、軽く空を見上げた。



 息が切れるほど外で走るのなんて、何年ぶりだろう。肩で息をして、頭上に広がる青空を眺めながら彼は考えた。
 ディヴリー家に引き取られる前、教会で暮らしていた頃に何度かあったぐらいではないだろうか。しかも、その後は決まって熱を出したものだ。

 だが、今はなんともない。
 たったそれだけの事が、ピーテルの気持ちを浮き立たせていた。

「ピーテル体力ないなー」

 目の前に立った白いワンピースの少女が、あけすけに言って笑った。だが、嫌な気分はしなかった。

「しょうがないよ。これでも、僕にしては上出来なぐらいだもの」

 ピーテルは軽く笑った。


「あはは、へんなの」

 少女も笑って、くるりと背を向けた。そのまま彼女は花のそばに屈みこむと、今度は熱心に蝶の観察を始めた。

 ――それにしても、長い夢だ。

 少女の後姿を眺めながら、ピーテルは思った。
 現在時刻は判らない。だが、空を見た感じでは、正午はとうに過ぎているはずだ。
 もうあと何時間もしないうちに、夕方になってしまうだろう。夢の中の時間の流れが、現実と同じだとすれば、の話だが。

 夜が訪れるまでには、いくらなんでも目が覚めるだろう。その前に、彼には確認しておきたいことがあった。

「ねぇ、めろんちゃん」

 ピーテルの言葉に、少女は無言で振り返った。

「僕らってさ、本当は前にも――」

「あ! ちょっと待って! それ知ってる!」

 突然、めろんがピーテルの言葉を遮った。
 彼女はぴょこんと飛び跳ねて彼に近寄ると、その隣に並ぶようにして座った。

「はい、続き言っていいよ」

「え、えっと……。僕らってさ、前にも会ったことがあるんじゃない?」

 ピーテルの言葉に、少女はわざとらしく小首を傾げて見せる。

「そうだったかしら?」

 しとやかに微笑んだ彼女の顔を見て、ピーテルは沈黙した。
 そのまま数秒が過ぎたところで、少女はしびれを切らして先を促す。

「……続きは?」

「えっ。続きって何?」

「だから、今の台詞の続き」

「続きは無いよ。会ったことあるんじゃないかな、と思ったんだ」

「もー。ちゃんと流れを考えておいてよね。例えばこうでしょ」

 少女はひとつ咳払いをすると、少し声色を変えて話し出した。

「……『いや、そんなはずないか。もし会ってたら、こんなステキな人のことを、僕が忘れるはずはない』」

「な、何なのそれ……」

「もう。さっきのは聞かなかったことにしてあげるから、練習しといてよね。今言ったやつは参考にしても良いわよ」

 少女が立ち上がり、服の後ろに付いた草を両手でぽんぽんと払った。

「僕の勘違いかなぁ……」

 呟いたピーテルを見下ろして、少女は小さく微笑んだ。

「……ひみつ」

「え?」

「何でもない! 今度はあっちに行ってみよう? 伝説の大きな木があるんだよ」

「どこで伝説になってるのさ……」

 少女の差し出した白い手を、ピーテルはそっとつかんだ。

 彼は推理仕立ての夢を見たことも何度かあったが、筋の通った推理ができた例は、一度も無かった。
 今回が初めてだ。
 起きたらすぐ、この夢のことを日記に記しておこう。ピーテルはそう思った。

 ――だが、目覚め方が判らなかった。

     ***

 夕暮れの中を少女と共に歩きながら、ピーテルは考え事をしていた。

 丘の斜面には、沈みつつある陽が二人の長い影を落としている。このまま夜まで歩いていたら、どうなるんだろう?
 既に、かなり長い間夢を見ているような気がする。考えてみれば夢の中で時間感覚を気にするというのも、結構珍しいことだ。

「もし、丸一日を過ごす夢をじっくり見たら、現実でも丸一日経過しちゃってるのかな」

「知らない。別にどうでもいいじゃない」

 前を歩く少女の答えは素っ気無い。

「そろそろ起きないと、 いくらなんでも寝過ぎてるような気がするんだ」

「そんなこと、気にしなくても平気よ」

 少女はどんどん歩いていく。ピーテルは少し不安を覚えた。

「そういう訳には行かないよ。 お姉ちゃんのこととか気になるしさ……」

「お姉ちゃんって、あのうざい女のことね」

 立ち止まって振り向いた少女の声には、 明らかに棘《とげ》が含まれていた。

「そんなの、忘れて」

「それは無理」

 ピーテルは笑った。

「でも、面白い夢だな……これ。 起きた時に忘れてないと良いんだけど」

「起きるなんて駄目! 起きたら夢のことなんて、 すぐ忘れちゃうんだから」

「覚えてることもあるよ」

「駄目……それじゃ駄目なの。私のことを忘れるなんて、 絶対許さない」

「それくらいは覚えてると思うけどなぁ。 早く目を覚ましてメモしておきたいぐらいだよ」

「……別に、目なんて覚めなくても良いでしょ?  現実なんて、面白くないじゃない」

 少女は前を向いて、足元の石を蹴った。ピーテルはまた笑った。

「そうはいかないよ。楽しかったけど、夢は夢だもの。 現実とは違うよ」

「何言ってるの? ピーテル」

 めろんは再び振り返って、不思議そうに小首を傾げた。

「死ぬまでずーっと続く夢があるとしたら、それはもう、 現実と同じでしょ?」

 そう言って、彼女は夕暮れの中でにっこりと微笑んだ。

─End of Scene─





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