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日々の回想



僕の働きぶりを監視する、監督者からこの世界の話を少しずつ聞き出した。
 
この東京は、数年前に起きた湾岸大震災で、壊滅的なダメージを受けたこと。
災害の混乱に乗じて、亜細亜大陸が奇襲を仕掛け、宣戦布告してきたこと。
今、この国は戦時体制下ってやつで、政府は国民を総動員して、戦争にあたっていること。
 
この工場にも、微兵検査で不合格だった男、女性、そして未成年など、全国からたくさんの人が強制的に集められ、 働かせられていた。
1日20時間労働の交代制。
睡眠時間はたったの3時間。
労働者階級……資本論……ヒエラルキー……。

ここは、歴史の時間に習う、時代錯誤のお台場だ。
いや、僕はもはや労働者でも、人間でもない、"奴隷"だった。
腐った豚の味付けの食事とシャワー代わりの怪しい香りの消臭剤。
――それだけが日々の楽しみ。
ぶっとんだカール・マルクス・スタイル。
 
それに、僕が戦うべき相手はモンスターだけじゃなかった。
日々繰り返される、監督者による懲罰という名の暴力や虐待。
 
それでも、僕は工場の敷地に閉じ込められ、寮と作業場をひたすら往復していた。
監督者と管理モンスターが目を光らせていて、逃げ出すなんてできそうもなかったから。

部屋の高い位置にある小さな窓から、朝日が零れる。
今晩は月が1度め見えなかった。
新月がまた巡ってきたんだろうか。
 
でも、もうどうでもいい。
ここへ来てからどれくらいたったとか、今日は何日だとか、そんな情報に、いったいどれほどの価値がある?
えぐれた腹が膨らむこともなけりゃ、肉体にしみついた疲労が取れるわけでもないさ。

僕の思考はとっくの昔に停止していた。
考えるべきことがあった気がする。
でも、そこに意識を集中しようとすると、頭の中の空間に亀裂が入ってバラバラに砕けて、炭酸のように拡散していった。
あまりの過酷さに、感覚がマヒして、退屈すら感じない毎日。
これが修行僧が追い求める、悟りの境地ってやつなのかな。

トイレや廊下や食堂や、週に一度の兵器組み立て作業で見る限り、他の奴隷たちも、みんな僕と同じような状態だった。
自分がまっすぐ歩くことで精いっぱいだから、すれちがう"奴隷"と言葉を交わす余力なんて、誰ひとり持ち合わせていなかった。
何度かすれちがって、顔を覚えた奴はいた。

けど、そういう奴に限って、いつのまにか見かけなくなった。
 
それでも僕はここで幸福でいる術を見つけだした。
 
「あるがままに存在して、何も求めないこと」
 
今より多くの幸福を求めれば、たちどころに不幸に追いつかれる。
現状の過酷さに気づいてしまったら、痛みや苦しみという闇に押しつぶされてしまうんだ。

――同じようなことを昔も思っていたっけ。
退屈で何もない日常でも、過酷で毎日死にかけているような日常でも結局、僕が考えることは同じだ。
もしかしたら僕は、変わり方がわからなくなっているのだろうか?
 
明日は製作作業場での仕事だ。
面倒なことを考えるのをやめて、今日はもう寝よう


ーEnd of Sceneー


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